第五十九話 演出による周辺地域への深刻な問題

 生活音はあるのに人の声が全く聞こえないと言うのは本当に不気味だ。

 町中を歩くのもそうだし、家に帰ってきてからも両親も妹も一言も話さずに瞳を閉じたまま日常生活を続けている姿は言い得ぬ恐怖を感じさせる。

 しかし、俺とは違う恐怖を心の底から感じている二人の女子がいた。


「やっちゃった……明日の体重計が怖い……」

「迂闊だったわ……せめてあの時、パフェは一つだけにしておけば……」


 こんなホラーな状況よりも明日の体重計って……知らんがな!

 俺は今現在、自宅の部屋から窓越しに天音、神楽さん、コノハちゃんの三人と会話している。

 ちなみに神楽さんは本日天音の家にお泊り会である。

 俺は知らなかったけど、実は『三女神』はしょっちゅう誰かの家でお泊り会を開いていたらしく、土日は夜な夜なパジャマパーティーを開いていたとか……。

 う~む、窓越しに見える女子たちのパジャマ姿が神々しい……。

 ただ今日に限ってはパジャマパーティー目的ではない、重要な目的があった。


「それじゃ二人とも、今から『共有夢』で夢の世界に入るけどコノハちゃんとしっかりと手を繋いでいてくれよ? コノハちゃん、ガードの方を頼むよ」

『分かったのです! お任せなのです!』


 現状のコノハちゃんはいつもの子狐ではなく、金髪オカッパのケモ耳少女スタイルで……その愛らしさに興奮した女神どもに子供用パジャマを着せられていた。

 アカン……女子高生二人に幼女のパジャマ……尊い……。


「では二人とも、特に神楽さんは初めての経験だろうけど夢に入ったら『自分が夢を見ている』って事を意識してくれ。夢遊状態を作り出した夢の世界に入り込んで『明晰夢』を自覚出来ないと色々と面倒な事になるからな」

「了解、ハマったらまた私たちも夢遊状態になるって事よね……」

「わ、分かった。う~ん本当に夢の中で自在に行動なんて出来るのかしら?」


 さすがに天音は夢の世界には慣れているからかリラックスした様子だが、神楽さんは初めての経験に少々戸惑っているようだ。


「大丈夫大丈夫! 慣れると空も飛べるし正義の味方にも伝説の勇者にもなれるのよ!」

「マジ!? じゃあホラー映画とかバトルアクションも!?」


 しかし天音の言葉に緊張よりも好奇心が勝った様で、すぐに瞳がランランと輝き始める。

 なんだか、ここに三人目が加わった時が恐ろしい気がして来たのだが……気のせいだと思いたい。



 ファミレス会議の後、俺たちはとにかく市内の人々が取り込まれてしまった夢の世界に侵入して怪しい人物を炙り出して犯人を特定しようと考えたのだ。

 しかし、ただ眠りに付けば間違いなく再び『夢の世界』に囚われてしまって現実世界の自我を保つ事は出来ないだろう。

 自動的に夢の呪縛から守ってくれる『夢の本』を持っている俺は例外だが、他の二人はそうは行かない。

 そこで二人には眠っている間、コノハちゃんに局所的な結界を作り夢の支配からガードして貰おう……とそういうワケなのだ。


 ……ぶっちゃけりゃ、俺がコノハちゃんの役どころを担えば手間も省けるのだが……いくら何でも女子二人(美少女)に挟まれて眠れる程豪胆ではないし、あの尊い空間に俺が入り込むのは……聖域に土足で踏み入る悪行であろう!

 俺はいつものように、自分の部屋から『夢の本』の鳳の紋を窓の方角に向けて……今日はしっかりと手に持ったまま『共有夢』を発動する事にしたのだ。

 ……同級生の女子が一緒に風呂に入った後でパジャマに着替えてキャッキャしているのを窓越しに感じる2~3時間は妙に寂しい気分になったが……それはそれ。


「ゴメンな夢次、私がいなきゃ遠慮なくアマッちと添い寝できたのにな~。一晩彼女を借りるぜ!」

「か、カグちゃん!?」

「そういう物言いはやめい!! 妙な妄想しちゃうだろ!!」


                ・

                ・

                ・


 夢の本による睡眠導入はいつも唐突だ。

 本を手に“寝よう”と思った瞬間にすでに夢の世界に入り込んでしまう感じで、それは間接的に明晰夢を一緒に見ていた天音も同様だったらしく……最近は二人で就寝時間を合わせているくらいだった。

 唐突な場面変化に対応できるように……。

 しかし今回夢の世界に入ったと気が付いた時は、今まで見て来た明晰夢とは違い真っ暗闇の、何にも無い世界だった。


「何だここ? 問題の夢は月面都市だったはずなのに……」

「真っ暗ね……何処ここ?」

「ねえ、コレが明晰夢ってヤツなの? 思ってたのと違うけど?」


 しかし俺たちが疑問を口にした時、どこからともなく音楽が流れ始める……。

 そうすると暗闇だった世界が段々と明るくなって行く。

 現れた風景は……なにやら戦渦に巻き込まれた後っぽい街並み、高層ビルが瓦礫の山となった場所で、そこの上に一人で佇む少年が一人……憂いを称えた瞳で上空を見つめるアイツは……。


「夢次!? あそこに誰かいる……」

「あれってもしかして主人公の……」


 アニメを見ていない神楽さんは分からないようだが、途中参加でも見ている天音にはヤツが誰なのか分かったらしいな。


「ああ、主人公の『リュート』だな……しかしどこ見てんだアレ?」


 今期のロボットアニメ主人公『リュート』は金で雇われる傭兵の一人だったのだが、『アリス博士』が製作した最新鋭の機体を盗み出す時に彼女と出会ってから始まるストーリー。

 夢があのアニメを踏襲したものと考えればいるのはおかしくないけど……何もない虚空を見つめているのは一体何の意味が……。

 しかしどこからともなく流れていた静かな曲調が唐突に始まった“歌詞”と共に勢いのあるスタイリッシュな物に変化して、主人公が見栄を切った瞬間に虚空に現れるアニメの『タイトル』、そして突然現れる主人公機!?


「のわあああああ!?」

「きゃああああ!? なになになに!?」

「危な!?」


 危うく追突される瞬間、俺たちは慌てて避けるが主人公リュートは気にした様子もなくこれまた突然現れたアリス博士の手を取りコックピットに乗り込んでいく。


「あ!? あれってカムちゃんじゃない? お~いカムちゃ……」


 しかし天音が声を掛けようとした瞬間に場面が切り替わる……文字通り世界が全て変わったように風景から何からが別の物へと俺たちがワープでもしたかのように。


「は?」

「え?」 

「ちょ、ちょっと何よコレ!?」


 そして現れるのはおびただしい数の人型ロボット兵器の群れ群れ群れ……。

 どちらが敵でどっちが味方なのかも判断が付かないのだが、向こうも判断するとかしないとか、そんな事はお構いなしとばかりに……すべての兵器をあらぬ方向にぶっ放し始めたのだった。


ガガガガガガ……ドドドドド……ドゴドゴバンバン……ボボボーーーン……


「逃げろおおおおおお!!」

「何なんだよコレ!? 見境無しじゃ、きゃああああああ!?」

「さっきからどこに向かって撃ってんのよ!? 何なのよこの適当な攻撃は!?」


 慌てて逃げ惑う俺たちは本当にどこに向かって攻撃されているのか分からない弾丸やらビーム兵器やら爆弾やらあらゆる兵器に追い回される羽目に陥っていた。

 そしてその間にも続いているスタイリッシュなBGMと女性ボーカリストの歌声……こ、これってまさか!?

 俺はこの『見せる為だけの攻撃』の正体に気が付いて青ざめた。


「オープニングだ! これってあのアニメのオープニングシーンだ!! 敵味方関係なく演出目的でやたらと攻撃をぶっ放す感じの!!」

「は、はあ!? オープニング??」


 神楽さんは俺の言葉に『何言ってんの?』的な顔になったが、俺の結論を肯定するように、これまた唐突に風景が遠近法を無視した専用機と一緒に現れるキャラクターの場面になった。

 そのキャラクターにどや顔の工藤がいたのが妙にムカツクが……。

 しかし俺の意見で天音は青ざめて絶叫する。


「ちょっと待ってよ!? こういうロボットバトル物のオープニングって、要するに導入で視聴者の期待を高める為にカッコイイシーンを集めるのが普通でしょ!? もしかして歌が終わるまで……」

「…………この無作為な攻撃が終わらない……そういう事になるな」


 状況を理解して冷や汗が止まらない俺たちを他所に……キャラのどや顔祭りが終わったらしく……再び演出攻撃シーンが再開され、弾幕の中を主人公機が飛び回るシーンへ移行した。

 ……そして当然のように流れ弾がこっちへと降り注いでくる。


ドガガガガガガガガガガガ!! 


「アニメを忠実に再現するにしてもコレは違うでしょうが! これだからリアル路線を求める輩は!! キャアアアアア!!」


 神楽さんのディスりに反論する言葉がこの状況では浮かばない。

 俺だって夢の世界の再現でオープニングを挟むとかあるとは思ってなかったし……何なのだこの余計なリアル思想は!?

 しかし、それならばここは夢の中である事には違いない……俺は考え方を変えて、まずは身を守る事に専念する事が重要だと判断する。


「二人とも、ここは夢の中だ! それぞれこの攻撃の中で助かる事が出来る『何か』を想像しろ!! オープニング終了まで後1分くらいは持ち堪えるように!!」

「あ、そうか!! そう言えば……よ~し……」

「え!? そんな事急に言われても……え~っと窮地を脱する事が出来る何か……」


 俺の言葉に反応して二人とも何かを思い浮かべたようで、それぞれの全身が光に包まれる……そして俺はこの状況で絶対に耐えきれる何かを想像して……。



 時間にすれば多分1分30秒ってところだろうか……アニメのオープニングはそのくらいで終了するのだが、俺たちにとってはその時間は一時間にも永遠にも感じられた。

 機体から顔を出した主人公がヒロインの『アリス博士』の手を取るシーンでようやくオープニングが終了……その場面を俺たちは瓦礫に埋もれる形で眺めていた。

 

「なんなんだよコレは……前にこの夢を見ていた時はこんなシーンは一回も無かったのによう……」


 何か納得が行かず、瓦礫から這い出した俺は『夢の本』をめくる。

 めくる自分の手が強靭なウロコの揃ったドラゴンの物になっていた事にちょっとだけ驚いたが……どうやら俺が咄嗟に攻撃に耐えれる強いヤツと考えたのがコレらしい。

 巨大と言えるほどでもないけど、アメコミの緑のヤツに近いような?


「ふひ~~~散々な目にあったわ……」


 愚痴りながらガラガラと瓦礫を押しのけて出て来たのは天音、彼女はあの状況でお得意のヒーロースーツに身を包んでいた。

 やはり彼女にとっての『強い姿』はコレがマストなんだろうか?


「げほ、げほ……あ~も~ようやく終わったの?」


 そして続いて現れた神楽さんの姿は……俺は正直意外な気分で二の句が告げないけど、天音はスーツ姿のままで口元に手を当てて、明らかに笑っていた。


「カグちゃん……カワイイ!!」

「え…………うえ!?」


 彼女の姿は何というか……日曜の朝にお目にかかる事が多いのは天音と同じだけど、どちらかと言うと女子向けと言うか、魔法少女のそれと言いますか……。

 主人公とかじゃなくメンバーの中でお姉さんに相当するキャラになっている辺りがツボを押さえていると言わざるを得ない……。

 神楽さんは自分がそんな恰好をしている事に今気が付いたようで慌てふためいた。


「なななな、なんだよコレ!? 何で私はこんな恥ずかしい格好で……」

「咄嗟に助かる為に思い入れのある強い何かになる事を想像した結果だと思うけど?」


 俺がそう言うと、一陣の良い風が吹き抜けて行った。


「ふふ……」


 そしてヒーロースーツのまま天音が笑うと、神楽さんは真っ赤になって慌てふためき始める。


「ちちちちち違う!! 私はこれにそんな思い入れがあるとかそんな事は無いから!!」

「や~ん、道理で私たちのロボ談議に入ってこないワケよね~。そっか~カグちゃんはそっちの方が好きだったんだ~。言ってくれれば良かったのに~~」

「だから違うってのに!!」


 嬉々として魔法少女を抱きしめて揶揄い始める変身ヒーロー……中々にシュールである。

 こういう所で普段は秘めている部分が露見してしまうのは良い事なのだろうか?

 そして俺は騒ぐ二人を他所に本をめくり、『共有夢』の項目の一文を見つけて唸った。



他者の夢に『共有夢』で侵入を果たした場合の注意点。

 元から夢の中にいた者とは違い、コレが人の夢である自覚を持っている事から夢の見え方が若干変わってくる。

 理解した事で見えざるモノを見えるようになって良い事もあれば悪い事もある。

『最初から最後まで幻覚に踊らされていた方が気持ちが楽な事もある』と前任者は言葉を残している。



「……つまり俺たちはこの夢がアニメとイコールだと気が付いてしまったせいで、見なくても良かったオープニングまで見る羽目に陥っていると?」


 よく霊感の強い人は『見えない方が幸せだ』と言うけど……なんだろうね、この一緒にしてはいけないと思ってしまう感じは……。

 しかし脱力する俺の呟きを聞いたらしい天音は、神楽さんを揶揄うのを止めて不吉な事を呟いた。


「……ちょっと待って夢次君、私たちは意識しちゃったからオープニングのシーンに巻き込まれたって事なの?」

「どうやらそうみたいだけど……どうした?」

「じゃあさ……この夢を見ている限り、30分ごとにオープニングとエンディングを挟む事になるとか……無いよね?」


 俺は天音の不吉すぎる予想に……息を飲み込んだ。


「は、はははは……そんなまさか……あんなのが毎回とか……」


 さっきの一斉攻撃が30分おきに行われるだと?

 そんな最悪な状況に冷や汗が噴き出して来る……。

 しかし天音の不吉な予言はまだ終わっていない……更によろしくない未来予想図が展開されて行く。


「それにあのアニメ、オープニングが変わる後編になるとシーンが宇宙になって大群同士が撃ち合って最後には……」

「!!! 急ぐぞ二人とも、何としてもオープニングが変わる前に犯人を特定してこの夢の世界を終わらせワンクールで打ち切らせるんだ!!」


 俺はその最悪な未来を想定して、そのあまりの恐ろしさにハッとして叫んだ。

 最後のシーンが爆発落ちである第2期目のオープニングなどに移行させるワケには絶対に行かない!!


「ファンが聞いたら殺されるような事を大声で言わないの。この場合は同感だけど」




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