第五十五話 夢と現実の夢遊都市

 一体自分たちに何が起こっているのか全く分からない。

 そんな俺の疑問に神楽さんは全く笑っていない目をして苦笑した。


「外を見て来てごらん。一発で分かる異常があるから……」


 俺はその言葉に言い様の無い不安を感じつつ、廃ビルから外に出てみた。

 無論、そこは月面の未来都市なんかじゃなく現代日本の風景。

 その廃ビルは駅前の大通りに面した場所に存在する、通るたびに“こんな駅前に廃ビルが放置されてて無駄だよな~”と地元民なら一度は目にして思った事のある場所だった。


 だが俺はそんな場所から出た瞬間……背筋が凍り付いた。


 ここは駅前の大通り、当然だがすぐ近くには駅がある。

 現在の時刻を確認すると18:25……帰宅ラッシュは少し過ぎてはいるものの、それでもまだまだ人の往来は多い時間だし、これから飲みに繰り出す社会人が増えだす時間帯のはずだ。

 しかし…………異様なのは音の少なさだった。

 車が走る音、人の歩く靴音、扉の開閉音、そんな生活音は数々聞こえてくるのに……人の声だけが一切聞こえなかった。


「な、なんだコレ……」


 それは異様な光景だった。

 人がいないワケじゃない……現に今も目の前を会社帰りのおっさんらや、放課後に友達と遊んだ後の女子高生たちが通っていったのに……話し声一つ立てていない。

 人がいるのに、大勢いるのに人の声が一切しない……それがこんなにも不気味に感じるとは……。

 しかし異常はもう一つあった。

 さっきの女子高生はスマフォを操作していた。

 歩きスマフォは危ないとは思うけど、俺が注目したところはそこではない。

 スマフォを操作していると言うのに、その女子高生は瞳を閉じていたのだ。

 そこに気が付いて周囲を見渡すと……配送で台車を転がす兄ちゃんも、自販機でコーヒーを買った学ラン少年も、車を運転するドライバーですら……すべての人間が瞳を閉じて動いている。

 動いて生活しているというのに……これは……。


「まさか……眠ってんのか? こいつ等みんな……」

「さっきまで貴方たちもそうだったのよ?」

「!?」


 そんな異様な静けさの中、唯一した人の声に俺は思わずビビってしまった。

 無論その声は廃ビルから出て来た神楽さんで、彼女は頭に子狐のコノハちゃんを乗せて片手に瞳を閉じたまま歩く天音を連れている……それも中々異様な姿だった。

 コノハちゃんと一緒にいる……その辺の辺りが気にもなったけど、俺はまず一番気になる事を口に出した。


「な、なんなんだよコレ!? 集団的な夢遊病でも流行ってるってのか?」


 俺の質問に神楽さんは器用に頭にのせた子狐を落とさないように首を横に振る。


「集団……どころか正確には市内にいるすべての人間がこの状態で生活してるわ。まるで夢と現実が逆転でもしたかのように……ね」

「夢と現実が……逆転?」


 つられて口に出してしまったが……その言葉に俺は鳥肌が立つ思いだった。


「とにかくさ……一旦みんなでファミレスでも入って話そうよ。話長くなりそうだし、私お腹すいちゃったからさ~」

「ファミレスって……街の人間すべてが眠っている状態なのに、営業してるもんなの?」


 俺は率直な疑問を提案する神楽さんにぶつけるが、彼女はあっけらかんとした様子で言う。


「さっきも言ったでしょ? 街の人間すべてがこの状態で日常生活してんの……普通に買い物も出来るし交通機関も通常営業よ」

「ま、マジですか……」


 それから俺たちが訪れたのは月面でも未来都市でもない、ありふれた全国チェーンのファミレスだった。

 しかしむしろ夢で見た光景より更に夢に見そうな風景が店内には広がっていた。

 店員も客もそれなりにいると言うのに、聞こえてくるのはBGMの他はカチャカチャという食器とフォークやナイフが立てる音のみ。

 ……会話の無い食卓と言うのは、それだけでホラー足り得ると思ってしまう。


「………………」

「あ、私はきつねうどんと和風キノコパスタで……取り皿もお願いしますね」


 そんな中、神楽さんは気にした様子もなく瞳を閉じたまま一言も話さない店員に向かって注文をしている。

 俺がそんな姿に驚いていると神楽さんは「私はこの光景を一日一杯過ごしてたから……いい加減慣れたもんよ」と笑っていた。

 何というか……女性はたくましいな……。


「さてっと……じゃあどこから説明したら良いのかな?」

「……取り合えずこの街の、現在進行形で起こっている異常事態から頼めるか? いい加減頭がおかしくなりそうだ」

「ま……気持ちはよ~く分かるわ……」


 神楽さんがそう言うと、頭の上にしがみついていたコノハちゃんがテーブルの上にチョコンと着地した。

 相変わらずのモフモフ具合に、すさんでいた心が少し洗われる気分になる。

 しかしカワイイ子狐が口にした情報に俺は心から引きつった。


『昨夜の事なのです。突然誰かが強い力を使って街の皆さんの意識を夢の世界に取り込んでしまったのです!!』

「…………は?」

「正確には深夜2:13の事。この時に市内の誰かが自分の妄想に何かの目的で引き入れて、取り込まれたすべての連中が夢遊病状態で現実の生活を営んでるのよ」

「誰かの妄想の世界!? さっきまで俺も見ていたあの世界がか!?」

『取り込まれた人たちは自分たちが取り込まれた自覚もなく、自分が“あの世界”で暮らしているのだと思って過ごしているのです。逆にこっちの事は夢のような感覚で……」

「そんなの……本当に現実と夢の逆転じゃないか!?」


 俺は二人がもたらした結論、それは方向性は違えど夢を操作しないと出来ない所業……そんなのはまるで……。


『夢次さん、失礼を承知で一応聞きますですが……これは貴方が『夢の本』を利用して起こした事態では……』

「ないな……残念ながら今の俺にそんな事を出来る力は無いし、何よりあの夢は俺の趣味じゃないからな……」

 

 似たような考えがコノハちゃんにもよぎった様で、そんな質問を分かった上で一応聞いてくる。

 そして俺が否定した事でその考えは決定的なものになってしまった。

 つまりこの事件を引き起こした元凶ってヤツは……。


「俺と似たように夢の力を使う、しかも俺以上の夢の使い手だって事になるのか……」

「問題はそれだけじゃないみたいよ?」


 戦慄する俺を他所に、本当に瞳を閉じたままでどういう理屈で仕事ができるのか分からないウエイトレスが持って来たきつねうどんを取り皿に分けてからコノハちゃんの為に冷ましてあげながら神楽さんは更に不穏な事を言い始める。


「サカキさんも言ってたけど、こんな事をしでかした本人は天地夢次を最優先に警戒して夢の世界に隔離するつもりだったってね」

『そうです、お母様は言ってたです。犯人は『夢の本』の使い手の夢次さんを用意周到にハメようとしていると』

「俺を……ハメる?」


 神楽さんからコノハちゃんのお母さんの名前が自然と出て来る辺り、すでに顔合わせをしたんだと思いつつ、俺は聞き返した。

 あの未来世界の夢の中、俺は何か仕掛けられていたのだろうか? 全く覚えが無いけど。


「実際に貴方が話している未来世界の夢ってのを私は見た事無いから何とも言えないけど、何度か夢で違和感を感じる事があっても『まあいいか』ってそれ以上考えなかったんじゃない?」

「う……」


 それは……図星である。

 今考えればあの夢は展開的に色々おかしい……実際に何度も違和感を抱いた事はあった。

 しかし……にも関わらず俺は“一番守らなくては”と思う人が隣にしっかりといると言うだけで安心していたのだ。

 文字通り『まあいっか……天音と一緒だし』と……。


「そして……警戒すべき貴方を夢の世界に隔離して、それどころか自分から出たくないって思わせる手はずだったみたいね。 ……起きた時、何で貴方たち二人があんな廃ビルにいたんだと思う?」


 隔離する手はず? 思わせぶりに言われると確かに奇妙だ。

 他の夢遊状態の人たちは、それぞれ瞳を閉じたままでしゃべらなくてもキッチリと日常生活を送っているのに、何で俺と天音だけがこんな縁もゆかりも無かった廃ビルに?

 神楽さんは一つせき払いをすると……若干顔を赤らめて話し始めた。


「夢と現実の感覚を曖昧にする為に、貴方たち二人だけはある程度『夢とリンクした行動』を夢遊状態でもするように、意図的に仕組まれていたみたいなのよね……。唯一夢に侵食されずに目を覚ませる『夢の本』から自然と距離を取らせて」

「………………………ハイ?」


 その説明に寒気すら感じていた全身に、一気に血液が逆流してくる。

 パスタを口にしながら天音をチラ見した神楽さんはすぐに目を逸らした。

 な、なにその……見てられないとでもいう仕草は……。


『お母様もお二人が“わんないと”越したら幸福の牢獄から出て来なくなってしまうと言ったです! だから私たちは急いで夢次さんとお姉ちゃんを探してたです』


 エッヘンと胸を張る子狐の言葉に俺は全身から噴き出す汗が止まらなくなる。

 顔が、全身が、脳が熱くなってくる!!


「まさか……まさかだけど……あの夢の最後ら辺で俺たちが見た神楽さんって……夢の中に助けに来てくれた君の姿ってワケじゃないの?」

「……私は勿論だけど、コノハちゃんにも夢に入り込む能力なんかあるワケないでしょ? 私は貴方の家に置きっぱだった本を渡した……それだけよ」

「で、でも……ずっとコノハちゃんが頭に張り付いて……」

『あれはモモちゃんにまで夢に引き込まれないようにガードしてただけなのです』


 という事はあの時俺たちを見ていた半透明の神楽さんは半覚醒状態の俺が見ていた現実の彼女という事に……。


 まて……情報を整理しよう。


 さっきまで俺と天音は何者かの意図で『未来世界の夢』のストーリーに沿った行動をとらされていた。

 その中で、俺たちはどんな関係で何をしていた?

 初めての事じゃ無い、日常の一環だ……そう思い込んで……一体何をしでかしてた!?

 早朝から晩まで、一日一杯かけて!!?

 そしてさっきの俺は……ナニをしようとしていたあああ!?

 神楽さんとコノハちゃんが見ている目の前でええええええ!?


「…………廃ビルで助かったわ。万が一ラ〇ホとかだったら、私にはお手上げだったもの」

「!!!!?????」 ガン!!


 神楽さんがポツリと漏らした一言に……俺はファミレスのテーブルに頭を強打した。

 無論、自分から……。

 ズキズキとした痛みが走るけど……ちっとも冷静になれる気がしない……。

 俺を隔離するための策略……いわゆるハニートラップとしてはハッキリ言って文句の付けようもない策略だと思う。

 秀逸なのは相手の天音据えて、幻覚でもなく偽物でもなく本人を作戦に組み込んで来たところだ。

 本人でなければ、俺は間違いなく無意識にも『攻撃』として判断したはずだから……。

 はっきり言って……騙され夢に囚われかけたと言うのに……この期に及んで全く恨みも憎悪も湧いてこない。

 むしろ礼さえ言いたくなる気分が……ああイカンイカン!!

 俺にとっては攻撃に当たらない仕掛け……攻撃では無いから予知夢も働かなかったし……これで神楽さんというイレギュラーが無かったとしたら……。


「ところで天地……そろそろこの娘も起こしてくれない?」


 夢の本は夢の力に対抗する力を持つらしく、それ故に俺は本手にした瞬間に意識を覚醒する事が出来たみたいだ。

 コノハちゃん曰く、本の使用者の俺が眠っている人に本を押し当てるだけで一時的に覚醒する事が出来るらしい。

 しかし…………。


「少しだけ……お待ちください。こ、心の準備が……その……」


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