第七十五話 ライダースーツと炉端焼き

 道の駅などいわゆるサービスエリアには必ずと言って良いほど土産物や名物を売りに出していて、屋外にも売店は豊富に配置されている。

 そして作業自体は室内でやっても変わらないとは思うのだが、屋外で調理しているだけで凄く美味そうに見えてしまうのは不思議な現象だ。

 目の前でジュワジュワと良い音を立てて揚がっていくポテト、素晴らしい匂いを漂わせて油を滴らせ焼けて行くケバブ、そしてこれみようがしに設置された炭火で焼かれる串焼きの魚たち……。

 そんな暴力的な光景を前にした夢香は当初ソフトクリームをたかる気満々だったのに、その意志を大いにブレさせて目が泳いでいた。


「わ……わ、炭火で焼き魚ってちょっと卑怯じゃない? でも醤油味のソフトクリームはここでしか……あ~でも……」

「……さすがに二つは奢らんからな」

「ええ~~~?」


 え~じゃねぇ……いつの間にか俺が奢る事になっていたのはこの際諦めるが、せめて一品のみと制限を付けとかないと俺の財布が冬を迎える事になるからな。

 しかしそう言う俺に対して妹は落胆することなく良い事考えたとばかりに手を打った。


「じゃあ自分用に兄ちゃんはアユの塩焼きで、私は醤油ソフトね! そんで半分ずつシェアしましょう」

「こ、こいつは……」


 俺は妹のコズルい策略に軽くズッコケそうになった。

 俺の分まで含めて自分の食いたい物を確保しようとはな。

 ……と言うかコイツ思春期らしく家でも俺や親父を避けていたと思っていたのに、最近は妙に俺に対しては気にしなくなって来たような……。

 兄弟間ですら間接キス的な食い方を急に嫌悪していたのに。


「つーか良いのか? そういうシェアは確実に口が付いた所を食う形になるけど?」


 俺の素朴な疑問に夢香は最近の自分の振舞を思い出してか「ん~?」と思案気になる。


「ん~~何というか最近はお兄ちゃんとは仲良くしとかないと後々損しそうな気がしてね。そう思うとそのくらいの接触はどうでも良いような気がしてきて……」

「……後々損するからって……お前の思春期的嫌悪は打算で克服出来るのかよ……」

「女はみんなそんな生き物なのよ、お兄様?」

「やかましい……ならその打算を少しは親父にも働かせてやれや」

「う~~~~ん……それはちょっと……」


 何をもって損すると判断したのかは分からないけど、どうもいつの間にか俺は妹の思春期的嫌悪感から対象外にされたみたいだな。

 良いのか悪いのか……。

 

 妹のコズルい策略に、俺は仕方なく炭火でアユを串焼きにしている店先に近付く。

 熱気と一緒に炙られるアユのいい匂いが漂ってきて何とも言えない……こういうのを炉端焼きとかって言うんだっけ?

 炭火の前では汗をかきつつ働く女性が二人……どちらも手拭いで髪を纏めているけど瞳の色が青と赤で……日本人ではないのは分かるけど「いらっしゃいませ!」の言葉に違和感は無かった。

 長期滞在の留学生とかかな?

 しかしそんな特徴的な店員よりも、俺は店の前で佇む一人の女性に目を奪われた。

 その女性は黒くタイトなライダースーツを着ていて、ハッキリと分かるスタイルは艶めかしく、某ふ〇子ちゃんを彷彿させるような“エロカッコよさ”を醸し出していたのだ。

 そんなエロカッコイイ女性が……炉端焼き屋の前でアユの塩焼きを頬張っている……。

 それが何ともシュールと言うか、ちょい残念と言うか……。

 そして、俺はその女性に凄く見覚えがあったりもする。


「あれ? もしかしてスズ姉!?」

「あん?」


 ライダースーツを着込んだ女性は毎度おなじみ、喫茶店『ソード・マウンテン』の看板娘にして年上の幼馴染、剣岳美鈴その人であった。


「よお夢ちゃんじゃん、どうしたこんな所に……奇遇だね」


 アユの塩焼きを片手に俺に気が付いたスズ姉は満面の笑顔で話しかけて来た。

 ……なんだろうね、スズ姉と分かった瞬間にライダースーツにアユの塩焼きがベストマッチに感じてしまう不思議は……。


「俺は家族旅行の真っ最中、これから温泉だよ。そっちは?」

「私はたまにフラッと走りたくなったってだけ……」


 そう言ってスズ姉が視線を投げた先には愛用の赤い大型バイクが堂々と停車していた。

 そう言えばスズ姉、大型二輪免許を持っててたまに休日には新たなる新商品の研究の為にとかで色々な店を巡るとか言ってな……。


「今日は店休みなの?」

「いや、今日の休みは私だけ、店自体はやってるよ。ここ最近私が一人で店番が多かったから父ちゃんがたまには休めってさ……。だから今日は味の研究も兼ねて色々な店を回ろうかと……あ、すみませ~んサザエのつぼ焼きも貰える?」


 会話中にも違う焼き物を注文するスズ姉……研究と言いつつ食っているラインナップに喫茶店を感じないのは俺だけなのだろうか?

 どう考えても居酒屋のラインナップだけど……。


「でも本当に奇遇だね……かれこれ一時間前に私、ここで天音ちゃんとも会ったのよ……あ、一個食べる?」

「あ、サンキュー…………え? 天音と……アチチチ!!」


 話しつつサザエのつぼ焼きを一個くれるスズ姉……焼きたてのサザエはとても熱い。

 スズ姉は器用にクシで身をくり出して頬張り、幸せそうな顔でハフハフする。


「んん~この苦みがたまらん…………。向こうも家族旅行の最中だったみたいだけどね。どこ行くかは聞いてないの?」

「……そう言えば聞いてなかったな……泊りに行くとしか」


 考えてみると昨日の晩は鉄道ボードゲームを変な方向で楽しみ過ぎて、そんな当たり前の会話をするのをすっかり忘れていたな……。

 天音も『次はどの名物を目指す!?』と目的地を目指す事しか頭になかったようだし。


「っていうかスズ姉……一時間前からずっとここにいるのか? 喫茶店の味の研究とやらはどうしたんだよ……」

「…………や~~……何かすっかりはまっちゃってな……」


 傍らに山になっている炉端焼きの残骸を見るにスズ姉がずっとここで食い続けていた事は想像できる。

 炉端焼きは確かに美味いけど、どう考えても喫茶店には向かないだろうに……せめて妹のようにスウィーツを目指せよと思ってしまう。

 その自覚はあったのかスズ姉は「うっ」と一瞬言葉に詰まった。


「……喫茶店で炉端焼きって斬新だと思わないか?」

「斬新過ぎて喫茶店じゃなくなるだろ……」


               *


 色々と世間話をして、夢次は妹と合流すると自家用車のワンボックスへと戻って行った。


「んじゃスズ姉、食い過ぎで事故んなよ?」

「お~お前らも気を付けろよ~~」


 妹の夢香は面識はあるけど夢次ほど近しい交流があるワケでも無く、美鈴に一礼しただけで兄と一緒に歩いて行く。

 そして二人の姿が遠くなり、会話も表情も分からない距離になった所で美鈴はにこやかな表情を一変させ、冷淡にも聞こえる声で視線も合わせずに店員へと話しかけた。


「……で、上手く行ったのですか? 二人とも」

「最低限の処置は行いました。ここから先は本当に運しだいという事になってしまいますけど……」


 そう言いつつ頭の手拭いを脱ぐ二人の店員。

 夢次は長期滞在の留学生かと思っていた二人の女性は、それぞれが瞳の色に合わせたように見事な青と赤に彩られていて……日本人離れどころか人間離れすらしている美しさであった。

 しかしそんな美の化身に対して美鈴は一瞥もくれずに溜息を吐く。


「運しだい……ね。私はもうあの子たちに『そっちの世界』に関わる事をさせたくないんですけど?」

「それは私も同感です。一度は苦難を敷いてしまった立場からすればあの二人の安息を崩す事は絶対に避けたいところなのですが……」

「申し訳ないっす……うちの不手際のせいで……」


 青髪の店員の言葉に少し小さめな赤髪の店員が顔を伏せて落ち込んでしまう。


「禁呪である、絶対に研究・使用してはいけないと散々警告したにも関わらず……あの者たちは……」

「私利私欲や好奇心から暴走する……前の生でもそんな輩はしょっちゅういたし、そんなのに限って人に迷惑かける事を想像も出来ないんだから始末が悪い……むこうでもこっちの世界でも。管理者の立場からすれば頭の痛いところでしょうけど……」


 美鈴はかつて自分が名乗った『リーンベル』の経験から彼女たちの苦悩を察する。

 以前の生では自分に降りかかった不幸に神を呪う事など日常だったのに、遠い過去となった今となっては彼女たちの苦悩、ジレンマも想像できる。

 納得したワケではないけれど。


「すみませんリーンベル……いえ、美鈴さん。すでに剣を置いた貴女にこんな事を頼んでしまって……我々ではどちらの世界でも人に干渉出来る事には限界がありますので」

「申し訳ないっす……地上への直接干渉をするとどんな歪が生まれるか分かったモノじゃないっすから……」

「分かってますよ…………」


 異世界召喚、かつてその術により異なる世界に引き込まれた人間……その人間には『経験』と言う名の道筋が出来てしまい次の召喚にも引っかかり易くなってしまう危険がある。

 無論かつて自分が散々迷惑をかけた自責のある青髪の店員……もとい女神『アイシア』はその道筋を消す為の処置を厳重に行っていた。

 ……ところが最近になってその処置を施していた本人に『向こうの世界』との繋がりを持ってしまう変化があった。

 それは『経験』と言うには本人が覚えていないのであまりに微弱な『道筋』であった事で直接召喚するという事にはならなかったのだが……。


「まさか夢次の周辺を無作為に引き込む原因になるとは……ね」

「本当にすみませんっす……何度神託しても警告しても、あの王様も研究者どもも召喚を止めようとしねーんすよ……。折角のお休みにこんなの頼んで心苦しいっすが……」

「私の愛車に変な改造しないでほしいんだけどね……」


 赤髪の女神『イーリス』の嘆きに美鈴かそう呟いた瞬間、新たなアユを準備していたアイシアがハッとして顔を上げた。


「!? 美鈴さん、また誰か引き込まれました! すぐに回収に向かって下さい!!」

「……やれやれ、休む暇もないですね」


 溜息を吐きつつ美鈴はアユの骨をゴミ箱に放り投げて、そのまま愛車へと飛び乗った。

 そしてエンジンに火を入れると、バイクが青い光に包まれだして正面に『次元の扉』が開く……。


「段々連中も悪知恵働かせて召喚の条件を絞り込み出して無作為じゃなく魔力の適性がある者を引っ張り出してるっす。回収にはくれぐれもご注意を!」

「りょ~かい……回収後の記憶改竄の方、頼みますよホント……」


 たまに召喚先で魔法を使えたりすると楽しくなって帰りたがらない輩もいて『回収係』をしている美鈴にとっては面倒な情報だった。

 神々の事情も異世界の事も『前世』の都合上知っている美鈴は、本人とっては残念な事に女神たちの頼みを引き受けられる都合の良い人材だった。


「今日はコレで5人目か……取りこぼしが無ければ良いけど……」


 そう呟きつつ彼女がアクセルを全開にした瞬間、声と共にその姿は一瞬にして次元のかなた……『イーリス』の管轄である世界へと消えた。

 まるでそこには何も無かったような静寂だけを残して……。



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