第六十八話 大乱闘スクラップブラックダンサーズ(ガラクタ共の黒い宴)

 最初に異変は月面都市の外側から現れた。

 それはそれは大量の量産型『機動兵』の団体さんで、まるで軍隊アリか何かのように統率された動きをするそれらが一糸乱れぬ同じ動きで一斉に構える姿は実に壮観で……。

 いや……単純に気持ちが悪いし恐ろしい。


『な、何だよあの機動兵の群れは!? 今まであんなのいなかったのに……』


 唐突に現れたバカげた数の『機動兵』に『横峯キマイラ』が怯えを誤魔化すように声を絞り出す。


『大体……月面都市は中立を唱っているからあそこまでの『機動兵』を所持しているハズが無いのに』

『いや……そもそも機動兵推奨側の軍隊全てを集めても、この数は揃わないと思うが……』


 俺は横峯とは違う意味で驚いていた。

 いや、予想はしていたのだ。

“アイツ”は同じリアル派ではあるけど、その仲間内でも考えの違いはある。

 ぶっちゃけ『無双』タイプな俺に対して“アイツ”は『軍隊』方式を最強としていた。


『だからって……いくら量産機の利点が物量戦だっつってもな~、この数はありえないだろ武田!!』


 百や千では絶対に利かない……十万百万は行くんじゃないかって量産型機動兵が月面都市をまるで角砂糖に群がるアリの大群のように取り囲んでいるのだ。

 ……こんなもんロボットアニメじゃない……ホラー映画にしか思えない!

 

 そして……ヤツが、武田が一度は言ってみたいと散々宣っていた言葉が何処からともなく戦場に響き渡る。


『だ、弾幕薄いぞおおおお!! な~~~にやってんのおおおお!!』

『『だああああああああああ!!』』


 その瞬間に始まる理不尽な集中砲火。

 文字通りに“隙間なく”放たれたビームは最早弾幕ではなく逃げ場なく燻されるバルサンの煙のよう……。

 ハッキリ言って某エースパイロットたちのように華麗に避けるとか、そんな余裕などあるワケも無く被弾を繰り返して行く。

 こんな四方八方から散水でもされているような、しかも味方への誤射も何も考えていない集中砲火で回避は不可能だ!

 俺たちはやむなく追い立てられた羽虫の如く上空へと逃れるしか無かった。


『やり過ぎだバカタレ!! もうちょっと演出と軍事費の観点も考えてから……げ!?』

 

 しかし追い立てられて上昇した俺たちの目の前……月面軌道上から見下ろしていた『魔導機』を目にして背筋が凍り付く。

 あれって確か物語中盤で出て来る魔導機推奨側の失敗作。

 圧倒的なパワーを有するけどやがて操縦者の意志に反して暴走し、最終的には機体は自壊して大爆発を引き起こす魔導機『バーサーカー』。

 主人公がヒロインと共に暴走を食い止めようと奔走するストーリーが展開されるのだが。

 この前“工藤”が言ってたのだ。


『ど~せ暴走するなら操縦者が敵地で“暴走直前に脱出して放置”すれば勝手に破壊行為をして最終的には爆発するんだから一石二鳥じゃん!』


 ……と何とも情緒の無いゾンビアタック的な戦術を思い付きで。

 そんな事を言っていた工藤は……何故か軌道上にキマイラのライバルキャラの普段着でいた、宇宙服など着もせずに。

 作中では一体しか無かったはずの失敗魔導機、軽く見積もって百体以上の中心で……。

 何だか絶対に押すなよって言われそうな、意味ありげな赤いボタンを手にウズウズしながら……。


『バ、バカ! こういう失敗作は次世代機に繋げる為に研究用にとっておくのが物語のセオリーだろうが!! 使い潰すなんて情緒が……』

「ポチっと……」


 月面軌道上、常識的には酸素も何もないはずなのに工藤の嬉々とした声がハッキリと聞こえた。

 それから百体以上の『バーサーカー』が全て稼働状態になり……数体は起動しただけでダメだろコレって思うような赤い光に包まれ始める。


ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………

『『ぎゃあああああああ!!』』


 そして次の瞬間には暴走状態になるどころか起動も出来ずに大爆発を起こす。

 暴力的なパワーの爆発が上空から、圧倒的数のビーム弾幕が地上から迫ってくる!!

 挟まれた俺たち『キマイラ』の逃げ道は最早横方向にしか無く、俺たちは示し合わせたように『ドラゴンナイト』モードに変形して高速で逃れようと方向を変える。


 だが、やはりと言うか何というか……そこに待ち構えていた巨大な人影が無数に立ちはだかっていて……さすがにその光景に俺は我慢ならずに怒鳴った。


『待てや浜中!! 今俺たちは『魔動機兵キマイラ』について議論しているんであって、今他作品を持ってくんのは反則だろうが!!』


 目の前に広がる他作品スーパーロボットが全て攻撃態勢を取っているのは流石にいただけない。

 浜中は普段から、かのロボット大集合ゲームを好む事もあって他作品を現在見ている作品にぶつけたがる傾向が元々あったけど……今はちょっと違うだろ!

 そんなヤツは一番のお気に入りの頭部で腕組みして、市長っぽい背広を着たまま高らかに笑っていた。


「うははははは! パワーはスーパーだああああ!! 版権なんかクソくらえじゃあああ!!」


 あ……ダメだこれは……色んな意味で……。

 所詮は翌日には消え失せる泡沫の夢……だったら全員でバカ騒ぎをしようとヤツ等を巻き込んだワケだけど……それにしても節操が無い。

 単純に“俺たちのバカ騒ぎに横峯も入れよう”くらいの気持ちで『夢幻界牢』の呪縛を解いて、本人たちにとっては『何かロボットの夢を見ている』って感じに参入させたつもりだったのだが……ハッキリ言って認識が甘かった!

 奴らもオタであるからには『魔動機兵キマイラ』本編に沿って、作中のお気に入り一体を伴って現れる……くらいの節操はあると思っていたのだが。


 ……いや……やっぱり俺の考えの方が甘かったな。


 アイツらが“思い通りの好きなロボットを創造出来るという夢”ってフィールドではっちゃけないワケが無かったのだ。

 まして奴らにとってただの夢……好きなロボットを動かせて、自分が思いつく戦術を使えて、そして夢だからどうやっても誰にも迷惑にならない……そんなのマジで『禁断の果実』にしかならないじゃないか……。


「ゲームの設定上では絶対不可能だけどさ~。プレイヤー側の機体で全ての必殺技をまとめてぶっ放せば……それが最強の攻撃じゃないかって常々思ってたんだよ俺」


 そして市長浜中はどっちを向いても問題しか起きない機体の中心で、あらゆる意味で不可能な攻撃を敢行する。

 集まった巨大ロボットたちが各々の大砲やら巨大な剣やら胸のプレートやら……あらゆる“これぞ必殺の一撃”的な輝きをこっち向けていて…………浜中の号令と共に一気に解き放たれた。


「薙ぎ払ええええええええええ!!」

『その号令もダメだろ色々とおおおおおおおお!!』


 上下左右、真面目に逃げ場が無い理不尽な暴力が俺と横峯、たった二体の『キマイラ』に対して襲い掛かって来た。


『そもそも何でコイツ等俺たちを集中攻撃してんだよ!! キマイラに何か恨みでもあんのかあ!?』

『知らん!! 工藤はこの前妹キャラを撃墜されたって憤ってたし、武田はリアル派でも“反専用機思考”で、浜中は見たままスーパー派ってだけで……』

『攻撃する理由しか見当たらねええええええ!!』


 激しすぎる閃光と爆音……俺はこの瞬間“世界が白く染まった”としか思えなかった。


              ・

              ・

              ・


 気が付いた時、俺は月面都市中央部で倒れていた。

 乗っていたはずの『キマイラ』は全出力を防御に回したと言うのに最早原型は留めておらず、むしろ普通で考えれば絶対に助からない状況だったのによくまあ残骸が残っているものだと感心してしまう。

 同時に……俺は目の前で何事もなく存在している月面都市のビル群を見て、呆れを含んだ溜息を漏らしてしまう。

 むかし、まだロボットアニメが出たての頃にどれ程街を破壊しても翌週には何事もなく元通りになっているご都合主義に異を唱えた巨匠がいたけど……確かにこの違和感は半端ない。

 俺はさっきこれらが爆発に巻き込まれた瞬間を見ていると言うのに……。

 そして意識してみれば『月面都市』には現実での市内の人々が『夢幻界牢』に囚われて大勢いるはずなのに、人っ子一人見当たらない。

 もう、日常風景と戦闘風景の月面都市は別にあるんだと言われた方がしっくりくる。


 同じように満身創痍のもう一体の『キマイラ』が傍に横たわっているが、こっちは何とか原型を留めていて、露出したコックピットから横峯が無傷で姿を現した。


「無茶苦茶だアイツら、誰もが分かっていてもやらない事を平気でやりやがって……」

「押しちゃいけない非常ボタンを押し放題の気分なんだろうが……な……」


 しかし俺はそれ以上横峯の文句に答えるが出来ない。

 何故なら俺たちの目の前にあるビル群の隙間から漏れていた光が急激に見えなくなったから……。

 正確には地上のビルの谷間から、道路から夥しい数の量産型機動兵が、上空からは暴走魔導機と名前を言うのもマズイロボットの大群が隙間なく現れたのだから。

 ロボオタだったら本来夢の光景だったかもしれないが、コレでは真実悪夢である。

 ギチギチという駆動音が辺りから響き渡り、何かのパニック映画で大量の虫に襲われる類のシーンしか彷彿させてくれない!!


「「う、うわ……うわあああああああ!!」」

ドドドドドドドド~~~~~~~~ン…………


 しかし俺たちが恐怖の絶叫を上げたその瞬間だった。

 何の前触れもなく俺たちを囲んでいたロボットたちの囲みの一部が大爆発を引き起こし、何かが俺たちの上空へと現れたのだった。


『な、何だ今の攻撃は!?』

『一体どこから!?』

『気配もなく近付くとは!?』


 囲んでいるロボットの大群が多すぎて最早どこにいるか分からない悪友たちが驚く声だけが聞こえる中、彼女は現れた。

  操縦席ではなく『キマイラ』の手の平に乗った眼鏡を光らせ大きすぎる白衣をはためかせ、得意げに腕組みするオカッパ少女。


「あれは……アリス博士……」

「いや……あれはもうヒロインのカムイ・アリスじゃない……」


 ……登場の仕方を考えれば、まさにピンチに訪れるヒーローの場面っぽい。

 だが俺は『夢幻界牢』から覚醒させた最後の一人、神威愛梨の登場に言い知れぬ不安しか感じていなかった。

 悪友どもだけでもコレだったのだ。

 スーパー、リアルに真っ向から対立する思想を持ち出してきた過激派である彼女は果たして…………。


 俺の抱いていた不安は、彼女が『戦争を憂いたヒロイン』ではあり得ないような高笑いと共に証明される事になった。


「あ、はははははは~~~皆さん楽しそうな事してるじゃないですか!! ズルいですよ自分達だけ~~勿論私も入れていただけますよね!!」


 楽し気に笑いながら神威さんが両手を天高く上げると、次の瞬間には彼女の『キマイラ』の周辺にあらゆる作品の、敵味方を全く無視したラインナップのロボットたちが現れ始めた。

 ただそのロボットたちには共通点が一つだけ存在した。


「全てのロボットアニメではキャラクターこそが重要であると、たった今私が証明してご覧にいれましょう! さあお行きなさい! 我が愛しの騎士たちよ!!」

『ふ、任せておけ』

『……ヤレヤレ、仕方ね~な』

『おおおお! 俺の力を見せてやるぜぇ!!』


 クール系、俺様系、熱血系と種類は違えどもすべてがイケメンであるパイロットが操縦するロボットたち……中には浜中の集団と被っているのもいるけど気にした様子も無く、それぞれが四方八方へと飛び出してバトルを開始する。

 一帯は一瞬にして閃光と爆音が飛び交う戦場と化した。


「ふははは! 見たか、我がイケメン騎士団の力!! アニメ継続に重要なのは視聴者人気。顔が良くて民度が高いキャラ程長く生き残らせなくてはならない!! なればこそイケメンは最終話まで生き残る……故に、やはりロボットアニメで最強はイケメンキャラなのよ~~~!!」


 言っちゃいけない、誰もが気付かないフリをしていた結論を高らかに吠える神威さん……ぶっちゃけ彼女が最も節操無い!!

 オマケに攻撃のたびに一々キャラのカットインが入る『イケメン騎士団』に脱力感すら覚える。

 そんな彼女の持論に悪友どもが納得するワケも無く……議論(バトル)は激化の一途を辿って行く。


『認めん! キャラが大事なのは尤もだが機体性能も重要なファクターなのだ!!』

『ブサイクが主人公を張った例もある! キャラとてイケメンが最強とは言えん!!』

『キャラが最強なら何で“あの娘”は主人公に撃墜されたんだよおおお!!』


 ノリノリである……ノリノリで四つ巴の戦闘を繰り広げる馬鹿どもを、俺は半分諦めの境地で眺めていた。 

 ……これはもう収拾が付かないな。


「…………」

「おい、大丈夫か横峯……」


 半壊した『キマイラ』から見える横峯は呆然とした様子で……何というか引いているようにも見える。

 まあ無理も無いか……外野から見た限りでは神威さんは大人しめの文系少女。

 アニオタであるのは知っていてもここまでの過激な思想を持っているのを見せつけられて引いたとしても仕方が無い事か……。

 しかし俺の心配は横峯の呟きと共にゴミ箱に丸めて捨てられる。


「…………分かる……さすがは神威」

「……は?」


 そう一言だけ呟いた瞬間、半壊して動けないと思っていた『キマイラ』が勢いよく上空へと飛び上がって、横峯は『イケメン騎士団』の中心にいる神威さんへと叫んだ。


「分かる……分かるぞ同士よ!! キャラ人気が高い者ほど生存率は上がる。逆に“コイツら大丈夫か”的な要素が少しでもあれば翌週の生存率は絶望的……キャラクターの重要性、俺にはよく分かるぞおおおおお!!」


 爆音響く戦場のさなか、その魂の叫びに神威さんは驚いた顔をしたけど次の瞬間にはまるで悪の科学者の如くニヤリと笑って見せた。


「そうか! 分かるか!! 貴様は見所があるじゃあないか!!」

「おおよ! 男性人気を考えれば美少女キャラも最強キャラ筆頭!! 喩え敵側にいたとしても人気があれば後々“あのゲーム”で味方で復活すらありえるからな!!」


 こっちもこっちで身も蓋もない発言である。

 いつしか神威さんの手の平に降り立っていた横峯はノリノリの神威さんと眼前でバシリと手を組んでいた。


「共に戦おうぞ同士よ! 名は何と言う!?」


 神威さんにそう聞かれた横峯は、凄く嬉しそうに万感の思いを込めて答えた。


「横峯、横峯竜也だ、同士神威愛梨!!」

                 

                 ・

                 ・

                 ・


 呆然……俺の心情を言えばその一言に尽きる。

 結果だけを見ればオーライなのかもしれない。

 夢の中に引き込まれた連中が好き勝手に暴れてバトルし、触発された横峯も一緒になってバカ騒ぎに参加する。

 今は神威さん率いる『イケメン騎士団』と一緒に『萌えキャラ連合』を創造してバトルを繰り広げている。

 隠れオタであった事など最早忘れ去ったのか、趣味全開である。


 そんな……実に楽しそうにバトルする友人たちを前に、俺だけが色々考えて自重して取り残されている状況が……何とも馬鹿臭く思えて来た。

 誰もが勝手にルール無用にやっているのに、俺だけ置いて行かれたような気分で……。

 ……だったら俺も。


「敵キャラのロボットとか集団とかラスボスとか……最初っから油断しないで出し惜しみしないで一斉攻撃をしてくりゃ速攻で終わると思わねーか……お前ら……」

「「「「「!!?」」」」」


 俺のそんな静かな呟きは……轟音が絶え間ない戦場に何故か響き渡り、一瞬にして動揺した奴らが声を上げた。


『バ、バカ!! それこそ作中最大のタブーで……』

『敵は最初油断を繰り返して部下を徐々に失っていくのがセオリーだろ!?』

『ゲームでも敵側のHPは味方に比べて異常だから、それを集団で使うのはルール違反で』


 俺は『媒体』の事も『夢幻界牢』の事も……そして自重という言葉すらこの場この瞬間は忘れる事にして…………凶悪なフォルムの敵側のロボットを集団で創造して叫んだ。


「先にルール無用に暴れたのはそっちだろ! 楽しそうにしやがって……俺も混ぜろやこの野郎!!」





 翌日には消え去るバカ共のバカみたいな夢……。

 その結末を翌日に覚えている者は……俺も含めて誰一人いなかった。

 ただただ『良い夢を見た』それだけの想いを残して。


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