第七十四話 記憶に残り難い夢
「お~早いな夢次。出発はまだだぞ?」
「先に荷物を積んじゃおうと思っただけだが……親父何してんの?」
翌日の連休初日、俺はまとめた荷物を先に積んでおこうと思って車(ワンボックス)駐車場まで来たのだが……結構早い時間だと言うのに車のドアを全て全開にして、楽し気に掃除して念入りにファブリーズしている親父に遭遇した。
普段使いで車を使っていると個室化しやすく、車の中は結構散らかりやすいとか聞いた事があるけど、うちの親父はいつも綺麗にしている。
潔癖って程じゃないが清潔である事は大事にする男だし、オマケに煙草も吸わないから匂いだって染み付いていないのだから、そこまで気を遣う事は無いと思うんだけど……。
「そんなマメマメしくやらなくても良いんじゃねーの? 親父いつも車内は綺麗にしてんのにさ」
俺が何気なくそう言うけど、親父は掃除する手を止める事なく背中で語ってくれる。
「夢次……年長者からアドバイスしとくとな、女性と言うのは男では気にしない汚れや臭いでも敏感に感じ取って気にするもんなんだぞ? 煙草は当然だが体臭なんて自分じゃ分からないモノだし、誤魔化そうと車用コロン何か使うと、より悪くなる事の方が多い……万全を考えるなら無臭を目指さんといかんのさ」
「あ……あ~なるほどね…………まあ、頑張って」
「おお、任せとけ!!」
久しぶりの家族での行楽に気合が入っているようだが、何というかそんな親父の背中を見ていられず、俺は後部座席に自分のザックを放り込んでから……物陰で俺たちの会話を聞いていた夢香にデコピンをかました。
「ッタ!? 何よお兄ちゃん……」
「お前……旅行中に絶対親父に不用意な事言うんじゃねーぞ。正直涙無しに見てらんねーよ、今の親父を……」
「わ……分かってるよ……」
娘に嫌われたくない一心で車の掃除を早朝から嬉々として行う父の姿に、さすがに妹も感じ入る物があった様で……額を押さえて重々しく頷いた。
それから間もなく……軽く朝食を終えた我ら天地家は特別なトラブルもなく温泉地へと出発を果たしたのであった。
親父の苦労もあってか車内は見事にチリ一つなく不快な臭いも全くない無臭状態……大したものである。
朝とはいっても俺たちが出発した時間は大体9時過ぎ頃、何気に神崎家の方を見ると既に向こうの自家用車は無い。
天音の家はもう出発した後って事らしいな。
「……そう言えばどこか行く日は朝食も移動中にどこかに寄るって言ってたっけ?」
「ん? 何が?」
俺の何気ない言葉に夢香が反応して振り返って来た。
ちなみに俺たちの配置は親父が運転、母ちゃんが助手席、夢香中央、俺が最後尾とバラバラに広々と座っている。
「天音も今日家族でどっか行くらしくてさ……神崎家はいつも早朝に出かけて朝食はどこかで食べながら移動するってさ……」
「ほ~……それはいつ聞いたの?」
「昨日のよ…………いつでも良いだろ……」
俺はそこまで言いかけて、妹が妙にニヤニヤしている事に気が付き口をつぐんだ。
と言うか両親たちも聞き耳を立てている事が丸わかりに無言だし……何なんだよ、この妙な恥ずかしさは。
「ふ~ん……そんな話を夜中にする仲なんだね~あの天音さんと……方法は? ライン? それとも窓越し?」
「…………ノーコメントで」
んにゃろう……今の発言で少し妙な方向で想像してやがるな、この妹。
昨日の夜、と言うのは夢の中でという事なのだが、その辺を知らない夢香に全てを説明は出来ないから、そういった方向性になるのは否めないんだが……。
……しかし昨日の夢は何というか、変に現実的な所と非現実的な所がある夢だったな。
有名な電車系ボードゲームの夢、確かに明晰夢はその通りの夢を見せてくれて俺と天音はそれぞれの電車で日本全国を走り回った。
しかし結局ゴールにたどり着いた事は一度も無かったのだ。
あのゲームの概念と言うかシステムでは物件とかを扱う性質上資金の単位が最初から高く、最初から何千万単位の金が入ってくる。
そして俺も天音もそんな“非現実的”な資金を“現実的”にただただ旅行費用として日本全国を豪遊して回ってしまっていたのだ。
『北海道って言ったらやっぱりカニでしょカニ!!』
『名古屋まで来たらひつまぶしを食わないと!!』
『大阪ならたこ焼きでしょ!! お好み焼きも捨てがたいし!!』
『それなら広島との対決も考えないとイカンだろ!!』
結果、会社経営としては最低な社長二人の俺たちは一晩掛けて日本全国制覇を目指す食べ歩きの旅という……ゲームの趣旨から外れまくった行動しかしていなかった。
寝る前に言っていた勝負はどこに行ったのやら……。
まあアレはアレで楽しかったけどよ。
しかしそんな昨晩の夢に思いを馳せていると妹が何やら納得したみたいに頷いていた。
「そうか……お兄ちゃんも順調に行ってるワケだ。私も応援のしがいがあるってもんよね」
「あ? 何だよ応援って?」
「何でもないよ~青春男! 温泉楽しみだね~」
「あ、ああ……」
何やら妹の含みのある笑顔に一抹の不安を感じるものの、多分聞いたところでこの妹は都合の悪い事は絶対に口を割らない事は長年の付き合いで分かる。
俺は追及を早々に諦めて後部座席に全身を預ける。
そうすると……特別寝不足ではなくたっぷりと睡眠を取ったはずなのに、段々と眠気が襲い掛かってくるから不思議だ。
車でスマフォをいじったりして酔うのもよろしくないしな……俺は早々に眠気への抵抗を止める事にした。
「夢香、俺は少し寝るから……どっか止まったら起こしてくんない?」
「分かった……サービスエリアとかでも?」
「ああ、頼む……」
夢香にそう頼んだ俺の意識は早々に夢の世界へと旅立って行く。
最近寝つきが悪い事がない俺は、後部座席に放り込んでいた自分の荷物の中で『夢の本』が勝手に開いていた事にも気が付かずに……。
夢操作 『夢枕』・緊急編 『夢想転写』
外的な因子により向こうから伝えたい事を夢としと送って来られる夢。
通常の夢枕と違い本人と交信するワケではない為、前任者は『メールで送られる添付ファイル』と表現していた。
そして開かれたページには『夢枕』の魔法陣の中心に、何時もならば夢を見せる目標である人物名が浮かび上がるところなのだが、今日に限っては妙な『タイトル』のような物が浮かび上がっていたのだった。
『勇者として召喚されたのに無能力者として追放された男が成り上がる……なんて都合の良い話は無い厳しい現実な異世界物語』
*
「……ちゃん……お兄ちゃん! 道の駅に着いたけど、どうする? 降りる?」
「…………ん?」
夢香の声に目を覚ました時、車は既に温泉地までの中間地点である道の駅の駐車場に停車していた。
そう言えばトイレ休憩に寄るって言ってたな……妹は約束通りに起こしてくれたって事のようだ。
……しかし何だろう? 何かモヤっとする感覚は。
何か夢を見ていた気がするのに薄ぼんやりとした感じで夢の内容がハッキリしないと言うか……。
「お兄ちゃん、何か変な夢でも見てたの? 何か妙に嫌そうな顔で寝てたけど……あの顔は女の子には受けないと思うよ?」
「実兄の寝顔に何て言い草を……しかし……う~~ん……」
夢香の言葉にさっき見ていたと思われる夢を深く思い出してみる……のだが、断片的にハッキリとは思い出せない。
「誰かが違う世界に飛ばされて……最初は城で勇者ってもてはやされて調子に乗るんだけど、三日で何も出来ない無能と判明して追い出される……みたいな夢だったが……」
「……何それ? ちょっとオタクチックだけど面白そうじゃない。それからどうなるの?」
妹が少しだけ興味を示すが、俺は再び首をひねる。
「う~~~む……そっから先は……覚えてないな。ど~~~も印象が薄くて、登場人物の名前はおろか顔すら碌に覚えてない……」
「何それつまんな~い……もうちょっとちゃんと覚えててよ」
不満そうな妹には申し訳ないが、こういう感じで見る夢は久しぶりで新鮮な気がする。
最近は『夢の本』を多用する事でしっかり記憶している夢ばかりだったのに、考えてみればそれ以前は夢を見ても覚えていない事の方が日常だったのだから。
本来人間が記憶している夢は明け方の少しの間、起きる直前だけだとか聞いた事もあるしな……。
しかし薄ぼんやりとしか印象にないとか……どれほど“興味が無い”夢だったのか。
最近は『夢の本』の影響下もあるだろうけど、間接的にでも天音が関わる夢は確実に覚えていたと言うのに……。
「ま、いいか! 久しぶりに『夢の本』とは関係なしに普通の夢を見たってだけだろうし……夢香、この道の駅って何か名物でもあるの?」
「のぼりに名物“醤油味のソフトクリーム”ってのがある。お兄ちゃん一個奢ってよ!」
「そう言う発言こそ親父に言ってやれよ……妹よ」
この時点で本気で『普通の脈絡のない夢』を見ていたと思っていた俺が、荷物に突っ込んでいた『夢の本』が勝手に発動していた事に気が付くのは相当後になってからだった。
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