第六十六話 主人公機戦闘形態議論(実演)
今期某アニメスタジオ産のロボットアニメの冒頭である『月面都市』、ここは夢の中であると自覚した時からここでの出来事は全て『明晰夢』となって“何でもあり”になる。
ただ目の前の男はそんな事分かっていないだろう……ここが夢である何て自覚は無く、ただただ隠し続けていた本音を夢の中で暴露しているだけなのだから。
言ってしまえば『自覚無き明晰夢』、激高したヤツは無意識に自分の好きなロボットを使って俺に襲い掛かって来ているのだ。
雑に主人公機『キマイラ』の拳を使って繰り出された拳を、俺は咄嗟に同じ『キマイラ』の防具である特殊合金製の盾を出現させて防いだ。
「グギイ!?」
しかしガキンと鈍くも大きい金属を上げて一撃目は防いでくれたものの、横峯の『キマイラ』は一撃で終わらず、両腕を駆使して更に連続で拳を繰り出して来る。
ガガガガガと連続で重ねられる攻撃に盾がドンドン変形して、遂には俺の眼前から吹っ飛ばされてしまった。
そして留めとばかりに突っ込んでくる横峯に対して、俺は目を疑った。
そのフォルム……その形態……そのモードは!!
『アアアアアアアアア!!』
「く……てめえ、この野郎!!」
俺はヤツに対抗して同じように主人公機『キマイラ』を出現させて、繰り出された腕を掴んで動きを止めた。
操縦の方法何て分かるはずも無いけど、感覚的には体を動かすのと同じような感じで。
どうせ夢の中なのだから、そんな細かい事はどうでも良いか……。
しかし……俺としてはどうしても無視出来ない事実が目の前にあった。
主人公機同士の対決、普通この手のロボットアニメでは量産機以外はあり得ない光景だけど、同じ機体同士の力比べはやはり互角になって互いの駆動機構の金属が悲鳴を上げて拮抗してしまう。
……まあそれは良いとして……だ。
『おいお前!! 一体どういうつもりだ!?』
『アア!? 何が言いたい!?』
胸の内を暴かれて興奮状態の横峯が怒り交じりに反応するが、俺はヤツが現状で“ソレ”を選択した事がどうしても気になったのだ。
『その流線型で装甲を可能な限り取っ払った軽量化重視、重量のある武器すら無くして拳のみで戦うスタイル……それは15話の地球で初めて登場するはずのキマイラの超接近戦モード『モンク』じゃねーか!!』
『…………だから何だ!?』
『今はまだ月面都市の第2話! 序盤も序盤でそれを出して良いと思ってんのか!!』
『う……』
痛いところを突かれたとばかりに『横峯キマイラ』が拳を上げたボクシングスタイルのままピタリと止まる。
そう『キマイラ』は『機械技術』により『魔力』を駆使してあらゆる戦闘形態へと変化する事が出来るマルチタイプの兵器だ。
その事は話が進むにつれて判明して行って物語を盛り上げるのだが、月面都市序盤で出てくるのはせいぜいマルチモードの『ナイト』くらいなのに。
『最初からパワー特化タイプで来るのは卑怯じゃねーかコラ!!』
『う、うるせえな~! 俺はこの無駄を省いたこのモードが好きなんだよ!! それに市街地みたいな町中で小回りの利く『モンク』を使うのは定石だろうが!! 何で序盤でコイツを使わないっていっつも思ってたんだよ!!』
グ…………分かるその気持ち。
横峯の言葉は結構的を得ているオタク特有の無粋な考察ではあるが……それでも気持ちは分からんでもない。
有利なら最初から使え……それは漫画、アニメ、特撮、映画……全てのバトルアクションにおける究極のタブーではあるからな……。
俺がいらん事を考えている内に、横峯はその軽量な機体を飛び上がらせてスピードの乗った跳び蹴りを繰り出して来た。
『くらえ! ○○○○キーーーーーーック』
『そうか……そっちがそういうつもりで来るなら……俺も遠慮は要らんなあ!!』
ゴギ!!
俺はヤツの何を当てはめても物語上問題にしかならない必殺キックを、胸に喰らう瞬間に自分のキマイラを変形させて、受け止めた。
スピードが乗ったヤツのキックはこっちの装甲をほんの少し凹ませたのみで終わる。
『あ!?』
『そんなにお好みなら知ってるはずだよな……その『モンク』モードの最大の弱点がスピード特化のせいで紙装甲だって事を!!』
『しまっ……!?』
俺は自分の機体を動きは遅いけどパワーと耐久力に特化した重装甲モード『タンク』へ変化させて受け止めたヤツの足をそのまま掴んで振り回す。
『こ、こら待ておい!! それはアニメ本編には未登場の設定のみのモードじゃないか!? そっちこそルール違反じゃねーか!!』
『やかましい!! 先に話数ブッチ切って『モンク』で来たのはそっちだろうが!! それに動きが遅いから使い勝手が悪いってお蔵入りになったこのモードを本編で見れなかった意趣返しでもある!!』
『ぐう…………分かる……』
同意が得られた所でそのまま地面に叩きつける為に、俺はヤツの足をつかんだまま腕を振り下ろした。
しかしその瞬間に『横峯キマイラ』の足がすっぽ抜けた……いや違う! コレは分離しただけだ!!
『うお!?』
『分かるけど……そのまま喰らってやるワケにはいかんなあああ!!』
そして分離した機体が空中で再び組み合わさって空飛ぶ空想の生き物『ドラゴン』へと変形すると、そのまま口から炎を吐き出して来た。
『飛行モードの『ドラゴンナイト』か! うおおおおおお!!』
慌てて炎をかわした俺は今度は機体を遠距離攻撃モード『アーチャー』へと変化させてヤツを迎撃しようと上空へ向けてライフルをぶっ放す。
アニメ本編では絶対にありえない展開、同キャラ対決。
ネットでも悪友どもとのバカ話でもよくある『最強のモードはどれか』なんて不毛ながらも充実している結論の出ない議論……それが今、夢を通じて現実に体感している。
『……ヤバイ……めっちゃ楽しくなって来た』
現実的でない議論を実際に体感してぶつけ合う……こんなもん、ロボットアニメオタクにとっては究極的な理想じゃないか!?
俺がした遠距離攻撃を全て機敏な動きでかわした『横峯キマイラ』が戦闘の影響で瓦礫となったビルの上に降り立った時……俺は自然と笑っていた。
『ク……クフフ……アハハハハ!!』
『!? 何だお前……何がそんなにおかしい!? バカにしてんのか!!』
声を荒げて指を突きつける『横峯キマイラ』……俺が笑った事が気に障ったらしいけど。
『バカにする? とんでもない、俺は今嬉しくて楽しくてしょうがないぞ! 俺の周りでキマイラの機体性能で議論できるのは悪友どもくらいだったからな。それが実際にキマイラ最強モード議論が出来るヤツが目の前にいるんだぞ! ヤバイくらい楽しいじゃないか!!』
『…………』
こればかりは知識量の問題で一番一緒に夢を見ている天音には無理なところでもある。
同程度に知識(ムダちしき)を身に着けた猛者(ばか)でないと成立しないのだ。
『さあ続けようぜ主人公機最強バトルモード決定戦!!』
ハッキリ言って俺はこの時『夢幻界牢』の『媒体』を起して術を解くという当初の目的を完璧に忘れていた。
そして嬉々として『キマイラ』の主戦力であるビームソードを構えていたのだが……唐突に目の前の『横峯キマイラ』が武器も構えずに沈黙したまま動かなくなった。
『ん? どうした、もっとやろうぜ。なんなら二機目のパワーアップバージョンに話を広げても……』
『…………いいよなぁ……お前は……』
『……ん?』
そして聞こえて来たのは俺とは反対に気落ちしたかのように呟く横峯の声。
それは楽し気なものじゃなく、俺にとっては余り聞きなれない羨望が含まれていて思わず俺も動きを止めた。
『お前らって……いつもこんな話をしてるんだろ? こんな結論も出ない不毛でくだらない……楽しくて仕方ない話を……』
『……いつもってワケじゃねーけど……俺たちは基本的に『物語』が好きだからな。そんな話で盛り上がる事が多いってだけだよ』
『いいな~~』
どこまでも羨ましそうに呟く『横峯キマイラ』に俺は何も言えなくなってしまう。
折角盛り上がっていたのに……。
『何だよ……だったら遠慮なく混ざって来れば良かったのに。ここまで“戦闘モード”だけで語り合えるヤツだったら大歓迎だぞ俺たち』
実際大抵のオタクは仲間を求めてる。
語り合い、バトルし、共感できる悪友を……突っ込んだ事を語りたいヤツなら猶更だ。
しかし俺の言葉に『横峯キマイラ』は目に見えて落胆したポーズを取る。
『簡単に言うなよ……俺はお前とは違う。好きな事を堂々と口にしても認めてくれる仲間がちゃんといるお前とは……』
『……ん?』
『俺は……ダメなんだ。今の今まで作り上げた人間関係が偽りの自分で築いたものでも……失ったらどうしようと思うと、怖くて何も出来ないんだ……』
『…………』
肩を落とす『横峯キマイラ』の呟きは暗く沈んだもので、彼の本音なのは明らかだ。
狭くても出来上がったコミュニティーと言うのは一種の安心感を持たせる。
喩えそれが本音を偽り『他者を見下す』という事でまとまったコミュニティーであっても。
そして一度でも落ち着いてしまうと“そこ”から弾かれる事自体を恐れてコミュニティーからはみ出した行動を取れずに取り繕ってしまう。
横峯は今までチャラ男グループに属しているというステータスを守る事に必死になるあまり、今までこういった趣味を押し殺して本音とは違う言動を繰り返してきたのだろう。
『滑稽だろ? 情けないだろ? 笑ってくれて良いんだぞ。最初からお前らみたいに堂々と話していれば……バカにする奴なんか気にせずに笑っていればどんなに良かったかって、いっつも思ってたんだぜ? でも、なのにビビって何の行動もしない臆病者なんだよ俺はなぁ!』
『笑えるかよ……』
この手の趣味に関しては俺は同類が近くにいた事で助かったが、仮にコレが同類が近くにいなかったら、さもなきゃ周囲がそういう者をバカにする事でまとまっていたとしたら……もし同じ状況だったらと思うと俺だって堂々としていたのか分からない。
『そして俺が臆病風に吹かれている内に気になる女子には“奴ら”とワンセットでドンドン嫌われて行くんだ……お笑いだろ?』
『む……』
気になる女子……この夢のヒロインが神威さんの時点で誰の事かは一目瞭然ではあるが、更なる横峯の独白が俺の心臓をチクチク刺激してくる。
『堂々と本音で話してホレた女の隣にいるお前には絶対分かんねーよな……嫌われてる俺じゃどうしようもないから、いっそ別人にでもなれば振り向いて貰えるんじゃないか……こんな情けない考え方はよ!』
『グアアア!?』
それは『媒体』にされてこの夢を作り出した横峯の本音。
その自嘲の言葉は容易に俺の心の奥底にグッサリと突き刺さった。
キマイラの兵器なんか目じゃないくらいにその言葉は俺にダメージを与えたのだ。
本当に……鏡でも見せつけられている気分だ。
『なんだ……どうかしたのか?』
『…………勝手な事、言うんじゃねーよ……』
『え?』
若干心配そうな声を出す横峯を無視して俺は声を絞り出した。
『知らないはずが無いだろ! それは俺が数か月前まで毎日考えていた事だっての!!』
『……なんだって?』
こっちの『天地キマイラ』が文句を言う輩のような格好になってしまって、ロボットとしては凄く格好悪いポーズになるが、俺は構わずに捲し立てる。
数か月前までの苦悩の日々を……。
幼い日に突如訪れた天音からの疎遠状態の日々。
俺はその日からつい最近まで天音を見かける度にいつも自分が嫌われている事を思い悩んでいた。
今となってはそれが誤解だったと判明したけど、当時俺は本気で思っていたのだ。
別人になって、いっその事別の世界に行ければとか……そんなあり得ない事を。
『うそだろ……あんな仲良さそうなのに……』
俺の言葉を黙って聞いていた『横峯キマイラ』は呆然とした様子で呟く。
『だったら……だったら何で、どうやってお前は今みたいな関係に……』
『……あんまり言いたくないんだけどな~。多分やった事自体は何の参考にもならないと思うし……』
『頼む教えてくれ! せめてヒントだけでも!!』
必死に詰め寄ってくる『横峯キマイラ』に俺が渋っていると、最終的に瓦礫の上で土下座すらしそうになって、俺は慌てて止めた。
主人公機の土下座何て誰が見たいものか……。
俺は溜息を吐いて……現実で天音と久しぶりに交わしたたった一言を教えてやる。
『挨拶しただけ』
『……は?』
『何年も何年も話す事も出来なかった幼馴染にようやく言えたのは、情けなくガクブルになりながら言った“おはよう”の一言……それだけだ』
『……それだけ? ………本当に?』
俺が天音に対して出来たのは本当にそれだけだ。
それだけの行動で、俺は『夢の本』という反則技と天音の慈悲深さに助けられる形で今の関係を手にしているのだから。
正直俺は色々と幸運だったってだけだ。
だから俺からハッキリ言えるのは一つだけ……当たり前の事だけなのだ。
『何をどうしたって……結局は自分が動くしかないんだよ。こればかりはどうしようも無くてな……望みどおりになるかは分からなくても、何もしないと何にも変わらないって事だけは確実なんだよな……』
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