第六十五話 するつもりの無いカミングアウト
選ばれし魔力を持つ『ウィザード』にしか扱えない強力な『魔導機』と、万人に扱え量産は可能だが武力が劣る『機動兵』。
元々は企業同士の技術戦争であったのに、次第に宗教観までもが絡みだして2つの勢力が争いあう世界を憂いた天才科学者『カムイ・アリス』が編み出した第三の理論による最新機『キマイラ』の初戦は、その機体の持つ圧倒的な火力により勝利を収める事が出来た。
しかし未熟な初心者が不慣れな操縦を行った事で、『キマイラ』は少なくないダメージを機体全体に負う事になり……結果『リュート』と『アリス』は月面都市から少し外れた『廃棄ブロック』に機体を隠して修理をしなくてはならなくなっていた。
「……敵の攻撃による装甲のダメージは全くないわ。ただ……不必要に行われた高速起動によって『キマイラ』の関節部と動力部に負荷が掛かって、動作不良を引き起こしているみたいね」
「す、すまない……咄嗟の操縦だったから『機動兵』の操縦を参考にしてたから……」
無言でパソコンを叩き機体の修理部分を割り出すアリスにリュートは責められているような気分であった。
「修理に何か手伝える事って…………」
「結構……『キマイラ』は少々特殊な機体ですので『魔導機』とも扱いが異なります。お気になさらず……」
「あ…………そうっすか……」
元々魔力を持たないリュートが今まで操縦出来ていた『機動兵』は量産が利く事で、どちらかと言えば使い捨てに近い使い方を繰り返してきた彼には『キマイラ』の操縦方法が分からない。
ただそれは本当に仕方のない事だし、別にアリスも怒っているワケではない。
むしろ敵に囲まれた状況でも自分を助けてくれたリュートに感謝しているくらいなのだが……あまり表情の動かない彼女は意図せずに彼に恐怖を与えてしまっていた。
「……じゃあ俺は少し出て、食糧とかの買い出しに行ってくるよ。何か必要な物とか」
「ないわ」
「あ、はい……すみません……」
「?」
思わず謝ってしまうリュートにアリスは『何で謝ってるんだろう?』と不思議に思うのだった。
二人の気持ちが通じ合うには……軽く32話は必要なのだった。
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月面都市の南ブロックにある商店街……そこがリュートたちが現在隠れ家にしている廃棄ブロックからそこそこ近い場所で、万が一の追っ手を警戒してリュートはそこを買い出しの場所に選んだのだった。
しかしある程度の買い物を済ませた彼が隠れ家に戻ろうと歩いていると、路地裏に差し掛かった所で一人の男が、リュートの前に立ちはだかった。
「よう主人公……第2話の下りから考えて、多分この道を通るんだろうな~って思って待っていたかいがあったよ」
「? 何ですかお宅。俺はアンタに見覚えは無いんですけど……もしかして俺のファン? だとしたらサインは勘弁してもらえないかな?」
アリスの追っ手を警戒してカマをかけるリュートは本当に目の前の男の顔が分からなかった。
喩え昨日“自分を追い回した傭兵と同じ顔”をしていても……だ。
「ファン……と言うよりは……同類かな?」
しかし……リュートは何故か分からないけど言い様の無い恐怖を目の前の男から感じる。
何もかも、全ての事が壊されてしまうかのような恐怖を……。
「アンタ……一体だれ……いや…………“なんだ”!?」
震える手を抑え込み、緊張のあまり乾いた唇でリュートはようやく声を絞り出した。
*
俺は正直この夢の世界に付いて色々と思い違いをしていたようだった。
この夢を創造した『媒体』は俺たちが最近散々楽しんでいる『明晰夢』の楽しみ方と同じように“あの映画の主人公をやりたい”“あのゲームの魔王をやりたい”などなりきり、ようするにロールプレイを楽しむ為の夢なのだと思っていたのだから……。
コレが最初に疑った神威さんや悪友どもだったら、それで正解だったと思う。
言い訳をすれば、奴らが現実と同じ顔でアニメの主要キャラになり代わっていたから余計に騙される結果になったワケだが。
「最初から考えるべきだったんだよな……この夢は『主人公をやりたい』ってポジティブな発想で作られたものじゃ無いって……」
「おい、一体何を言ってるんだお前は」
唐突に目の前に現れた『物語設定上』では絶対に接点の無いはずの男(おれ)を警戒した目で睨みつける主人公……他の人物に関しては主要キャラからモブに至るまで、全て市内の人間を割り当てられていると言うのに、唯一そのままのキャラとしてこの夢に存在するキャラクター。
この夢の『媒体』が主人公は主人公として登場して欲しかったのかと、前回は思い込んでいたけれど……。
「まさか『自分では無い、神威愛梨と仲良くできる別人になりたかった』が本当の理由だったとはな……」
「!!?」
俺が意味ありげにそう言っただけで、アニメ本編では月面都市の傭兵として図太くも飄々と生きて来て、しかし情に熱くやるときはやる熱血タイプな主人公キャラ『リュート』の表情が驚愕のそれに変わった。
それだけで……残念な事に俺の予想が大正解であった事が分かってしまう。
「明晰夢、見たい夢を見る時は気持ちの持ちようで見え方が変わっちまう。下手に“アニメの世界”を意識するとオープニングに放り込まれたり……」
「な、何を言っているんだお前は…………」
俺がそう言いつつ一歩近づくと、『リュート』は全く言われている意味は分からないのに言い様の無い恐怖に慄いている……そんな感じに青ざめて後ずさる。
スズ姉の時と同じように、こいつは現在本当に主人公『リュート』のつもりで“本当の自分”を自覚していないから当然…………。
いや、むしろ意味を分かりたくないと無意識に思っているのだろうか。
しかし、俺はそれを自覚させなくてはならない…………“気持ちが分かるだけに”めっちゃくちゃ気が進まないけど
「この夢の本質は絶賛放送中のロボットアニメ『魔動機兵キマイラ』の世界を追体験したいレジャー感覚じゃない……」
「…………やめろ」
「仲間を裏切って逆に奴らが嫌っている俺たちの輪に加わりたい、あわよくば俺たちのしていたバカ話の神威さんの『キャラ押し派』に参加したい……でも今まで作り上げた人間関係が壊れる、それが怖くて出来ない……」
「やめろ!!」
俺の追及に主人公『リュート』は苦し気に頭を抱えて、そして主人公とは全く違う男の声になり怒鳴り出す。
「自分じゃない何者かになって、自分の人間関係とは一切関係なく神威愛梨とお近づきになりたい……それがお前の本音なんだろ……横峯竜也!!」
「ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロオオオオオオオオオオオオ!!! それ以上言うんじゃねえええええええ!!」
俺がチャラ男連中の一人、正確にはいつも弓一の隣で一緒になって俺たちを小バカにしていた一人の名を告げた途端、主人公『リュート』だった顔が崩れて件の男の憎悪に歪む顔へと変貌を遂げた。
そもそも主人公の所属していた傭兵団役に『チャラ男たち(やつら)』がノミネートされている時点でおかしいし、天音たちがやらかした時に倒した傭兵団は男が2人に女が2人の計4人……現実での奴らの総数は5人だったのに一人足りなかった。
だったら最後の一人はどこにいるのか……そう考えればおのずと答えは出てしまう。
そして……その理由も……。
「ストーリー上の事で見逃していたけど、お前にとっては『主人公が仲間を裏切りヒロインを助ける』ってところが一番重要だったんだろ」
「だまれええええええええええ!!」
「うおっち!?」
ドゴオオオオオオオオン…………
その瞬間、血の涙すら流さん勢いで睨みつけ吠えたリュート改め横峯は自分の腕を『主人公機キマイラ』の腕に変化させて、人間では到底持ち上げられない専用ビームライフルをブッ放した。
「ガ……ぐえ!?」
慌てて避けた俺であったけど、さすがに無傷とは行かず……爆風に吹っ飛ばされて近くのビルへと激突してしまった。
「夢の中だとはいえ無茶苦茶してくれる!」
ここは夢の中なのでいくら怪我しても重傷を負っても死ぬ事は無い、けど“やられた”という気分は味わってしまって、それなりの痛みを感じる事になる……当然今だって“死ぬほど”ではないけど痛みを喰らったと感じている。
だけど……俺はその痛みを与える攻撃をして来た横峯に怒りの感情は湧いてこなかった。
むしろ怒り狂う彼の姿に……物凄く胸が痛む……申し訳なく思う。
本当であれば、それは自分の内にのみ留めて置くだけの……誰にも知られたくない、暴かれたくない想いだったはずなのだ。
構築された人間関係を捨てられず、でもその人間関係を捨てなければ、裏切らなければ遂げられない想い……。
怖くて実行できない想いを思い描こうとする……そんな誰もが経験する隠しておきたい夢想の世界……。
「……何もなければ踏み込むつもりは欠片も無かったんだけどな~」
『夢幻界牢』の『媒体』、そんな事にならなければ絶対に俺は介入しなかったはずなのに……ぶっちゃけコイツに関して俺はもう被害者としか思えなかった。
何の目的かは知らないけど『媒体』として己のひそかな願望(ゆめ)を利用され、他人(おれ)に知られ、暴かれてしまうという悲惨な状況に陥っているワケだから……。
本当に……今回に限っては俺一人で来て良かった。
「この夢の事実は……誰にも言わない、忘れてやっても良い……特に神威さんには知られたくないだろうからな」
「アアアアアアアアアア!!!!」
撒きあがる瓦礫の粉塵が晴れたそこには、多分横峯の願望(ゆめ)で作り出したのだろう主人公機『キマイラ』が、無機質な機械のはずなのに溢れんばかりの殺気を身にまとって現れた。
叫び声すら上げて…………。
「だから……とっとと目を覚ましてお前も議論に参加しろ!!」
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