第七十九話 現在と未来の女神は夢の香りに嗤う

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 神崎天音、彼女が最近幼馴染を誘惑していた……そう言葉にするとちょっとアレに聞こえるが、彼女が実際に目標にしていたのはそんなに大げさな事では無かった。

 神楽、神威の二人に根掘り葉掘り聞きだされて真っ赤な顔で弁明する彼女からもたらされた答えは……周囲から見れば少しずれた、でもむしろ可愛らしい程度の事。

 翌日の放課後同じファストフード店に集合した神楽、神威の二人はそんな昨日の親友神崎天音の事を思い出して……呆れの溜息を漏らしていた。


「まさかまだ“自分は片思いだ”とあの娘が思い込んでいるとは予想外だったよ……」

「本当ですね……数か月前まで顔も合わせなかった二人が今となっては一緒にいない時が珍しいくらいだと言うのに、一体何を言っているのやら……」


 昨日散々追及された天音がとうとう白状した心情、それは『夢次君を振り向かせたい』であった事に二人の親友は何とも言えない気分であった。

 なんと天音は“夢次が自分に恋愛感情を抱いている”という確信が無かったというのだ。

 親友二人を含めた同級生たちとしては以前流れていた“チャラ男”との確証のない噂話よりも“確定した現実”として既に二人は付き合っていると見られているくらいだと言うのに……だ。

 まして神楽は二人が深い仲でしか出来ない行為を一度目にしている事で『経験済み』と言われたって不思議はないと思っていたから……天音のその心境の方が逆にビックリであった。

 

 しかし……天音としては少々複雑な心境でもあり、元々は疎遠状態になった事に罪悪感を抱いていた彼女ではあったけど『夢の本』が変な方向に影響してしまっていた部分も否めない。

 夢次は自分の事を女として見ている……その事はもう何度か経験してしまった共有夢で天音は確証を持っていた。

 しかしなまじ“そっち”の方向ばかりが先行してしてしまった事で“自分が恋愛対象として見られているのか”という部分が分からなくなってしまっていたのだ。

 単純に自分が彼にとって一番身近にいる女性だから……もしかしたら自分よりも魅力的な女性がいたらあの夢は違う人物として発現していたのかもしれない……『記憶を封じている天音』はそんな“的外れ”な事を考えてしまっているのだった。



「だからこそ向こうの気持ちが知りたい……というか振り向かせたいと彼好みの格好や行動をして誘惑ってか?」

「可愛いものですよ。実際には鎖に繋がれた猛獣の前にお肉を用意しているようなものでしょうに…………ちなみに神楽さん、その猛獣ゆめじりせいはその誘惑にどの程度持つのでしょうか?」


 神威の質問に神楽は若干顔を赤くして「フッ」と笑う。


「……昨日は流れでヘタレ呼ばわりしたけど、実際はアマッちの言う通りでアイツはヘタレじゃないな。鎖が切れた途端に美味しそうなエサを貪るだろうね……18禁的に」

「わ~お……それは同人誌が薄くなりますね~」


 夢次の想い人が誰であるか……そんなの端から見ていれば誰でも分かる事なのに……互いにやる事はやっといて『言葉にしていないから』と未だに片思いと思い込んでいる辺り……結局は似た者同士という事なのだろう。


 ならば友人として、ここはその二人の事を温かく優しく見守って………………普通の友人であればそんな落としどころで会話は終了しそうだった。

 しかし……三女神が一人である神威愛梨はニヤリと笑うと、自分のカバンからあるパンフレットを取り出しテーブルに広げる。


「さて……そんな我らがカワイイ親友の後押しを、おもしろ……いえ素敵に演出する為の方法を一つ、私はお持ちしたのですよ神楽の旦那……」

「……なによ悪代官、また何か悪だくみじゃないでしょうね?」


 不意に神威が言いかけた『面白そう』の言葉に最大限警戒しつつパンフレットに目を落とした神楽は怪訝そうに眉を顰めた。


「温泉ホテル……なんだカムイ温泉じゃない」

「はい、毎度おなじみ私たちがたまに利用するあのホテルですよ」


 それは全国に展開する『神威グループ』が所有する温泉地にあるホテルの一つで、三女神はちょくちょく神威の計らいで小旅行に格安で訪れた事のある場所であった。


「なに? また旅行の計画でも?」


 いつも率先して休日の計画を立てるので、いつものヤツかと思いつつ聞く神楽に神威は首を横に振る。


「いえ、今回に限ってはそうじゃないんです。実は昨夜私のお父さんが気を利かせた従業員からとある予約客がいるって聞いたらしいのです」

「客?」

「ええ、何度かいらっしゃったお嬢様のご友人のご一家のようですから何かサービスいたしましょうか? って事だったようですけど……」


 思わせぶりに言う神威であったが、さすがにこの流れで言われれば神楽にも示唆しているご一家が誰の家なのか予想は出来る。


「いつものご友人って……要するにこの流れならアマッちの家だろ? 旅行行くんだアマッちの家」


 数日後に迫った連休に神崎家が旅行に行くとしても不思議な事では無いだろう。

 しかし神威は眼鏡をクイッと上げて薄く笑った。


「ええ、それだけだったらお父さんを通じて何かしらのサービスをお願いしておくくらいですけど……どういう事か同じ日、同じ期間に同じホテルに予約を入れたご一家が、何故か……お隣の住所であったらしいのですよね……」


 ガタリ……神楽は思わず立ち上がって膝に乗っていた子狐をずり落としそうになり慌てて取り押さえた。


「と、隣の家ってまさか!?」

「はい先輩方……確かに我が家は数日後の連休に、そのホテルに宿泊予定です」


 しかしその質問に答えたのは神威では無かった……その声は自分達の席の後の方から現れたツインテールの女子中学生のもので……面識のない神楽は首を傾げた。


「貴女は?」

「初めまして神楽先輩、いつも兄がお世話になってます。私は天地夢次の妹で天地夢香と言います。よろしくお願いします」

「妹!? アイツに妹がいたの!?」

「はい、そして是非ともお姉ちゃんも欲しいと思ってます」


 そう言ってヒョイと小さな頭を下げる中学生が夢次の妹である事に神楽は驚いたのだが、口にした言葉と悪戯っぽい瞳に神楽は瞬時に理解した。

『コイツは、私たちの同志である』と……。


「へえ……ちなみに君は“彼女”がお姉ちゃんになってくれるという可能性は高いと思っているのかな?」

「おそらく極めて高いかと……何しろやる事はやってますからね……あの二人」

「なるほど……ちなみにその事はご家族や他の方には?」

「……さすがに伏せていますよ、今のところは。ただ……あの二人が“そういう関係”である事は薄々は……近所を含めて知れ渡っています」


 神楽は邪悪な笑顔を浮かべての問いかけに、夢香もまた同じような表情で答える……それだけで互いに理解する。

 コイツは二人がキスまでは済ませた事を“知っている側”であると。

 そして夢香に座るよう促す神威はワケ知り顔で説明する。


「さすがに余りにタイミングが良いのが気になりまして、探りを入れたところ夢香さんの存在に当たりまして……今日はこの場にお越しいただいたワケですよ」

「元々父が手に入れた割引券を元に兄と天音さんをサプライズ的に鉢合わせさせようって両家の母が言い出した悪ふざけだったんですが……昨夜突然神威先輩から連絡を貰いまして……そう言う事なら一枚噛ませて欲しいと」

「当然です! こんなおいしい状況見逃せるワケが無いじゃないですか!! 獲物がワザワザ神威系列のホテル《ワナ》に入ってくれたのですから!!」


 実に楽しそうにホテルをワナと言い切る神威に神楽は苦笑するしかない。

 天地父がカムイ温泉ホテルの割引券を手に入れたところまでは偶然だったようだが、そんな面白そうな状況が自分が手を出せる環境下にあるなら……神威コイツが介入しないワケは無いのだから。


「やれやれ、ヤツらの不運は手にしたのがカムイホテルの割引券だったって事かね……」


 そう呟き一瞬だけこの場にいない天音に同情的な表情を浮かべた神楽であったが……すぐに目の前の悪だくみを計画する少女たちと同等な顔になり……ニヤリと笑う。


「……で? 具体的にはどういう感じに追い込むつもりなのかな?」


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『まさかここまでやるとは思わなかったよ……さすが、悪ノリに関しては妥協が無いなカムちょ……ホテルマン』

「イベントの設定、部屋割りの変更、上層階の貸し切り……まさか本当にやるとは思いませんでしたよ……」


 廊下の向こうで佇む仲居姿のフォックスの呟きに、浴衣でじれったいやり取りを繰り返す二人を監視しつつシスターは同調する。

 そんな若干呆れている二人に売店の売り子姿のホテルマンは得意げに言う。


『気にしなくて大丈夫ですお二人とも。連休とは言え行楽シーズンではありませんから今回に限ってはお部屋が大分余ってたんですよ……スウィートも含めて』


 当初に計画を聞いたシスターは先輩のジョークかと思っていたのだが、付き合いの長いフォックスには本気である事は最初から分かっていた。


『認識がまだまだ甘いぞシスター。コイツは面白そうと思えば冗談を平気で現実に出来る財力があるからな……』

『は、は、は……まあそれについては我が家の家訓でもありますからね』

「家訓……ですか?」


 シスターが思わず聞き返すと、非常に得意げなホテルマンの返答が返って来る。


『ええ、悪ふざけで不幸を残すな! 幸運を目指して全力でやれ!! です』

『おい……まさかカムちょんの性格って家系なのか?』

『まさか……私などまだまだ大人しい方ですよ。お父さんなんてお母さんと結ばれる為に相当なやらかしをしたらしいですから……』


 その言葉に一抹の不安を感じたフォックスは思わずコードネームを忘れて聞いてしまうが、予想以上の答えに頭を抱えたくなった。

 今までも色々と巻き込まれた経験のある彼女としては“彼女のような、それ以上の者が血筋として存在する”という事実は中々に脅威に感じる。


『なんなら後で聞きますか? うちの両親の馴れ初めを……なかなか聞きごたえがありますよ?』

『……興味はあるけど今はいい……それが将来自分が巻き込まれる可能性があるかもしれないと思えば無視は出来ないけど……』

「あ……フォックスにホテルマン! 今、天音さんが照れながら席を立ちました。どうやらお部屋に戻るつもりみたいです! 兄が名残惜しそうに見つめています……むむ、後ろ姿を凝視してますね……視線の先は完全に天音さんのお尻です!! エロいです、ガッツリ見てます……どうぞ~!!」


 未来に起こりうる出来事に一抹の不安を覚えるフォックスであったが、監視役のシスターからの報告に我に返る。


『そ、そうか……なら作戦は次の段階に移行という事で良いのか?』

『その通りですフォックスにシスター、計画通り各々スタンバって下さい……』

「了解です! 私は計画通りこれから兄を部屋まで誘導しますので、後の事は宜しくお願いしますね」

『『オーバー』』


 そう言いあった三人はサムズアップで答える。

 ……実際に三人ともラウンジを囲む感じで全員が目視出来る場所でやり取りをしていたので、インカムの意味はほぼ無かったのだが……何となくスパイみたいなやり取りに全員が酔っている事も否めなかった。


『ふふふ……元々プロポーズイベントはカムイグループの得意技……夢次さん……貴方はすでに術中にハマってしまったのですよ』

『よし……では“夢次に告白させる大作戦”活動開始と行きますか!!』


 ノリノリでラウンジから散った三人の少女たちは各々に、実に楽し気な笑顔を浮かべていた。

 当の本人は翌週には……と決意を固めていて、その行動が最高にお節介であると知る由もなく……。



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