閑話 キャラ付けの失敗と後悔(横峯サイド)

 それは横峯竜也が小学3年生の時に起こった、どこにでもありそうな些細な出来事から始まった。

 元々漫画やアニメなどが大好きな少年であった彼だったけど、ある日突然に周囲の友達が全く見なくなったのだ。

 そして友人たちは“くだらない”“ガキっぽい”など色々な理由を付けて見ている自分を下に見て仲間外れにしたのだった。

 そんなのは幼少期の気まぐれの一幕で、やった本人たちは大して意識もせずに終わった幼児期の出来事……しかし横峯にとってはこの事が決定的な偏見をもたらした。


 曰く、人前でアニメや漫画の話をすると馬鹿にされ、仲間外れにされる……と。


 それから彼は人前ではその手のオタク文化をバカにして見下すスタンスを取り、そんな態度を繰り返す事で似たような行動を繰り返す連中とつるみ始めて…………中学を超える頃、むしろそんなスタンスこそがマイノリティーであると気が付いた時にはもう遅かった。

 男子何て大抵漫画も読むしゲームもする……そんなキャラ付けなんてしなければ良かったのに……本当は好きで好きでたまらないのに、楽し気に話している奴らに交じりたいのに……。

 しかし一度虚飾の仮面で作り上げてしまった人間関係を抜け出すというのも、彼にとっては恐怖だった。


 そうなったら、今度こそ自分はどこにも属さないで孤立してしまうんじゃないか……と。


 それから彼は『自分は望んでこいつらとつるんでいるんだ』と己に言い聞かせ、自分とは違いオタク趣味を隠さずに楽し気にしている連中を見下し、『自分たちは連中よりもレベルの高いグループにいるのだ』と思い込む事で自分の居場所を確保する事にしたのだった。


 それだって一つの答え、決して間違っているという事は無いのだが……彼にとって心境の変化を齎す事件が再び起こったのだ。

 高校2年になった頃、仲間内でリーダー格でもある弓一がクラスの女子で中心人物になっている『神崎天音』に目を付けた時、彼は神崎天音の隣で仲良く話す一人の少女に目を奪われたのだ。

 黒髪オカッパで眼鏡をかけた一見地味目に見えるけど笑った顔が凄く可愛らしい少女、彼女の名は『神威愛梨』と言い……彼はその瞬間、少女に一目ぼれしたのだった。


「しかしよ~神崎は俺の女にしてやっても良い、神楽も中々悪くねぇけどよ~その横にいた地味女だけは勘弁だな~」


 だが、その淡い恋心は仲間内で集まった時の会話のせいで心の内に封じる事になった。

 弓一が何気なく言い放ったその言葉に他の連中も馬鹿にした笑みを浮かべて同調する。


「んだな~~俺は神楽の方が好みだけど、確かにあのチンチクリンはタイプじゃねーよ」

「あんなの選ぶのは特殊な性癖のヤツだけだろ? なあ竜也……」

「そ、そうだな……アイツを選ぶのはあり得ないよな……」


 ニヤ付いて自分の好みを真っ向から否定される……そんな状況に幼少期の記憶が蘇り、横峯はホレた相手を貶されているという状況にも関わらず、怒る事もなく同調してしまった自分にこの後激しく自己嫌悪する事になった。


 そして……この判断が間違っていた事に気が付いた時、まるで天罰のように横峯にとって状況は最悪の一途を辿っていた。

 基本的に自己中心的でナルシストも入ったイケメン気取りの弓一はお目当ての神崎天音しか見ていなかったようだが、よく見るとあの3人の中で一番の主導権を持っているのは神威愛梨なのは……彼女の事を一番気にかけていた横峯には気付けたのだ。

 そこに気が付かない弓一が神崎天音に無遠慮にモーションを掛けて、神威愛梨に対してはあからさまに興味無くむしろ“気を利かせてお前はどこかに行け”という態度を取る……弓一を含めた『仲間たち《じぶんたち》』がどんどん嫌われて行くのを見ているのは地獄であった。


『バカ野郎……なんで気が付かない! 神威を邪険にする事で神崎の印象もドンドン下がっているってのに!!』


 この嫌われ度合いは弓一の外堀を埋めるという発想で流した『神崎天音と自分が付き合っている』という噂のせいで決定的なものになった。

『これでアイツも俺と付き合ってる事になったから問題ね~な』なんて言っている弓一を横峯は心底頭が悪いと思った。

 神崎天音が『幼馴染と親友を見下して印象最悪なヤツと付き合っている』とか噂されて喜ぶ女子かどうかも分からないのか……と。


『ちょっとでも顔の良い男と付き合っている事をステータスにしたい、今ヤツが付き合っている連中ならそうだろうけど、神崎天音がそう言うタイプじゃねー事も分からんとは』


 そして当然の如く付随して自分たちの印象も悪くなり、神威愛梨からの印象も悪くなる一方……。

 しかしそれでも孤立する恐怖を拭えない横峯に更なる追い打ちが掛けられた。

 案の定逆効果にしかならなかった“あの噂”だが、最近になって急に相手の男が幼馴染の『天地夢次』へと変化していたのだ。

 お目当ての女子が別の男と一緒にいる事に弓一は『あれは俺の女だ! あの野郎、調子に乗りやがって!!』など激高していたのだが、ハッキリ言えば横峯には当たり前の事にしか思えなかった。

 ただ仲の良かった幼馴染が元に戻った……オマケに恋愛感情まで付属して、そう考えると自然な事。

 むしろその頃から彼は神崎天音の隣に立つようになった男を別の目で見ていたのだ……。


『アイツは自分を偽ってない……自分の好きな娘の隣に堂々と立って、その娘の親友たち神威にも認められている…………』


 いつしか横峯は『天地夢次』に羨望の眼差しを向けるようになって行く。

 そしてその二人が間接的な要因になって、最近天地の友人たちと神崎の親友たちが交流する機会が増えて来た。

 元々自分たちの趣味趣向を隠そうともしていない連中の話が合わないはずもなく、先日の昼休みに『最強ロボット談義』をし始めたのを、横峯は心底羨ましく見ていた。

 馬鹿話をして、好きな娘が自分達には嫌悪しか現さない表情に楽し気な笑顔を浮かべている…………。


『混ざりたい…………多分、今俺が好きなロボットアニメを土産に割って入ってもコイツラは仲間に入れてくれるはず……受け入れてくれるんじゃないか?』


 そんな淡い期待が横峯の心をよぎる……。

 しかし……自分は、自分達は今嫌われている。嫌われている自分何かが話しかけたところで……。


「ったく下らねぇ話で神崎を縛り付けやがってオタク共め……行こうぜ、拓、竜也」

「あ、ああ…………」


 そんな想い自分が既に嫌われているという前提に脆くも崩れ去ってしまう。

 自己嫌悪と共に教室から聞こえてくる楽し気な声……それが彼を更なる絶望を与える事になってしまっていた。


 たった一度の勇気……それさえあれば……。


                 ・

                 ・

                 ・


『お悩みですか? 学生さん……』

『…………アンタ……誰だ?』


 それはどこなのか、いつなのか、全く分からない暗い場所。

 いつの間にか横峯はそんな場所に横たわるかのように“浮かんで”いた。

 しかし声は聞こえると言うのに辺りに姿は一切ない。

 にも関わらず、何故か聞えてくる“女性”の声に横峯は恐怖を感じる事は無く……何故だか安心すら感じていた。


『貴方のお悩み、心の底で燻ぶる願望……私が叶えて差し上げましょうか? 少々特殊な工程を踏む事にはなりますが……』

『願望…………だって?』

『はい……今の人間関係を壊す事を恐れ抜け出せず、しかしお気に入りの娘と仲良くしたい……そんな矛盾した願望を……』

『……………………』


 それは横峯にとっては完全なる核心……誰にも打ち明けた事のない心の内を知らない何者かに言い当てられるという異常事態のハズだった。

 しかし……それなのに横峯は慌てる事も混乱する事も無く、淡々とその事実を受け入れていた。


『アンタ……何者だ? 何で俺にそんな話をする?』

『何者か……それはどうでも良い事です。しかしまあ、何で貴方なのかと言えば……………貴方が私の計画に一番マッチしているからですかね』

『…………マッチしている?』

『ええ……今この瞬間、最も『天地夢次』を羨む存在は貴方ですからね……』

『…………』


 それがとある日の深夜2時過ぎ、夢の中で行われた契約である事を知る者はいなかった。

 たった一人、契約を持ち掛けた『夢魔の女王サキュバス』以外は。



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