第六十四話 鏡写しの願望(ゆめ)
気分的にはヤケクソで開催した『第三回最強ロボット談義』は思いのほか盛り上がりを見せた。
特に神威さんが新たに立ち上げた『キャラ至上主義』は想像以上の脅威であった。
「機体のゴツさと美少女はギャプとして盛り上がれますが、カワイイ機体とオッサンは相容れない……想像して見てください、キラキラフリフリで女性的なフォルムの機体から降り立つ髭面のオッサンの姿を……」
「「「「ゴボアアア!!!!」」」」
中々にエグイ意見に俺たちは揃って吐血(した気分)、撃沈に追い込まれてしまった。
だけど放課後の馬鹿話は大いに盛り上がり、その後結界に守られていた部屋を出た途端に再び瞳を閉じて夢遊状態に戻り歩み去るみんなを見てガッカリしてしまう。
……くそ、一体誰だと言うんだろうか。
それから「さすがに二日連続お泊りってワケにも行かないから」と神楽さんはコノハちゃん(子狐形態)を頭に張り付けて自宅へと帰り、俺と天音はもう一人の理解者であるスズ姉に会う為に喫茶『ソード・マウンテン』へと訪れていた。
時刻は18:00を回っていて幸か不幸か店内に客は誰もいなかった。
そんな中、無言で瞳を閉じたまま店内を動いているスズ姉に俺は『夢の本』をカバンから取り出して肩の辺りをポンと叩いた。
「……あ~いらっしゃい」
そうすると瞳を開いたスズ姉は俺たちの様子から自分が“今”目覚めた事に初めて気が付いたようで、目頭を押さえて難しい顔をする。
「眠りから覚めたって感覚は無いの?」
「残念だけど全然……今日一日普通に仕事していたつもりだったし、君らが入店した時にも“いらっしゃい”って言ったつもりだったんだけど……夢次君がカバンからその本を取り出したのを見て“あ~今まで自分は寝てたんだな~って気が付いた感じ……」
『夢幻界牢』を知っているスズ姉でさえこうなのか……夢に対する防御手段を持っている俺たち以外はこの魔術から逃れる方法は無いらしいな。
俺は未だに犯人どころか『媒体』すら発見できない事に焦りを感じる。
「それで……その様子じゃ失敗だったみたいね、犯人捜しは」
「なんとなくカムちゃんだったらヒロインを選ぶのがおかしいとは思っていたけど……」
後から聞くと神威さんを良く知る天音たちには彼女がヒロインを“望んだ”という事自体に違和感があったらしい……確証が無いから言わなかったそうだけど。
カウンターに座る俺たちにコーヒーを出してくれるスズ姉。
俺にはアメリカンで天音にはカフェオレと、こんな時でも好みを合わせてくれる気遣いが素直にうれしい……俺はいつもの味に少しだけホッとする思いだ。
「こうなるともう夢の主要キャラになっていたって考えが間違いなのかな? ほら、むしろ傍観者に徹して物語を見ていたい的に……」
天音があっけらかんと、中々に絶望的な事を言ってくれる。
それだと本当に市内全土のどこに『媒体』が存在するのか分かったものじゃない、お手上げも良いところだ。
「さすがにそれは無いと思うよ」
「どうして?」
しかしスズ姉は銀のトレイをヒラヒラさせて天音の意見を否定する。
「夢ってのは見ている人間の記憶の残滓、夢を見る本人が知らない情報は夢として見る事が出来ないハズだろ? 今まで見た夢を鑑みても最低限『神威愛梨』を知らなければヒロインに抜擢する事は無いだろ?」
「あ、確かにそうだよな……あの『月面都市』の夢はあくまで個人の夢なんだものな」
「……何かに気が付いたの?」
カフェオレを啜りつつ聞く天音に俺は小さく頷いた。
「この前神楽さんの危機を予知夢で見た時は、俺が『ちーちゃん=神楽さんの母』って知らなかったから、知っている情報だけで構成された酷く中途半端なモノだった。逆に言えば知ってる者じゃなければ神威さんをヒロインにしたあんな夢を見る事は出来ないんだ」
「…………でもそうは言っても、それこそカムちゃんだって知り合いは沢山いるし、あの娘がアニオタでイケメン押しなのを知っている人だって結構いるから、偶然ヒロインに抜擢したって事も……」
俺の意見に納得いかないようで、天音は眉を小さく顰めて見せる。
「……あるかもな。でもそれだと天音が気付いた『俺たちの敵対図式』をワザワザあのアニメに当てはめる事が出来るのはおかしくないか?」
「……あ」
俺が言いたい事を天音も気が付いたらしい。
そう、単にアニオタだけじゃ分からないけどあの敵対図式は俺たちが昼に教室で繰り広げていたバカ話を見聞きした者じゃないと絶対に分からないモノだ。
しかも神威さんを第三勢力に外す辺り、二回目の昼休みでの会話限定という事になる。
「じゃ、じゃああの日の昼休み、教室にいた誰か……私たち以外の誰かが『媒体』って事なの!? だったらもう虱潰しにローラー作戦で……」
そう言うと天音は喜色すら浮かべてスマフォを操作し始めた。
交友関係が広い彼女はクラスメイトほとんどの番号、アドレスを知っているからな。
彼女の情報網に任せれば何れ容疑者の割り出しには成功するだろう……。
だけどこの時、俺は何かが引っかかった。
それは間違いに気が付いたとかそういう類ではない“何か”……。
例えるならば、まるで鏡でも見せつけられているかのような……妙に気恥ずかしくなるような感覚……。
俺はその違和感を無視できずに、改めて数日中に見た夢の内容を思い出して行く。
……初回の『同棲風景』はなるべく色っぽいシーンを動画を淡々と見送るくらいの気分になるように冷静に流して……。
テロに遭うヒロイン、夢の『媒体』は神威さんを『アリス』に、ヒロインにしたかった……。
でも何故『三勢力で分かれ争う』あのアニメを選択する?
なんで俺たちの昼間の馬鹿話を再現するかのような敵対図式で?
この夢に『媒体』のどんな願望があると言うのだろうか??
あの物語はヒロインの崇高な『新たな思想』に主人公が感銘を受けて傭兵団を裏切る所から始まるストーリーだ。
テロ事件……ヒロイン逃亡……主人公がヒロインを拿捕……仲間のところに連れて行くけど裏切り逃亡……介入しちゃった天音と神楽さんが男二人、女二人の傭兵をうっかり潰す……俺たちがヘッポコ悪役を担う事になってスズ姉キレる……主人公機『キマイラ』に搭乗した主人公が大活躍…………あ。
「あああ!?」
俺は見て来た夢のストーリーをダイジェストで思い出して……ようやく気が付いた。
そして多分クラスメイトに連絡を取ろうとしていた天音の操作する手を慌てて止めた。
「あ、あえ!? ど、どうしたの?」
「あ~~~~何というかその……止めたげて……直接交渉はさすがに哀れだ……」
「え!? まさか夢次君……『媒体』にされた人が誰なのか分かったの!?」
勢い込み聞いてくる天音に俺は頷く事しか出来ない。
俺自身は“その事に気が付けた”という事に妙な脱力感というか同族感を感じてしまい、微妙にげんなりする気分だが……。
“そんな気分”を俺はつい最近まで毎日抱いていたから……よ~く知ってる。
「…………鏡を見るのって、結構きついよな~」
*
「で……分かったって言っておいて一人で眠っちゃったけど、な~んで今回は私も一緒だとダメなのよ……もう」
不満気に言いつつ天音はうつ伏せになって寝息を立てる夢次の頬をツンツンと突っつく。
いつもであれば当然のように一緒に夢の中に入るし、そうでなくても彼の持つ『夢の本』を逆用して入り込んだりするところだけど、今回に限っては夢次に“絶対にダメ”と厳命されてしまったので……さすがにマジだと分かり、天音も了承するしかなかった。
とはいえ不満は不満らしく、彼女は仲間外れをすねるようにさっきから眠る幼馴染に些細な悪戯を繰り返している。
そんな妹分の姿にスズ姉はクスリと笑った。
「まあ夢次君がああ言うって事は、多分“男だけ”の方が都合が良いって判断した相手なんだろ? 変な意味じゃなく」
「……分かってるよ。夢次君なりの気遣いなんでしょうけどさ~」
そう言いつつ起きない事を良い事に頬をムニ~っと引っ張り出す天音……分かっていても納得は出来ないようである。
「ワガママめ……やれやれこういうとこは“どこでも”変わらないよな~本当……ん?」
スズ姉がそう呟いた時、不意にカウンターに置きっぱなしにしていた自分のスマフォが着信を知らせて来た。
「メールかな………………え!?」
しかし何気なく確認したスズ姉の表情がその瞬間緊張に強張った。
「どうしたのスズ姉? 怖い顔して……だれからなの?」
「………………」
天音の質問に視線は向けるものの冷や汗をながしつつ、何も言わない。
だが彼女は奥歯をぐっと噛み締めつつ、懐に忍ばせていたある物を取り出して口にくわえた。
「…………私からコレを使う事は無いと思っていたけど」
キイイイイイイイイイイイ………
それは先日“夢で再会した知人”から受け取った目覚まし用の笛で犬笛などとは違う独特な音響を響かせる。
その音はある特殊な力『魔力』持った連中にしか聞こえない代物で『魔笛』と言われる笛だった。
そしてその音響を耳にした天音は、途端に夢次に置いて行かれて拗ねる可愛らしい表情から歴戦の魔導士のそれへと変貌させた。
「…………どうしたのよ“姉御”。私の封を解かなくてはいけないような事でも?」
封印を解かれた『無忘却の魔導士』は不満そうに『聖剣士』へと問うと、彼女は手にしたスマフォを強張った表情のまま見せて来た。
「ええ……これを見てくれる?」
「え……こ、これって!?」
スズ姉……前世名『聖剣士リーンベル』はかつて失った左腕を右手で抱いて、冷や汗を流していた。
「どうやらこっちに渡ったのは私たちだけって事でもないようだな……」
『夢葬の勇者が真実に気が付いて夢の世界へと一人で潜航したなら、無忘却の魔導士を“起こして”指定の場所へといらして下さい。
聖剣士リーンベル様へ
今世では破滅を望まないただの男より』
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