第三十七話 知っているようで知らない地元の神社

「子狐からの手紙ってか? 何か一気にメルヘンチックな話になったね~」


 俺たちが過去夢から目を覚ますと大体時間は10時頃、日曜の昼間らしく家族連れや近所の奥様方、それに休日の自宅から追い出されたらしき悲しき旦那さんが哀愁交じりにコーヒーを啜るなど、そこそこの込み具合になっていた。

 ……丁度帰っていたご近所の三上さんが妙にこっちをチラチラ見ていたけど、はて?


 接客がある程度落ち着いた頃を見計らって、俺は過去夢で見た30年前の前の店で起こった事の顛末をスズ姉に話した。

 するとスズ姉はお盆を片手に難しい顔になる。


「嘘じゃないよスズ姉。本当にモコモコふわふわな狐がこのテーブルの下から出てきてテーブルに手紙を置いて行ったもん」


 何だか天音の説明の仕方が大人に信じて貰えない事を必死に説明する小学生のようで、ちょっと可愛いんだけど……。


「んにゃ、別に疑っているワケじゃ無いさ。そもそもお前らの夢の一件に関わっておいて、今更信じられないとか、幻覚だとか、プラズマだとか言うワケないだろ? 子狐の郵便配達に比べれば夢魔や都市伝説の方がよっぽどホラーでオカルトだよ」


 対してスズ姉の側には疑う気持ちは欠片も無さそう。

 確かに昨日の体験に比べれば“子狐の手紙”は事件と言っても非常にハートフルだ。


「じゃあ何を難しい顔してんの?」

「ん~~そうなぁ……二人とも、その窓から見える山があるだろ? あれ……」

「……あ~…………あそこか……」


 スズ姉が示して見せたのは近所の中では少し小高い山、軽い運動には適していて散歩やジョギングを楽しむ人たちにはコースの一つに上がる場所だけど。


「あそこに何か心当たりでもあるの?」

「関係あるのかは分からないけどね。丁度この窓から見える辺りに神社があるのは知ってるか?」

「神社?」


 言われても俺にはピンと来ない……というか木々に囲まれていて、ここから見えると言われても全く分からないし、近所にそんな場所があった事すら知らなかった。

 しかし天音は思い出したとばかりに手を打つ。


「あ、私は分かるかも! 小さい時にあの山は走り回ってたから……木で出来た鳥居を見た事がある気がするよ!」

「……そんなのあったっけ?」

「あったよ~。っていうか夢次君も一緒に見たはずだよ……小さい時だけどさ」

「そうだっけ?」


 自信満々にそう言われても俺にはピンと来なかった。

 幼少期に天音と一緒だった時は、とにかく彼女に引っ張り回されていた記憶ばかりで、付いて行くのが精いっぱいだったのか、あまり景色の詳細を覚えていないのだ。

 しかし狐と神社……か。


「何やら一気に謎を解き明かす探偵って感じになって来たな……ちょっと楽しくなって来たよ」

「眠って夢で解決するから、夢次君の肩書は“眠りの……”わっぷ!?」


 俺はテンションをそのままに危険な発言をしようとする幼馴染の口を塞いだ。

 俺には背後から『あれれ~?』とか言う少年探偵は必要ない。




 それから当然の流れで俺たちは件の神社を目指して近所の小高い山を二人で登っていた。

 店を出る時にスズ姉が「持って行きな」と昼飯のサンドイッチを持たせてくれたから、軽くピクニック気分でもある。

 実際天気も良いし……。


「休日に小山にピクニックとか……えらく健康的な休日の過ごし方だな俺たち」

「理由が“子狐の郵便屋さんを見つけに”ってのが、ちょっとアレだけどね」


 あはは~と笑いながら案内役の天音は山道を先行して歩く。

 まあ山と言っても道はしっかり舗装されているし、脇に雑木林はあるけどそれ程深いワケでもない……非常にライトな坂道でスイスイと登って行く。


「ガキの頃、無作為にUMAを探していた時みたいな気分になるな……」

「あったね~。河童を探すって言って川辺に行ったりね!」


 川からブクブクと泡が立ったら“河童がいる!!”と言って走り回っていた幼少期……そう考えると字面だけはやっている事が変わらない気が……。

 ま、まあいいか……考えないようにしよう。


「で……言っていた神社ってのはどこにあんの? ここまで来ても俺は全く思い出さないんだけど?」


 なだらかな坂だけどしっかり舗装された道路は運動には丁度良いらしく、ここに来るまでに結構な人数のジョギングしている人にすれ違うが、話題の神社のような建造物は全く見えて来ない。

 しかしそう思っていると先行していた天音が道路の脇を指さして止まった。


「あ、あったあった、ここだよ、この道」


 ここ、ここ、と天音が指さす先は……パッと見は獣道じゃないか? と思ったけど、よく見ると申し訳程度の石畳が敷かれているが、一面に雑草が生えまくって隠れている。

 これは……知らなければ道として認識出来ないんじゃないのか?


「当時の天音ちゃんは、よくこんな所に入って行ったな……雑草が茂って先が見えない」

「あ~それは若気に至りってヤツで……」


 その若気の至りに当時の俺も巻き込まれたらしいけど……あまり印象に残っていないのか、ここに至っても全然思い出さないな……。

 俺たちが雑草を分け入ってしばらく歩くと、それほどしない内に古ぼけた鳥居が見えて来た。


「あ、あった夢次君、アレアレ!」

「本当に……神社があったんだな……」


 別に天音やスズ姉を疑っていたワケじゃ無いけど、地元に自分が知らなかった神社があった事に不思議な気分だった。

 そこにあったのは境内は手入れがされずに雑草だらけで古ぼけた……朽ちたとまでは行かないけど古い社が建てられていた。

 そして鳥居の前の石像は二対の狐の姿をしている。


「予想はしていたけど……やっぱり稲荷神社か」


 子狐に神社と来ればこの展開は予想出来る事だった。


「この神社に……あのモフモフ様はいらっしゃるのかしら?」

「……君は崇めに来たのか? それとも愛でに来たのか?」

「あわよくば、両方!!」


 俺の幼馴染は中々に貪欲である。

 とにかく神社なんだから何をするにもまずはお参り……と、俺が財布から小銭を一枚取り出すと天音も習って財布を出した。

 ……いくらなのかは言いません。

 二礼二拍手一礼……と、さい銭箱はあるのに鈴は無い……元々無いのか、それとも劣化して落ちたのか……。


 ともあれ俺は簡単なお参りを済ませてから境内の階段に腰を下ろし、手荷物から『夢の本』を取り出した。

 今現在は誰もいない神社ではあるけど、あの子狐は間違いなく普通の動物では無い。

 30年前に手紙を喫茶店に置いて行ったのもそうだけど、窓からすり抜けて出て行った辺り、どう考えてもあっち側の存在だろう。

 ……何か俺もそんな存在を簡単に肯定している自分に驚くが……今更だな。


「よいしょっと……」


 そして座りながら色々と考えている俺の膝の間に腰を下ろす天音……っておい。

 ムリムリに座った天音に必然的に後ろから抱き着くような格好になってしまうんだけど!? 

 忘れかけてた今朝の密着抱き枕を思い出しちゃうんですけど!?


「あの、ちょっと天音さん? 一体何してらっしゃるのかな?」

「何って……こうすれば一緒に本に手を置けるんじゃない?」


 そう言いつつ開いた『夢の本』の“夢枕”のページに置いた俺の手に自分の手を重ねる天音……って、うおい!?


「あの……さすがにこの態勢……神社の境内では非常にマズイと思うんですけど……その、倫理的にと言いますか罰当たりと言いますか……」

「でも幾ら晴れでも外で寝ると寒いじゃない?」


 振り返った至近距離の天音は非常に良い笑顔で……何も言えなくなってしまう。

 少なくとも、しばらくの間は天音が寝冷えする心配は無い事は確定していた。

 現在の俺はホッカイロとタメを張れる自信があったから……。



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