閑話 稲荷神の激闘(神楽サイド)
神楽百恵、彼女は都市伝説や怖い話が大好きな女子高生である。
でも、同時に母親の教育もあり信仰や礼節は大切にするタイプで若者にありがちな心霊スポットに面白半分に赴くなどは絶対にしない女子である。
しかし最近、そんな彼女の家に小さな異変が起こった。
それは神棚に祭られたお稲荷様へのお供えである油揚げが無くなるという……本当に些細な事件から始まった。
「やだ……ネズミかしら?」
「ええ~ねずみぃ~?」
母の千里さんがポツリと漏らした言葉に彼女は過剰反応……小動物は好きだけど害獣のネズミは嫌。
そう考えた彼女はその日から神棚のある部屋にカメラを設置する事にしたのだった。
しかし……早送りで流れる映像にはどこにもネズミやらその他害獣も害虫も写り込む事は無く…………にも拘らず再びお供えの油揚げは忽然と消えていた。
この事で「写っていない所にネズミとか何かがいるのよ」と結論付けて翌日からネズミ避けグッズを家中に設置し始めたのだが……娘の反応は違った。
『これって……もしかして……怪奇現象じゃ!?』
そんな考えに至った彼女のテンションは急上昇、さらに学校でその事を話したら友人が何気なく言った言葉が彼女の燃えていた好奇心にガソリンを放り込んだ。
「映像に写ってないで神棚から消えたって……話だけなら本当にお稲荷様が食べたってことじゃないですか?」
その言葉は神楽にとって天啓と言える程の衝撃を与えた。
……この時の彼女の中にあったのは怪奇や心霊現象の類に対する恐怖ではなく、妙な義務感であった。
『お稲荷様!? そ、そうか! そう考えるのが正しいのか!! 我が家に稲荷神様がいらっしゃったという事なのね!!』
彼女は神仏を敬う今時感心な女子高生ではあるけど、少々思い込むと行き過ぎるという性格もあった。
少女時代には座敷童を家に招待しようとお菓子を用意したり、河童にご馳走しようと川辺にキュウリを持って行くなど……ちょっとだけ不思議ちゃんなところもあったのだ。
成長にしたがいその辺の性質は徐々に落ち着いていたのだが……最近母親との確執が解消された事もあってか、彼女の幼い性質が再燃していた。
そして……今回に限ってはその予想が外れていなかったりする。
彼女はその日、学校が終わると同時にいつもなら放課後は図書館で予習復習、並びにテスト勉強~ってところなのに、その足を駅前商店街へと向けた。
それも猛ダッシュで……。
「わ……もう並んでるじゃない……最後尾は……まだ間に合う!!」
そして彼女は商店街で必ず行列が出来、それでも買う事が出来ない事が多いという限定商品を手に入れる為に列へと呼吸を整えつつ並んだ。
『モモちゃん、何をそんなに急いでたんです?』
その間、当然守護神として彼女を守ってる稲荷神のコノハは神楽と一緒に走って付いてきていたのだが……。
彼女はその目的地を目にして……驚愕した。
『は!? はうあ!!? 何なのですか、このお店から漂う神々しき香りは!?』
そして、神楽がその店から購入した限定品を目にして、更なる衝撃を受ける。
包み紙の上からでも後光が差して見える(コノハ視点)その商品を手にした神楽は勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「やった……学校終わりじゃ間に合わないかもと思ったけど……間に合ったわ。松村屋限定100個の超高級稲荷ずし……一個800円の代物を3個……ふふふ、これなら……」
『は、はわわわ!? ちょ、超高級稲荷ずし……です……!?』
宿主には決して見えない稲荷神は、その足元から手元を見上げて……溢れ出る涎を抑える事が出来なかった。
…………そしてその日の夜である。
稲荷神の子狐は葛藤していた。
神棚がある場所は一階、畳のある和室……彼女はここ数日自分がやらかしてしまっていた事を反省したばかりなのだ。
連日お供えの油揚げを頂いていた彼女は人知れず神楽家を守護する決意だったのに、守護開始から数日で宿主にバレそうになっており……しばらくは大人しくしているつもりだったのだ。
しかし…………今日は神棚ではなく和室の座卓に置かれたお供えが彼女の決意を揺らがせて行く……。
『い、いけないのです……これは……モモちゃんが仕掛けたワナなのです!!』
ワナと言えば少々誤解があり、神楽自身は『神様への最高のお供えを!』としか考えていなかったのだが……そんな事を考えつつもコノハの視線は稲荷ずしから離れない。
同じように自分も座卓の上に乗ったまま、ジ~~~~~っと三つの稲荷ずしを何時間も見つめていた。
ご丁寧に乾燥を防いで鮮度を保つためにラップの掛かった稲荷ずしがコノハに優しく語りかけて来る……。
おいしいよ~食べて食べて~~~。
『ダメなのです……そんな頼まれても……そんな美味しそうな……匂いを……うう……ダ、ダメなのですうう……』
そして葛藤を繰り返した午前2時を回った頃……子狐はとうとう誘惑に負けてしまった。
『もう深夜だし』とか『もったいないし』とか色々な言い訳じみた援護射撃が葛藤中にあったようなのだが……。
器用にラップを剥がして一つの稲荷ずしにかぶり付いたその瞬間、コノハの全身が金色に光輝いた。
『お、美味しいのですうううう!! 何なんのですかこの稲荷ずしは!? 酢飯の塩梅からお揚げの調理まで完璧な仕事なのですううう!!』
そこからはノンストップである。
子狐は感動の赴くままに1個800円の稲荷ずしを3個全て、器用に前足を使って平らげて…………素晴らしい満腹感と共に座卓の上に横になった。
感動のあまり、自分が不可視の力を解いてしまっていた事にも気が付かず……。
『お、美味しかったのです~。こんな稲荷ずしがあったなんて……』
「お気に召していただけましたか? お稲荷様」
『素晴らしいのです……私が今まで食べた稲荷ずしの中でも一番の…………』
仰向けになったコノハはいつの間にいたのか、和室の襖から覗いて微笑んでいる神楽と目があって…………思わず座卓から転がり落ちてしまった。
「ぷ…………大丈夫ですか? お稲荷様」
『モ、モモちゃん!? 違うのです! これは……!?』
「わ! 話せる上に私の名前も知っているだなんて、感激!!」
転げ落ちる子狐の愛らしさに思わず笑ってしまった神楽だったが、初めて目にした怪異の姿に思いの他感動していた。
この目の前の愛らしい子狐がどんな存在なのか、どうして自分の家にいるのか。
神楽は興味津々に神楽は何かを話そうとしていたのだが…………ワタワタと何やら取り繕おうとしていた子狐の耳が突然ピクリと動いた。
近くも遠くも無い場所……ここから西の方角から何か大きな、爆発的な波動が発生したのを稲荷神であるコノハには感知する事が出来たのだ。
『!? な、なんなのです……この異常な波動は!?』
「ね、ねえねえお稲荷様? ちょっとだけ写メ撮って良いかな? ぶふ!?」
『早くて大きい……間に合わない……ハアアアアアア!!』
そして次の瞬間、呑気にスマフォを操作する神楽の顔面にコノハはしがみ付いて、咄嗟に自分たちを守る為の結界を発動した。
どこからともなく発動し、市内全域を覆った波動から宿主だけでも守る為に……。
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