第四十五話 恐るべきチャラ男の精神攻撃

 唖然として青ざめる、まさにそうとしか表現出来ない顔になった男に新藤さんは颯爽と踵を返して、二度と振り返る事も無く立ち去って行った。

 ……幽体離脱の過程で偶然目撃してしまったというのは、あまりよろしくは無いだろう。

 他者が無粋に覗いて良い場面では無かっただろうから、多少の罪悪感を感じてしまう。

 しかし……だ。

 それでも俺は言わずにはいられなかった……喝采を。


『かっけぇ~! 新藤さんマジクール!!』


 中身のない口だけの脅しや恫喝を一笑にして、眼光のみで完璧にこの男を下した……なんという……何という爽快感なのだろうか!!

 その後、しばらくは呆然としていたチャラ男は何とか再起動を果たして、最高に機嫌が悪そうに校舎裏へと向かっていった。

 そしていつもの場所にたむろす仲間たちと合流する。


「お~キュウ(チャラ男の事)遅かったな。何だ一人か? カオリは?」


 カオリ……新藤さんの事だな。

 彼女は今まで常にコイツの後ろを付いて回っていた印象だったからな……仲間から見てもいない事に違和感があるのだろう。

 チャラ男はその質問を不機嫌全開に吐き捨てる。


「あ~カオリ? 趣味じゃねー恰好しやがったからフッてやった」


 ブフォ!? 俺はその言葉に思わず吹き出してしまった。

 フってやった!?

 フってやったって言った!?

 何言っちゃってんのコイツ!?

 明らかにフられてたじゃねーか!!

 しかもご主人様気取りに威圧しようとして、脅してキレても全く効果なく、挙句の果てに彼女の睨んでいるワケでも無い『本気の瞳』にビビっていたって言うのに……そんな男がフってやった!?


『……ククク……クキキキキ……アハハハハハハ!!』


 俺は現在霊体である事を存分に堪能していた。

 だってこんな他人の真ん前で笑い転げていたら確実に悪目立ちするし、しかも俺にとっては敵に当たる連中なのだから、間違いなく難癖(?)を付けられるだろう。


「あ~? お前カオリを切ったの? マジか、あんなにべったりだったのに?」

「ウソ!? アイツが一番キュウの彼女ってのに執着してたのに~?」


 驚く仲間たちを前にチャラ男はヤレヤレとばかりな手振りをする。


「あ、ああ……最近重かったからな~あの女、正妻気取りに俺を独占しようとしやがるからよ~。さっきも未練タラタラでよ~」


 ゲボホ!? き、貴様!? さては俺の事を笑い殺すつもりだな! そうなんだな!!

 くそう……なんて恐ろしいヤツなんだ!!

 負け犬の遠吠えからの見栄を張る虚偽発言……結果を知っているからこそ最早コントにしか見えない!!


『ひ……ひひひ……は、腹がよじれる……』


 やはり幽体離脱は危険だ! 命の危険が大きいぜ!! 



 それから俺が不覚にも強力な麻痺攻撃にさらされ動けずにいる間に、奴らは各々にダレた格好で座り込み、売店のパンを片手に益体のない話を始めた。

 ……しかしコイツらの話を初めて聞いたワケだけど、さっきと違って今度は欠片も面白くない。

 無論会話の内容には好みがあるのだから、興味のない話題に興味を持てないと言うのは分かる。野球が好きな人が野球に興味のない人と会話しても面白く無いように。

 だけど、コイツらの会話はそういう括りではないのだ。

 ヤレ“この前どこ校の女を落とした”だの、ヤレ“俺はあの有名人と知り合い”だの、ヤレ“将来はビッグになるんだ”だの……基本的に自慢話か具体性のない夢っぽい何かの、フワッとした話ばっかりなのだ。

 いや……中身のない会話が悪いって事は無い、むしろコイツ等にとってはとても居心地が良いんだろうし……。

 しかし興味が無いどころか『他人』にとっては単なる拷問にしかならない。

 ……天音は今まで波風立てないようにコイツ等の話を流していたのか……苦痛だったろうな~。

 しかし俺がいい加減眠って霊体になっているのに更に寝そうになっていると、仲間内の金髪女子がスマフォをとりだしたところで雰囲気が変わった。


「そういやキュウ、この写真見た? どうなってんのコレ?」

「あ?」


 見せられたスマフォにチャラ男はあからさまにイラっとした表情になって舌打ちをした。


「あ~そういやこんなん回って来たな~。コイツってお前と付き合ってたんじゃね~の?」

「え? 何じゃあコレって浮気現場?」


 友人たちが冷やかし半分に言うのをチャラ男はうるさそうにあしらう。


「うるせぇな~。付き合う予定なんだよ!」


 その言葉で仲間たちは納得したようだった。

 仲間でも何でもない俺には何の事か分からず、金髪女子の背後からスマフォを覗き込んでみて……俺は思わず噴き出した。

 そこに写っていたのは、さっき工藤に見せられたものと同じ……俺と天音のピッタリツーショットじゃねーか!!

 もうこいつらにまで流れているのか!?

 恐るべし、女バスの情報拡散能力!!

 ……しかし、となると今の会話って。


「お前のいつもの手口が失敗するのは珍しいじゃん」


 いつもの手口……つまり天音とコイツが付き合っているとかって噂が流れたアレの事か。

 どうやらその手口は仲間内にも知られているコイツの常套手段だったらしい。

 仲間たちの指摘にチャラ男は半ギレになって怒鳴った。


「失敗してねー! まだ途中なんだよクソが!! この野郎……俺の女に手を出しやがって……」


 イラ……

 俺は反射的にぶん殴りそうになった……鈍器で。

 しかし霊体では物は掴むことが出来ず置いてあったブロックを持つ事が出来ない。

 今のところ、俺と天音はそういう関係では無い……無いけれど……。

 コイツが天音の事を自分の物発言した瞬間、明晰夢のようにショットガンを出せない事を悔やんだ。

 ……出せていれば間違いなくヘッドショットをキメられたのに。

 俺が本気でどす黒い事を考えていると、チャラ男が突然こっちを血相を変えて振り返って来てビックリする。

 まさかコイツ、霊体が見えるとか?

 しかし振り返ったヤツはキョロキョロと辺りを見回したのみで、座りなおした。


「どうしたキュウ?」

「い、いや……何か分からないけど、物凄い悪寒が……」


 見えてはいなくても感じるモノあるって事か? 気配とか……。

 まさか俺の殺気とかって…………。

 まさかな! 武術の達人でもあるまいし、そんな殺気を俺が放てるワケもないし。


「キュウ、しっかりしてくれよ、お前が天音に近寄れないと俺もアイツに声かけ難いんだからよ~」


 そんな中で一人、茶髪が全く似合っていない印象の大柄な男が不満そうに言った。

 ……コイツは。


「うっせーな。そんなの俺が知るかよ、勝手にモーション掛けりゃいいじゃねーか!」

「だって神楽はいっつも天音とベッタリなんだぜ? 話すタイミングが無くってな~」


 この中では若干体格の良いこの男……コイツが天音の親友の一人、ギャルっぽい雰囲気の神楽さんを狙っていた事実には驚いたが、俺は実際にコイツを目にして確信した。


『間違いないな。コイツが予知夢で『ちーちゃん』を事故に遭わす張本人『斎藤拓』……』


 それは間違いなく、予知夢の中で着物姿の女性を車道に突き飛ばした加害者そのままの姿だった。

 

『しかし……何というか……こんなのが件のちーちゃんの息子とか親戚とかに当たるヤツなのかね?』


 先入観を抱くのは良くない事……と分かってはいるのだけど、さっきからの言動や動向を見ていると『チャラ男の同類』としては納得するけど、ど~もコノハちゃんから聞いていた人物の気配と言うか匂いを感じないと言うか……。

 俺自身がコノハちゃんに好印象を持っている事が原因だろうけど……な~んか納得が行かないと言うか……。

 せめてコイツの親の旧姓とかが分かれば違うのだがな。


 ……と、そんな事を思っていると突然霊体の姿では何も感じないはずなのに、右腕の辺りが何やら揺すられているような感覚が……。


 そして“何だ?”と思った瞬間、俺は跳び箱の中に戻っていた。


「…………は!」

『あ、夢次さん起きたです』


 右腕を見てみると、俺の二の腕の辺りを両前足で一生懸命揺すっていた子狐が心配そうにこっちを見上げていた。

 そうか、目が覚めたから幽体離脱が解けて体に戻って……。

 そう確信すると同時に気が付いた。

 俺が彼女に起こすように頼んでいたのはどんな時なのかを……。


「コノハちゃん、何があった?」

『体育倉庫の中に、誰か入って来たです! 二人ほど……』

「……何だと~?」


 俺は声を潜めて思わず愚痴った。

 ワザワザ人に見つからない、邪魔されない場所として人気の無いこんな場所を選んで、更に跳び箱に潜む安全策まで取ったと言うのに……。

 さすがに俺も外側に誰かがいる状況で跳び箱の中で寝ていられる程豪胆ではいられない。

 クソ……一体何者だ? 俺は苛立ちつつ跳び箱から外側を覗いて見た。


「い、いけませんよ……今は昼休み中です。生徒たちが入ってきたら……」

「だれも来ませんよ、こんな場所……ベタに思えても……ね。ここなら邪魔は入りません」


 それはいつぞや中庭の過去夢で見る事になった二人の教師、英語の吉沢先生と古典の名倉先生……真面目が売りの二人の教師は何やら盛り上がっていた。


 ……本来、正しい男子高校生としてはこの状況をラッキーとか、期待通りとして盛り上がるべきところだろう…………が。

 さすがにこの時ばかりはイラっとしかしなかった。


「……コノハちゃん、悪いけどコレ……届けて貰っても良いかな?」


 俺はメモ帳に一筆したためると、コノハちゃんに一枚千切って職員室に届けるようにお願いした。

 ……数分後、呼び出し放送を聞いたヤツらが慌てて体育倉庫から出て行くのを見計らってから、俺は一人跳び箱から脱出したのだった。


「そう言うのは放課後にしなさい……ったくよ」

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