第五十四話 アリス襲撃事件と目覚まし女子高生

 その日の午後、大学構内に装甲車の如き厳つい送迎車が厳戒態勢が敷かれる中が入って来た。

 それだけで、通路にたむろしていた学生たちは歓声を上げる。

 ロボット技術の新機軸を若くして打ち立てた先駆者として今、全人類が注目している人物なのだ。

 一目見たいと集まる連中の気持ちも分からなくは無いけど。


「凄い人集りだな……この中の何人が今日の講義を聞く事が出来るんだか……」

「正確には講堂に入り切る限界の千人らしいよ。厳正に厳正を重ねた抽選で選ばれたらしいけど、ダフ行為をしてはく奪になったおバカもいたらしいからね」


 希望者殺到で抽選になったのは仕方が無いけど、厳戒態勢で顔だけじゃなく眼球、声紋、指紋に至るまでチェックされていると言うのにダフ屋が活躍できるとは到底思えんが……商魂たくましいと言うか、愚かしいと言うべきか……。


 そうこうしていると本日の会場である講堂前に送迎車が止まって、屈強なSPたちに守られる形で一人の小柄な少女が姿を現した。

 少女……と表現してしまったが、彼女は俺たちと同い年だったはずにも拘わらずに既に人類史に尚を残すであろう発見を幾つもしている天才なのだ。

 オカッパ眼鏡な彼女の姿に学生たちの歓声が沸き上がる。

 ……博士に対してこう、アイドルのような反応はどうなのだ? と思わなくもないが……本人は遠巻きに騒ぐ学生たちに向かって小さく手を振って見せ、歓声はより大きくなる。

 結構気さくな人みたいだな……アリス・カムイ博士。


「わ!! ねえねえユメちゃん! 写真で見るよりずっとカワイイ人だよ!!」

「ああそうかい……」


 カワイイ人や物に目が無い天音はこの距離から(多分200メートルはある)からでも裸眼でそのあたりの判別が付くらしい。


「もうちょっと……もうちょっと近くに行けないかな?」


 似たような事を考える学生共は多かったらしく、厳戒態勢のバリケード限界ギリギリの辺りに学生が殺到し始める。

 本当にアイドルみたいな……。

 

 しかし……その集団に天音も参加しようとし始めたその時……俺は不意に嫌な予感が…………いや……嫌な“映像”が脳裏に浮かび上がった。

 それはアリス博士が送迎車から降りて講堂へ入ろうとした瞬間、博士の周辺が突然……。


「!? 待て天音!!」

「うえ!?」


 俺は今にも飛び出そうとしていた手をガッシリと掴んで、追っかけ集団に加わろうとする天音を咄嗟に引き留めた。


「ちょ!? 何ユメちゃん、博士の姿が見えなくなる……」


 そして天音が不満げに振り返った瞬間……。




ドオオオオオオオオオン……………




 突然博士たちがいた辺りから大爆発が起こった。

 爆発したのは博士たちが下りた装甲車からだったが、爆心地から近かったSPや学生たちが多数爆風に吹っ飛ばされたのが見えた。


「……え?」

「あ……」


 そして突然の事態はまだ終わっていなかったようで、装甲車が黒煙を上げて燃え上がりだす中、一体どこから現れたのか……銃を手にした何者かがSP連中と銃撃戦を始めた。


「博士を守れ!! タケダ、早く博士を講堂内に!!」

「アリス博士こちらへ!!」

「…………すまない!!」

「逃がすな! 我らの大いなる意志に歯向かう邪悪な思想ごとあの者へ裁きを!!」

「死ねええ! 思想融合など世迷い事を抜かす愚か者……ぐあ!?」


 パン、パンと数分刻みに発砲音がしたと思えばその都度一体どっちの物なのか判断が付かないうめき声が聞こえてくる。

 いや、うめき声はそれだけじゃない……最初の爆風で吹っ飛ばされた連中、大学の学生たちもその中に入っていて恐怖を掻き立てられる。

 

「もしや……あれが二大ロボット思想の対立を終わらせる事を良しとしない過激派連中の組織ってヤツか!?」


 しかし、俺がこの時に思ったのは薄情な事に一つだけだった。

 それは戦う事でも倒れた学生たちを助けるでもなく……天音を、何よりも大事なコイツを安全圏まで連れて行く……ただそれだけだった。

 俺は握ったままだった手をさらに強く握って、まだ呆気に取られたままの天音を強引に引っ張って走り出した。


「え……あ……ユメちゃん!? ちょっと待って……まだ……」


 まだ倒れている人がいる……そう言いたいのは分かるけど、ここは災害現場ではなく拳銃を持った人殺しがいる修羅場になってしまっている。

 素人の俺たちがまずしなくてはならないのは……。


「俺たちは素人だぞ! 一番大事なのはプロの邪魔にならないように現場からまず離れ、身の安全を確保する事だ!!」

「その通り!」


 俺の言葉に同意を示してくれたのは……臨時雇いと自分でも言っていたスズ姉であった。

 専属SPやら護衛車両の連中と違って、大学周辺警備って話だったけど……どうやら呼び出されたらしいな。

 既にライトブレードを手に戦闘態勢のスズ姉は真剣な顔で言い放つ。


「天音ちゃん、ここは夢次に従え! 殺人が行われる鉄火場でなければ今の貴女の迷いは正しく尊いけど、今この場に留まるのは最悪自分以外の最愛の者まで危険に晒す事を肝に銘じてくれ!!」

「!?」


 天音はスズ姉の言葉に目を丸くしてから俺を見て……コクリと頷いた。


「夢次! 彼女を必ず安全な所で守ってやれ!!」

「了解、だけど……スズ姉は?」


 俺がそう聞くと、スズ姉は二カッと笑って見せた。


「敵の掃討とケガ人の救助、そして避難誘導。お前らが気にかけないで済むようにするのが、私らプロがするべき事だよ!!」


 スズ姉はそう言って未だに黒煙が立ち込める講堂前の現場に向かって駆け出していく。

 プロのすべき事……戦場を離れたがっている彼女にそう言わせてしまう事に申し訳なく思ってしまうが……そんな事を考えても仕方が無いのだ。

 今は一番するべき事を優先するのだ。


                 ・

                 ・

                 ・


『おお夢次? こっちは片付いたぞ……驚け、幸いにしてあの爆発と銃撃なのに学生共に死者はゼロだった。多少のケガ人は出たがな』

「それは何より……スズ姉も無事でホッとしたよ」

『ハハ、戦場の経験が違うからね。それで、天音ちゃんはどんな様子だ?』


 事件が収束した後、スズ姉は俺たちを気にかけてすぐに連絡を入れてくれていた。

 こっちも似たような心境だったので、その気遣いには頭が下がる思いである。

 親しき中にも礼儀あり……まさに至言だよな。

 そんな事を考えつつ俺は自分の右腕を見ながら苦笑してしまう。


「あ~どうもさっきの出来事にまだ怯えているみたいで……帰宅してからもずっと腕にくっついてます」


 あんな事件があって講義が行われるはずもなく、避難後にそのまま帰宅した俺たちだったのだが、帰宅後数時間たっても天音は震えながら俺にくっついて離れないでいた。

 無理もない……目の前で戦闘が行われて平静でいられる方がおかしいのだから。

 その辺は数々の戦場を渡り歩いて来たスズ姉も百も承知で……聞きようによってはアレな発言を真面目な声色で言う。


『仕方が無いよ怖がるのが当然。いいか、その辺のケアは君の役目なんだから、今夜はたっぷりと可愛がってあげなよ』

「…………了解です」


 俺も釣られて真面目な声色で通話を終えると、しがみついたままの天音が上目遣いで聞いて来た。


「スズ姉、何だって?」

「ああ、スズ姉本人も無事だし、学生連中には奇跡的に死者はいないらしい」

「そうなんだ……良かった……」


 そう言うと天音はますます力を込めて俺の腕により一層体を押し付けて来る。

 俺はそれでも震えが止まらない天音の頭を優しく撫でてやる。


「ねえユメちゃんはあの時、何で私を引き留めてくれたの? あの時あんな事になるなんて誰も気が付かなかったのに……」


 不意に天音がそんな事をきいてくるが、ハッキリ言ってあの時の事を明確に説明できるような気がしない。

 突然まるで先に知っていたかのように、これから起こる出来事が映像として脳裏に浮かんだ……なんて。


「……分からん。直感的に今アリス博士に近付くとマズイと思ったとしか……搭乗型ロボットに乗るパイロットが良く言う第六感的な何かが俺にも芽生えたのかな?」

「なに、それ?」


 俺の冗談めかした誤魔化しに天音は少しだけクスリと笑うが、すぐに沈んだ顔になって……今度は正面から首に手をまわして抱き着いて来た。


「私……今になって怖くなって来ちゃった……。もしもあの時、ユメちゃんが引っ張ってくれなくて逃げるのに躊躇してたら……銃撃戦に巻き込まれていたらって……」


 今度は涙交じりに話し始める天音の背中を俺はポンポンと叩いてやった。


「気にするなって……それは人間としては正しい考えの一つなんだから。あんな時の一番正しい判断がどれ、なんて議論しても結論は出ないよ」


 むしろ俺はあの場で逃走を選択した自分の方が冷酷なくらいに思う、躊躇できた天音の方が人間的であると……。

 しかしだからと言って銃撃戦の只中に素人が残る危険性を考えると俺が間違っているとも言えない。

 どちらの行動も間違っていたワケじゃないんだから。

 しかし天音は首を横に振って見せる。


「違うの!! もしも……私が躊躇したせいで貴方にもしもの事があったらって考えたら……もう二度と会えなくなったかもしれないと思ったら……」


 抱き着く力がより一層強くなる。

 まるで失う事を恐れるように……いや、実際にそうなのだろう。

 恐れて“くれている”のだ……俺と同様に。


「大丈夫だって……俺は今お前の目の前にいるから。ちゃーんと生きてるし、どこにも行かないからさ……」

「ユメ……んん……」


 俺はまた天音が不安な事を口にする前に、その口を物理的に塞いでやった。




『わ、わ、わ~わ~…………ヤバイ、スゴイ、ディープよディープ……生で見たの初めてだわ私……』


 その時……唐突に俺たち以外に誰もいないはずの部屋で、明らかに俺たち以外の女性の声が聞こえた。


「……ん?」

「え? …………何今の声は?」

 

 天音も気が付いたらしく、俺同様に警戒した様子で辺りを見回す。

 しかしパッと見……部屋には相変わらず誰もいないのだが……。


『あ、気付かれた!! あ~~良いところで……』

「だ、誰だ一体!? いつの間に部屋に侵入しやがった!?」


 その声に俺は思わず立ち上がって声を上げた。

 しかし声自体はまるで“真正面に人がいる”くらいの距離間で聞こえて来たような……。

 そう思って、俺は自分たちの座っているソファーの正面を目を細めて見ていると……そこに奇妙な現象が起こっているのに気が付いた。

 いや……それは現象と言うよりも一人の女性の姿に見える空間の揺らぎ。

 ホログラフィックのようでもあるけど、そういう科学的な何かとは違う感じに透けて見えるその女性は……おそらく高校生くらいだと思う。

 そして俺は直感的にその女性に対してこう思った……“ギャルっぽい”と。 



『え~……本当に邪魔しなきゃダメなの? どう見てもコレ、絶対これからすっごい事を始めちゃう前フリじゃん。私、親友の秘め事邪魔する無粋はしたくないんだけど……』


 しかし目の前に現れた女子高生は俺たちに構わず、別の誰かと話し始めた。

 そして特に通信機器を操作した様子も無いのに向こう側の声すら聞こえてくる。


『早くするのです! 気の毒ではありますが、お二人が帰ってこないとどうにもならないのです。夢に関して私たちは専門外なのですから!!』

『でもな~……』

『はりーあっぷです!! お母様に言われたですが、このお二人は“わんないと”を過ぎたら戻って来れなくなる確率が高いのです。それに、ちーちゃんも卒業までは節度は大事って言ってたのです!!』


 尚も何かを渋る様子を見せる女子高生に声だけだが、年齢は幼そうに思える声が怒ったように催促をし始めた。

 話している内容な全く理解できないけど…………。


 …………いや? 何かが引っかかる……目の前の女子高生に聞こえてくる幼い少女の声、そしてちーちゃんと言う人物……どこかで聞いたような気が……。


 俺は今までにない違和感が自分の中に生まれだしている事に気が付いて……同時に何か今それに気が付いてしまうと、決定的に大変な事になりそうな予感がする。


『あ~……ママを引き合いに出されると……分かったよ。ゴメンアマッち……これからお楽しみだったんだろうけど』


 しかし俺の葛藤を他所に女子高生は溜息を一つ付くと……俺に向かって何かを放り投げて寄越した。

 それは昔、記録という物がまだ印字で行われていた時代にあった重要な媒体で、確か『書籍』というものではなかっただろうか?

 少々の重量はありそうな古めかしいそれを反射的に俺は受け取った。


 受け取ってしまった…………。


 その瞬間に、俺は一気に『覚醒』した。

 同時に目の前の女子高生が何者なのか、ハッキリと思い出したのだ。


「………………神楽さん?」

「ユメちゃん知ってる娘なの? …………え? あれ? 神楽って……誰だっけ??」


 俺の発言にさっきまで弱弱しくしがみついていた天音も自分の中の違和感を自覚し始めてきたようで……頭を抱え始める。

 そんな様子を『神楽さん』は苦笑しながら見ていた。


『邪魔しちゃってゴメン。でも……私もいい加減起きてる人と話したいもんでね……』

「起きている……人って……」


 次の瞬間には……俺の意識は『夢の世界』から完全に覚醒を果たした。


 目を覚ましたそこは……見覚えのない廃ビルの一室で……朽ちかけたソファーに俺と一緒に座っているのはまだ眠ったままの天音。

 そして目の前にいるのは…………子狐のコノハちゃんが頭に張り付いている天音の親友の一人である『神楽百恵』その人だった。


「おはよう天地夢次…………現実世界におかえりなさい」




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