第三十五話 平成をまたぐ過去の夢
手渡された手紙には宛名すら書いていないけど、一緒にクリップしてあるこちらも相応に古ぼけているメモ用紙には約三十年前の日付と、渡す人物を指定する文があった。
ただその人物に、俺も天音も首を傾げてしまう。
「桜の髪飾りをした、着物姿の女性が来店した時、この手紙を渡してください……?」
「随分と曖昧……だけど特徴はハッキリしてるね。30年前だって着物を着る人は少数だったでしょうし」
確かにそうだろう。
某日曜の休日が終わるノスタルジーに浸らせる症状を起こす名作アニメじゃあるまいし、日常で着物を着る人が来店したら、それだけで目を引くだろう。
それでもこの手紙が未だにあるって事は指定された風体の人物は30年間来店していないって事だろう。
……そもそもこんな指定のされ方じゃ、当人が和装じゃ無ければお終いだし。
「この店って……ここに出来たのはいつなの?」
俺の質問にスズ姉は包丁でトマトをカットしつつ思案する。
「あ~~~ん~~~~? 15~16年前ってとこかな? 私が4~5歳くらいの時に前オーナーから譲り受けてリフォームしたはずだから……」
意外とここがスズ姉の家の物になったのは、思ったよりつい最近だったようだ。
俺たちにとっては昔から近所に必ずある店って印象だったけど。
「元々農家の出の父ちゃん母ちゃんが兼業で始めた時、引退する前オーナーがほとんどタダ同然で譲ってくれたんだとさ。その時に多少のリフォームをしてるけど、内装は実は当時からあんまり変わってないらしいわ」
「そうなんだ……へえ~」
とすると……この店は外観とか店名を変えつつも30年以上前から建物は変わらずに存在を続けているのか……。
そう考えると、なんとも感慨深い。
「でも桜の髪飾りに着物って……正月や成人式、じゃなきゃ入学シーズンとかじゃないと30年前だってそうそうお目にかからないと思うけど?」
天音の疑問には俺も同意だ、そうでなければそんな恰好の人を見る機会は無さそうだし。
ただ、そうなると気になってくるのは手紙の日付なんだけど……。
「10月21日……メチャメチャ秋じゃん。着物姿は別にしても桜の髪飾りは明らかに季節に合ってないし……」
衣装と季節を合わせるのは基本、なるほどさすがは女性……俺にはそこまでの発想は無かったな。
「ちなみにこの手紙が置いてあった場所と時間は分かるの?」
「閉店後、一番奥のテーブル席で見つけたって話だよ……ホレ、あそこ」
スズ姉が包丁の切っ先で示したのは一番奥の窓際のテーブル席。
いつも家族連れや近所のオバ様たちが座る、軽いお茶会には絶好の配置である。
まだ開店前だから誰もいないけど、これから賑わうであろう事は予想出来る特等席。
「ふ~む……スズ姉、30年前の店の閉店時間って分かるかな?」
俺はとにかく手紙が置かれた時間帯を細かく聞き出す事にした。
なにしろ『過去夢』は夢の本の中でも特に扱いに制約が多い。
見始める時間は指定できるけど、早送りも早戻しも出来ないので見れるのは『眠っている時間』に限定されるのだから。
つまり事件が起こるのが一時間後なら一時間待たなくてはいけないし、事後であるなら完全に無駄骨になってしまう。
ハッキリした時間指定は必要不可欠なのだ。
……そのせいで教師同士のただれた関係を知るのは……ちょっと……ね。
「今も昔も、喫茶店は酒を出さないから閉店時間は飲食店よりも早いだろうけど……多分、今の閉店時間より早かったと思う。 ……19時くらいかな?」
今の喫茶『ソード・マウンテン』の閉店時間は20時だものな。
何とか思い出そうとしているスズ姉だがハッキリした時間は分からないらしいね。
まあ、それは仕方が無い……4~5歳の時の事を思い出せって言うのが無理がある。
「仕方が無い……この際何度かに分けて過去夢を見るしか無さそうだな」
「お、やってくれるか!」
俺がカウンターから立ち上がるとスズ姉がニッカリと笑って見せた。
なんかもう……ここまでの流れを全て掌握されているようにも思えて来るね……俺が『夢の本』の力で悩むところから、平和利用で気持ちを変えさせようとして……更に店の未解決な問題を処理するところまで……。
俺は何かを諦める気分で、件の奥のテーブル席に座った。
「悪いけど少しの間、この席を占領しちゃうけど……良いかな?」
今日は日曜日、そう考えるとこれから客が増えそうなのに占領するのも悪いかな~と思わないくないけど。
そんな事を考えているとスズ姉はヒラヒラと手を振って了承する。
「構わん構わん、その手紙の事が解決できるなら今日一日くらい貸し切りにしとくよ」
「そうか……じゃあ遠慮なく……」
俺は夢の本を開いて『過去夢』のページの魔法陣に手を置いた。
そして脳内で指定した年月、時間、を思い浮かべる。
『30年前……10月21日……閉店前なら少しずらして……18時30分くらい……』
念じた瞬間に『夢の本』が閉じて俺の手を挟み込んだ時、俺の意識は一気に夢の世界へと引きずり込まれて行った。
*
気が付くと周囲はセピア色に染まっていた。
学校の中庭や階段の踊り場でやった時と同じように、映画の昔の回想シーンで使われるような情景……それが過去の情景である事はすぐに判断できた。
ただ、学校で見た過去夢に比べると周囲に結構な人がいる。
学校で見た過去夢の時間は主に人がいない時間帯だったから不思議な事じゃないけど。
初老の男性がスーツ型でコーヒーを片手に休憩していたり、中にはタバコをふかしつつ競馬新聞を読むオッサン何かもいて……現在は禁煙になっている『ソード・マウンテン』とはやっぱり違うんだな……と思ってしまう。
内装も似てはいるけど、やっぱり全く同じじゃない。
今の店内には存在しない古時計があったり、ダイヤル式の公衆電話があったりと……ありていに言えば昭和感が満載であると言えば良いのだろうか?
……30年前って考えれば当たり前か。
調理場を覗いてみれば、そこにいるのは俺には全く見覚えのない顎髭のオッちゃんが一人……この人がオジさん(現店長)に店を譲ったオーナーさんかな?
「へぇ~これが30年前の『喫茶ソード・マウンテン』…………じゃないか、名前は違うんだっけ?」
「うえ!?」
俺が物珍しく店内を眺めていると、唐突に隣から声が聞こえ……っていうかこのパターン前にもあったな。
「天音……またか……」
隣を見ると人の形をした光の塊のようなシルエットの天音が姿を現す。
微妙に艶めかしいから目のやり場に困るんだが……。
「いいじゃない? 私だってこの店の30年前を見てみたいもん」
「それは良いけどさ……中庭の時みたいに、変な寝方してないだろうな?」
さすがにこれからの開店時間に喫茶店でテーブル席に横になってたりしたら見栄えが悪いし迷惑な客以外の何者でもないからな……。
「ああ、それは大丈夫よ。テーブル席に一緒に座ったままの態勢で眠ってるから」
「……そうか……じゃあ大丈夫か」
・
・
・
喫茶『ソード・マウンテン』の日曜営業は8時半からである。
毎週日曜日には休日くらい朝の支度をやりたくない、というお母様の要望でモーニングの常連さんがいらっしゃるのである。
「いらっしゃいませ~、三上さん悪いけど今日は奥の席もう埋まってんのよね」
三上さん一家は毎週日曜日にご家族連れでモーニングを食べに来てくれるのだが、奥のテーブル席が指定席のようになっているのだ。
店員である美鈴が申し訳なさそうに頭を下げる。
「あら~今日もうちが一番だと思ってたけど……あら? アラアラアラ!?」
ちょっと残念そうにした奥様だったが、埋まっているというテーブル席を見て途端にテンションを上げた。
「ちょっと美鈴ちゃん美鈴ちゃん! あの子たちって天地さん家と神崎さん家の!?」
「ええ~そうですよ。お隣同士の……」
楽し気に聞く奥様にしたり顔で美鈴は答える。
「まあまあ! あの子たちそんな仲だったの!?」
「いやいや、つい最近までは疎遠だったけど……ヤツの方が根性出しましてね……」
「アラ~~~!!」
どう言うワケか女性が噂好きなのは古来より変わらないらしく、それが色恋沙汰なら猶更……更に情報源が自分となるとこの上ない優越感を得るのだとか何とか……。
いずれにしろ、現在過去夢を見る目的で眠っている二人は全く認知する事が出来ない。
噂好きの近所のオバさんに、夢次の肩に頭を乗せたまま眠る天音の姿を目撃されてしまったという事を……。
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