第五十二話 それは幼い日の延長のようでもあり……
「おはよ~今日は早いね。私用があるから早めに出て、今日は一緒には行けないかな~って思ってたのに」
「あ~……まあね……」
そしてほとんど追い立てられるかのように家を出された俺の目の前にいたのは……何となく予想は付いていたけど、我が幼馴染……天音だった。
同時に連中が宣っていた言葉の意味も腑に落ちる……ってか、俺たち別にいつも一緒に登校しているワケじゃないんだが……。
不満げにチラリと背後を確認すると……ドアの隙間からオカンと夢香がニヤニヤと覗いているのが見える……何だよ……その目は……。
何となくだが、何が言いたいのか分かってしまって恥ずかしさがこみあげて来る。
最近天音との疎遠が解消され、仲よくしているのを察知されたって事だろうか?
「あ~も~! なんか調子狂うな!!」
「ん? ……あ~……そっちもなんだね」
「……そっちって?」
俺が思わず声を上げると、天音はちょっと顔を赤らめながらちょいちょいと自宅の方を指さした。
そこには家のリビングから微笑ましく見ている神崎のおばさん、天音のオカンの姿が。
「……行こうぜ」
「うん……」
なんかもう……居た堪れない。
別に悪い事をしたワケじゃ無いし、見ている連中だって非難する気があるワケじゃ無いだろうけど……歩き出した俺たちはしばらく顔を上げれず、互いの顔を見る事も出来ない。
「…………」
「…………」
く……会話が出てこない……イカン……何をしゃべったもんだか判断が出来ん!!
決して仲互いをしているからって事じゃないし、むしろ異性としては相当仲が良いと言える自信は今の俺にはある。
最早疎遠だった頃とは全く違うのだが……何というか色々な事が怒涛の如くありすぎて、気持ちの整理が付かない事が多すぎる。
いや、まあ……会話のとっかかりとして共通の物が現在の二人にはある事はある……しかも答えまで知っている共通の話題が……。
おそらくだけど、うちと似たような問答が神崎家でも行われたと推測すると……。
チラリと天音を見てみると……向こうもこっちを見ていて目が合って……慌てて互いに逸らしてしまった。
く~~~~……何か妙に気まずい。
気のせいか家を出てから妙なくらいに色んな人から注目を受けているような気かするし……被害妄想なのだろうか……。
「夢次君……多分それ、被害妄想じゃないよ……」
「え?」
どうやら考えていた事が自然と口から洩れていたようで、天音は顔を下げ赤い顔のままそんな事を言う。
どういう事なのか聞こうとすると……天音はスマフォを取り出して、ある画面を俺に見せてくれた。
「グ!? これって、もしかしてスズ姉の店の…………」
画面上には俺たちが日曜日に『過去夢』を見る為に寄り添って寝ていた場面がしっかりと映っていた。
「こんな……いつの間に!?」
「あの時……三上さん家が朝ごはんに喫茶店に来てたらしくて…………」
「は、はい? 三上さん……って」
そう言えばいた……目を覚ました辺りで妙にニヤニヤしながら帰って行く近所のおばちゃんの姿を……。
まさか……オカンと夢香が妙にテンションが高かったのは……。
「ちょ、ちょっと待って…………まさかこの画像は……」
「…………ご近所に広まってるっぽい………………奥様方のネットワークで……」
「ま、マジでかよ……」
俺はもう一度周囲を注意深く見渡して…………近所の顔見知り連中が俺たちを見る度に生暖かい視線を向けている事に気が付く。
…………勘弁してくれよ……もう。
「プラス、多分私たちの同世代から昨日の内に“神社の写真”も流れているみたいで……ははは……どうしよっか?」
そういう天音は真っ赤っかである。
何というか……幼少期に天音が俺に素っ気なくなってしまった時はこんな感じだったのだろうかと……不意に思ってしまう。
幼心に居た堪れなくなって……どうして良いか分からず手を振り解いて……。
少しだけ当時の天音の気持ちが分からなくもない……けど……。
「あああああ!! もう、うっとうしい!!」
俺は思わず声を上げて……やけくそ気味に天音の手をガッシリと掴んだ。
その瞬間、周囲の空気が妙に湧いた気がするけど、もう知らん!!
勝手に想像なり妄想なりしてくれ!!
「走るぞ天音! 何かもう、気にしてられるか!!」
「え……あ…………うん、走っちゃおうか!!」
俺の唐突な行動に驚いた天音だったが、すぐにニッコリと笑って同時に駆け出した。
周囲から何か祝福めいたような声が聞こえて来るけど、知らん知らん!!
「あはは……昔は私が夢次君の手を強引に引っ張ってたのにね」
「…………」
どこか楽し気にそんな事を言う天音の手は昔よりも大きくなっているのに小さく感じ……でも、そんな手を自分から振り解く気にはどうしてもなれなかった。
やっと……また繋げた手なのだからな。
*
「ねえみんな……霊存在って信じる?」
昼休みの時間、最近一緒に昼飯を食う事の増えた俺たちと天音たちのグループ総勢7人が机を囲んでいると、唐突に神楽さんがそんな事を言い出した。
「霊の存在? いれば面白いとは思うけど……」
「面白いか? 僕は普通に怖いだけだけどな」
男性陣、工藤と武田の二人がナチュラルにそんな事を言う。
ちなみに俺たちの中で工藤が一番この手の話を怖がるのだが、同時に一番興味津々なのもこの男だったりする。
ちなみに俺と天音は信じると言うか“知っている方”なので、この会話からすれば信じている方に当たる。
夢魔の事もそうだし、猿夢なんてモロな存在だったワケだし……何よりも霊的というより神的な存在が俺と天音に限っては常に見えているのだから。
人知れず神楽家の守護神として神楽さんを守っているコノハちゃんが、子狐の姿で机の上に鎮座しているのだから。
「どうしたの突然……でもないか、その手の話はカグちゃんの十八番だしね」
「どうしました? 最早神楽さんの様式美である新しい都市伝説ですか?」
購買のパンをその小さな体格でよくもまあ、と思うくらいの勢いで争奪戦を勝利してきた神威さんは戦利品の焼きそばパンを頬張りつつ言う。
この人、見た目に反してアグレッシブなんだよな……。
「いや~今日はそんなんじゃないんだけどね……」
神楽さんは頭を掻きつつ最近自宅で起こった奇妙な現象について語りだした。
「私の家って前から神棚にお稲荷様を祭ってんだけどさ……最近お供えした油揚げとかがいつの間にか無くなってんのよ」
「お供えの油揚げ? ネズミか何かじゃないの?」
工藤の言葉に神楽さんは首を振って否定する。
「いや、私も気になってカメラを設置してみたんだけど……映像を確認したんだけど誰も神棚に近づいていないのに油揚げが消えたんだよ! 本当に!!」
オーバーアクションで語る神楽さんであるが……俺と天音は揃って神楽さんの机の端……正確には必死にこっちを見ようとしない子狐に視線を送っていた。
「映像に写ってないで神棚から消えたって……話だけなら本当にお稲荷様が食べたってことじゃないですか?」
「そう思う? カムちょん。私もそうだったら良いな~とは思うんだけど……姿も何も見てないからさ~」
自分の発言に特に確信も無く、明らかに何でもない風に言ってみた神威さんの発言……どうやらそれが正解っぽい事を俺は確信した。
もしも~しコノハちゃん……ちょ~っとこっちを見てみようか?
・
・
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放課後確認してみたところ、案の定犯人はコノハちゃんだった。
子狐が小さな頭をシュンと下げて『ごめんなさいです……』と謝る姿に天音は悶絶して『やっぱりうちの子になって!!』と懇願していたが……気持ちは分かる。
「しかし……陰ながらちーちゃんの家を守るのです! って自分から神楽家に行ったはずなのに……なんというか時間の問題って気がしないか?」
「する……物凄く。カグちゃんって結構勘が鋭い方だから……」
人知れず、神楽さんの足元をちょこちょこ付いていく金色の子狐を見ていると……何というか……。
「天音……何か俺、今期夏に公開予定の『子狐と女子高生』のハートフルなファンタジー映画の番宣が浮かんで来たんだけど……ちょいギャル女子高生と子狐が織りなす不思議な物語…………近日公開ってか?」
「何それ、超見たい……」
この時おふざけで言った言葉……それがこれから重要な意味を持つとは、当然ながら俺たちは予想すらしていなかった。
何故ならそれは……『夢の本』で察知されない『予知夢』では警告できない出来事だったのだから……。
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