第七十話 夢魔の女王、最後の意趣返し
「でも……“貴方”が魔王だと言うなら、一体何の為に『夢幻界牢』なんて広範囲の大魔法を使う必要があったの? まさか今更私たちへの復讐なんて言わないでしょうね?」
そうではない事に確信をもって天音が問いただすと、予想通りに『魔王』は苦笑して頷いた。
「もちろんだよ。前世を含めて私たちにそんなつもりは無いさ……私たちには……ね」
「!? ……それは」
しかし意味ありげな事を言うと『魔王』は隠していたネックレスを胸元から引っ張り出して見せた。
それは何というか左右に蝙蝠の羽を広げたデザインで、中央の女性が緑色の宝石を掲げている細かいけど酷く武骨な物で……思春期の男子なら好む輩もいそうな、良い大人が大見え切って下げるには勇気の要りそうなネックレス。
しかし天音の眼にはそのネックレスがただの『貴金属』の類には見えず、思わず直感のままにそのネックレスに“向かって”声を掛けた。
「……だれ? 貴方」
緊張の面持ちでアマネがそう言った瞬間、ネックレスの緑色の宝石が答えるように淡く輝きだした。
『フ、フフ……さすがは無忘却の魔導師、あの変人をモノにするだけの事はあるわ』
「!? ……その声は!!」
聞き覚えのある声にアマネが驚愕していると、宝石の光はドンドンと増して行き……遂には目の前に一人の女性の姿を映し出した。
光の虚像、ホログラムのように現れた女性は万人の男性を虜にする美貌と、情欲を掻き立てるきわどい服に身を包んだ艶めかしい肢体……それはアマネにとって向こうの世界で対峙した最初の宿敵ともいうべき者であった。
「夢魔の女王、サキュバス!! 何でアンタがこっちの世界に!?」
「コイツがあの夢魔の女王だって!?」
スズ姉も前世、向こうの世界で『快楽の夢に堕として生気を奪う魔族』として敵味方を問わずに恐れられる存在、夢魔の最高位として知識はあった事でその名に驚愕する。
そしてユメジにとっては重要な意味を持つ魔族でもあった。
アマネはさっきとは違う意味で、むしろ生死の危険を感じていた時よりもある意味殺気立った警戒心を露にして睨みつける。
「何の用? またユメジを誘惑にでも来たのかしら? だとしたらまず最初に私がお相手してあげても良いのだけれど?」
返答次第では命が無いと感じられる殺気を伴う魔力に当てられて、むしろ直接睨まれたワケでも無いスズ姉と『魔王』が冷や汗を流す。
だが当のサキュバスは涼しい顔でアマネの殺気を受け流して薄く笑った。
『何の用か……さっき自分が言ったでしょう? 復讐に決まっているじゃないですか」
「へえ……向こうの世界ではユメジ相手に何も出来なかった貴女が今更?」
『ええ……そうですね』
アマネの軽い挑発も受け流して、サキュバスは落ち着いた様子で懐かしい思い出でも語るように話し始める。
『かつて……私は自信を持って勇者を篭絡せんと彼の寝室に忍び込み、完膚なきまでに殺されかけ、そして夢魔の王たる証『夢想の剣(ナイトメア・ブック)』まで奪われました』
「こ、殺されかけた? あのユメジに??」
サキュバスの言葉にスズ姉は信じられない思いだった。
かつても今も自分の弟分の口癖は『死に逃げる事は許さない』なのに、見目麗しい女性の姿で寝室に忍び込んだ女性に対してそんな苛烈な反撃をするとは思っていなかったから。
しかしアマネはその事に関して、むしろ得意げに笑う。
「当然でしょ? 私の旦那がサキュバスの魅了くらいに堕とせるワケが無いじゃない」
それは苦楽を共にした二人の絆であり誇り……そして互いに抱きあう病的なまでの独占欲と執着心がもたらした、ある種の『呪い』でもあるとアマネも自覚していた。
この想いは最早神の契約でも悪魔の呪いでもどうする事も出来ない『危険物』なのだと。
『あの時の私は自分が篭絡出来ない男はいないと驕り、あの男が『神崎天音』という人物にしか欲情しない変人であるという事を完全に見誤っていましたから』
全くもってオブラートに包むつもりもないサキュバスの言葉に、さすがに天音も睨んだまま顔を赤くする。
「…………もう少し言い方無い?」
『事実なのだから仕方がありません……あの変人はとにかく『神崎天音』と引き離そうとする悪意に対して異常に過敏です。仮に私があの日、貴女の姿に化けて忍び込んでいたら確実に生きては帰れなかったでしょうね……『アマネの姿を汚した上で引き離そうとした』など彼の中では重罪でしょうから』
「そう……」
横で聞いているスズ姉と魔王がサキュバスの分析に軽く引いているのだが、アマネは全くと言って否定意見は無かった。
どうやっても『自分の男』は自分しか見ていない……それをハニートラップのプロであるサキュバスに認められる……正直それは彼女の自尊心を満たしてくれる。
『しかし、だからこそ……私は夢魔の女王として『夢葬の勇者』を夢の力にて意のままに操り、貴方たちの鼻を明かさなくてはいけなかったのですよ……誇りを取り戻すために』
「誇り……ですって?」
『私が奪われた『夢想の剣』で夢を意のままに操り、人を、魔族を、国を、世界を意のままに操り戦乱の世を消し去り、遂には『夢葬の勇者』と呼ばれる……その称号を人間である男に奪われた……夢魔にとってコレほどの屈辱はありません』
「!? まさかその為に世界を渡ったと言うの? 自分を物質に変質させてまで……」
『一度でも『夢葬の勇者』を夢で出し抜く事……それが私の全てですので』
ニヤリと笑うサキュバスのその言葉、それが本心からである事はアマネにも分かった。
世界を渡るには代償が必要……魔導師であるアマネにもその事は周知の事実で、女神アイシアの計らいが無ければ自分も『向こうの記憶』を全て失うハズだった。
スズ姉も魔王も『転生』と言う形で向こうで培った力の大半を失っている。
肉体を物質に変換してまで世界を渡る覚悟……そこに偽りがあるとはアマネにも到底思えなかった。
「だったら……どうするつもり? 貴女の目的が何であれ、すでに『夢幻界牢』の『媒体』はユメジに見つけられて解かれちゃったわよ? もう一度術をかけようにも魔力を代替して貰った『魔王』にも魔力はもう無いみたいだけど?」
肉体を失い変質した事でサキュバス自身も魔力を失い、代替わりとして『魔王』に魔力を貰っていた事はアマネには既に予想出来ていた。
ペンダントになってしまったサキュバスにこれ以上の事は何も出来ない、その確信をもって……。
しかし、そう指摘されたサキュバスは不敵な笑みを浮かべ……アマネを動揺させる。
「まさか……『夢幻界牢』を解かれる事まで計画通りだった……?」
『ふふふ…………当然でしょう? 私がただただ直接的な暴力や精神的苦痛を与えるような復讐を遂げようとしていたなら、今世での『魔王』が私に協力などしてくれるワケが無いではありませんか……』
「まあ……人間関係に悩む青少年にお友達を紹介してやるって言うなら……な」
悪戯が成功したように笑うサキュバスに『魔王』が苦笑して同調して見せる。
その言葉でアマネはようやく気が付いた。
『夢幻界牢』という大規模な結界を利用する事で危機感をあおりつつ、夢次を『媒体』に夢の世界で引き合わす事が目的であった事に。
つまりここに至るまで、自分も夢次も『魔王』とサキュバスの思い通りに動かされていたのだった。
「すべてが貴方たちの計画通りである……と? でも……だったら!!」
サキュバスの種明かしにアマネは引っかかった。
確かに今現在の『魔王』の立場を考えても今の言葉には説得力はあるのだが、それならまるで自分と夢次の仲を裂こうとする者に対して協力する事だって協力するはずがない。
そうなると彼女が言う復讐とは一体何なのか……。
これから一体自分たちに何をしようと言うのか……。
『ふふ、私の復讐はね……貴女の男がこっちの世界に帰ってくる前、女神アイシアの前で言った宣誓にケチを付ける事で完了する……勇者も、女神も出し抜いた唯一の夢魔として』
「最後の言葉……ですって?」
サキュバスの言葉でアマネは異世界から帰還する時、本来は消えるはずだった、召喚前に戻るはずだった異世界での全てを名残惜しむ自分にユメジが言った言葉を思い出した。
『心配すんな。向こうに戻っても絶対にお前を口説き落としてやるからさ……』
それは記憶を封じる『アマネ』としての『ユメジ』の最後にして最大の約束事、女神の前で行われた宣誓だった。
「まさか貴女がその邪魔をしようと言うの? 異世界で初めて遭遇したあの日のように」
最大限の殺気を込めた瞳で睨みつけるアマネだったが、サキュバスがアッサリと言った次の言葉に呆気に取られてしまった。
『ご心配なく……私の目的は当に達成していますので。『夢幻界牢』と『媒体』の事はあくまでアフターサービスのようなものですよ』
「…………え?」
『天地夢次、『夢葬の勇者』の篭絡は他の誰にも出来ない……だったら唯一篭絡出来る女性に任せれば良いのですよ……』
「何……言ってるの?」
『……左手の薬指をごらんなさい魔力の瞳で、無忘却の魔導師よ』
「え!?」
何を言われているのか理解できず、言われるままにアマネは自分の指を『魔力』を込めた瞳で見て……驚愕した。
魔力を用いて初めて見える、薬指に輝くその『指輪』はとても見覚えのある……あの世界においてユメジと過ごした『最後の一週間の証』でもあった。
「こ、これって……確か帰還する時に向こうに置いて来たはずの……私と夢次の!?」
『その通り……結婚指輪ですね。無論あの変人の薬指にもハマってますよ……何しろ同棲中に互いに付け合った指輪ですからねぇ~』
「…………ああ!! まさかあの夢で私たちがワザワザ同棲中の夢を見せられていたのってつまり……そういう!?」
夢と言う力を使い、魔王を、勇者を、魔導士を思い通りに動かし、『夢葬の勇者』を出し抜くという目的を達成した夢魔の女王サキュバスは不敵な笑みを浮かべていた。
『……貴女はもう一度彼に口説き堕として貰う事は無い……何故なら、君らの婚姻関係は未だに継続中……。あはは大変だ~高校生で学生結婚しちゃってるなんてね~』
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