第四十七話 夢次、痛恨のミス

「放課後に図書館か……本当に努力家なんだな神楽さん。もうすぐテストって言っても、まだ3週間もあるのに……」


 自分が一週間前どころか数日前にならないと尻に火が付かない事を考えると、そんな神楽さんの姿勢に頭が下がるね。

 俺が素直な感想を言うと、何故か天音が自慢気に胸を張った。


「そうでしょ、自慢だけどカグちゃんは毎日予習復習を欠かさない凄い娘なのよ! 3人の中じゃ一番成績低いの私だしね。カグちゃんの自己学習ノートには何度助けられたか分からない程なんだから~!」

「親友を褒められて嬉しいのかもしれないけど、自分にとっては全く自慢になっていない事を堂々と言うなや……」

「だ~って事実だもん。私の成績の5~6割はカグちゃんのお陰だと自覚してるから!」


 まあ……そうは言っても、あくまであの3人の中ではという注釈が付くから別に天音の成績が特別悪いって事でもない。

 天音だって学年の中では上位に入る成績を保持している事に変わりはないのだから……。

 だからこそ高校はおろか中学にまで“才色兼備なお姉さま”として知れ渡っているのだからな。


「……うちの妹なんて天音の事を随分神格化して見ているフシもあるのに……そんな事堂々と公言してたらガッカリされるぞ?」


 実際3歳違いとは言え妹だって天音とはお隣さんの幼馴染と言っても良いはずなのだが、妹と天音は余り接点が多くない。

 だからこそ少し理想と憧れが過剰な気もしないでもないんだよな~。

 俺の言葉に天音は露骨に顔を不満げに顰める。


「え~? 夢香ちゃんってそんな感じに私を見てたの? でも……そうか、道理でいつも話しかけてもよそよそしいって思ってたけど……」


 まあ、天音としたら不満だよな……。

 よそよそしかった原因はそんな神格化の以外に、俺が天音と疎遠だった事が原因だろう事は……薄々分かっていた。

 そうなると細かい所で妹には色々と迷惑をかけていた気がする。

 今度妹と天音が仲良くできるように何かセッティングしようか……そんな事を真剣に考え始めた辺りで子狐のコノハちゃんが足元に現れた。


『夢次さん、お姉ちゃん、あの人が学校から出たのです! お友達に“今日はもう家に帰る”って話してたのです!!』

「お、そうか帰るって言ってたんだな、確かに」

『ハイ、間違いないのです』


 コノハちゃんの報告に俺はスマフォを操作して学校周辺のマップを出した。

 そこは学校から一番近くにある4車線の大通り、つまり予知夢で見た事件現場……だと思われる場所。


「ヤツ、『斎藤拓』の現住所は南区の方……つまり自宅に帰るならこの大通りを南下するルートのどこかを通るはずだ」


 俺は幽体離脱で盗み見て置いたヤツの住所を思い出して下校ルートで大通りと面している場所を予想する。


「南区に至る大通り、4車線の道路はここしか無い。予知夢の通りならば学校からこの大通り、右側の歩道を俺たちも南下していけば……」

「予知夢での事件に遭遇するって事ね?」

「ああ、そのはずだ……その為にまず犯人を追いかけないと」


 場所のハッキリした特定が出来ない以上、そう行動するしかないのだけれど。

 本当なら今まで張り付いていたコノハちゃんがずっと見ていてくれるのが一番なのだったけど、残念ながら彼女は天音という仮契約者がいないと遠くまで行けないからな。

 ……まあ、まだそう遠くまでは行ってないだろう。



 俺はこの時、お気楽に判断した事を後に途轍もなく後悔する事になった。

 尾行する者から目を離さないと言うのは基本だという事を、骨身に染みて知る事になるのだから……。



              *


「そういや……昼間に奴らの会話を聞いたけど、斎藤って神楽さん狙いみたいな事言ってたけど?」


 俺たちは予定通りに学校近くの大通り、その右側の歩道を若干の早歩きで南下していた。

 そんな中、俺が軽い話題のつもりでそう言うと天音は露骨に嫌そうな顔になった。

 どうやらそれは天音にとって新鮮な情報では無いらしい……しかも悪い方向に。


「それはカグちゃん本人も知ってるよ。何回かそれとなく言い寄られたらしいから」

「あ、そうなんだ」


 俺は昼間の会話で、てっきり何のアクションも起こしてないのかと思っていたけど。

 弓一が動かないと自分が近づけないとか何とか言ってたし……。

 天音は早歩きのまま、不機嫌全開で話始める。


「別に私もちゃんと真剣に告白するって言うなら口を挟むつもりは無いよ……でも、アイツらは彼女ってのをトレーディングカードとか貴金属と勘違いしてるのよ!」

「……何だそれ?」

「いっぱい持っていて、周りに自慢できれば偉いって思ってんの……馬鹿にしてんのかって思うわホント……」

「うわあ……」


 俺には天音が最初何を言っているのか理解できなかった。

 そして、それは天音も同様なのだろう、理解できないからこそ苛立っているようだ。

 収集品と同じように考えて彼女を侍らせてるってか?

 だからこそ平気で何股もかける事が出来ると勘違いしていると……。

 ……さっき爆笑させてもらった男の姿は、調子に乗って自分がモテると思い込んだ男の末路って気がしてくる。

 調子こいて、色々な人に嫌われて、最後に残るのは惨めな負け犬……か。

 過剰な過信は身を滅ぼす……アレは教訓にしておくべきだな……。

 しかし天音のディスリタイムはまだ終わらない。


「私に散々言い寄って噂流したアレはその典型だったけど、カグちゃんに言い寄ってる斎藤も同程度に最悪なのよね……」

「……ヤツは何をやらかしたんだ?」

「さっきも言ったでしょ? アイツらは自慢したいだけの為に言い寄ってくるって。その仲間内で唯一、アイツだけが彼女がいないからって焦ってるんだって……」

「……は?」

「仲間内で自分にだけ彼女がいないからって、見栄を張りたいだけの為に取り合えず付き合えとか言ってんのよ!! いい加減にして欲しいってのよ……アタシの親友は間に合わせの贈答品じゃない!!」

「ど、どうどう……分かる、お怒りはご尤もです! 何かすみません男として謝罪いたしますから……落ち着いてくれ……」


 とうとう天音は目から炎を吹き出しそうな勢いで吠え始めた。

 何というか天音も今まで色々溜まってたんだな……。

 微妙に今の話が女性を者扱いして品定めする最悪例って感じで身につまされ……俺は何となく男を代表して謝ってしまった。


 しかし、少々エキサイトしていた天音はいつの間にか尻尾を下げてシュンとしているコノハちゃんに気が付いてハッとなった。

 もしかしたら件の『斎藤拓』がチーちゃんの関係者かもしれないって事を忘れていたようだ。


「あ!? ご、ごめんなさいコノハちゃん!! 私ちょっと無神経だったね……」

「……仕方ないのです。私も聞いてて良い気はしないです……」


 天音はそんなコノハちゃんにあからさまに“やっちゃった”という顔になって逆の意味で落ち込み始めてしまう。

 しかし予知夢の通りだとするなら、万が一ヤツがちーちゃんの息子か何かだとするなら……もっと最悪の展開を予想しなくてはならなくなるんだよな。


 それからしばらくは気まずい雰囲気での競歩が続いた。

 大通りに出てから南下を始めて大体20~30分はたった頃、俺たちはすでに2~3キロは歩いていたのだけど、目標の『斎藤拓』はいつになっても見えて来なかった。


「あ、あれ? そんなに急いで帰ったのか??」

「おかしいわね……南区っていうならもうすぐ着いちゃうけど」


 予知夢で見たからとすぐに追いつけると思っていたのが、完全に裏目に出ていた。

 そして同時に、俺はこの時最大の勘違いをしていた事に気が付いていなかった。

 若干の焦りが出始めていた時、俺のスマフォが着信音がした。

 通信の相手は『剣岳美鈴』、スズ姉からだった。


『お~学生、学校はもう終わったかね?』

「ああ、うんさっき終わったけど……どうしたの?」


 俺の心情とは裏腹にスズ姉はのんびりした感じで話して来る。


『や~昨日白鷺家に関して前オーナーに話聞いとくって父ちゃんが言ってたでしょ? さっき、その前オーナーに父ちゃんが会ったらしくて連絡してきたから、一応報告って思ってね』

「おお! 白鷺さん家について何か分かったんだ!!」


 ちーちゃんに繋がる新たな情報! 今の状況でそれは非常にありがたい。

 俺の『白鷺さん家』の言葉に真っ先に反応を示したのは、やっぱりコノハちゃんだった。


『それがね……30年前にあの山から夜逃げした白鷺家の連中は今も遠くにいるみたいなんだけど、肝心の当時7~8歳だった白鷺家の娘は現在は結婚してこの近くに暮らしているって話なのよ……』

「え!? マジで?」


 ちーちゃんがこの近くに住んでいる? そうなるとますますあの予知夢に信憑性が出て来る……。

 ちーちゃんと称した40代くらいの女性を近しい関係である斎藤が殺害する予知夢に。


 だが俺は自分が最大の勘違いをしていた事に、スズ姉の次の言葉でようやく気が付いた。

 予知夢は自身が持っている情報から近い情報で組上げた情報だ。

 だから……俺の夢に出て来た“ちーちゃん”が本人であるって確証はどこにも無かったと言うのに、俺はずっとアレは現在のちーちゃんなのだと思い込んでいたのだ。

 だからこそ……俺はスズ姉の次の情報に背筋が凍り付いた。

 その勘違いが致命的である事を理解して……。








『旧姓は白鷺千里さん、現在は結婚して『神楽』の姓を名乗って旦那と娘と一緒に暮らしているって話で……』








「…………は? い、今何て??」

 

 俺は思わずスマフォを落としそうになった。

 たった今スズ姉が口にした苗字……俺はついさっき、それと同じ苗字の人物と会っている……そう、天音の親友と……。


『だから神楽さんだよ。今は神楽千里を名乗って……』

「神楽!? 確かにそう聞いたのかスズ姉!?」

『う、うえ!? ああ、間違いないけど……』


 俺の切羽詰まった怒鳴り声にスズ姉は狼狽気味に答えた。

 眩暈がしそうになる……俺は予知夢で見ておきながら、その夢が教えようとしていた事を見誤っていたのだ!!


「なんてこった……このボンクラがあああ!!」


 俺は自分自身の頭を殴り罵倒しつつ、慌てて踵を返して走り出した。

 ……この通りを北上した北区に建っている図書館を目指して。

 そんな俺の突発的な行動に天音も一緒に駆け出していた。


「夢次君!? 今神楽って……」

「今スズ姉に聞いたけど、ちーちゃんの本名は千里、今は結婚して神楽千里なんだそうだ!」

「え!? じゃ、じゃあもしかして夢次君が見た予知夢って……」


 天音の顔がみるみる青ざめて行く……気が付いたらしいな。


『夢次さん! どういう事なんです!? ちーちゃんに何かあるのですか!?』


 対して今の説明ではコノハちゃんには理解できなかったらしく、彼女も一緒に来た道を逆走しながら聞いてくる。


「俺が見た予知夢のちーちゃんらしき人物ってのは本人じゃない! 情報が足りずにコノハちゃんの予知夢として見えたのは『ちーちゃんの娘の危機』だったんだよ!!」

『え、ええ!?』


 10代のガキが30~40代の女性と口論って図式に最初から違和感があった。

 だからこそ、そんな年の差で口論が成立するのは親とか近しい人物でなければあり得ないと思ったけれども……。

 それが同世代の女子にモーション掛ける男との口論とするなら話は別だ。

 友人には『帰る』と言っておきながら、目当ての女子を追いかけて行ったのだとすると……帰宅路を探ってもいるワケはなかったのだ。 


「俺が見た予知夢のはちーちゃんの娘『神楽百恵』がフッた男に逆上されたシーンだったんだよ!! クソッたれ!!」


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