第七十二話 友人が友人を作るのは裏切りか?
朝起きた時に人の声が聞こえる……そんな当たり前の事なのに、ここ数日その当たり前な日常が失われていたのだと考えると中々感慨深い物がある。
「起きろ! 朝だぞお兄ちゃん!! いつも先に待たせるのは紳士として宜しくないだろ!! 待つのは常に男側であるべきだあ!!」
喩えそれが無遠慮に兄の部屋に突撃して大声で起こす妹の声であっても……。
最近、妙に妹の接触が多いのが気になる。
別に毛嫌いされていたワケでも無いのだが、思春期真っただ中の難しいお年頃である妹は家族でも異性に当たる親父と俺とは一定の距離を取っていたと思うのだが……。
ちなみにこの辺の事に親父は相当ショックを受けていた……特に下着を一緒に洗うなとかありがちな言葉に深酒して涙で枕を濡らすくらいには……。
そんな妹の接触が多くなっている理由は……さすがに察しが付くけどね。
「天音さんの朝は早いのよ! 一緒に登校させていただく幼馴染特権を活用せずにどうするのだ!!」
……妹様のありがたい助言を背に今日は早めに家を出た俺だったのだが、件の幼馴染は既に家の前で立っていた。
俺の顔を見て笑顔を浮かべてくれる辺り、待っていてくれたと自惚れても問題ないのだろう。
「おはよ……何だ、今日はいつもよりも早く出たはずなのに……」
「ん~他意も用事も無いんだけど、数日ぶりに人の声が朝から聞こえるな~って早起きしちゃってね~」
その気持ちは非常に分かるし、早朝からそう言って爽やかに笑う天音の顔を見れた事を考えれば……早起きの得を実感せずにはいられなかった。
この辺は妹に感謝すべきなのだろうか……。
そんな事を考えつつ俺たちは一緒に歩き出し、話題に上るのはやはり昨夜の出来事。
「結局、何だったんだろうね? 市内全土を巻き込んでまで起こったこの事件は……」
天音の“何も分かっていない”呟きに俺も首を傾げてしまう。
俺も『夢幻界牢』を駆使して大半の人々にとっては何事もなく秘密裏に行われた事件の全容の全てを掴めてはいない。
せいぜい『媒体』にされていた横峯と夢の中で邂逅を果たし、その後は悪友どもも巻き込んで好き勝手に暴れただけで……最後の方はほぼ覚えていないくらいだし。
俺が目を覚ましたのは喫茶店がすでに閉店時間を過ぎた頃だったし…………何故かそんな遅くに帰ったのに天音と一緒だった事で母と妹に褒められてしまったが……その辺はどうでも良い。
「スズ姉が会ったっていう『夢幻界牢』の主犯、黒幕については何も知らないのか?」
俺がそう聞くと天音は眉を顰めて首を振った。
「うん、私たちは夢次君が寝ている間“ずっと喫茶店にいた”からね。スズ姉が黒幕に会ったのはその後の事なんだろうけど……」
天音の言葉に違和感はなく、多分その見解が正しいのだろう。
俺は昨夜スズ姉から送られてきたラインを開いて、再確認してみる。
『夢幻界牢を作り出していた黒幕の目的は“媒体”の願いを叶える事。その願いが成ったから黒幕はこの町から姿を消した』
色々聞きたい事もあったのだけど、スズ姉曰く『余り詳しくは知らない方が良い』と念を押されて、それ以上聞く事は出来なかった。
……何だろうか、あの“これ以上は踏み込むな”とでも言うような緊迫感のある警告は。
「これ以上知ると日常に戻れなくなるとか、そんな感じなのかな?」
「そうかしら? どっちかと言えばスズ姉がこんな風に言う時は『説明するのが面倒になっている時』って気がするけど……」
ちょっと中二的な発想をする俺とは真逆に天音は冷静な分析をしてくれる。
そう言われると以前天音との事を相談していた時もそうだったような……本当に必要なら教えてくれる人だものな。
「まあ別に誰かが傷ついたとかあったワケじゃ無いしね。みんな目を覚まして元通りなんだから気にしなくても良いんじゃないの?」
あっけらかんと、そう言う天音……そんな気にしても仕方が無いとでも言うような清々しい態度に俺も思い悩むのがバカバカしく思えて来た。
「そう言えば昨日から媒体が誰かってのは聞いてこないよな? 天音は誰だったか気になんないの?」
「ん~~? 全く、とは言わないけど……どうしてもって感じじゃないね。必要だったら夢次君がもう教えてくいれているだろうし、未だに教えないって事は急ぎで知る必要も無い事って事でしょうし」
「ん~」と背伸びしつつそう言う天音……それは要するに言わなくても信頼してくれているって事なんだろうけど、ハッキリと言われると照れるものがあるな。
「それとももう教えてくれるの?」
「う~ん……悪い、もう少し待ってくれ。多分近日中には何となく分かると思うから」
「そう……なら何も聞かな~い」
天音はそう言ってニッと笑って見せた。
何とも悪戯っぽい明け透けな笑顔で、向けられたこっちも自然と笑顔になってしまう。
しかし……媒体の願い事、か。
「媒体の目覚めで『夢幻界牢』が解かれた事がアイツの願いだったって事なのかな?」
昨夜の夢では媒体になっていた横峯の願い事を色々と掘り返してしまった。
その事に若干の罪悪感もあるのだが、それでも俺にはこれ以上の事は何も出来ないのだからな。
夢は所詮夢でしかない、現実ではないのだから……泡沫の夢の中、ヤツが今後何をするのかは、ヤツにしか分からないし出来ない事だ。
多分ヤツが真に望む願いってのは……。
・
・
・
「おはよ~」
「お~っす……」
教室に到着した俺たちが扉をくぐると、既に何人かのクラスメイトたちが先に教室にたむろしていて……その中にはいつもの『三女神』や『悪友』の姿もあった。
しかし、俺はいつも通りに机にカバンを置いてから悪友どもがたむろしている輪へと近づくが……何やら悪友どもの反応がいつもと違うのに気が付いた。
何だか工藤、武田、浜中の三人が妙にニヤニヤと俺の事を見ているのだ。
「なんだよお前ら? ニヤニヤと……」
俺が不思議に思って尋ねると、三人は何やら顔を合わせて頷きあう。
「ほら、やっぱり自覚ねーよコイツ」
「本当だな……ここまで目立ってんのに」
「や~ね~爆発案件ですな、こりゃ……」
「……だから何が言いたいんだよ!?」
俺が若干の苛立ちを交えて言うと、武田が代表とばかりに口を開いた。
「いや、お前と神崎さん……最近一緒に登校する事が多くなってるよな。たまに一緒に歩いてるところ見るし」
「……は? いや、それは……家が隣だし」
俺は唐突にそんな事を言われて言葉に詰まり気の利いた言葉が出てこない。
疎遠時期には登校どころか教室での接触すら無かったワケだから、個人的にはたまに一緒に登校できるような関係になったくらいで喜んでいたのだけれど……考えてみればここ最近は毎日一緒に登校しているような……。
「別に俺たちもその辺についてとやかく言う気はね~よ? ぶっちゃけ今更だし……」
「あ、そうなんすか……」
武田の言葉に何故か教室全体から“うんうん”という反応が見られる。
一緒に登校していたことが既に『今更』と称される程周知であった事が妙に気恥ずかしく……思わず敬語を使ってしまう。
「たださ……それでも君たち、昨日までは教室に入る時は別々だった気がするんだよね~俺たち……それがさ~さっきは完全に一緒に入ってきましたよね~~夢次さん?」
「…………あ」
そんな事、俺は全く意識していなかったのだが…………咄嗟に天音の方を向いて“そうだったっけ?”と視線を送ると、どうも同じような指摘を神楽、神威の二人にも指摘されていたのか顔を赤くして“わかんない”と返してきた。
「何、目と目で通じ合ってんだコラ! 何か進展でもあっただろ、お前ら!!」
「またもや俺たちよりも一歩先に行きやがったか!!」
「だあ!? 違う違う何もないって、たまたまだって!! つーかお前らそんな細かいところいつも見てたのかよ!?」
「気が付いて情報提供してくださったのは神楽さんですよ。さすが女性は見ているところが違うと感心します」
そんな事を言う工藤は同じ案件で天音をいじめ始めた神楽さんにサムズアップ、彼女も返礼の親指で返してきた。
何気に妙な連帯感が出来上がってる!?
かと言ってこのまま悪友どもに言い様におもちゃにされるワケにもいかん……俺は何とか話題を変えようと苦し紛れに口を開いた。
「そ、それはそうとお前ら、先週の『キマイラ』見たか? 次回予告だと大破修理中だった最初のキマイラが帰ってくるみたいじゃん」
昨夜まで散々振り回された原因のアニメ『魔動機兵キマイラ』であるが、ロボット物のお約束で初代は大破しリタイヤ、主人公は次代機へ乗り換えていたのだが先週の次回予告でチラッと映像が流れていたのだ。
我ながら強引すぎる話の曲げ方であるが……しかし俺がその事を口にした途端三人ともが揃って難しい顔になった。
「なあ、今話すのはあくまで物語の『キマイラ』に沿った事だけだよな? 他のどの機体が強いとか戦い方がどうとかそんな感じの話じゃなく……」
「は? なんでそんな事聞くんだ?」
「いや、なんて言うか……あまり話の制限を設けずに話を広げ過ぎると収拾がつかなくなるんじゃないかと……何かそんな不安があるんですよね……」
何が言いたいのか良く分からず聞き返す俺に工藤が腕を組んで、難しい顔のまま答える。
……あ~なるほど……これはもしかしなくても昨日見た夢の弊害か?
作品の枠、常識の枠、あらゆる上限を取っ払った好き勝手に暴れまわるだけになった昨夜の『最強ロボット議論バトル』の……。
最終的に全く収拾はつかず、明晰夢の主導の立場であった俺でさえ『やり過ぎた』という覚え以外は最後の方は覚えていないものな……。
何事もさじ加減は大事……彼らも夢の事はうろ覚えでも、その想いだけは学習してきた……という事なのだろう!
…………ダメだ……どう言いつくろっても格好つかん。
「あ、当たり前だっての……それに俺が今論じたいのは、次回再登場の初代キマイラには一体誰が乗るのかって事なのだよ!」
「「「!?」」」
俺がそう言った瞬間、悪友どもの目に光が戻る……そして各々の
「やっぱりヒロインのアリスだろ!? いつも後方支援の自分を嘆いていたからな!!」
「いやいや、実力的には仲間のバンダナだろ? ここで搭乗すると最終回死亡枠に入りそうでもあるけど……」
「月面で行方不明になってる市長なんかどうかな? ここまで完全にフェードアウトしてたけどさ……」
「……幾ら何でもそれは無いだろ? あのオッサンは月面脱出の時に爆炎に散ったはずだからな……特に人気キャラでも無かったし」
うむ……やはりコイツ等はこうでなきゃ。
バカみたいな話題に食いついてくれて、バカみたいな話を広げる……それが俺たちのいつもの風景なんだからな。
しかし……そんな俺たちの話にあからさまに馬鹿にした声で横やりを入れる者もいた。
「下らねー事話してんじゃねーよ、耳障りなクソオタク共が……お前らは隅っこでたむろってる方が似合うだろうに……」
それはいつの間に教室に入って来たのか知らんが……最近の凋落具合が深刻なチャラ男筆頭の弓一だった。
ある程度整った顔で俺たちを睨みつけながら見下し、更に周囲に向けて無理やり同意させようとしているかのような……恫喝にも似た態度。
それなりに賑わっていた朝の教室がそのせいで静かになってしまい……ヤツは少しだけ得意げに鼻を鳴らす。
だが俺はそんなヤツの振舞に率直に“珍しい”としか思えなかった。
この男は大抵人の事を見下す行動を取っていたのは間違いないけど、少なくとも俺たちに直接絡んできた事は無かった。
遠く高いところから見下して俺たちを悪く言う事は何度もあったが……。
それが『この程度の連中は俺が相手してやる程でも無い』とでも思っていたのかもしれないけど、態度とは裏腹に余裕の無さが垣間見える気がしてしまう。
そして……周りの空気も読めていないようだった。
静かになったクラスメイト達は恐れから黙ったとかではなく、単純に不快感から口をつぐんだのみで、決してコイツに同意したというワケでも無いのに……。
「なあ竜也、お前もそう思うよな? こいつ等のくだらない話なんて隅っこで人の迷惑にならないようにやってろってさ……」
周囲の冷えて行く視線にも気が付かずに弓一は隣にいた仲間、横峯へと同意を求める。
そんな横峯の表情は……明らかに引きつっていた。
「そうだな……確かにくだらない話だな……」
夢の中ではコイツは俺たちの同類だった……それはもう散々くだらない議論でバトルして語りつくせる好敵手であったけど……ここはリアルな人間関係がある現実。
夢の中で幾ら語ったところで一度築いた人間関係を壊す事を恐れる……それだって当然の感情なのだ。
そんな簡単に覆す事は……。
「…………今まで修復中で搭乗できなかった機体、それに乗って再登場する一番の候補と言ったら……あの娘しかいないだろ!!」
「は?」
「え?」
「…………なに?」
「だから! 作中で絶大の人気を誇っていたのに中盤で不自然に撃墜退場させられた妹キャラのあの娘だよ!! 次回予告でも言ってたじゃねーか、主人公の声で「君は……まさか!!」ってよ」
横峯の言葉の意味を理解できず、俺も含めて悪友どもも間の抜けた声を出してしまった。
しかし……俺は心の中でほくそ笑んだ。
なるほど……そう来たか…………ようこそ、同士横峯!!
「ほう、つまり横峯はあの娘が主人公に撃墜された事も含めて伏線であった……そう予想するのだな?」
「「「な、なんだってえええええ!!」」」
俺がしたり顔でそう言った瞬間、悪友どもが再起動を果たす。
特に『妹キャラ』の撃墜を行方不明と言って譲らなかった工藤の反応が凄まじく大きいのが笑える。
「あの娘は初登場からの人気キャラ、俺は需要の面からも元々最終回死亡枠を心配していたのだが……その不自然な中盤での退場には違和感があったからな!!」
「「「お、おおおおおお!!」」」
「お、おい竜也……お前何言って……」
完全に自分の仲間と思っていたヤツが何を言っているのか分からずに取り残される弓一を他所に、悪友どもは横峯の未来予想図に一気に盛り上がり、同時にチャラ男括りだと思っていたこの男が自分たちと“話せる”という事実を知って歓喜する。
「横峯君! 君の分析は素晴らしい!! あながち間違ってはいないかもしれない……もしかしたら来週あの娘が帰ってくるかも……」
「おい、だったらこの前言ってたスーパー派って立場はどうするんだ? 確かあの娘が撃墜されたからリアル派を脱退したって……」
「う……いや確かにそうだけど……くおおお!! あの娘が帰ってくるなら……俺は、俺はどうすれば!?」
そして数分もしない内にくだらない会話で盛り上がる事が出来る……こいつらはもう横峯の事を『話せるヤツ』として認識したらしいな……。
ほ~ら言った通りだろ? オタクは何時でも語る相手を求めているんだから……。
そして、すっかりバカ話に混ざって盛り上がる横峯を信じられないとばかりにしばらく見ていた弓一だったが……しばらくするとショックを受けたようにトボトボと教室を出て行ったのが見えた。
仲間と思っていたヤツに裏切られた……とでも思ったのだろうか?
しかしそう思ったのだとしたら、それは間違いでしかない。
何故なら横峯は趣味の話をして友人を作っただけ……自分ではない何者かになってまでも悩み続けた先に辿り着いた今日なんだから……。
*
放課後の校舎前……そろそろ下校しようと準備していた神威愛梨は不意に植え込みに落ちている緑色の欠片を発見した。
「……ガラスかな? 不思議な光り方をしてますけど」
角度によって光り方が変わると言うのはよく聞く話ではあるけど、その欠片はまるで見ている神威の視線に反応するかのように輝きが変わっているように見える。
それが錯覚なのだろうとは思いつつも神威はその欠片の光り方が何となく気になった。
「宝石……の類じゃ無さそうだし……」
結構良いとこのお嬢様でもある神威は、それが宝石などの類では無い事は確認してから欠片を何となく自分のポケットに入れて持ち帰る事にした。
……良いとこのお嬢様にしては酷く貧乏臭い行動とも言えなくないが。
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