第六十話 スズ姉の目覚めと『夢幻界牢』
オープニングのリアル体験という散々な目にあわされたと言うのに、しばらくするとまた風景が切り替わって今度こそ見た事のある風景『月面都市』の中心部に俺たちは三人で立ち尽くしていた。
そこでは当たり前の事だけど往来する人々はしっかりと目を開けていて、夢の世界ではしっかりと起きているのに現実では夢遊状態で寝ているという、何とも皮肉な状況を彷彿させてくれる。
「さてっと……オープニングの後で月面都市って事は、まだ5話には至ってないって事で良さそうだな。となると……ヒロインの『アリス博士』はテロ組織や雇われの傭兵辺りから逃げ回ってる頃だろうけど」
主人公『リュート』がヒロインを伴って主人公機を強奪して月面都市を脱出するのは5話での話のはずなのだ。
一度は傭兵仲間たちと一緒に最新鋭の機体を盗み出そうとする主人公だが、技術対立から発展した戦争を止める為の崇高な思想を掲げる『アリス』に心を打たれて、彼女を助ける道を歩み始める……そんな熱い展開が繰り広げられる序盤なのだが……。
「そこだけ聞けば普通にシリアスなのに、アリス役をカムちゃんが担っただけで違う物に見えちゃうね……結局あの娘の主張は“イケメン最高!”だもん」
「一旦忘れましょうよ……思い出すと私たちもシリアスを保てそうにないわ……」
うん、本当に一旦忘れよう……そこを考えると現実に楽しんでいた本物のストーリーすら純粋に楽しめなくなりそうだから。
「とにかく今は当初の予定を進める事にしましょうや。二人は分かりやすい『アリス博士』の探索を頼む。知っての通りヒロインは君らの親友『神威愛梨』の顔でにげまわっているはずだから、先に俺が教えておいた1~5話までのストーリーに沿って動けばどこかに必ずいるはず」
「りょーかい、ヒロインに集まってくる主要キャラを確認すれば良いのよね」
「あんまり知っている顔じゃなきゃいいんだけどな~」
神楽さんはデジカメを片手に溜息を吐いた。
俺は夢の世界に入る前に大まかなヒロインが5話までに通るルートを二人に説明しておいたのだ。
ネットを見れば公式サイトに『月面都市』の詳細な地図情報なんかもあって、説明は非常にしやすかった。
物語の主要キャラに該当する人物を確認し『その人物になっている現実世界の者』がこの夢を作り出した容疑者という事なのだから、二人にはこれから主人公とヒロインに関わる連中を出来る限り記録してもらうつもりなのだ。
二人とも敵の術中である夢の中にいるのに『明晰夢』として捉える事が出来ているのは、さっきのオープニング騒動で確認済みだから、そのくらいは余裕でこなすだろう。
ただ……少しだけ気になる事もあった。
「一応言っておくけど、親友の神威さんが窮地に陥ているように見えても極力手出しはしないように頼むぞ?」
「え? なんで? カムちゃんが危ないってのに?」
俺がそう言うと、天音は露骨に嫌そうな感じに眉を歪める。
親友のピンチを助けるなと言われればそうなっても仕方が無いけど……。
しかし神楽さんは俺が何を言いたいのか気が付いたようで、思案顔になって聞いてくる。
「もしかして……ストーリーに沿った展開にならないと先が読めなくなるとか……そういうの?」
「まあ、この世界が現実のアニメを忠実に再現してるなら猶更だな」
「ちょっと! 二人して納得してないでよ」
理解が遅れた事で仲間外れ感を味わったのか、若干不満げに天音は説明を求めて来た。
そうすると神楽さんは少し思案してから話始める。
「よく映画とかであるじゃない? タイムスリップものとかでもあるけど不用意に過去を改ざんしたせいで未来に影響があるとか……。この場合は『物語』なワケだけど」
「あ……そうか……そのせいで物語の結末が変わると夢次君の『このアニメの知識』が役立たなくなるって事?」
「……可能性としてな」
どうやら納得したらしい天音に俺は頷いた。
色々な明晰夢を俺は見て来たワケだが、今までもストーリーから外れた行動を取ってみた事は何度かあった。
その度に大幅にストーリーが変わってしまった物もあれば、ごく小規模な改編で終わった事もある。
小規模ならせいぜい地名や目的地が変わるとかその程度だったけど、大幅に変わると宿敵が味方になる展開になったり、分かりやすく魔王を味方にして神を滅ぼすストーリーになる事すらあった。
……オープニングまで忠実に再現するこの『何者かの夢の世界』で同じ事が起こるかどうかは定かじゃないけど、それでも予防線は張っておくべきだ。
「何もしなけりゃヒロインを助けるのは主人公の役目。どんなにピンチに見えてもヒロイン『アリス博士』が序盤の月面都市で死ぬ事は無いから……そこんところを肝に銘じておいてくれよ」
仮に何かがあったとしても夢の中……現実の世界で実害が無い事はコノハちゃん経由でサカキさんが教えてくれた事なのだから。
「つまり……私たちは何があってもテロやら傭兵やらからも身を隠し、陰からカムちゃんを追いかける事になると……」
「そういう事、神楽さんは明晰夢初心者なんだから気を付けてくれ。天音が一緒だから心配ないとは思うけど」
「分かってるって、今日のところはアマッちについて歩く事に専念するからさ」
俺の言葉に神楽さんは頷いた。
明晰夢も慣れてない当初だと『夢だから何でも出来る』とは思いこめず、上手く扱えない事もあるのだが……まあ咄嗟に魔法少女になれる空想力がある彼女なら大丈夫だろう。
「それで、夢次君はどうするの?」
「ちょっと……気になる事があるから、そっちを当たってみる」
*
ヒロインの追跡を彼女たちに一任した俺は天音、神楽さんの二人と別れて、この夢の中でどうしても確認しておきたい人に当たってみる事にした。
そこは俺と天音にとっては『こっち』でも馴染みのある人が経営する……そしてあのアニメにおいて月面都市の下りでは一度も映る事の無い店。
そして副業で傭兵とか如何にもな職に就いているのに主要キャラからは完全に外れている人物…………スズ姉に会う為に喫茶『ブレード・ボルケーノ』へと。
「しかし……剣岳の苗字から“ソード・マウンテン”だったのに夢では“剣の火山”って……何というか安直過ぎねーか? このネーミングセンス」
俺は店先の看板に向かって失礼な発言をしつつ、喫茶店のドアを開けた。
「いらっしゃい……おや珍しい。今日は一人なのか?」
「ういっす……天音はちょっと、別の用事があってね……」
カウンター内で俺に声を掛けてくれたスズ姉であったが、どうも先客がいたようでカウンターに座っていた初老の男性と何やら真剣な顔で会話を再開し始める。
何となくだが“そっち系の副業関連”である事は雰囲気で察せられた。
だけどあの初老の男性は確か……。
「ではよろしく頼むぞ……最近は都市も物騒なのでな」
「ハイハイ分かったよ……市長にもっと気張れって言っておいて頂戴」
「……善処する」
そう言いながら初老の男性は立ち上がると店から出て行った。
威風堂々な姿に老齢の貫禄というか渋みを感じさせるオッサンであったが……。
「どちらさん?」
俺が“分かっている”のに“分かっていない体”で聞くと、スズ姉は苦笑交じりに教えてくれる。
「あっちの仕事関連の上司ってとこよ。アンタは知らなくて良いヤツのね……」
「あ~……そういう役なのな……前オーナーは」
「は? え、ちょっと……?」
俺の呟きに全く理解していない声を漏らすスズ姉……だが、おもむろに俺が手を握ると驚いた顔になって、言葉を失った。
そしてしばらく周囲をキョロキョロと見渡してから……溜息を一つ吐いた。
「……あ~これって何かの夢の中よね。しかも何か術中にハマった的に」
「おはようスズ姉、さすがに店の名前は安直過ぎると思うんだけど?」
「私に言わないでよ……この夢の設定でも名付けは父ちゃんらしいから。月面都市の大学生じゃなく、現役高校生の夢次君……」
今現在の俺は『夢の本』を持ったままで眠っている。
その為俺が意図的に触れた人は『夢の本』を使って起こしたのと同じ効果があるのでは、と予測していたけど……どうやらうまく行ったみたいだな。
正気を取り戻したスズ姉は瞬時に事態を理解したらしく、渋い顔になった。
俺は取り合えずとコーヒーを入れてくれるスズ姉に今現在の状況と、現実世界で夢遊状態が市内全土に渡って起こっている事を説明した。
「不覚を取ったな……まさか“こっち”でここまで大規模な『夢幻界牢(むげんかいろう)』を発動できる輩がいるだなんて……」
「むげんかいろう? それって今起こっているこの現象の事か?」
微妙におどろおどろしい語感に思わず聞いてみるが、スズ姉は首を振って否定する。
「ちょっと正確じゃないな。夢幻界牢は何者かの夢を媒体に大勢の人間の意識を夢の世界に取り込んで入眠状態にして行動不能にしてしまう魔術だからな。この魔術を大規模で行って無抵抗な人々を虐殺した……何て逸話もあるくらいの」
眠らせて無抵抗なところを虐殺って……スズ姉の記憶にある『前世』と言うのはどれだけ殺伐としていたのか……。
しかし俺はそれ以上に気になった事があった。
「行動不能って言っても……現実世界ではみんな日常生活を眠ったままで過ごしてるんだよ? その状態はどうなるんだ?」
無抵抗どころか俺たちはさっきまでそんな状態の人が働くファミレスでやけ食いをして来たくらいだと言うのに。
しかし、スズ姉は表情を更に険しくして言葉を紡ぎだす。
「そっちは多分眠ったまま操る『人体夢操』の魔術ね。聞いた限りでは現実世界の混乱を招かないように配慮されているみたいだけど、どれだけの魔力を必要とするんだか……」
「スズ姉には出来ない事なの?」
「できるワケないじゃない。私は夢を操作する方法何て知らないし、多分だけど人間の身でここまで大規模な魔術を使える者は“こっち”では存在しないはずだもの……それこそ神とか悪魔とか……」
「神とか悪魔……」
先月までなら真剣な顔で語るスズ姉の話を笑い飛ばす事が出来ただろうに、今は全く笑う事が出来ない。
俺は実際に『夢の本』なんて物を手にしていて、先日は『夢魔』なんて人外な者と一戦交えているのだから。
「君が覚醒出来たのは本当に運が良かったとしか言えないな。この世界を作り出した者は相当に用意周到で狡猾に“何かの目的の為に”膨大な魔力を行使している……それに」
「それに?」
「何というか……この大規模魔術を仕掛けた何者かは『天地夢次』という人間をよく知っているフシが所々に見られるよな。この私の夢での役割も含めて」
その辺は俺もずっと感じていた不気味さだった。
甘美な夢の世界に幽閉するために天音を隣において、更に荒事からは遠ざける為に『主要キャラ』とは一切関わらない傭兵の立場のスズ姉を置いて夢の世界に関わらせず、違和感なく隔離されそうになっていた。
…………まるで、俺の性格を熟知されているような薄ら寒さを禁じえない。
そして……気が付いた所で犯人に対して、怒りの感情がどうしても湧いてこないのも……癪に障るところではある。
しかしこれ以上何者かの思惑通りにされるのも癪である事には変わりが無い。
俺はとにかく今までスズ姉がこの夢の世界で『喫茶店のオーナー兼傭兵』として持っている情報を聞き出す事にした。
変な話だけど俺が事前に知っているのは主人公を中心にした『物語』のみであって、周辺の情報に関しては“視聴者”としては知りようがないから……。
でもスズ姉は腕を組んで困ったような顔になる。
「傭兵はそれぞれバラバラに雇われるから、私は君の話からすると『主人公』とやらとは接点を持たない集団の括りになっていたみたいで……さっきまでの私も徹底的に君たちを戦いに巻き込ませないように考えていたのよね……」
本当に用意周到に俺はマークをされていたようだ。
スズ姉の“プロとしての配慮”という良心的な感情すら利用して俺たちを『物語』から遠ざけようとしているのだから。
「この際何でも良いよ。例えば傭兵仲間の事とか雇い主の事とか……」
「ん~? でも雇い主って言っても……月面都市の傭兵団は基本的に市長に雇われる形で仕事を受けるからね~」
「なんだって!?」
俺はサラッとスズ姉がしゃべった情報に驚愕した。
金の為に体を張る傭兵団……主人公の『リュート』も当初はそこに所属していた設定だったけど、雇い主についてはアニメでも詳細には言及されていない。
基本的に2大勢力とは中立を謳っている月面都市ではあるけど、肝心な『市長』が片方の勢力の回し者だと判明するのは物語の後半になってからなのだから……。
「雇い主が市長だと!?」
「ああ、月面都市市長の『ハマナカ』の依頼で今回は護衛任務に付いてね……さっきのオッサンが市役所の窓口なんだけど……今考えれば山口さんだったね、アレ」
「浜中が市長!?」
苦笑するスズ姉だが、俺は唐突にもたらされた『ハマナカ』の名前に更に驚愕する事になった。
コレでとりあえず俺たちの仲間内でこの夢に組み込まれた全員の配役が判明したワケだが……更に面倒な事になりそうな予感がビシビシとしてくる。
俺がこの夢の主要キャラに組み込まれているのが全員俺の友人たちである事を言うと、スズ姉は「ああ……」と納得したような声を上げた。
「そう言えばさっき山口さんから別件で『風前の灯』の連中が依頼を受けて動いているから連中がやらかさないように気を配ってくれって言われたんだった」
「何だその景気の悪い名前……それも傭兵なの?」
俺の呆れたような質問にスズ姉は軽く頷いた。
「ああ、やたらと雑な仕事をして周辺に迷惑をかけまくる連中でな、特にリーダーのカグヤ91(ナインティワン)が自己中な野郎で……警備なんかには絶対に向かないし月面都市でも評判の悪い連中なんだが……何でもそいつらが『とある研究所から情報を盗み逃亡中の博士の確保』を市長から依頼されたって……」
「博士の……確保?」
その依頼の内容……それはまさしく主人公が当初所属していた傭兵団が請け負った『アリス博士』を捕まえるってヤツなんじゃ……。
主人公が裏切った傭兵団の名前なんてのもアニメでは放送されて無かったからな……そういう部分は結構適当に設定されているのだろうか? この夢の世界は。
「……ん? リーダーの名前がカグヤ91だって?」
「? ああ、やたらとチャラくて自己中で……複数女を侍らせる事をステータスと勘違いした最低男よ」
憤慨してスズ姉が説明してくれる人物像に……俺はすごーく嫌な予感がしていた。
ここが月面という事を考えるとカグヤなんて名前はあってそうな気がするけど、残念ながら俺にとってはその名前は非常に印象が悪い。
そして91(ナインティワン)…………九十一……きゅういち……弓一!!
脳裏に嫌悪感と共に浮かび上がってくるヤツの顔…………。
いや……別にあのチャラ男がこの夢にいるのは不思議じゃない。
なにせ市内全土の人間がこの夢の中にとりこまれているのだから。
しかし……だ。
学校では周囲に気を使って不快感をなるべく出さないように、穏便に済まそうと彼女たちが努力していた結果、周囲からはそれなりの仲に見えなくも無かった連中。
だが実際には俺以上の嫌悪感を持っていた女子が二人……今、ヒロイン(神威さん)がそいつらに追われていると知ったら……。
「こりゃ~~しくじったかも……」
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