第四十話 ご来店の稲荷神

 それから『夢枕』から目覚めた俺たちは、そのままスズ姉のサンドイッチを昼飯にしてから下山する事にした。

 そして再び喫茶店『ソード・マウンテン』に戻って来た時には時計は14時半を回っていて、昼食時を過ぎた店内は午後のお茶を目的にしたまったり客が主で、客足は大分落ち着いている状態だった。

 ただ午前中とは違う俺たちの変化、正確には天音の左手に握られている“とある者”を目にして出迎えてくれたスズ姉は目を丸くしていた。


「天音ちゃん……いくら可愛いものに目が無いからって、幼女を連れてくるのは犯罪になるのは知ってるか?」

「いや~カワイイからつい……出来心で」


 天音は今、一人の少女の手を握っていた。

 言わずと知れた狐巫女少女コノハちゃんである。

 ただ二人の分かった上でのおふざけ会話に店内の客たちは一瞬こちらに視線を向けるものの、特に注目する事も無く午後のお茶へと戻って行く。

 狐巫女の美少女ってだけで二度見は確定しそうなものなのに……。


「……もしかして、他の人には見えてないの?」


 俺がコソッと聞くとコノハちゃんは上目遣いで頷いた。


『ハイです。ユメジさんとアマネさん以外には見えないようにしてるです。でも……このお姉さんには見えているみたいです』


 コノハちゃんがスズ姉を目視して言うと、何故だか天音が不満そうに抗議をする。


「コノハちゃん、私の事はお姉ちゃんって呼んでって言ったでしょ?」


 今この娘がここにいる理由は単純……手紙を届けたい相手『ちーちゃん』を彼女も一緒に探す為だった。

 しかし土地に祭られた神であるコノハちゃんはあの山から遠距離まで自力で動く事が出来ないそうなのだ。

 動くためには依り代になる神具や人物が必要になってくる。

 今現在コノハちゃんは天音の精神と仮につながって、力を供給される事で天音と一緒であるならどこにでも行ける状態になっている。

 サカキさん曰く『神降ろし』の一種らしいけど、言うなれば山の御社はコンセント、天音は電池の役目に近いか?

 仮にも自分の体に他人が憑りつくような行為だから忌避する者は珍しくない行為らしいけど、天音が快く応じた事で最初に会った時に比べてコノハちゃんも随分と態度を軟化させていた。


「は、はい……ごめんなさいです。アマネお姉ちゃん……」

「!!?」


 自分から要求したクセに、恥ずかしそうにそう言われた瞬間天音は“たまらん!”とばかりに顔を背けた。

 うん……これは破壊力あるわ。


 そんなやり取りをスズ姉はお盆片手に呆れた顔で見ていた。


「私は諸事情から不可視の輩を視る訓練を“むこう”でしていたからな……人ならざる者も多少は見えるのさ。取り合えず座ってちょうだい……色々と聞きたいし」


 俺たちはそのまま朝座っていた奥のテーブル席へと案内された。

 そして、そこにスズ姉は俺たちにはコーヒー、コノハちゃんにはミルク、更に自分用に昼飯を持って来て一緒に座った。


「父ちゃんたちが寄り合いから帰ってくるまで私一人だったからな~。日曜なのに参ったよ」


 どうやらこの時間まで昼休み返上で働いていたらしい……ご苦労様です。

 しかし……その昼飯が狙ったかのように大きめのお揚げの乗ったきつねうどんである。

 すでに自己紹介の段階で子狐の姿に戻ってテーブルの上にちょこんと乗っていたコノハちゃんの目がお揚げの方に向いてしまう。

 ……無意識なんだろうか? その仕草がやたらとカワイイけど。

 スズ姉もそれにやられたのか、何かを諦めたように小皿を持ってくるとお揚げを分けて自分は素うどんを啜り始めた。


「なるほど、あの手紙はその白鷺さん家の『ちーちゃん』と連絡を取りたかったから置いて行ったんだ」

「はい……すみませんです。私、どうしてももう一度ちーちゃんに会いたくて」


 貰ったお揚げに齧り付いていたコノハちゃんが申し訳なさそうに首を上げる。


「だけどスズ姉の一家もそうだけど、前オーナーもよくまあこのあやふやな指定の手紙を何年も保管していたもんだよな……」


 別にコノハちゃんの事をディスるつもりは無いけど、俺はその辺が少し気になった。


「前のオーナーも父ちゃんも、この手紙は何年後であっても届ける義務があるって思ってたみたいだな、なんとなくだけど。まあコノハちゃんが直接書いた手紙だったって考えればそれも納得かな?」

「どういう事?」

「子狐とはいえコノハちゃんは歴とした稲荷神、つまりこれは神様からの手紙だぞ? どうしたって神通力が宿るから……微弱だから言われるまで私も気が付かなかったくらいだけど」


 スズ姉はテーブルに出していた件の封筒を手にヒラヒラさせながらそう言う。

 それでも30年もの間、人が変わっても意識的に受け継がせるというのは中々すごい事に思えるんだが。

 ん? でも待てよ……? 俺はテーブルの上で嬉しそうにお揚げに齧り付くコノハちゃんを見て疑問を持った。


「……そう言えばあの過去夢は30年前の物なんだよな。つまりアレから30年たっているワケで……コノハちゃん何でまだこんなに小さいの?」

「あ……そう言えば…………可愛いから良いんだけど」


 どうやら天音も今気が付いたらしい。

 本人の体系と話し方の幼さに今まで違和感が無かったけど、考えてみればこの娘は俺たちよりもあきらかに年上の筈なのだ。

 しかし疑問に答えてくれたのは本人ではなくスズ姉の方だった。


「人と神様じゃ体感時間が圧倒的に違うんだよ。単純計算で換算は出来ないが、軽く人間なら10年なところが神様だと1年って感じじゃないか?」

「え? そうなの!?」

「じゃ、じゃあコノハちゃんって今幾つなの?」


 驚いて聞く天音にコノハちゃんは小首を傾げて見せる。


「え~~~っと……今年で113歳ってお母様が言ってたのです」

「113……」


 中々に衝撃的な事実、天音の方はもっとショックだったのか少女漫画チックに白目になって驚き慄いていた。

 単純な数字だけを聞けば相当な大先輩になるのに、スズ姉の話ではせいぜい11歳って事になってしまうのだから。


 しかし、そうなると……件の『ちーちゃん』とやらの年齢差は中々なものになってこないだろうか?

 ほとんど親子ぐらいの開きがある事になるけど……それに……。

 俺は我ながらデリカシーの無い事を、と思いつつもコノハちゃんに気になった事を聞く事にした。


「……コノハちゃん、30年も前でそれも幼児期の思い出って事は、そのお相手の『ちーちゃん』が君の事を覚えているかどうかは分からない。それどころかその人がすでにいない可能性もある」

「…………はい、そうかもしれないです」


 俺の質問にコノハちゃんは首をもたげて同意する。

 デリカシーのない現実的な俺の言葉に天音は咎めるような目になるが、俺は構わずに質問を続ける。

 なにせ30年前だ……何がどうなっていてもおかしくは無いのだから……。


「これから探しに行って、ちーちゃんが見つかるかは分からない。見つかっても、その事で君が傷つく事になる可能性だって十分にある。それでも……探しに行くか?」


 はっきり言えば俺は彼女が付いてこなくても件の『ちーちゃん』の消息を辿って、手紙を渡すつもりではあった。

 だけど彼女は一緒に来なくても山で待っていてもらって、結果だけ伝える方が良いかも……とか考えていた。

 仮に、万が一の事があったとしても……その方が傷は少ないと思ったから。

 しかし俺の質問にコノハちゃんは顔を上げてまっすぐに見つめて来た。


「確かにちーちゃんが今どうなっているかは……分からないです。でも……ユメジさんたちが来てくれた今日動かなければ、きっと後悔してしまうのです。もう待ちたくはないのです!!」


 彼女はテーブルの上ではあるけどこの時は稲荷神らしく、凛として神々しい立派な姿をしていた。

 ……どうやら俺はこの子狐の事を甘く見ていたらしい。

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