第四十六話 裏門に現れた神の名を持つ者

 それから放課後、俺は現在学校の裏門付近で天音の事を待っていた。

 ……本当だったら学校から出た後に待ち合わせをした方が良かったのだけれど、予知夢で見た犯人の行動を基準にすると、どうしても校舎から出て~っていう手順を踏むワケには行かなかったのだ。

 今現在、件の『斎藤拓』にはコノハちゃんが尾行しているのだが、彼女は仮契約している天音から一定の距離までしか動けない。

 具体的には天音が校舎内にいるなら、校舎の中なら動けるってくらいだ。

 ターゲットが校舎から出たら報告に来る事になっているから連絡のない今、まだ校舎内にヤツは留まっているのだろう。


「予知夢もしっかりとした時間指定があれば良いのにな……」


 それは毎度考えてしまうこの夢の弱点だ。

 前の天音の危機の時でも、周囲が“夕方である”とか“正面玄関の階段”だとか情報があっても『正確な時間』は分からなかった事で間一髪だったのに……今回の予知夢は更に情報が少なくて曖昧だ。

 なにせ見た夢は“多分学校近くの4車線の大通り”で、周囲の風景に標識や建物などの特徴が無い場所で、更に空の色も青かった事で『昼間』と時間の予想も前回より更にザックリとしている。

 オマケに肝心の被害者が誰なのか分からないのだから。

 犯人が誰なのかが分かっている事が唯一の救い……そうでなければ大通りの特徴のない歩道を延々とパトロールする羽目になっていただろうし。

 そもそもあの予知夢が今日起こるとは限らない……。


 俺は裏門の植木の陰で一人溜息を吐いた。

 そして……待ち合わせにしては余り相応しくなく“隠れながら”待っていた俺に、更に隠れるように身を屈めて近づいて来る怪しい人影が一つ。


「お、おまたせ~……待った? 夢次君」


 その人影は声を潜めて……天音の声で俺の事を呼んだ。


「お、おお……そんなには……」

「はは……ちょ~っと友達を撒くのに時間が掛かっちゃって……」


 そう困ったように言う天音の顔は木陰でも分かるほど赤い……それだけで一体友達連中に何を追及されてどうして撒く必要があったのか、そしてどうして待ち合わせをするのにこんな隠れて落ち合うみたいな事が必要だったのか……察せられる。

 そしてその理由を考えると……俺も顔が熱くなってくる。


「色々と聞きたい事はあるけどさ……今は一つだけ確認しとくよ」

「うい……何でしょう?」

「そっちは今日一日の追及で、どこまで聞き出されたの?」

「う……」


 俺の質問に言葉を詰まらせる天音。

 ……あああ~~~聞いてるこっちも恥ずかしい!! 俺自身今日一日は友人共から散々追及されていたから、コイバナに群がる女子の渦中にいた天音はどんな事になっていたのか、想像も付かない。

 天音は頬を掻きつつ……微妙な笑みを浮かべた。


「あ~っと……一応はあの山で撮られた写真の事くらいだよ。久々に地元の山に二人で行ったら、良い陽気でちょっと眠くなっちゃって、少し寒かったからあんな格好になっちゃって~~~ってさ……」

「う……む、そう言うしかないよな……」


 確かに『夢の本』だの『夢枕』だのの説明が出来ない以上、そんな説明をするしかないだろう。

 実際俺も友人共の追及をかわすつもりでそんな事を口走った……と思う。


「……で、友人たちは何と?」

「…………大変盛り上がっておいででした……『二人は温めあう仲だったの~?』とかそんな感じに……」

「…………そうでございますか…………こっちもそんな感じに話したと思うけど『勿論その先の展開もあったんだろう?』とゲスな詮索されまくりました……」

「…………そうでございますか」


 会話が止まる……そして俺たちは二人して裏門の植木の陰で、頭から蒸気を立てていた。

 う~~~あ~~~~……どうしたもんだコレ?

 俺の今までの学校生活で予想もしなかった出来事に困惑する事しか出来ん!!

 今の俺たちは絶対学校内では頭文字に“バカ”の付くアレの部類になっているだろう事は……さすがにヘタレな俺でも想像できるけど……。

 チラリと隣を見れば顔を真っ赤にした天音と思いっきり目が合って、慌てて同時に逸らしてしまう……な、何だコレ? 本当に何なんだ!?


「あ~~まあこうなったら仕方が無いよな、うんうん。これ以上の事は俺たちが口を割らない限りは流出するワケないものな!」

「そ、そうね……そうよね! 別に私たちが幼馴染って事くらいみんな知ってる事だものね!!」

「そうそう! 特別仲が良い写真を撮られたくらいで……」

「うんうん、家がお隣って事くらいは周知の事実だし……」

「…………ちょっと待とうか天音さん?」


 微妙に今、軽く言ったけど聞き捨てならない事を口走った気がしたが……。


「今何って?」

「え? だから色々と聞かれて、私たちが幼馴染だって事とか、昔から家がお隣だった事とか、窓から向こうのお部屋が見える事とかくらいはしゃべったけど……」

「……何で君は……いらん餌を撒いちゃうかな」


 俺は思わず頭を抱えて呻く……基本的に天音は察しが良いはずなのに、何ゆえこういうところで若干の天然を発揮して下さるのかな。


「え? で、でもそのくらいなら別に何も……」


 自分の発言の迂闊さにまだ気が付いていないようで、俺の文句にキョトンする天音……確かに文面だけの情報のみを拾ってくれるのなら、問題無いのかもしれない。

 それは言った通り調べれば分かる情報なのだから。

 しかし……その情報を『本人』がしゃべったって事が非常に重要になってくる。

 ある程度の予想が出来る人が実際に聞いたのなら、その情報が本人にとって開示しても問題の無い情報なのだと推測するだろう……そして。


「へえ~……やっぱりその話にはまだ“先”があったのね~」


 唐突に掛かった声に俺たちは体をビクリと振るわせて硬直した。

 ここは人目に付かないように待ち合わせに選んだ場所だと言うのに、そんな俺たちの背後に回っている人物は一体……。

 恐る恐る振り返ってみると、そこにいたのはユルフワな茶髪ロングで俺たちをニヤニヤとした目で見ている天音の親友の一人、神楽さんだった。

 彼女はおもむろに天音の肩に手を回して悪~い顔を作ってみせる。


「あからさまに私たちを撒いてどこに行くのかと思えば、や~っぱりか……悪い娘め」

「へ? あ、いや……別に撒こうとかそんな事……」

「そ・れ・に~、今の天音の言い方だと『お隣の部屋』って情報はバレても構わないって言うなら~~その先にも~っとバレちゃいけない何かがあると思うんだけど~?」

「「!!?」」

「じゃあそのバレちゃいけない何かは……何なのかな~?」


 俺たちは二人そろって言葉を失ってしまった。

 ホラ見ろ……こんな感じで想像力と洞察力に優れた人物が必ず真相に辿り着いてしまうってのに……。

 しかしこの場にいるのは神楽さん一人だけ……天音の行動を怪しんで一人で付けて来たって事なのだろうか?

 しかし俺がそんな彼女に戦々恐々としていると、神楽さんは唐突にピョンと天音から離れて、作っていない素の表情で笑い始めた。


「アハハハ! コメンゴメン、ちょっと揶揄い過ぎたね。そんな怒んないでよアマッち!」

「ム~~~~!!」


 見れば天音は涙目になって怒っていた。

 ……そんな仕草もちょっと可愛く思えてしまうけど。


「悪かったって。今度のテストの山、後で教えてあげっからさ」


 憤慨する天音に神楽さんがニッカリと笑いながらそう言うと、天音はしばらく迷ったようにしてから「……2教科は確実よ」と呟いた。

 外見からは意外だったけど、神崎・神楽・神威の仲良し三人は基本的に成績が良いのだけれど、実は一番成績が良いのがギャルっぽい神楽さんなのだ。

 聞くと毎回学年順位のトップテンには常に入っている程なのだとか……。

 そんな事を考えていると、神楽さんは俺の肩をポンと叩いた。


「ま、興味はあるけど邪魔する気は無いからさ……その辺の微妙なさじ加減はお任せするよ、幼馴染の天地夢次君」

「う、ういっす……」


 ……何というか今の一瞬、そこはかとないプレッシャーを感じたような。

 言葉にはしてないけど、よくドラマとかである『泣かせたら承知しねー』的な覚悟を問われたような気がして……俺は思わず返事をしてしまっていた。

 そして神楽さんはそのまま颯爽と裏門を出て行こうと歩きだす。


「今日はこれからどうするの?」

「ん~もうすぐテストじゃん? 帰りはいつもの図書館でも寄ってかな~ってね……じゃあね~ご両人」


 天音に軽く返事をしながら神楽さんはヒラヒラと片手を振って帰って行った。

 そんな後ろ姿を見ながら、俺は何となく納得してしまったのだった。

 なるほど……あれは確かに天音の親友の一人なんだと……。

 

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