第四十九話 反省と気合注入(ご褒美)

『それでは夢次さん、それにお姉ちゃん……本当に色々、ありがとうございましたです!』

 

 神楽さんが九死に一生を得た事件の数時間後、そう言って子狐のコノハちゃんは山へと帰って行った。

 天音は最後まで名残惜しそうにしていたのだが、『母様が待っているのです』の言葉には対抗できず……泣く泣く見送ったのだった。

 夕焼けに染まる中帰って行く金色の子狐……それは妙に物悲しい美しさだった。




 放課後の大通りの事。

 辛くも神楽さんの危機に間に合った俺たちだったが、日ごろの運動不足の代償に俺は極度の酸欠と脱水、筋肉疲労で俺は動けなくなるどころか気を失ってしまった。

 同じ距離を疾走していた天音は意識を保って神楽さんを気遣う余裕すらあったと言うのに……逆に心配をかけてしまった……。

 数分で意識は回復したけど、20~30分は全く動けなかったが……。


 そして急ブレーキをかけたトラックのタイヤ痕が残る事故現場(?)には既にだれもいなくなっていて……誰よりも跳ねたと思ったトラックの運ちゃんが激しく狼狽していた。

 何というか、本当に申し訳ない……。

 そう、誰もいなくなっていたのだ。

 神楽さんを押した……殺人未遂をやらかした犯人『斎藤拓』の姿すら……。


 さすがに今日はもうテスト勉強どころではないし、再度危険が無いとも限らないからと俺たちは彼女をタクシーで自宅まで送って行ったのだった。

 最後まで何が起こったのか分からない“狐につままれたような”顔の神楽さんに、一通の手紙を託して……。




 そして……全てが終わって帰宅した俺だったが、自室に入った途端に全身の力が抜けて、そのまま座り込んでしまった。

 体力よりも気力の糸が切れた……そんな気分だった。

 そして一人になってジワジワと湧き上がってくるのは……激しい、吐き気がする程の後悔、羞恥心、罪悪感……そして死にたくなる自己嫌悪。

 自分自身の全てが許せないあらゆる感情が渦巻いていた。


『俺は一体自分を何様だと思っていたんだ? 未来が予知できたからって油断できる程偉いとでも思っていたのか!?』


 考えても考えても、自分のせいで危険に晒してしまった“神楽さんの体がトラックの前に投げ出されたシーン”が浮かんでくる……。


「お兄ちゃ~ん、ちょっと聞きたい事があるんだけど……それにご飯だって……」


 そうしていると妹がノックもせずに部屋のドアを開け、俺の姿を見て眉を顰める。

 

「……どうしたの? 電気も付けないで……具合でも悪いの?」

「……や、別に何でも…………それより何だ? 聞きたい事って……」


 俺がそう言うと、妹は首を横に振った。


「ん~ん、今はいいや……。ってか本当に体調でも悪いの? あんまり顔色良くないけど……ご飯食べれる?」


 何だかんだ、生意気な口を利くのに気を使ってくれる妹である。

 俺は今日ばかりは妹の気遣いに甘えて置く事にした。


「悪い……ちょっと今は何も食えそうにないな……。休んで体調が良くなったら降りるからさ……」

「了~解。お母さんに言っとくから、ちゃんと横になってなよ」


 そう言い残して夢香は軽快に居間へと降りて行った。

 そして再び一人になると湧き上がってくる黒い感情の渦…………俺は頭を抱えて深いため息を漏らした。


 夢操作上級『白昼夢』。

 この夢がいつの間に『夢の本』に現れていたのか分からないけど、あの時の自分は何か勝手に動かされているような気分だった。

 何というか行動の原理も理由も分からないのに、パソコンに残っていた古いメモリーが起動したかのような、自分なのに自分では無いような……不思議な感覚だった。


 もしも……もしも間に合わなかったら……『白昼夢』などという裏技が無かったら……

“知っていたのに防げなかったら”……そんな恐ろしい想像に、冷や汗が止まらなくなる。


 俺の、慢心による油断が原因で……俺は天音の親友を死なせていたかもしれない……そう思うとより一層深い溜息が……。


「とう!!」

「ぐえ!?」


 しかしそんな溜息は唐突に背後から襲い掛かって来たフライングクロスチョップでせき止められた。

 一人しかいなかった部屋なのに、そんな事をしでかす人物は俺の記憶ではさっき別れたばかりの幼馴染しか浮かばない。

 案の定、その人物である神崎天音は俺に攻撃を加えた後、ベッドに仁王立ちになって俺を見下ろしていた。


「やっぱり落ち込んでたな……別れ際、何か妙だとは思ったけど……」

「……何だ、また窓から入って来たのか?」

「当たり前じゃない。君の部屋の一番の直通はここだもん」


 ちょっと得意げにすら見えるほどアッサリと言い放つ天音に、俺は思わず気が抜けてしまった。

 そうしていると、床に座り込んだままの俺の隣に天音も腰を下ろした。

 もろに腕が密着するほど近くに……。


「な、なんだよ……」


 彼女の行動の意図が分からず、俺は大いに動揺してしまう。

 だが天音は俺の目をしばらくジッと見つめて……言った。


「君が私に言ってくれたパクリ。落ち込んだ時でも、せめて隣にはいさせてよ……」

「う……」


 それはまさにこの前夢の中で俺が天音に言った言葉……それを言われてしまうとグウの音も出ない。

 変わりに何度目になるか分からない深い溜息が漏れた。


「なに溜息吐いているのよ。君はクラスメイトの命を救ってくれた英雄なのに」


 そんな俺を天音は軽い口調で慰めようとしてくれる。

 それは正直ありがたいけど、でもやっぱり俺はあの時の自分の迂闊さを許す気にはなれなかった。


「何を言うか……俺は知ってたんだ。知った上で、最善を尽くす事をしないで油断したんだ……。試験とかとはワケが違う、人命が掛かっていたのに……」

「でも、だからってそこまで落ち込まなくても……結果を見えれば誰一人犠牲になっていないし五体満足、怪我一つなく乗り切ったじゃないの。そりゃ、ちょ~っと間一髪だったけどさ……」

「……その“ちょっと”で神楽さんは死にかけたんだぞ?」

「…………それは」


 親友が死んだかもしれない、その可能性に天音は口をつぐんだ。


「俺には予知夢でこれから起こる出来事を知る事が出来ていた。半端な情報でも犯人が誰なのか、その事は完全に分かっていた……。その“ちょっと”の事を俺が油断せず、ヤツから目を離さなければ済んでいた事なのに……もし万が一……」

「夢次君…………」


 二の句が告げなくなる。

 もし、万が一、だったら……色々な最悪なifが浮かんでしまってドンドンと陰鬱な気分が加速して行く。



ゴン!! 「ダ!?」



 鈍い痛みが頭上に走り、俺の意識が強制的に戻された。

 天音が手にした『夢の本』の角によって……。


「あ~も~いい加減にしなさい! 自分事よりも他人事を気にして反省するのは昔から君の美点だけど欠点でもあるわよ!!」

「え……うえ?」


 そう言って天音は俺の肩を掴んで無理やり正面を向かせた。

 真正面に見据える天音の少し吊り上がった目付き……それは幼い日に見たあの時を彷彿させる勝気な表情だった。


「確かに今日の君は油断した。でもその油断には私とコノハちゃんも含まれるって事を忘れないでよね。君が失敗したと思う今日の出来事はみんなの失敗なんだから!」

「天音……いやでもそれは……」

「シャーラップ、反論は認めません! それに今日は結果的には助ける事が出来たんだから、最悪は避けられて、その上で反省して次に繋げる……良いね?」

「う……」


 正論である。

 今回は本当に反省する事ばかりだったけど、最悪だけは避ける事が出来たんだから……。

 天音の言う通りなのかもしれない……俺は一人だけの責任と思いあがっていたようだ。

 もし失敗していたら……全員が大変な後悔をする事になっていたのだから。

 反省は大いにする、次に同じ失策をしない…………そう考えると少しだけ気分が上向いた気がした。


「よし……じゃあちょっと立ちなさい。今日の事を忘れないように、私が気合を掛けてあげるから……」

「は、はあ? さっき本の角でやったじゃないか……」

「あれは気付けみたいなものだもん。次のが本当に気合……」

「マジかい……」


 俺は正直まだジンジンと痛む頭頂部を抑えて抗議するが、天音は聞く耳を持ってくれないようで……そのまま無理やり気味に立たされた。

 そして……何故か睨むような目つきで、顔を赤くする天音が言った。


「じゃあ……目を瞑って…………」

「お、おう……ドンと来い……」


 俺は覚悟を決めて両目を硬く瞑った。

 頬か、それとも再び頭か、意表をついて腹か? 衝撃に備えて身を固くしていた俺だったが……衝撃はどんな場所よりも予想外な所に起こった。



 予想外過ぎるがゆえに……どこよりも衝撃的だったが……。



「……………………え?」

「……絶対に忘れない為の気合と、カグちゃんを助けてくれたお礼……って事で……」



 確かにそれは絶対に忘れない、忘れる事のない気合の掛け方だった。

 何故ならその場所は…………。 

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