第五十一話 捨てられなかった過去

 魔王との最終決戦。

 そう口にすると物凄く大規模な戦闘を想像しそうではあるけど……実際の戦いはごく小規模に行われた。

 決戦の地になったいわゆる魔王城に集まった『世界を滅ぼす』目的に集まった戦士たちは魔族、人間すべて集めても100人に満たない。

 だが集まった連中は一騎当千の実力者ばかりで油断ならないのだけど……。

 そんな事になっている理由は……まあ俺のせいだ。



 あらゆる攻撃に傷を負い、一度など本当に死にかける攻撃も喰らったりしたのだが……俺は何とか気力をふり絞って立ち上がり……もう二度と立ち上がる事は無いだろう相手、魔王の前に立った。


「我の最初にして最大の過ちは……一番に『夢魔の女王』を貴様に差し向けた事だろうな……若造ならハニートラップにアッサリ引っかかると思ったのに……。逆に夢の力を奪われて……こっちの戦力は悉く潰えて……結果コレだものな」

「ハハ…………純情少年舐めんなよ」


 既に虫の息……さっきまで死闘を繰り広げていた相手だと言うのに、まるで長年の友人と話しているかの如く、その口調は気安いものだった。

 そんなヤツに、アマネは彼女の先ほどまで死闘を繰り広げていた相手……すでに息を引き取っている魔王の秘書兼魔導士であった女性の体を……そっと預けた。

 魔王は静かに女性の体を抱き寄せて……満足げな顔をする。


「……すまなかったな異界の勇者……本来お前たちには何の関係も無い事だったのに……最後の面倒事まで押し付けてしまって……」


 最後の面倒事……それが自分たちの所業、世界を滅ぼす大規模魔術を指している事は分かるが……俺はヤツが何のつもりでこんな事をしでかしたのか予想は付いていた。

 

「本当に、本当に残念な事にな……この城に集まった連中で貴様らに恨みを抱く者は一人もいない……それどころか……感謝すらしてんだよ……『俺』も含めて……な……。むしろ俺は貴様らの大切な人を……殺してる………」


 ガフっとせき込んだ魔王の口から赤黒い血液が吐き出される。

 確かに……その辺について恨みはある。

 どんな理由があったにせよ、俺とアマネは師匠であるリーンベルを殺されたのだから。

 夢葬の勇者……俺がそう呼ばれだしたのは師匠を失った後の事だ。

 それから俺はあらゆる人の、町の、国の夢を壊し、葬ってきた。

 それが正しい行いなのかどうかは分からないし、どうでもいい事……『二度と大切な人を失わない為にと』全くの自分勝手な考えに基づいて……殺さず、手っ取り早く、自分たちが危ない目に遭わないようにと行動した結果が……今だった。

 あらゆる絶望や憎悪など負の感情を取り込み、この世に崩壊を齎す予定だった魔法陣は発動する事も出来ず…………最後の最後に納得できなかった人々がこの城に集結したのだ。


「結局は魔族も人間も同じ……貴様らの憎悪で世界が滅んだって皮肉のつもりだったのにな~…………もうバラしちまうけど、俺たちが虐殺して魂を捧げれば発動するってのは嘘だからな……」

「…………そうだとは思ったよ」

「なんだ……バレてたのか……」


 くくっと笑う魔王の俺は思わずため息を吐いてしまう。

 最終決戦だと言うのに、魔王城に集結した連中がそれぞれ因縁のある仲間たちと一騎打ちを望んだ辺りで、何となくの察しは付いていた。

 武闘家の親父には家族を守る為に人型ゴーレムのアサシンとして復活した奥さんと。

 聖女には教会に裏切られ、失意の先に闇の司祭となった親友。

 重騎士は滅ぼされた国の復讐の為に魔獣と化した国王。

 聖弓師の娘は卑劣な策略で殺された先代族長である父の英霊。

 魔剣士には自らに自分の技術のすべてを叩きこんできた師匠であり将軍の男。


 すべての人に理由があり……そしてケジメを欲していた。


「本当はみんな……お前のような奇妙な勇者に感謝していたんだ。俺たちハーフエルフにしてみりゃ、あれ程迫害を繰り返してきた輩が……国王もエルフの族長も、はては教皇すら泣き叫んで土下座して謝罪してきたんだからな~~……あれは……傑作だったぞ」

「なら……みんなでそのまま笑ってりゃ良かったのに……指さしてよ」


 魔王となってしまったコイツは元々人とエルフの間に生まれたハーフエルフだ。

 そのせいで、人でもエルフでもない忌まわしい血筋として双方から拒絶され疎まれ、挙句呪われた血筋として世界各地で迫害を受けていた。

 そんな偏見で……彼はそれでも細々と暮らしていた村ごと両親も同族も失ってしまい……失意の中、世界そのものを憎むようになり……魔王となってしまったのだ。


 俺がやったのは、そんな連中全てにある特殊な夢を見せてやっただけなのだ。

 ただただ普通に……何十年かくらい愛情を受けてすくすくと育つ日常を過ごすと言う……『一般日本人の倫理観』を植え付ける夢を……。

 それだけで、自らを正義と言って憚らなかった連中は贖罪を望んでのたうち回ったのだ。

 まあ、考えれば当然か……日本人の一般的な考えに『殺人』を肯定化する理屈は無いのだからな……。


「正直言うとな……貴様が戦いの前……この女と逃げて……山奥で静かに暮らしても構わないと言ってくれた時…………本気で迷った」


 既にこと切れた魔導士の体を強く抱きしめて、今更そんな事を言いやがる。

 俺もアマネも、こいつらができている事は察していた。

 だからこそ、そう言ったのに……。


「だったら……そうすりゃ良かったじゃねーか……意地張らずによ……」

「ははは…………その通りだ。俺もこの女も……結局最後まで過去を捨てる事が出来なかった…………そのせいで……単なる八つ当たりだと思っても……止まれなかった」

「八つ当たりだ?」

「ああ…………どうしてもっと早く……俺たちが世界を憎むようになる前に……勇者が来てくれなかったのかって……」

「…………無茶言うなよ」


 俺の言葉に魔王だった男はことさらおかしそう笑いだす。

 起こってしまった過去はどうにもならない、そんな事は分かっている……と。

 本来関係ない異界の人間である俺たちにはお門違いな八つ当たりだった。

 でも…………それが分かっていたとしても、俺はコイツの八つ当たりには付き合ってやっただろうな……。

 話ている内に、魔王から次第に全身から生命力が失われて行く……。


「コイツは……貴様の女を随分妬んでいたな……一週間なんて羨ましい……私はたったの一日だったのに……とな……」

「……知らないわよそんなの。もっと早く告れば良かったのよ……アンタも……」


 天音は素っ気なく、しかし最も死闘を繰り広げたライバルにそんな言葉を送った。

 最後に想い人に抱かれ、満足げな顔を浮かべている魔導士に……。


「本当だな…………もっと早く、抱いてやれば良かった…………それなら俺たちも……過去を捨てて………………」


 魔王の最後……その瞬間に勝ち鬨も感慨も起きず、ただただ静かにその時は終わった。

 世界崩壊の危機、そんな大事だったと言うのに世界のほとんどの者がそんな決戦が行われていた事実も知らず……。

 勇者と魔王の名すら残らずに…………世界は救われたのだった。


               *


「何か……昨日の夢は妙にハードだったな……」


 ここ最近は明晰夢をゲーム感覚で楽しむ事が多かったのに、昨日の夢は妙にハードな過去の記録を見ているようだったと言うか……。

 前に見た事のある『一週間の新婚生活』の後の出来事である事は何となく分かるんだが。


 あくびまじりに俺は一階まで下りて行くと、俺以外の家族……父母妹の三人は既に食卓に着いていた。

 考えてみると兄貴が上京して食卓に座らなくなってから久しいな……。

 俺が広くなった食卓に慣れて来たんだな~とちょっとしたノスタルジーを感じていると、夢香が唐突に言った。


「おはよ~お兄ちゃん。早く食べないと間に合わないよ?」

「……んあ?」


 俺は何の事を言われたのか分からず、聞き返すのだが夢香の意見に母も何故か同調してくる。


「そうよ、女の子を待たせるのはあんまり感心しないからね!」

「???」


 今一つ何を言われているのかピンと来ないのだが、とにかく早く食えと急かして来る女性陣。

 しかし理由が分かっていないのは俺だけかと思いきや、新聞を読んでいた親父も怪訝な顔を見せる。

「おいおい、あんまり急かすな……早食いは体に悪い……」

「お父さんは黙ってて! これはお兄ちゃんの為なんだから!!」

「そうよ! 長年の夢が実現するかもしれない瀬戸際なのよ!!」

「あ、はい……すみません……」


 女性陣の勢いに親父は瞬時に白旗を上げた。

 いや、うん……そんな“力になれなくてすまない”って顔をしなくても良いから。

 こういう時に女性に逆らってはいけない……親父の体を張った教訓に少しだけ切ない気分になった。


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