第六十二話 悪役は主人公以上に難しい

「これって魔導士(ウィザード)しか動かせない『魔導機』じゃないのか!? 俺に魔力なんか無いぞ!!」

「違う! コレは『魔導機』を『機械制御』で万人に扱う事を可能にした私の提唱する第三理論の結晶、その新型『魔動機兵キマイラ』よ!!」


 魔力を持つ一握りの魔導士(ウィザード)のみが操る事が出来る強大な兵器『魔導機』と誰もが動かす事が出来、量産も可能だがあらゆる性能で劣る『機動兵』。

 その二つの理論の対立から起こる戦渦の中、遂に現れる第三理論の新型機!!


 そんな物語の冒頭で最も盛り上がるはずのシーンを俺たちは廃ビルの屋上から……物凄く冷めた目で見つめていた。

 


「……ねえ……何か私、納得いかないんだけど…………」

「言わんでくれよ……俺だって同じ気分なんだし…………」


 非常に疲れ切った顔で呟くスズ姉の言葉は、現在の俺たち全員の共通認識……第一話に置ける悪役の大変さを身を持って味わった末路である。

 傭兵団からヒロインを連れて主人公が逃げ出すシーンは第一話の展開で、その事に思い当たった俺はストーリーに沿って『悪役』として行動を開始したのだが……これがあり得ない程大変だったのだ。

 ……と言うのも主人公たちはストーリー上『悪役』が追い回すからこそ必死に逃げて『主人公機』の強奪に成功する流れなのだが、逆に言えば“全力で追い回さないと強奪出来ない流れ”になっているのだ。

 何しろ『月面都市』は実際には敵だらけで下手に時間をかけていると別の勢力が介入してくる確率が高く、そうなるとストーリーが改変される危険がある。


 つまり主人公たちを追い立ててもストーリー的に絶対に銃弾を当ててはいけず、向こうに攻撃されても反撃してはならず、更に決められたルートに誘導しなくてはならない……。

 ハッキリ言ってそんな絶妙なさじ加減のヘッポコ悪役の大変さを身をもって味わう事になって、現在一番のストレスを感じているのは……戦闘経験が豊富なスズ姉なのは言うまでもない。

 明晰夢扱いで無尽蔵に武器弾薬を調達できるのに有効活用出来ないのだから……。


「私が、この私がこんなザルな戦い方をしないとならんとは!! 目的を予想して進路を潰すのは戦闘行為の常套手段だし! 増援の申請は当たり前な作戦だし! そもそも敵の狙いであるブツを移動もさせずに置きっぱとか!! 真面目にやれば何回奴らを仕留められたと思ってんだよ!! ああああああああイライラするうううう!!」

「ごめんなさいスズ姉! 私たちが悪かったから落ち着いて!!」

「すみませんでした! 二度とストーリーに介入しませんから!!」

「第一話だからって主人公に甘過ぎるって言うのよ!! 敵が都合よく誘導してくれるとかあり得るか!? あり得んだろ!! 責任者出てこいやあああ!!」

「すまんスズ姉!! それ以上は勘弁してくれ、それは冒頭でのお約束の展開なんだから!!」


 いつもは冷静に構えているスズ姉も、戦闘行為での物語展開のご都合主義は耐え難かったらしい……ギリギリの発言に俺も宥めに入った。

 劇をやる上で主人公よりも悪役の方が演じるのが大変だとは聞いた事があるけど、妙な話で主人公がヒロインを助ける系の冒頭シーンは、こうした『全力で絶妙なヘッポコ具合を発揮できる悪役』の活躍によって支えられていたのだと痛感するね。

 

「ごめん、もう大丈夫よ……落ち着いて来た」


 俺たちが激高するスズ姉と押し問答している内に、東ブロックに隠されていた主人公機『キマイラ』は月面都市を舞台に敵『魔導機』相手に大立ち回りを展開していた。

 月面都市の住人たちは戦乱の気配に不安と恐怖をないまぜにした瞳で、ただただ上空を見上げるのみ……なのだが、やはり俺たちは……何かもういいやそう言うの……という脱力感に満ちていて……。


「んじゃまあ……全員の情報交換を始めましょうかね」

「「「異議な~し…………」」」


 周囲から爆風や爆音が聞こえると言うのに……緊張感のない声である。

 俺も含めてだが……。


「さて……まずはこの現状、アニメ世界の夢を作った『夢幻界牢』ってのはどうすれば解けるのか……スズ姉は知ってるの?」


 まず一番重要な事を俺は確認する事にした。

 この辺については『前世の記憶』を持っているスズ姉が知らなければお手上げなのだが…

…俺の質問にスズ姉は渋い顔をして頷いた。


「ああ知ってるよ。そもそも君らもこの夢が『誰かの夢』って事は目星を付けていたみたいだけど……夢の元になった人間、そいつが目を覚ませば自動的にこの夢の世界は終わる」


 元に戻す方法がある。

 スズ姉がキッパリとそう言ってくれた事に俺たちは揃って安堵した。

 だがスズ姉は待ったを掛けるように不穏な情報を寄越してくれる。


「ただ……この夢の世界を作り出した者が『誰か』は分からないし、そして特定の人間の夢を利用して『夢幻界牢』を創り出した何者かは別にいるはずよ」

「!? ワンセットじゃ……ない?」


 正直俺は元凶のお目覚め、イコール事件解決と都合よく考えていたのだが……スズ姉の断言に息を飲んだ。


「ああ違う。本来なら夢に関する魔術は人の身で出来る事じゃない……誰かを媒体にして何者かが何かの目的で利用した、そんなところだろうな」

「少なくとも元凶は二人いるって事なのね……市内全土を巻き込む形で……」


 神楽さんの呟きにスズ姉はより一層顔を顰めさせる。


「市内全土、半径10キロとか言ってたっけ? そんな馬鹿げた魔力なんて“こっち”でどうやって捻り出せば良いのやら、こんな力はそれこそ…………!?」


 そこまで行ったところでスズ姉は何かに気が付いたかのように顔を青くして、何故か左腕を右手で握りしめた。


「…………まさか」

「スズ姉? 何か分かったの?」


 しかし俺が名前を呼ぶと彼女はハッとして顔を上げた。


「いや、まさかな……何でもない」


 その表情はいつも涼しい顔で仕事をこなすスズ姉とは思えない程引きつったモノだったが……俺は暗に“聞かない方が良さそう”という雰囲気を感じて、それ以上追及出来なかった。


「……私たちがまずやらなければいけないのは、この『夢幻界牢』を作り出すために夢を利用された人間を特定する事だな」


 何かに触れないように話を進めるスズ姉だったが、その言葉に天音が食いついた。


「え……それじゃあこの『夢幻界牢』? の媒体にされちゃった人は“こんな事態になる”って知らなかったって事?」

「……どころか自分が術に掛けられてる自覚も無いだろうし、現在も楽しい夢を見ているくらいにしか思っていないはずだよ……釈然としないけどね」


 スズ姉はため息交じりにそう言うが、反対に天音と神楽さんは少しだけホッとしたような表情を浮かべた。

 …………なんだかんだ、親友が主犯じゃないと聞いて安心したのだろうな。


 さて、そうなってくるとまずは『主犯』に利用された媒体を探す作業になるワケだが……当初の予想通り、アニメでの主要キャラがほとんど顔なじみの“俺たちの友人”であった事が確認できた。

 俺はノートを広げて人物名を書き込んで行く……。


「ライバルキャラに工藤、中立無視の市長が浜中、裏切りSPが武田、そんでもってヒロインアリス博士に神威さんっと……次点で一応チャラ男連中も想定するが……」

「そう言えば主人公ってどうなの?」


 神楽さんが何気なく聞いてくる……そう言えば主人公の『リュート』に関してはこの夢の中でも完全にアニメの主人公のままだったな……。


「適役がいなかったから主人公はそのまま適用されたって事なのかな? それとも敵であっても味方であっても媒体になった人は『主人公はリュート』って思い入れがあったとか?」


 ……それは分かる気がする。

 天音が言うように、例えば夢の世界で主人公以外のキャラになった場合はあくまでも主人公にはそのままでいて貰いたいと思ってしまうものだ。

 何度となく明晰夢を見ていたからな……俺も天音も。

 あらかたの情報を纏めたところでスズ姉は腕組みをして俺に言う。


「本来『夢幻界牢』から目覚めさせるには術者を止めるか、結界の範囲外まで出るがしかないけど……君なら一発で起こす事が出来る……だろ?」

「え……ああ、なるほど『夢の本』の力で……」


 夢の本を使えば夢遊状態から目覚めさせる事が可能である。

 その事をスズ姉に指摘された瞬間だった……唐突に辺りが闇に包まれた。

 まるでいきなりブレーカーでも落ちたかのように……。


「な!? 何この暗闇は一体!? 敵襲!?」


 しかし唐突な事態だと言うのに、警戒して慌てるのは“未経験”のスズ姉のみ……俺たち3人は暗くなってから薄暗くムーディーな雰囲気で現れて、ロボットの前でポーズを取るキャラたちのバックから流れるスローテンポな歌詞に最後の気力を持って行かれた気がした。


「…………エンディングか」

「物悲しい顔でどこ見てんのかしら…………あの娘」

「もう何か……どうでも良くなってきたわ……」


 この後次回予告までしっかりと体験する事になった俺たちが早々に『夢幻界牢』の解除を決意したのは言うまでもない……。



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