第四十二話 予知夢未満

 そこはおそらく学校近くの道……だと思う。

 住宅地にほど近い大通りで、ガードレールもしっかりとある歩道、なのだけどしっかりとは思い出せない。


 しかしそんな場所で事件が起こった。


 二人の男女が歩道で何やら口論をしていたかと思うと、激高した男の方が思いっきり女性を車道へと突き飛ばしたのだ。

 男の方は瞬間的に“やってしまった”と顔を青くしたが、次の瞬間に事態はそれで済まない最悪な状況になる。

 突き飛ばされてガードレールから向こうに投げ出された女性に向かって、大型トラックが迫っていたのだ。

 無論ガードレールの向こうで信号があるワケでもない車道……トラック側にとってはただ走行していただけの状況、突然飛び出した女性にブレーキを踏む暇もなく……女性はまるでボールか何かのように天高く跳ね飛ばされてしまった。

 悲鳴すら上げる事無く、女性は地面に激突して……最早どこからの出血かも分からない、大量の出血で血だまりを広げていく。


「う……ああ…………」


 焦点が合わず目の光が消えて行く女性は着物姿で、跳ね飛ばされた拍子に外れた桜の髪飾りも最早真っ赤に染められていて……。






「うお!?」


 俺はその瞬間、飛び起きた。

 瞬間的に時計に目をやると現在は3時を回った辺りの深夜……どうやら今日は相当に疲れていたのか、晩飯の後にそのまま寝てしまったようだ。

 電気も消さずに……。

 今晩は久々に明晰夢を見ないで寝ていたようで……明日には天音に文句を言われそうな感じだけど、今日のところは大目に見てもらおう。

 チラリと窓から見れば、天音の部屋の電気はしっかりと消えている……今日はモフモフと一緒に良い夢を見てるだろうから大丈夫だろうさ。


「さて……多分今見たのは『予知夢』だと思うんだが……」


 俺は傍らにある本を見て思わず呟いた。

 いい加減俺もこの本に繰り返し世話になっているだけに、何となくだけど夢の手ごたえと言うか、感触? のような物が分かるようになって来ていた。

 本当に何となくなのだけど、今見た夢は以前天音の危機を2度も救ってくれた『予知夢』の感触に似ている。

 ただ……単純に予知夢と確信できないのだが……。

 以前の天音の危機を救った予知夢であれば、もう少し具体的に見えていた気がするのに、今回の夢は全体的に酷くあやふやだったのだ。

 特に被害者の全容……あの服装と何よりも『桜の髪飾り』が暗示している者など、昨日一日散々話していたコノハちゃんの探し人である『ちーちゃん』なのは明白だろう。

 ただ、その被害者の『ちーちゃん』に関しては着物と髪飾り以外の像が他の何よりもあいまいで判別が出来なかった。

 まるで人物を特定する事に関してはモザイクでも掛かっているかのように。

 ……そもそも予知夢だったとして、あんな普通の歩道で着物姿の女性と口論する『男子学生』という状況も良く分からない。


「……予知夢に関して何か特殊なルールでもあるのか?」


 俺は『予知夢』に関して流し読みしていた事を思い出して、今度こそしっかりと確認しようと『夢の本』を開く。

 ……ゲームで言うところの“説明書は分からなくなったら読む”という類のクセは何とかした方が良い……最近そう思う事が増えて来たな……改善できてないけど。 



予知夢の構成

 

 予知夢は使用者の記憶、情報を元に構成されている。その為全てを正確に予知夢にて先に知る事は難しい。

 知らない情報を構成する場合、知りうる近しい情報を元に再構築される。



 ……え~っと、つまり? この『予知夢(?)』は俺の知らない情報でキャスティングしているから、こんなどこか妙な配役になっている……と?

 今の『ちーちゃん』が分からないから昔の、俺のイメージできる『ちーちゃん』を配役にした……的に。

 思い出してみると、前に予知夢を見た時には犯人の特定を出来ず、その場の過去を除き見る類の『過去夢』を使う事で犯人の新藤さんに行き着いたが、俺はその時まで正直新藤さんという女生徒の存在を知らなかった。

 知らない人だったからこそ『予知夢』では夢の構成が出来なかったという事らしい。

 つまり分からない情報だと、そこから推理して行かなくてはいけないって事か?


「や、ややこしいな…………」


                *


『ちーちゃんが交通事故に遭うのです!? それはいつどこでなのですか!?』


 翌朝登校時間に家の前で待っていてくれた天音の肩に、一緒に付いてくる気満々のコノハちゃんが座っていたのだが、早速昨日の夜見た予知夢について話すと慌ててとびかかって来た。

 反射的にキャッチしたが、尚も手足をバタつかせる子狐必死で……あかん、かわいい。

 しかし内容が内容だけに愛でるワケにも行かない……俺は真面目な顔を取り繕ってコノハちゃんと目線を合わせて話す。


「落ち着きなって。俺が昨晩見た内容が予知夢だったとしたら、それこそ君から詳細を聞かない事には何も分からないんだからさ……」

『あう…………すみませんです……』


 ゆっくりと諭してやると彼女も自分が焦りすぎていた事に気が付いたのか、シュンとして耳と尻尾を下げた。

 く……こんな仕草まで……これを狙ってやっていないのだから……この子狐は、文字通り神なのだろうな……尊い!!

 俺は顔全体で『早く私のモフモフを返して!!』と訴えている天音の肩にコノハちゃんを再び乗せて、昨日の夢の内容を細かく話した。

 最初のうちはショックを受けた様子だったコノハちゃんだったけど、聞いている内に俺が見たのは“自分に直結する予知夢”だと確信したようだった。


「しかし……確かに俺が見た夢は“コノハちゃんに関する予知夢”だと思うけど、そもそも何で俺がそんなの見れたんだろう?」


 俺にはその辺が少し疑問だった。

 予知夢の概要は基本的に『自分、もしくは近しい者』に限定されて危機が迫った時に自動的に夢で知らせてくれるというものだ。

 いくら可愛い子狐のコノハちゃんでも、さすがに俺は昨日の今日で近しい者として認識できる程広い心を持っているとは思えないのだが……。

 しかし俺のそんな、若干失礼にもなりそうな疑問にコノハちゃんがあっさりと答えてくれた。


『それは多分天音さん……お姉ちゃんと私が仮契約をしたからなのです』

「私と契約……って昨日付いて来る時に言ってた『神降ろし』ってヤツの事?」


 天音の質問にコノハちゃんは頷いて見せた。


『ハイ、今私はお姉ちゃんの霊力に間借りする事でお山を離れる事が出来ているです。つまり今の私はお姉ちゃんと同一化してるです。それで情報がちょっとあやふやになりつつも夢次さんにはお姉ちゃんの危機として伝わったのです』

「私だと認識したから……?」

『ハイです! 深層意識から自分に近しい者、守るべき大事な人物と認識出来なければ、夢次さんの予知夢には割り込めなかったのです』


 ……ん? この子狐……今何か、妙な事を口走ったような気が?

 いや、まあ今は余り考えないようにしよう……今不用意に考えるとドツボにハマりそうな予感がするから。

 なんか稲荷神母娘が昨日言っていた俺たちを称した関係性がプレイバックしそうになるから……話を進めよう……。


「で、でも……仮にその予知夢がコノハちゃんの探す『ちーちゃん』だったとしても、それだけじゃ情報が少なすぎない?」


 天音も似たような事を考えていたのか、若干恥ずかしさを誤魔化すように話し始める。


「学校近くの大通り、ガードレールのある歩道って言っても……それこそどこなのかハッキリしないし……何よりも肝心の『ちーちゃん』が誰なのか分からないんだから……」

『うう……手がかり無しですか?』

「いや……手がかり、無くも無いぞ?」


 落ち込みかけていた一人と一匹だったが、俺がそう言うと目を見開いて驚いた。


『ほ、本当ですか!?』

「ちーちゃんが誰だか分かったの? だってさっき顔も何も分からなかったって……」

「ああその通り……あの予知夢で俺は件の『ちーちゃん』の顔も何も見る事が出来なかった……そう……被害者の顔は……な」

「え? って事は……」

「ああ……予知夢は自分の知っている記憶、情報を元に自動で構築してくれる。知らない人だから件の『ちーちゃん』はあんな着物姿のシルエットしか無いあやふやなもんだったけど……犯人の顔はハッキリと見えたんだよ」


 そう……ハッキリと見えたのだ。

 情報がしっかりとしていないと分からない『予知夢』の世界で……つまり。


「知ってるヤツだ……しかも何の因果か、またアレの関係者なんだよなぁ……」


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