第六十三話 放課後のお目覚め

 そして翌日の放課後、俺たちは校舎の端にある空き教室に昨夜の夢の中で目星を付けた連中を呼び出すために集まっていた。

 メンツは俺と天音と神楽さん、そして本日は幼女モードのコノハちゃんである。


「しかし……教室の全員が喋らない光景って物凄く怖いな。私語厳禁は授業中だけで沢山だよ……俺が言うのも何だが夢に見そう……」


 今日一日を振り返って俺は正直げんなりしていた。

 夢遊状態で動いている生徒も教師もみんな、目をつぶったまま無言だが日常生活は続けている。スマフォをいじるのもクラスメイトと談笑(?)するのも普段のまま動いているのだけど、当然眠っている連中はしゃべらないし喜怒哀楽を顔に出さない。

 現状で言えばイレギュラーは俺たちの方なのだろうけど。


「会話が成立しないのは私たち“起きてる”側だけだから、ちょっと仲間外れの気分ね。直接会話できるのは夢次君とカグちゃんだけだもの」


 周囲は変わらないのに自分たちだけが違う状況はまさにそんな感じ、天音が言う通り今日一日は軽くボッチな転校生の気分だった。

 ただ、そんな日常と変わらない様子なのに少しだけ違う事もあったが……。


「そう言えばチャラ男連中って今日見た? いつも必要ないくらいに目に入って嫌な気分になるのに今日は一度も見なかったような……」


 最近はやたらと俺の事を目の敵にして睨んでいる事が多いチャラ男たちなのに、理由もなく見えなくなるとそれはそれで不安になる。

 しかし俺がその事を口にすると、天音と神楽さんは奴らの話なのに珍しくニッコリと大変いい笑顔になった。


「あ~多分だけど今彼らは大変な事になってるから暇がないんじゃないかと」

「そうそう、連中の存在意義ってヤツが脅かされ始めているらしくてね」

「は?」


 そう言うと神楽さんは自分のスマフォ操作して画面を見せて来た。

 内容はとあるラインのやり取りなのだが……俺はその内容に思わず吹き出してしまった。

 それは女子同士でのみやり取りされているらしく、つい数日前までは連中の周囲にいた女子たちが“冷静になって相談する”内容だった。



 曰く『何故か朝目を覚ました時、今まで良いと思っていたアイツ(加具屋)のどこが良かったのか分からなくなった』

 曰く『何か変な夢を見たせいか冷静になって考えられた。香織(新藤さん)が縁を切ったのは当然かも……』

 曰く『そもそも最近のアイツってダサくない? ここんとこ落ち目じゃん』

 曰く『ちょっとアタシらも距離置いた方が良くね?』



 俺はその素晴らしい内容に……思わず爆笑してしまった。


「あはははは、な~るほどな~俺はモテるんだアピールをしてた連中にとっては死活問題だよな~コレ。自分達のステータスのつもりが向こうに値踏みされて価値なしと判定されるとはな~」

「ここまで見事な自業自得も無いけどね~。今まで女子を相手に調子に乗ってた事が全部返って来てるだけだから」

「さっき校門から出て行くところを見かけたけど、仲良く男三人だったね~」


 元々天音にちょっかい掛けてきていた時には男女で7人はいたチャラ男グループも新藤さんの改心、斎藤の出家、女子たちの脱退で残りは“男3人”か……。

 しかしラインの内容の『妙な夢』って、まさか昨夜二人の女神がやらかしたアレが原因なのだろうか?

 傭兵団の同じ仲間として夢に登場したのに二人の女子に完膚なきまでに叩き潰された実に情けない姿を夢に見て……。

 俺はそこまで考えて……その事を瞬間的に脳裏から消去した。

 うん! マジでどうでも良いな!!

 原因はどうあれ全ては奴らの自業自得なのだから、結果を見れば彼女たちのファインプレーと言えなくもない。

 …………ヘッポコ悪役はもう勘弁だけどな。


「さて……それじゃあ連中が来る前に準備しちまおう。コノハちゃん頼む、この部屋全体に結界を張ってくれ」

『了解、なのです!』


 元気に答えた金髪幼女は教室の中心で両手を広げて、金色に輝く光の何か……多分彼女的な言い方をすれば『神通力』を解き放って空き教室全体を覆いつくした。


「……なんかあんまり変わった雰囲気はしないけど、これでオッケーなの?」


 正直漫画とかで言う“神聖な空気”とかを感じるのかと期待していたけど、特にそう言った感覚を味わうことなかった。

 俺自身に霊感っぽいモノが無いって事なのだろうか?

 ちょっとガッカリしているとコノハちゃんがクスリと笑った。


『これは私の神通力でお部屋の中だけ“普通の場所”にしただけで神域に変えたワケでは無いのです。夢次さんだけじゃなくみんなそんな風だと思うですよ』

「あ、そうなの?」


 見た目幼女でもさすがは百歳オーバー、気遣いの出来る幼女である。


 スズ姉曰く『夢幻界牢』は範囲内の入った者全てに影響を与える、つまり防御手段が無ければ範囲内にいるだけで夢遊状態になって夢に引きずり込まれるとの事。

 つまり俺が一時的に『夢の本』を使って覚醒させたとしても、こういった特殊な場所を作らなければすぐに戻ってしまうという事らしい。

 俺は教室のドアの陰に隠れて呼び出した連中を待ち伏せる……教室に入って来た瞬間に『夢の本』で触れる為に。


「……教室でいきなりやって、ハズレだった時起きたヤツにこの夢遊状態(げんじょう)を説明する事も出来ないからな……めんどい」

「ここは“知らなくていい世界に巻き込まない為に!”とかカッコよくキメようよ。本を良い感じに構えてさ」


 本を開いた妙にスタイリッシュな立ち姿……いわゆる『〇ョ〇ョ立ち』をビシイイ!って効果音を自分で言ってして見せる天音……う~む、こう、かな?

 二人で何となくふざけていると、廊下の方から人の気配が近づいて来る。

 ……ヤな感じだけど、人の声が無い分足音が妙に際立って聞こえるんだよな~。

 ちなみに本日連中をこの空き部屋に呼び出した建前は『第3回最強ロボット談義』をする為て事にしている。

 ライン上で俺が『リアル派』として執拗に煽ったら想像以上に熱くなったようで、『放課後どこかで激論を交わすぞ!!』という事になり……学校側には無断でこの部屋を使っているというワケなのだ。

 ハッキリ言って校則スレスレだろうな~とは自覚しているけどね。

 ……しかし現実では誰一人しゃべらないのにライン上ではいつも通りの激論が出来ていたのが何とも複雑な気分ではあった。


 そんな事を考えている内に、ガチャリと扉が開いて一人の男子生徒……俺たちの中では比較的運動神経の良い男、浜中が入室して来た。

 俺は扉の死角からそっとヤツの背中に『夢の本』を押し当てた。


「……………………ってワケで最強はスーパーロボットである俺の主義は曲げられないから覚悟しろ夢次!!」

 

 その瞬間、夢遊状態で一切しゃべらず目を閉じていた浜中が『会話の中間』から再生し始めたように喋り出した。


「おー遅かったな……我々量産型の力に恐れをなしたと思ったぞ~」


 覚醒成功……俺は何気ない会話を装って喋りつつ、窓際からグラウンドのサッカー部を見つめる神楽さんが小さく首を横に振るのを確認した。

『夢幻界牢』にかけられた者が覚醒する事で術は解ける……仮に浜中がその『媒体』にされているなら、今この瞬間に夢遊状態のサッカー部は一斉に目を開いて声を上げ始めるはずだ。

 だけどどうやら『月面都市市長』はハズレのようだった。

 ま……仮にコイツが『媒体』だったらあのリアル路線のあのアニメは選んでないだろうし予想通りではあったけど……。

 それから次々に『ライバルキャラ』の工藤、『裏切りSP』の武田が入室してきてそれぞれ順番に覚醒させたのだが……やはりというか神楽さんは首を横に振る。


 ……となるとやはり『媒体』は当初の予想通り……。

 同じ事に思い至った天音と神楽さんは複雑そうな表情で扉の向こうから彼女が訪れるのを待つ……。


「後は神威さんが来れば激論の続きが出来るな……まさか我らのスーパーとリアルの戦乱に参入する武士が現れるとは思わなかったですが……」

「キャラメインの思想……彼女の考えも間違いであるとは言い難いからな~……ふふふ本日はどんな力強い主張が交わされるのか」


 対して男連中は呑気に神威さんが来るのを心待ちにしている模様……無理もないけど。

 自分たちの好敵手の出現、しかもそれが異性である事にコイツ等も少々舞い上がっているっポイんだよね……なんか。

 

 そして遂にその時は訪れる。

 誰よりも軽い足音で教室に待ち人『神威愛梨』が扉を開けた瞬間、俺は彼女の背中にそっと『夢の本』を押し当てた。

 その瞬間……『ヒロイン・カムイ・アリス』である彼女も例外なく瞳を開いて覚醒し、文系っぽい大人しめな外見とは裏腹の、挑戦的な笑みを浮かべて話し出した。


「…………であるから、もう従来の議論は無意味! 私はキャラこそ全てであるという結論を曲げる気は無いのでそのつもりで!!」

「ほほう、やる気か!! 本音はイケメン最高である軟弱者が我らに対抗すると?」

「ふふん……私は美女も萌えもイケる。場合によっては渋めのオッサンもアリだと本日は明言して置こうじゃないか!!」

「な、なにいい~~~!? それは卑怯じゃないか!?」


 いつもであればこれから楽しい激論が交わされる前振りなのだが……俺はチラリと横眼で確認して……神楽さんが顔色を変えるのを見た。

 それは喜んだりホッとするような表情ではなく……明らかに“予想を外して”驚愕するそれにしか見えず…………俺の見間違いなのかと思いたかったけど、残念ながら神楽さんは表情も変えずに首を横に振って見せた。

 その意味は天音にも分からないワケは無く……彼女も同様に顔を青くして俺の袖をグイグイ引っ張って来た。


小声

『ちょっと夢次君!? カムちゃんが起きたのに『夢幻界牢』が解けないって……どういう事なのよ!?』

『どうもこうも……』


 俺は流れる冷や汗を拭うことなく……あまり口にしたくない結論を言う。


『あの夢を作り出した『媒体』は他にいるって事……だろ……クソ』


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