第五十八話 危険な寝る前のヤケ食い

「そんなに神威さんってトラブルメーカーなのか? 見た目じゃ全然そんな感じしないけどな」


 俺の率直な疑問に二人は顔を見合わせて苦笑した。


「何だろうね……見た目は大人しめの文系女子だからそれで騙されやすいんだけど、私たち3人の中でまずやらかすのはあの娘よ」

「面白そう……そう思ったら一直線だもんね」

「え!? そんな感じなの? 神威さん」


 二人の評価に俺は驚愕した。

 その評価は何というか、それこそ実際の性格を知る前の神楽さんに当てはまりそうな感じだが……実際の神楽さんは真面目で成績優秀な才女なワケだし……。

 神楽さんと神威さん……ハッキリ言って見た目と完全に真逆じゃねーか。


「良い方にハマれば凝り性でもあるから凄く良い働きをしてくれるけどね。遊園地に遊びに行こうとか旅行に行こうって事になれば率先して計画をしてくれたりするタイプだし」


 なるほど、確かにそんな人はいる。

 グループ内で率先してイベントを引き受けてくれる人って言うのは中々貴重ではあるからな。

 ただ神威さんは興味を持ったイベントを引き受けてくれる代わりなのか、厄介事(イベント)を持って来る悪癖もあるようで……神楽さんは溜息交じりに言う。


「ただ……アイツの面白そうに振り回されて大事になる事もあるから。去年の文化祭、後夜祭で行われた『夜間校舎でのサバイバルゲーム』ってあったじゃない? 盛り上がりすぎて翌日に全校集会で全校生徒が大目玉喰らったヤツ……」

「あ~あったね~そんなの……」


 去年の文化祭での後夜祭で行われた無作為に選ばれた生徒たちによる東軍西軍に分かれて行われたのだが、前生徒会長の粋な計らいであったとしてみんな盛り上がっていた。

 無作為に送られた招待状は赤か青のどちらかで、色によって東軍西軍に分かれる。

 参加するかは自由、招待状は譲渡も破棄も可能、ただし金銭や恐喝による入手はペナルティーあり。

 ちなみに去年俺は青い招待状を受け取り東軍、開戦中盤にはBB弾を喰らってリタイアしたが……。


「あれさ……元々は企画されていなかったイベントだって……知ってる?」

「……え?」

「元々は企画の段階で弾かれていたハズのイベントなのに、いつの間にか学校側も生徒会も認めた正規のイベントとして後夜祭に組み込まれていたのよ……いつの間にかね」

「だ、だってあのイベントは今期最後の生徒会長の盛大なサプライズだったって……」

「そうせざるを得なかったのよ……参加者も膨大で容疑者だって膨大だったから、何かの落としどころを学校側も生徒会も作るしかなく……学校側は『全体に向けて指導』という形をとって、生徒会は『会長の粋な計らい』と生徒にとっては英雄に仕立て上げる事で問題をうやむやにしたの……」


 神楽さんの意味深な言い方に、さすがに俺も背筋が寒くなる。

 つまり去年の後夜祭で起こった事は、たまたま問題なく収束したけど下手をすればもっと大変な事件に発展したかもしれなかった。

 引き起こしたのが一体誰なのか……。

 その言い方が一体誰を示しているのかは、この流れなら予想できるが……。


「去年の文化祭前に、あの娘がやたらと銃を横に向けて構えるイケメン主人公に傾倒してた頃だったっけ……『みんなで撃ち合い……面白そう!』って不吉な事を言い出して……」

「私たちが止める間もなかったね去年は。気が付いたら各種モデルガンを100丁以上仕入れてて……」


 そう言えば神威さんって、結構なお嬢様だっけか?

 しかし個人で100丁以上仕入れるって……しかも面白そうってだけで……。

 あんな人畜無害そうな顔していて……学校と言う狭い範囲に限った話でも意図した方向に持って行かれる計画性と行動力、加えて財力……何か段々と怖くなってきたけど……。

 ちなみにそんな策略を駆使した本人は、サバゲ序盤にアッサリとリタイヤしたそうな……映画演出の雑魚敵の如く、アッサリと……。


「あれ? でも二人とも去年参加してたよな? 確か西軍に最前線で嬉々として弾丸バラまいていたような……」


 俺は去年の後夜祭でみんなを引き連れて大騒ぎしていた連中の中に『三女神』の連中がノリノリで参加していた姿を見ている。

 止める間もなかったとか、まるで止めようとはしました的な言い方をしていたけど。

 俺がその辺を指摘すると二人とも気まずそうにフイっと視線を逸らした……おい。


「や、まあ始まっちゃったら仕方ないかな~って……」

「そうそう、どうせなら楽しまなきゃ損かな~って……」

「こら……こっちを向きなさい二人とも……」


 考えてみれば天音も一応のボーダーラインはあるようだけど、乗りやすい性格ではある。

 止めようがなければ一緒に楽しんじゃえって感じは明晰夢を一緒に見ていた時に何度も見ていた気がする。


 ……確信した『三女神(こいつら)』は一緒に何かを企むとヤバイ。


 神威さんという火種を普段ある程度制御しているような二人だが、時としてノリで一緒に燃え上がるようだ……。

 別の意味で、こいつ等が親友である事を確信した……。

 そして話を聞いている内に……俺も疑惑を強めていく。

 確かにそんな人であるなら……やりかねないのかも……と。


「話を聞くだにこの状況を作り出した張本人であるような気しかしてこないんだけど……コノハちゃん、どう思う? この中で神通力っぽいのを見れるのは君だけなんだけど、学校で神威さんを見た時にはどうだった?」

『眼鏡の小さいお友達の方ですよね……む~?』


 すっかりきつねうどんを平らげたコノハちゃんが首を捻ってしばらく考えるが、小さく首を横に振って見せた。


『いえ……あの方を直接見た限りでは膨大な力は感じませんでした。隠し持った力って事でもなく……です』


 隠し持っているとしても漏れ出る何かを感じ取れるって事なのだろうか?

 微妙な言い方に少し引っかかるけど……だとすると神威さんが犯人では無いって事なのだろうか?

 しかし俺がそう聞くとコノハちゃんはまたも首を横に振る。


『自分で力が無くても神通力が使えないって事は無いです。それこそ夢次さんが使っている夢の力は『夢の本』って物を介して人ならざる力を行使しているのですからです』

「あ……そうか……」


 そう言われれば俺だってこの本が無ければ単なる一般人でしかない。

 だとするとこの状況は『夢の本』のような不思議なアイテムを手に入れた者がうっかり起こしてしまった……という事なのかも。

 だとするとその手のアイテムをうっかり手に入れた神威さんが?

 ……そこまで考えてから、俺は前回の失敗を思い出してハッとする。

 

「ああイカン……まだ神威さんが犯人と決まってもいないのに決め付けは……」


 ……何か勝手に犯人像を神威さんに固定しそうになっていた頭を振って追い出しておく。

 思い込みで失敗するのは一度で沢山だからな。

 俺の呟きに天音と神楽さんも同調して頷いた。


「カムちゃんもこんな事態を引き起こすって分かってればこんな事はしないはずだしね……多分きっと!」

「そうね……何だかんだで常識は弁えている“はず”だと思いたいもの……」


 遠い目で不安になる事を宣う長女と次女である……ある意味で信頼されているともいえるのだろうか?


 しかし完全に俺たちの中では第一容疑者としての栄冠を獲得したのはカムイ・アリスに扮する神威愛梨さんではあるが、考えるとまだ主要人物に疑わしい連中もいる事を俺は思い出した。

 そう……物語の主要人物は最初から登場してくるもの……例えば……。


「天音……確か博士を守るSPがいたけど、あの中の一人がアニメでは中盤裏切る役どころなのは知ってる?」

「え、そうなの? 最初の方を見逃すとそんな伏線も分からなくなるから……」


 若干悔しそうに言う天音である。

 知らない情報を言われる事はネタバレになるから、俺も本当なら言いたく無かったけど……正直今は状況が状況だからな。


「その裏切り者のSPが、今思い出したけど武田だったんだよな……」

「……え? 本当に?」

「ああ、そして爆破テロを起こして銃器を手に襲って来た連中の一人……後に主人公のライバルキャラになるヤツが……工藤だった」

「え……工藤君がカムちょんを!?」


 俺の言葉に最近は成績でライバル関係を構築している神楽さんが渋い顔で反応する。

 親友に襲い掛かって来たのがヤツだと聞いて、余り良い気分はしないのだろう。

 無理もないが……。


「神楽さん落ち着いてくれ。あくまで夢の中の話で、ここまでの経緯を考えれば役どころを演じているってだけだ。夢の中で撃たれても怪我をする事も無いし、まして死ぬ事も無い……よな?」


 俺は少しだけ不安になってコノハちゃんにパスすると、彼女は力強く頷いてくれた。


『大丈夫です、これは魂に呪いをかける類の夢では無いのです。せいぜい悪い夢を見たと思うくらいです……とお母様が言ってましたです!』

「そ、そうなの?」


 母の威を借るキツネ、コノハちゃんの太鼓判の勢いに神楽さんは乗せられて納得した……というかせざるを得なかったというか……取り合えず頷いた。

 以前天音にかけられた呪いの悪夢『三重呪殺』は夢の中で殺されたら本当に死ぬ質の悪い夢だったけど、あれは例外中の例外って事のようだ。


 しかし何というか……アニメの主要人物に扮する連中が悉く俺たちの知り合いに合致するのはどういう事なんだろうか?

 何の因果があるのか……そんな事を考えていると、天音は先ほど神楽さんが丸を書いたルーズリーフに今度は何故か三角形を書き始めた。


「……ねえ夢次君。大学のテロが起こった時のテロリストの中にさ……工藤君の他、浜中君もいなかったかな?」

「浜中? ……いや、あいにく見てないけど……何で?」


 この流れで俺たちオタク男子4人を想定するのは分かるけど、何ゆえテロリストの仲間と考えたのか?

 俺が疑問に思うと天音はそのまま三角形のそれぞれの角に人名を書き始めた。


 上=神威  左=武田  右=工藤・浜中


「何これ? 夢の中での敵対関係図……か?」

「武田君は今は博士の味方でも、後に裏切るんなら同じ陣営とは言えないから別にするとして……こうすると私の予想する事が分かりやすいと思うんだけど……」


 俺の呟きを天音はあえて無視したようで、更に人名を書き加えて行く。

 そしてその図を見た時……俺は天音が何を言いたいのか気が付き、腰から力が抜けそうになった。


 上=神威  左=武田・夢次  右=工藤・浜中・天音  欄外=神楽


「ちょ、ちょっと待ってくれ……天音さん」

「はい、何でしょうか?」

「俺……この敵対関係に物凄く覚えがあるんだけど……」


 俺は油断するとズッコケそうになるのを必死に堪えて何とか言葉を絞り出すが、書いた天音も表情を引く付かせている……自分でもその考えを否定して欲しいのだろうか?


 しかしその図を見た神楽さんは呆れたような溜息を吐いて……その答えを言った。

 それは以前昼休みに勃発したロボット談義の2回戦目の敵対図……第三の持論を展開して我らがリアル派より脱退した神威さんが一人で立ち上げた新たなる派閥。


「あ~……そう言えばあの娘『最近は巨大ロボットでもイケメンを起用するからどちらが最高とは言えません! 私はリアルでもスーパーでもない、最強は中身次第を押します!!』って宣言してたっけ……」


 シリアスで重厚な展開のロボットアニメ……を隠れ蓑にした余りにくだらない対立の図式…………なんだろうか……一気に緊張感を持って行かれた。


「つまり何か? この市内全土を巻き込んだ夢遊状態のホラーな現象が……技術対立から発展した戦争の不毛さ、人間の醜さを物語ったシリアスなストーリーに便乗した……俺たちのロボット談義の延長だと……?」

「…………」

「ハハハ……」


 実際の目的は分からないけど、夢の配役が示している対立図は間違いなくそれであって……俺たちは顔面を引く付かせてから大声で眠ったままで働く店員さんを呼んだ。


「すみませーん!! 超大盛5種類グリルセット2つ!! あとご飯も大盛りで!!」

「ミートドリアとマルゲリータピザ! Lサイズで!!」

「チョコレートパフェとフルーツパフェ!! あとあんみつとバニラアイスも!!」


 もう深刻になって良いのか呆れて良いのか分からん!!

 俺たちには最早ヤケ食いするしかない……三人の心が完全に一致した瞬間だった。


『あ、私もきつねうどんもう一杯いいです?』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る