第六十九話 贖罪の魔王

 夢次が収拾の付かないどうしようもない夢を悪友どもと繰り広げている時、天音と美鈴(スズ姉)の二人は指定されたある場所へと向かっていた。

 その途中で通りがかった商店街は辺りが暗くなってきて夕方に比べれば客足が少なくなってきてはいるものの、それでも部活帰りの学生や会社帰りの社会人などそれなりの人通りは見て取れる。

 ただ、その人の群れに“賑わい”は相変わらず無い。

 たまに一緒に歩いている同僚っぽい連中やカップル何かが通りがかるのに、話している風ではあるのに一切発言はしておらず、相変わらず瞳も閉じたままであった。

 生活音はするのに人の声はしない……相変わらずの不気味な光景の中、二人の女性は苦い顔で歩いていた。


「どう思う? こんな大規模な『夢幻界牢』をこっちの世界で作り出す理由が私には分からないけど……魔導師としての見解を聞きたいね」


 その質問は気心の知れた喫茶店のお姉さんが幼馴染の妹分に聞くモノではなく、歴戦の勇士『聖剣士』が戦友へと向ける質問だった。

 

「……魔力の量、効果範囲を考えてもこの結界を保つだけでバカみたいな消費が必要なのは間違いないけど、問題なのはそんなモノをどこから調達したのか……ね」


 記憶の封印を解かれたアマネは“こっちの世界”での魔法の行使には限界がある事を理解していた。

 それなのに、この『夢幻界牢』を生み出している魔力は間違いなく封印を解かれた自分よりも遥かにデカい。

 自分よりも魔力量に勝る存在……向こうの世界ではそんな連中は山のようにいたが、彼女は『夢葬の勇者』の傍ら血の滲む鍛錬の末に『無忘却の魔導師』と称えられる程成長を遂げた。

 しかしそれでも、最後の瞬間まで到達できない魔力を持った者が二人だけいたのだ。

 どうしようもなく悪い予感にアマネの額から冷や汗が流れ落ちる。


「何となく、一番嫌な予想は出来るけど……ユメジの行動が読まれているのが気に入らないのよね……」

「おや嫉妬か? 彼の事を一番分かっているのは自分だって?」


 揶揄うように言うスズ姉だが、今日に限っては自らの不安を誤魔化す為の物に過ぎない事は本人が良く分かっていた。

 同時にアマネのその予想は自分と全く同じ人物を想定している事も……。


「それだけなら良いけど……厄介な事にユメジだけじゃなく私の行動も性格ごと把握されている気がしてならないのよね」

「二人ともターゲットにされている……と?」

「分からない……けど、少なくとも私たちと関わりのある人物は注目していたんでしょうね……師匠で聖剣士であったリーンベルも当然」


 スズ姉はかつて、前世で失った事のある左腕を無意識に右腕で掴んでいた。

 かつて奪った強者を思い浮かべて。


「唯一のイレギュラーは稲荷神に守られていたカグちゃんくらいで…………!?」

「……う!?」


「……の部活はきつかったな~」「……これから~? そう何時ものとこで」「……らっしゃいませ~売れ残りだから半額で~」「……から飲みに行くぞ!!」「はい、その件につきましては先方と」


 その瞬間だった。

 何の前触れもなく突然自分たちの会話以外の人の声が、無かったはずの“賑わい”が今まで静寂しか無かった世界に“戻った”。

 別に誰もが大きな声を出しているワケでも無いのに、突然現れた『人の声』が雑多に耳に入ってきて二人はおかしくなる感覚に陥る。


「こ……れは!? もしかしなくても『夢幻界牢』が解けた……夢次が『媒体』に接触して覚醒させる事に成功したみたいだな」

「そう……みたいね。一体誰が相手で何をしたのやら……」


 反射的に両耳を押さえたままアマネは渋い顔になる。

 夢の中の時間と言うのは相当曖昧になる。

 夢の内容如何では『50年に相当する夢』すら一度の睡眠で体験する事も可能なのだ。

 アマネはその性質を利用して、かつて『夢葬の勇者』だったユメジが相当えげつない夢を悪人に見せていた事を思い出していた。

 

「どんな相手であっても、アイツが怒りで『夢葬』する相手じゃない事を切に願いけどね……私は……」

「……転生前に軽くは女神アイシアに聞いたけど、そんなにヤバイの? アンタが囚われてた夢魔を断罪した事を考えれば容赦ない事は分かるけど」


 アマネは少し考えてから実際に自分の夫が異世界で行った一例を話す。


「ある時とある村で一人の外道に遭ったんだ。そいつは腐ったヤツで、子供や女性を殺すのを心底楽しんでいたゲス野郎でね……そいつに対してユメジはどんな夢を見せたと思う?」

「え? ん~~~そうだな……そのせいで自分が捕まるとか処刑されるとか、それ以上の苦しみを与えられて苦しむ夢を見せて……とか?」


 唐突なクイズにスズ姉は首をひねるが、アマネは乾いた笑いを漏らして答える。


「そんな『地獄』を見せてあげる程優しくないよユメジは……むしろ優しい夢を見せてあげるのよ。どれだけ愛されていたのか、どれほど愛していたのか……愛し愛されていた全ての年月を自分の夢として見せてあげるのよ……己の殺した人々の人生、奪われた人の人生を追体験でね」

「うわ……」

「殺した少女が愛された年月、生れてから愛した母の年月、懸命に働き守り続けた父の年月、共に育った兄弟の年月、初めて愛した恋人との年月……全ての年月を足し算で見せてあげるのよ。どんな外道でも百年近くバッドエンドばかり見せられれば影響されるってね」


 それだけでスズ姉は『夢葬の勇者』が本当に恐れられていたという事に思い至り、全身に鳥肌が立つ。

 幸せな年月を追体験させた末、それを最後に最悪の形で奪うのが自分という夢なのだ。

 しかも自分が奪った年月が多ければ多いほど追体験の年月はドンドン加算されて行くのに見せられる実際の時間はたった一晩という悪夢。

 そして己の罪を見せつけられ、どれ程自分の行いを悔いても死にたくなっても……『夢葬の勇者』は最初に無慈悲な言葉を残す。


「死に逃げる事は許さない……か」

「そう……悪人に良心を植え付けた上で、死なせてくれないの……絶対に」

「……さっき夢に入る時の態度を見てれば、あまり心配ないとは思うけどね」

「そう……願うよ、私も」


『夢葬の勇者』が過去行った所業に二人は『媒体』になった者の安否が心配になっていた。

 実際には悪友を巻き込んで、夢の中で新たな友人を作って好き勝手遊んでいるとは毛ほども知らない二人の心配は本当に無駄なモノになってしまうワケだが……。


「ただ『夢幻界牢』が解かれたと言っても、さっきのメールを見る限りじゃユメジが気付く事まで読まれていた。となると『媒体』を見つけて結界を解かれる事すら『相手』は予想していた事になる……」

「術が解かれたと言っても安心は出来ないって事だよね」


 二人は頷きあうと指定された場所へと再び歩を進める。


「急ぎましょう……学校へ」


                 *


 正体不明のメールで指定された場所が日中まで自分たちが学業に励んでいた学校であった事に一抹の不安を覚えるアマネだったが、意図的に開けられたままになっている裏門から敷地内へと歩を進めて中庭へと差し掛かった時、不安は確信へと変わった。

 月光に照らされ隠れる様子もなく自分たちの到着を待っていたのは『知っている男』。

 だがその人物が普段とは違う気配を漂わせている事だけは肌で感じる。


「待っていたよ、神崎さんに剣岳さん……いや、この場合は無忘却の魔導師アマネと聖剣士リーンベルとお呼びした方が良いのかな?」

「……どちらでもお好きにどうぞ。まさか貴方が『魔王』だったとは思いもしませんでしたよ」


 アマネは流れ落ちる冷や汗を拭う余裕もなく目の前の男性を睨みつけていた。

 かつて自分達と死闘を繰り広げた張本人……姿形は以前『異世界』で倒したモノとは全く違うと言うのに、それでもこの男が『魔王』である事だけはアマネには確信を持って言えた。

 しかし警戒色を強めるアマネたちとは裏腹に、目の前の男『魔王』は“いつも通りの”人の好さそうな笑顔を浮かべて見せる。


「な~に君たちが気が付かなかったのも無理はない。私も普段は前世の記憶など魔力と共に封じているのでね」

「前世……つまり今の貴方は魔王が転生した姿であると?」

「そうです……貴女同様、私たちにも女神アイシアは気を使ってくれたようでね……」


 前の生では左腕と共に命を奪われているスズ姉も最大限の警戒をしつつ、いつでも攻撃態勢に移れるように魔力を集中させて『光の剣』を創り出し抜けるように構える。

 しかし、自分が魔王の転生である事を認めた男が取った行動は以前死闘の末に命を奪われているスズ姉にとって意外なものだった。


 警戒するスズ姉に対して……深々と頭を下げたのだ。


「…………は?」

「その節は……大変申し訳ありませんでした。世界が変われど前の生で私が貴女の命を奪ったのは事実。気が済むのでしたら……どうぞ自らの仇をここで討ってください……」


 謝罪……これから前世を彷彿させるバトルが始まる事すら覚悟していたスズ姉は『魔王』のその対応に呆気に取られてしまった。


「前の生に比べれば私の魔力は遥かに弱体化してますし、使わずに貯め込んでいた魔力は全て『夢幻界牢』の発動に使ってしまいました。今の私は聖剣士の力どころか最弱の冒険者にすら及びません……簡単に処断出来る事でしょう」

「……アマネ?」


 自らの弱点を晒した上、頭を下げていつでも首を落とせる姿勢を取る目の前の男の行動にスズ姉は動揺しアマネに確認を取るが……アマネは難しい顔のまま頷いて見せた。


「本当よ……隠している魔力があるとかそんな事も無い。この人は『魔王』の記憶があったとしても、現状では単なる一般人でしか無いわ……」

「そ……そう……」


 信頼できる妹分からの分析にスズ姉はしばらく頭を下げ続ける目の前の『魔王』を見つめていたが……やがて『光の剣』を手元から消し、戦闘態勢を解いた。

 彼女のその対応に『魔王』はゆっくりと顔を上げる。


「……よろしいのですか?」

「……は~、前世は前世だ。今私らがいるのは地球で日本……生憎だがこの国では仇討は認められてないし、前世だって科学的には証明されてない。このままアンタの首を取ったら私は単なる殺人犯でしょうが……」


 スズ姉はヤレヤレとばかりに頭を掻きつつ、大きく溜息を吐き出した。


「……今度うちの店で一番高いメニューを頼んでくれ……それでチャラにしてやるよ」

「そう……ですか…………」


 仇討をしないとスズ姉が判断した時、『魔王』が若干残念そうな顔をしたのをアマネは見逃さなかった。


『前世とはいえ記憶を引き継いだのであれば、彼も相応の苦悩をしてきて罪を罰してくれる存在の登場を心の底では待っていた……という事なのだろうか?』


 そう思うとアマネもあまり警戒心を保っている事が出来なかった。

 自分が『魔王』と敵対する理由は大まかに言えば『聖剣士リーンベル』を殺された事であり、その本人が復讐する気が無いと言うのであれば……当然彼女にも殺意を抱く理由がないのだから……。

 


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