第五十三話 気付きたくない違和感

 俺が手にしている『夢の本』には究極的に俺が使おうとしないと夢の力を発現しないという特徴と言うか特性を持っている。

 予知夢の発動なども無意識に危機を察知して“使おう”と思ったからこそなのだろう。

 だからこそ……………………。



                   *





 ……窓から差し込む朝日で目が覚めた俺は自分が寝ていたベッドに何者かがいる事に気が付く。

 寝たまま横を向いてみると、そこにはラフにTシャツを着て可愛らしい寝息を立てている異性の存在……幼馴染の天音がそこにいた。

 寝ぼけた頭でも分かる、どんな抱き枕であっても敵わない程よい体温と柔らかさ、直近で見つめる事が出来る彼女の寝顔に……何もかもがどうでも良くなる。

 ……しかしずっと腕枕していたせいか、少々腕が痺れて来たような。

 まるで現実のようにビリビリと………………現実?


 こんなの……前にもあったような??


 起き抜けに、突然隣で寝ている幼馴染……俺はそんな光景を直視して、思わず…………顔がにやけるのを抑えられずに頭を撫でる。


「ま~た潜り込んで……しょうがないな」


 俺はそれを“日常ととらえて”あどけない寝顔をさらす彼女の頬をつんつん突っついてやると、実に心地いい感触がふにふにと返ってくる。


「……ふあ?」


 しかし面白がって繰り返していると天音も目を覚ましてしまったようで、薄く目を開けて……イタズラする俺と目が合った。


「おはよう……」

「…………」


 しかししっかりと目が合ったはずの彼女は、そのまま布団に潜り込んで顔を隠してしまった。


「あ、コラもう朝だぞ」

「や~ん……まだ眠いの~」


“同棲”を始めてから知った事だけど、天音は結構朝に弱い。

 実家にいた時は毎朝オカンと壮絶な戦いを繰り返していたらしいが……。


「今日は大事な講義があるんじゃなかったっけか? 何か“機体の装甲を強化しつつ合体機構を可能にする理論がどうとか……」

「む…………」


 俺がそう言うと、天音も渋々と言った感じで起き上がった。

 寝ぼけ眼にボサボサな髪の毛……大学でも屈指の天才と称されるメカニックで、クールビューティー的に見ている学生共はこんな彼女の姿を知らないのだと思うと……優越感が湧いてくる。

 そんな彼女は俺をジッと見ていたかと思うと、そのまま軽く口付けをしてくれる。

 そしてニッコリと笑った。


「おはよ……ユメちゃん」

「お、おう……」


 それは“いつもの事”……俺たちがこうなってから日常的にかわされてきた当たり前の事。

 なのにこの日、この瞬間の俺は……良く分からないけど無茶苦茶に顔が熱くなっていた。

 まるで『初めてくらいの経験を唐突にしてしまって戸惑っている』かのような、妙な高揚感と言うか、興奮と言えば良いのか?

 おかしいぞ? 何度もしているいつもの事なのに……なんでこんなに顔が熱くなっているんだ??


 俺たちは地元である『ニホン』から大学進学と共に月面へ『上星』したのだが、初の一人暮らしだと思いきや、俺は天音とルームシェアの形で一緒に住む事になっていた。

 ……この事は俺も天音も引っ越し当日まで知らされておらず、部屋で顔を合わせた時には……最早笑うしか無かった。

 料金折半だから経費削減で良い、何て言っていたけど……うん、ハッキリ言って天地家も神崎家も公認している、というか何を期待されているのか透けて見える策略である。

 すでに俺たちの関係など高校の時に近所から学校から全てにバレバレだったワケだが……それにしたって露骨過ぎるだろ!?


 そんな思惑には屈しないぞ! そう意気込んだ俺の意志は……一週間も待たずに崩壊、陥落した……風呂上り部屋着の壮絶なコンビネーションに……。


 最近では各々に部屋があるのに天音が自室で寝る事は余り無い。

 たまにケンカした時に別々になる事はあるけども……それだって一日も持たずに元の配置に戻ってしまう……。


 ……? おかしいな……過去を振り返っているだけなのに、ドンドンと恥ずかしくなっていくような……?


「どうかしたの? 難しい顔で赤くなっちゃって」


 俺が良く分からない感情に唸っていると、既にベッドから抜け出していた天音が大きめのTシャツから、いつも通りに素晴らしいおみ足を丸出しにして……両手にコーヒーを持って来てくれていた。


「……いや、やっぱり俺の彼女の美脚は最高だな~って」

「コラ……朝からも~~」


 怒ったように、呆れたように、照れたように……そんな顔をする天音のそんな仕草に、言い様の無い幸福感を感じる。

 何というか、このまま行ったら大変な事になると言う焦燥感と……それならそれでも良いかな~という期待感が押し寄せて来る。

 俺は天音からコーヒーを受け取りつつ……自分が“何か”から抜け出せなくなりつつある事に全く気付けないでいた。


 そして“いつも通り”二人で朝食を取った俺たちは“いつも通り”に一緒に部屋を出て、雑多な風景が広がる月面都市へと向かう。

 むかしの人はそんな都市の事を『未来の都市』と表現したらしいけど、進学から2年もここに住んでいる俺たちにとっては最早日常の風景でしかない。

 空を行きかう車も、居住区を覆っている朝から夜までを時間で管理し光、温度、空気圧などあらゆる重要な調節を担っているドームも……。

 ……なのに何故か天音が周囲をキョロキョロと物珍しそうに見渡している。


「どうした? 何か気になる事でも?」

「……? いや……う~ん……」


 聞いてみても天音自身、自分でも分からないようで腕を組んで考え込んでしまっている。

 しかし、その気持ちは俺にも何となく分かる。

 それは起きた時から俺もズーッと抱いていた違和感を天音も感じているという事が、何となく察せられた。


「……初めてじゃないのに初めてな気がする……とか?」

「!? そうそう、そんな感じ! え? もしかしてユメちゃんも?」

「ああ……何か変な違和感があるんだけど…………なんだろう?」

「うん……私も今朝から事ある事に“やっちゃった!?”って思うのよね……何故か」


 う~む……考えても分からない。

 何というか思考にストップがかかる気がするんだよね……まあいいじゃん、悪い事は起きてないし……と。

 むしろ今何かに気が付くともったいないような気が……。


 二人で難しい顔をしながら歩いていると、通りがかった行きつけの喫茶店でもある『ブレード・ボルケーノ』の店長、スズ姉がジーンズにブラウスといったラフな格好で店の前を掃除していた。


「よ、ご両人。今日も一緒とは……いいね~若いって」

「何自分が年寄りみたいな言い方を……」

「おはよ~スズ姉~商売繁盛ですか?」



 からかい交じりにそんな事を言うスズ姉だってまだまだ全然ハツラツと若々しい美人であるのに、そんな浮いた話は聞いた事が無いな。

 出会いがないとか本人は言っていたけど、一番の原因は……天音の言葉にスズ姉は腰を手に苦笑して見せる。


「ボチボチかな~残念ながら本業より“あっち”の方が忙しいくらいだしな……」


 あっちの仕事……彼女は自分の生い立ちの事もあって数々の戦場を潜り抜けて来た、その筋では有名な腕利きでもある。

 本業はあくまでも喫茶店なのだけど、たまにその腕っぷしを買われて要人の護衛などに雇われる事が少なくないのだ。

 本当は喫茶店一本でやって行きたいところなのに、その月面都市屈指の実力から周りが放っておいてくれないのだ。


「宇宙情勢は思ったより良くないらしくて、最近月面の警備体制だけで人手が足りてないとか何とか……」

「大変だな~社会人……イテ!?」


 俺が呟くと、スズ姉がおもむろにデコピンをして来た。


「何他人事みたいに言ってる。その大変さの一端を担っているのがお前らの大学だって聞いてるぞ。今日もこれからワザワザ地球から来るって偉い博士の護衛に駆り出されるんだからな」

「え……もしかして、スズ姉が護衛する人って……アリス博士!?」


 天音が目を輝かせると、スズ姉は当然のように頷く。


「搭乗型ロボット設計の第一人者のアリス博士の講義の間、周辺警護を頼まれてね……何だ博士の事を知ってたの?」

「知ってるも何も、今日私たちはこれからその講義を聞くんだもん。私たちも楽しみにしてたんだよ!」


 世界的にロボット技術が発展していく中、最も台頭している搭乗型の二大理論に独自の理論で切り込み、第三の勢力として注目を浴びている人物なのだ。

 彼女の講義を楽しみにしていたのは俺たちだけじゃない。

 搭乗型ロボット技師を目指す者であれば誰もがぜひとも聞きたいはずだ。

 対してスズ姉にとっては余り馴染みがないらしく、天音のテンションについていけないようである。


「そんなに有名人なのかこの娘……」


 そう言いつつ要人警護の為に配布されたらしい写真を見つつ、スズ姉は眉を顰める。


「見た目は普通のオカッパ眼鏡な、カワイイ女の子にしか見えないのにね……アリス・カムイ博士……か」

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