閑話 夢葬の勇者を恨む存在

 夢次たちが想定外の事態に困惑して、ヤケクソ気味に『第三回最強ロボット談義』を始めた空き部屋を……廊下の向こう側から見ている人影が“一つ”だけあった。

 その人影……男性は市内の全てが人々が夢遊状態で瞳を閉じていると言うのにしっかりと瞳を開いて“見ていた”のだ。

 そして武骨なネックレスをしていて、その宝飾部分が点滅を繰り返す度に聞こえてくる“女性の声”と会話を始める。


『凄いものですね。曲がりなりにも世界を滅ぼしかけた力の一端、一度は神すら凌駕しかけた力を使った『夢幻界牢』の中で魔力の影響を退けるだけのフィールドを作り出せる者が“こっちの世界”でもいたとは……』

「向こうに比べれば相当廃れているようだが、こちらでも神は存在するという事だ。それに我の力など転生の際にほぼ失われているからな……こちらで使役できる魔力など、これで最後であろうよ……」


 何でもない事のようにそんな事を言う男性に、ネックレスからは少しだけ戸惑うような声が聞こえてくる。


『残された貴重な魔力を……貴方もあの女も、このようにアッサリと渡して良かったのですか? 物質として最早依り代無しに夢を使役する魔力の無い私にはありがたいですが……』


 その質問に男性は自嘲気味に笑う。


「こっちの世界で魔力(そんなもの)を持っていても役には立たんさ。回復治療の魔法でも使えれば別だったけど、生憎我も“彼女”もそんなのは使えん……だったら、使いたい奴が使えば良いのだ」

『なるほど……それは道理ですね』


 それからしばらくは空き部屋を観察していた男性だったが、聞こえてくるのは学生らしい喧騒のみ……連中が予想した『媒体』を発見できない限り本日は動きは無いだろう。

 しかし男性の考えと『ネックレスの声』の考えは違っていた。


『さて……勝負はこれからのようですね……』

「そうなのか? 見たところ彼らは夢の『媒体』に今日は辿り着けなかった。今はまだ問題無いのでは?」

『甘いですよ“魔王様”そんな事ではまた世界を滅ぼす事は叶いませんよ?』

「そりゃ~残念だ」


 男性……魔王に最早そんな気などサラサラ無い事を分かった上で『ネックレスの声』は冗談交じりに言う。


『もう『媒体』の存在に気付かれて夢から自分の周辺の人間関係に目を向けて真実に迫って来ている……それだけで直に気が付きますよ、私の知る『夢葬の勇者』であれば……“夢に秘められた裏の想い”くらいは』


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 勇者を迎え撃つために、最終決戦前日『魔王城』に全ての戦力を集めたのだが、その魔族は謁見の間で静かに座る『魔王』の前に現れた。

 その魔族、『夢魔の女王(サキュバス)』は周囲に控えている数々の魔族も人間も合わせた精鋭たちの顔を見回して……盛大な溜息を吐いた。

 各々が全て、決意に満ちた迷いの無い表情でここにいるのだ。

 

「……酷いものですね魔王様、精鋭とはいえ全盛期に魔王軍では考えられない程少数しか城には集まらず、そしてその全員が……最早敵に対して殺す意志すら持っていないとは」


 小バカにしたような彼女の言葉、しかしそれを聞いた者は誰一人激高も否定もしない……失笑する者もいれば“すまんな~”と照れ笑う者すらいる。

『夢魔の女王』でなくても明日この城と共に魔王軍は終わるという事が分かってしまう。

 だって、誰もが勇者という存在に恨みを抱いていないのだから……むしろ感謝すらしてしまっているのだから……積年の恨みを最高の形で晴らしてくれた勇者を。

 そして、それは大将たる『魔王』ですらそうなのだ。


「仕方があるまいよ。あの男は武力も使わずに憎悪の連鎖を全て葬り去ってしまったのだからな……必ず敵を打倒する気概を保てん以上はな」


『魔王』はフッと溜息を吐いた。


「だからこそ、お前は明日の最終決戦には参加せんのだろう?」

「はい……申し訳ありませんが、夢葬の勇者(あの男)に恨みを持つのはこの世界で唯一私だけのようですからね」


 そう言い放つ『夢魔の女王』の顔は憎悪と激しい“嫉妬”に彩られて……全ての男性を虜にするとまで言われた整った顔立ちを歪ませていた。

 彼女は自分が奪われた『夢想の剣(ナイトメア・ブック)』が魔王軍の崩壊を招いた……その現実がどうしても許せなかったのだ。

  コレが自分が奪われた殺傷兵器の為にと言うなら別だった。

 魔王軍が英雄の武力によって滅ぼされ、そして人間どもが救われたというなら……彼女は魔王軍最初の犠牲者として納得していたはずなのだ。


 しかし『夢葬の勇者』は違った。

 まるで武力など無粋、魅了など論外とでも言うかのように……ただただ“夢を魅せる”その一点のみを巧みに利用してあらゆる人間を、魔族を、そして世界すら意のままに操って見せたのだった。

 それは夢魔にとっては最高の栄誉であり……その称号を人間に奪われた『夢魔の女王』にとっては最大の屈辱以外の何物でも無かったのだ。

 その様を見て『魔王』はフッと笑った。

 

「お前の最大の敗因は自分ならば篭絡出来ない男はいないと思っていた……自信なのだろうな」

「……気を使わないくて宜しいですよ『魔王様』、素直に油断とおっしゃって下さい。自分が全ての男を手玉に取れるワケではない……精神を操る夢魔たる私がそんな当たり前の事すら忘れていたのですからね」


『夢魔の女王』は自分が勇者を篭絡しようと寝室に忍び込んだ日の事を思い出して、自嘲気味に笑った。

 どんな男であろうとも篭絡して快楽に溺れされ、最後には生気を奪ってきた自分が全力で魅了魔法を使い、自慢の美貌と体で誘惑していると言うのに……その男から受けた感情は欲情でも警戒でもない。


 交じりっ気のない、純粋すぎるほどの……殺意だった。


 それはこの世界においては物凄く稀有な事、『死に逃げる事は許さない』が口癖の勇者に殺意を向けられた者は数えるほどしかいないのだから。


「俺からアマネを奪おうとするヤツなら敵だな!? ならば許さん……か」

「ん? どうかしたのか?」

「いいえ、何でも無いですよ。それでは私はコレで失礼させてもらいますよ……せいぜい派手に散ってくださいな……ああそれと」


 そう言って『夢魔の女王』は謁見の間を後にしようとしたのだが、何か大切な事を思い出したとばかりに『魔王』へ近寄って耳打ちをする。


「今日が最後の夜なら……せめて自分の女にしてやれよ」

「む…………」


 隣を目配せしながらそう言われて今日初めて表情を変える『魔王』を尻目に、『夢魔の女王』は今度は“隣”で控えていた秘書である『女魔導士』に肩を組んで耳打ちをする。


「な、何を!?」

「……いいか、次があったら遠慮するなよ。むしろ自分から押し倒しちゃえ」

「!?? あ、貴女は何を言って……」


 顔を真っ赤にして驚く彼女の顔に満足した『夢魔の女王』はヒョイっとバックステップすると悪戯っぽい笑顔を浮かべて踵を返した。


「夢魔の女王(サキュバス)からの最後のアドバイス……いや呪いの言葉ですからね。絶対に呪いに掛かってくださいね~」


 振り向きもせずに右手をヒラヒラさせながら出て行く……それが彼女との『今世』での最後の別れである事はその場の誰もが理解していた。


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 「それだけの為に……肉体を失って物質のみの存在となってまで世界を渡るとはな……大した執念だよ」

『世界を渡るには神の加護が無ければ転生でも転移でも『変化』を受け入れるしか無い。それだけの話ですから……』


 ネックレスに、装飾品になった『夢魔の女王』はそれでも自分の行いに一切の後悔は無いとばかりに明るい口調で点滅する。


「分かっているとは思うが……」

『分かっていますよ。私は貴方の意向に反する事はしませんし、全てを意のままに利用して、最後の最後、目的を果たさせてもらうだけですよ……サキュバスの本懐を……』



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