第三十六話 閉店後の金色のお客さん

 煙草に新聞、そしてサラリーマン……何というか全体的に大人、と言うよりはオッサン臭い雰囲気が漂っていると言うか……いわゆる純喫茶ってヤツなのかな?

 今の店は若い世代を中心に賑わっている事を考えると、ちょっと別世界な気分だな。


「な~んか……ちょっと怖い感じがするね。若造は入ってくんな! 的なさ……」

「偏見は良くない……と言いたいけど、分かる……」


 過去夢で指定した時間は18時30分、ソード・マウンテンだとその辺の時間なら部活帰りや仕事帰りの若い世代で賑わい、楽し気な会話が聞こえるものだけど……別に騒がしいワケじゃ無いのに、何なんだろうねこの圧は。

 俺たちがいる席に誰も座っていないのが救いか?


『次生まれて来る子には、ぜひ普通の人生を送らせてあげたいな……』

『そうね、前は生かすだけで精いっぱいだったもの。今度こそ成長を見守ってあげたいわ』


 隣の席からは妙にハードな感じの会話が聞こえてくるし……。

 俺たちは隣の座席から聞こえてくる会話に思わず顔を見合わせてしまった。

 聞いていると、何でも前の子供はとある事情から手放すしか無く、苦労を掛けてしまったとか何とか……色々と大変な目に遭ってきたご夫婦のよう……。


 しかし過去夢だから隠れる必要は無いのにコソッと隣の二人をのぞき込んだ俺たちは、思わずズッコケてしまった。

 だって……どう考えても現在の俺たちよりも若い、学ランとセーラー服の中学生がそこに座っていたのだから。


「ウソだろ!? 何で今の会話を中坊が出来るんだよ!? 借金苦で子供を泣く泣く手放した極貧夫婦の会話かと思ったぞ!?」

「!? ってちょっと待って……この二人って……スズ姉の……」

「は?」


 天音の指摘にその二人をよ~く観察してみると……常連の喫茶店でよく見かけるご夫婦、スズ姉の両親……の若い頃にしか見えなかった。


「って……え? じゃああの二人ってこんな頃からの付き合いなの??」


 確かスズ姉が自分の親はどっちも農家出身とか言ってたけど、つまり近所付き合いのあった幼馴染って事なんだろうか?

 しかしそれにしては…………。


『生まれた子が女の子だったら、あの娘の名を付けてあげたいね』

『そうだなぁ……でも日本人なんだから和訳はしてやらないと……』


 なんだろう、会話内容が大人びている……と言うよりは長年連れ添った夫婦のように聞こえるんだけど……。

 あの二人今でも結構若々しいのに……はて?

 しかしそんな会話をしている二人に、髭面の店長は呆れたように声を掛けた。


『うお~い、そこの枯れた中学生カップル。家族計画なら他所でやってくれ……そろそろ閉店だぞ』

『ウチでやると親が口を挟むんだよ』

『そうよねぇ、私たちの子供の話なのに……』

『え~加減にせぇ……』



 そして熟年中学生カップルが退店してから、髭の店長が扉の看板をクローズへとひっくり返して“ガチャリ”と鍵を閉めた。

 その時間は19時、スズ姉が予想した通り今の喫茶店よりも一時間早い時間に営業時間が終了した。

 髭の店長が伸びをしつつ奥へと引っ込んで行き、奥さんとの会話が聞こえてくる。


『ふ~終わった~疲れたぜ……』

『は~いお疲れ様~夕飯どうする? 先にする? それとも片付けの後にする?』

『今日は結構手間だから、先に飯にしようぜ……腹減った』

『はいは~い』


 夫婦仲は良さそうで、その辺は現在の喫茶店でも変わっていないところだな……って。


「あれ? 普通に閉店しちゃったよ? 閉店間際に誰かがテーブルに手紙を置くと思っていたのに……」

「そうだよな……それどころか誰もテーブルに近寄る人はいなかったし……」


 すでに店の扉には鍵が掛かっているから、そこから侵入する事は出来ない。

 手紙が置かれていたのを発見したのは閉店後って事だったから……髭の店長が晩飯を終えて店の片付けに掛かるのが何時になるかは分からないけど、さすがに日をまたぐ事は無いと思う。


「……どう思う? 正面の扉はもう開かないし」

「う~ん……でも“後で片付ける”みたいな事を言ってたから、手紙がテーブルにあるのを発見するまで多くても1~2時間以内って気がするけど……」

「だよな…………ん?」


 天音と相談していると、視界の隅で何かが動いた気がした。

 隅……というか足元の方というか……。


「どうしたの夢次君?」

「天音……テーブルの下を見て……」

「テーブルの……え!?」


 そこにいたのは一匹の獣、ただし犬でも猫でもない……モコモコな尻尾を持っている金色の毛並みが美しいが……同時に小さく愛らしい姿をした獣だった。


「これって……子狐?」

「わあ~~~カワイイ!!」


 突如沸き起こったモフりたい衝動を抑えられず、天音は思わず手を伸ばすが、ここは過去夢の中、リプレイ映像のようなものなのだから当然触れる事は出来ない。

 子狐の体をすり抜けてしまって天音は悔しそうな声を漏らす。


「ああ~~~こんなにカワイイのに触れないなんて……」

「本来の狐は不用意に触って良いもんじゃないんだからな……」


 俺が現実世界でもうかつに手を出しそうな天音に一応の釘を指していると、過去夢の子狐は座席に飛び乗ってからテーブルの上にまで登って来た。

 そして……


「「え!?」」


 俺たちは目の前で起こった事が信じられなかった。

 過去夢なのだから、この映像はこの喫茶店で過去に起こった出来事なはずだ。

 だとしたら、こんな非現実的な事が昔のこの場所で起こっていたって事になる。


 子狐が手紙を置いて行った……など。


 俺たちが呆気に取られている間に、子狐はそのままテーブル席に面したガラス窓へジャンプすると、そのままガラス窓に吸い込まれるように……喫茶店から出て行った。

 それが出来て当たり前、とでも言うようにアッサリと……。


「何だったんだ今の子狐……それに……この手紙って?」

「カワイイけど……」


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