第五十六話 運命の三女神『現在』の神楽(笑)
「……って事があってね~。咄嗟にこの子が私を守ってくれたから、こうして私だけは起きたままでいれらてるってワケなのよ」
そう言いつつ神楽さんはきつねうどんにありつくコノハちゃんの頭を優しく撫でている。
対話を始めてから一日そこそこだろうに、既に彼女たちの間にはそのくらいのスキンシップが出来る関係性が築かれているようだ。
「や~でも最初は不気味だったわよ……ママも含めて街中の人間が全員寝たまま動いているんだからね。コノハちゃんがいて話し相手になってくれなきゃ私もおかしくなってたかもだね」
「…………」
「…………」
「それから原因を探るためにコノハちゃんのお母さん、サカキさんに会いに二ッ森に行ったりして、最近までの貴方たちの話をサラッとだけど聞いたりして…………聞いてる? 二人とも」
「…………はい」
「…………そ、っすね」
神楽さんは注文した和風キノコスパゲティを食べつつ、自分の身に起った事を分かりやすく説明してくれている。
稲荷ずしの攻防の下りは何とも微笑ましく、突如始まった女子高生と子狐が挑む眠ってしまった街の謎を解明しようとするホラー要素もある冒険譚は非常に聞きごたえのある面白そうなストーリーではある。
しかし俺も天音も、素っ気ない返事しか返す事が出来ない。
何故なら、俺はさっきから窓から外の景色を見るのに忙しいし、天音は下向いてテーブルの木目を数える作業に没頭しているから……。
「ちょっと君たち、いいかげんこっち見てくれないかな? 私一人がしゃべってるみたいで寂しんだけど~?」
その言葉は額面通りに受け取れば非難めいて聞こえるのだが、声色が完全に揶揄いを含んでいる。
……俺たちが目を合わせていられない事を分かった上での言葉である。
現在ファミレスのテーブルを囲んでいる3人と1匹はこの町の中で唯一瞳を開いて話している生物なのだろう。
俺が『夢の本』を天音に押し当てただけで天音の夢遊状態は解除されたのだが……神楽さんから軽く説明を受けた天音は耳まで真っ赤にして木目を数える重要任務に移行したのだった。
そんな親友の肩を抱いて、神楽さんはニヤニヤと笑った。
「いいじゃないの~キスくらいさ~。最後まで行ってたらさすがに……だけど、別に初めてってワケでもなかったんでしょ?」
「や……それはそうだけど……」
顔面から蒸気を上げる勢いで顔がより赤くなっていく天音はモジモジとしながら声を絞り出すが、その言葉を聞くと神楽さんの目がギラリと光った気がした。
な、なんだあの“かかった!”みたいな……。
「ほほお~……つまり君たちは先ほど廃ビルで私が目撃したの~こ~なヤツの前、何者かに夢で踊らされるよりも前に自らの意志で経験済みであると……そういう事なのかね?」
「あ!?」
「バ!?」
な、誘導尋問!? こんな時に!?
あまりの不意打ちに俺は天音と目を合わせてしまい……神楽さん曰くの~こ~なヤツが脳裏をよぎって……慌てて視線を逸らしてしまう。
そんな俺たちを悪の大幹部みたいな笑い方で実に面白そうに神楽さんは見ていた。
「夢次……私は見直したよ。君は奥手な方で、天音をどうこう出来る勇気は持ち合わせていないと見立てていたのに……行く時は行くのね」
ちなみに神楽さんはさっきから俺の事を苗字ではなく名前で呼ぶようになっていた。
……苗字呼びだと天音の渾名『アマッち』と被ってややこしいから、との事だけど。
「いや、最初はむしろ天音の方から……」
「ちょっと!?」
「あ…………」
天音が慌てて口を塞いできた事で俺自身が失言をした事に気が付いたが、当然神楽さんは無視してくれない。
より一層楽しそうな顔になって追及をしてくる。
「おおう……アマッち大胆。キメる時はキメてくれる……さすが私の自慢の友……」
「何の感心よ、それ!」
うんうんと勝手に感心する神楽さん……一体何を指してさすがと評価しているのか。
「でも、だったらそこまで恥ずかしがらなくても良いじゃない。ファーストが何時かは知らないけどさ、もう何回もチュッチュしてたんならアレくらいの事……」
「そ、そんな事ないもん! だって夢では“日常”って思い込んでいたけど……」
「ほお~つまり具体的にはさっきのヤツは何回目になるのかな?」
「うえ……え~っと、朝のが2回目だからさっきのは3回…………」
「おおお、3回目でか! それは確かにちょっと行き過ぎたかもだなぁ……それで? 朝起きた時って言うと、つまり君たちは一緒のベッドに……」
「そ、それは…………」
「天音! それ以上しゃべんな!!」
この人テンパった友人からノリと勢いで巧みに言葉を引き出しやがる!!(天音限定)
このまましゃべららせられたら最悪『あっちの夢』で俺が散々やらかした事すら暴露されそうな恐怖を感じる!!
それからしばらく……俺たちは神楽さんの質問(尋問?)に晒されて、テーブルに突っ伏して頭から蒸気を上げていた。
色々と楽しんだ神楽さんはホクホク顔でナプキンで口元を拭っているのが……何となく気に食わない。
「ま、その辺りについてはこのくらいで勘弁してやろうか……」
しかしそう言うと神楽さんは突然真面目な顔になり、居住まいを正して俺と天音に向かって深々と頭を下げた。
「ありがとう二人とも」
「え?」
「あの……何の事で?」
むしろ彼女には助けて貰った気分でいた俺たちは突然の彼女の行動に面食らってしまう。
「コノハちゃんに聞いたよ、君たちが私の事を助けてくれたんだって。それにママとの事も含めてさ……」
「あ、ああ……そっちの事か……や、そんな礼を言われる事は……あれは喫茶店とコノハちゃんからの依頼だったワケだし」
「そうよカグちゃん、そんなあらたまって言わなくても……」
「いいえ、それでも私は命を助けられたんだから……礼を言わないワケには行かないよ」
その件、コノハちゃんからの手紙に関する事は俺個人にとっては結構やらかしが多かった反省点の多い事件だったから、何となく礼を言われるのも微妙な気分なんだが……。
おまけにあの件で俺が落ち込んでいたのが原因で、俺は……その……いただけたワケでして……。
くそう……やっぱりこの人、気に食わねえ!
こういうところでうやむやにせずキッチリと礼を言われると文句が言いづらいし、アレに関して最終的に俺から礼を言いたいくらいであるし……。
俺が百面相していると天音が苦笑を漏らしていた。
「諦めた方が良いよ……色々とされても締める所はキッチリと締めて来るからこの娘、付き合いが長くなれば長くなるほど……ね」
憎めなくなる……か。
そうなると咄嗟に殺意まで抱いた斎藤はどんだけ、と思ってしまうけど……。
その辺については“友人の悪口を言う者に礼は必要ない”という事なんだろうな……なんというか……。
「…………何だかんだ、やっぱ君らが親友なのが分かる気がする」
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