閑話 神々のランチタイム

 神界と呼ばれる場所がそこにあるのか、それを人間と言う枠組みの中で正確に知る事が出来る者は存在しない、ただ『ある』という事だけは漠然と分かる程度。

 世界を生み出し統治し、時には破壊する事すらある神々が住まう場所……そんな神界に置いて『数多の世界を管理する樹』とされる大木『セフィロト』には本日も数多の世界を管理する大勢の神々が詰めかけていた。

 その様は一本の大木をビルに見立てた一つの会社のようでもあり……中腹の枝には少々おしゃれ目な雰囲気のレストラン『ヴァルハラの宴』があり……その一席で一人の女神が頼んだサーモンのカルパッチョを優雅に楽しんでいた……何故か涙を流しながら。


「お、美味しい……まともに食べれるお昼ご飯を食べられる日が来るなんて……なんて幸せな事なのかしら……」


 女神は料理の味よりも今現在の自分が置かれている状況にこそ感動を覚えていた。

 作った料理人側としては微妙な感じではあるものの、しかし彼女のつい最近までの状況を鑑みれば無理からない事ではあった。


 世界の数だけ神々はいる……だが一つの世界において神の数は一定ではない。

 例えばある世界を担当する神が3人だった場合、極端に言えば世界管理の仕事を三分割にして進める事もあるし、または3人が別々の担当に分かれて管理する事すらある。

 世界を一つの会社と捉えれば分かりやすくはあるのだが……そんな中で件の女神『アイシア』は一つの世界を一人で管理せざるを得ない苦労人であった。

 元を言えば彼女はその世界の担当ではなかったが、紆余曲折あり色々とやらかして遂には世界破滅の因子『魔王』すら生み出す原因を作った前担当の尻ぬぐいの形で一人で世界の管理をする羽目に陥っていたのだった。


 それこそ傾いた会社を押し付けられた社長の如く、つい最近まで彼女は昼飯どころか碌に休む暇すら無いくらいだったのだから……。


「おおアイシア殿ではないか。貴殿が昼飯時にここにいるのは何百年ぶりの事であるかの?」


 そんな事を言いつつ昼食に感動する女神アイシアに声を掛けたのは、黒髪で公家のような衣装と立ち振る舞いをする……しかし特徴的な九つの尾を持った一人の稲荷神であった。

 彼女の名は『タマモ』、地球の日本で広く信仰される稲荷神の総括を行う立場の……いわば部長クラスな人物であった。


「あ、タマモさん! この前はありがとうございました。こちらの厄介事でしたのに、そちらのお偉方に取り次いで頂いてしまって……」

「気にするでないよ……我らと違いそちらは万年人手不足であろう?」

「お恥ずかしい限りで……豊富な眷属じんざいを持つそちらが羨ましいくらいですよ」

「そうでもないぞ? 多いと多いで違う問題も起きやすくなってしまうでな……少数精鋭とは良い言葉であると思うでな……」


 お礼を言う西洋風な女神に優雅な仕草で微笑み返す稲荷神……見た目だけなら神秘的でもあるのに、内容は中小企業の社長と大企業の部長のようであった。


「タマモさんもこれからランチですか?」

「いや……まあそうなのじゃがな……」


 そう言いつつアイシアはタマモの大きな九つの尾に隠れるようにもう一人の人物がこの場にいる事に気が付いた。

 小柄なその女神はアイシアにとっては馴染みのある人物で……。


「イ、イーリス!? ってどうしちゃったのよ、そんなにゲッソリとやつれちゃって!?」


 穏やかな雰囲気のアイシアとは対照的に『火の女神』であるイーリスは小柄で見た目が若干幼いけど予期で活発、まさに健康的な美しさを体現する女神なはずだったのに……。

 久しぶりに目にした後輩の目には濃い隈が刻まれていて、全体的に活気が感じられない。

 それはまるで、つい最近までの自分のように……。


「せ、先輩……アイシアせんぱ~い……」


 そしてアイシアの姿を目にしたイーリスは瞳に大粒の涙を溜めつつ抱き着いて来た。

 元は勝気すぎるくらいだった後輩の弱弱しい姿にアイシアは戸惑う事しか出来ない。

 そんな光景にタマモが溜息を吐いた。


「最近こやつも世界管理を“投げられた”らしくな……それもお主と同じように『魔王付き』の案件をの……」

「……え? 魔王付き案件!? 本当なのですかイーリス」

「大丈夫じゃないですよ~……世界管理だけでも大変なのに魔王付きの世界なんて」


 泣きつく後輩の気持ちが痛いほどわかるアイシアは困ったように頭をヨシヨシとなでてやる。


「あまり無理をしてはなりませんよ? 世界管理の神とは言え限界はあるのですから」


 アイシアは後輩女神に優しくそう言ってあげるのだが、聞いたイーリスはジト目で見返してきた。


「先輩がそれを言いますか? 半年前まで私らが同じ事を言っていたと思いますけど」

「それについては同感じゃの。世界管理も多少割り切らんと身が持たんと何度も忠告していたと言うに……直接手を下す事がご法度な神の立場でも失われる命を無視出来んと一々心を痛めておってな……」

「う……」

「こやつ……黙っていると碌に飯も食わんから無理やり引っ張って来たのじゃ。人間同士の諍いなど気にしてもキリが無いと言うに……そんなのも誰かさんソックリじゃよ」


 それを言われると言い返す事が出来ないアイシアである。

 何せ同じ事を彼女は最近まで数百年に渡って目の前の友人から言われていたのだから。


 本来世界の管理は『世界の安定』を主にするので、数多の数ある命の生死を一々気にしていては仕事が回らない。

 戦争、飢饉、身分差、そして魔王の存在……世界の生命を脅かす存在は数あれどある程度は割り切る事が出来る神が管理者として最も優秀であるとも言えるのだ。

 そういう意味でも女神アイシアは弱者の嘆きや絶望の声を無視する事が出来ず、それでも管理者として直接手を出せない事もあり、何とか出来ないかと日々仕事を増やしてしまう悪循環に見舞われていたのだ。

 そしてその悪循環を今まさに自分の後輩も受けているというワケで……ある意味慈悲深い神であればあるほど、世界管理の仕事には向いていないとも言える。


「管理者が直接手を下すのはご法度……あくまで自分達で気が付くように促す事しか出来ません……歯がゆい気持ちはよ~~~く分かりますよ……」

「…………先輩はいいっすね……魔王因子何て難物を放り投げられたと言うのに、最近はこうしてお昼が取れて定時に帰宅出来るんっすから」


 心底羨ましそうにする後輩に、本当に昨日の自分を見る思いのアイシアである。


「異世界召喚でしたっけ? 先輩の担当世界は地球から勇者の召喚をした事で『魔王因子』の消去に成功したって聞いたっすけど……」


 後輩にその事を問われてアイシアは「ウ……」と言葉を詰まらせる。

 確かに彼女はつい最近『異世界召喚』が担当世界で行われた事で、一時的に世界が安定した状態になって食事を取れるくらいの心の余裕が出来ている。

 しかし、だからこそアイシアは後輩に苦言を呈する。


「異世界召喚を利用する事は……正直あまりお勧めしませんよ?」

「……何でですか?」

「やってしまった私が語るのは説得力が無いのですが……その方法は博打性が大きすぎるのですよ。私が世界に引き入れてしまった二人の若者がもしも“あの二人”でなかったらと思うと……未だに背筋が寒くなる想いですからね」


 本来神託などを通じて『気が付く』ように切っ掛けを与える事しか出来ない管理者が行う事が出来る最終手段が『異世界召喚』だ。

 しかしこの方法は様々な危険を孕んでいて、それが世界にとって『強心剤』になるのか『毒薬』になるのかは分からない。

 アイシアは自分の世界は単純に運が良かったとしか思えず、二度と同じ“過ち”はすまいと心に固く誓っているくらいだった。


「そう言えばタマモさん、あのお二人は今どんな状態なんでしょう? お元気なのでしょうか?」

「ん? ああ、相変わらずのようじゃの……」


 アイシアの問いにタマモは懐から扇を取り出して開くと、扇に色鮮やかな映像が現れて……そこには仲良く一緒に登校する夢次と天音の姿があった。

 その異世界にいた時から変わらない仲睦まじい様子にアイシアはホッとする。


「最近わらわの部下、稲荷神の一角と交流を持ったそうでのう。そちらからの報告では何でも『夢の力』を使いこなしているようではあるの……若者らしくな」

「力の行使については今更心配はしておりませんよ。あの二人は剣と鞘……と言うよりは鋏ですからね。お互いに合わさっている限り刃をむき出しにする事は無いでしょうから」

「せ、先輩方にそんな評価をされる何て……この二人はそんなに恐ろしい人間なのですか?」


 イーリスが不安そうに聞いてくるので、タマモとアイシアは顔を合わせて困ったように苦笑する。


「“わんせっと”でいる分には問題ない。まあそのせいで違う問題は発生するのかもしれんが、その辺は知った事ではないしの……本人たちの問題じゃし……」

「私が運が良かったと思えるのは、召喚した時この二人を一緒に召喚した事、そして魔王因子を消滅させる日まで互いに生き残っていていてくれた事ですね……」


 そう静かに笑うアイシアの言葉にイーリスは息を飲んだ。

 笑っているのに目は真剣そのもの……次の言葉が冗談でも何でもない先輩からの忠告であるという事を肌で感じたのだから。


「召喚でも死別でも、あの二人が単身で私の世界に降り立ったなら…………私の担当世界は間違いなく滅んでいました……私は本当に幸運でしかなかったのですよ」


                ・

                ・

                ・


 しかし後日、イーリスは自分の担当世界に起こった状況に頭を抱えて再びアイシアの下に泣きつく羽目に陥るのだった。

 人類、亜人種、魔族、様々な人種が入り乱れる世界に発生する諍いの為に引き起こされる憎悪と絶望の戦乱の中、人間たちが独自に『異世界召喚』の禁呪を使用してしまったという事態に……。



                 *



 弓一は最近の自分が置かれている状況が信じる事が出来ずにいた。

 今まで自分の発言に異論を唱える者は無く、それこそ好き勝手に生きていて……現代日本に置いても自分は特別な部類の人間だと思っていた。

 自分が望めば寄ってくる女子はいるし、仲間も多い方だし学校と言うカテゴリーを考えればまさに自分は勝ち組、王様の類であると……錯覚していたのだった。


 しかし……そんな弓一の王様気取りの学生生活は唐突に綻びが起こった。


 いつものように気に入った女子にモーションを掛けようとしたのだが上手くいかず、それどころか自分よりも数段劣ると思っていた男が現れた辺りから、自分の周りにいたはずの仲間がいなくなっていったのだった。

 自分にベタぼれしていたはずの『新藤香織』が自分からまるで目を覚ましたかのように離れたのを皮切りに、仲間だったはずの連中がどんどんと自分の傍から離れて行く。

 そして今朝、登校してから教室でたむろすオタク共をこき下ろそうとした時に仲間と思っていた横峯が突然連中の話の輪に入って…………とうとう自分の傍にいる仲間は一人になった。


「チッ……行くぞ……」

「あ、うん……」


 苛立って教室を出るその瞬間までは一緒にいた最後の仲間……。

 しかし……そいつは弓一にとって『舎弟』として傍に置いてやっているつもり、自分のおこぼれを与えてやっているつもりの男だったのだが……昼休みの時間になり、いつもの校舎裏に足を運んだ弓一は……その『舎弟』すらこの場に現れない事に全身の力が抜けて立っていられなくなった。


 自分の傍に置いてやっていると思っていたそいつまでもが自分を見限ったのだと結論付ける事が中々出来なかったのだ。

 彼女や仲間という存在を『自分に都合の良い人間』としか捉えていなかった男の、当然と言えば当然の結果……しかしそんな事を認めるような殊勝な心を持っていない弓一はこの状況に耐えられずに思わず叫んでいた。


「ちくしょおおおお!! 何なんだよコレはよおおお!? 俺は選ばれた側の男じゃねえのかよおおおおおお!!」


 自業自得、誰しもが今までの彼の行いを知ればそう言うだろうが、自己中な男はどこまでも自分が悪いとは思わずに他人が悪いのだと結論を求め……そして行き着く先はやはりと言うか切っ掛けになった一人の男、天地夢次の顔だった。


「アイツさえ……アイツさえいなければ何もなかったのに……あのやろおおお!!」


                 ・

                 ・

                 ・


 その日の午後……弓一が教室に現れないのを誰もがサボりだろうと気にする様子もなく、ただ淡々と時間は流れて行った。

 いてもいなくても…………それがチャラ男の俺様男、弓一へのクラスメイトの正しい認識であった。





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