第三十八話 稲荷神社のサカキさんとコノハちゃん

 夢枕、昨夜夢魔の刑罰を目的で使った夢で、結果的に都市伝説の本物の『猿夢』を呼び出す事になったのだが……今まで話に聞いていた“夢枕に立つ”的な接触では無かった。

 昨夜夢枕を使った時には俺は“駅に置かれた公衆電話の前”にいる夢にいて、突然鳴り始めた電話の相手が『猿夢』だったのだ。

 ぶっちゃけると別に俺は『猿夢』を呼び出そうとは思ってなく、単純に『あの夢魔に対して最悪の罰を与える存在』を呼んだら来たってだけなんだが……。

 何が言いたいかというと……今回の夢枕の冒頭は昨夜とはまた違う場所だったのだ。


「ここって……もしかして京都の有名な?」

「俺も真っ先にそれが浮かんだけど……」


 気が付くと俺たちは何百何千と連なる鳥居が作り出す参道に立っていた。

 それはテレビで見た事のある京都伏見の稲荷大社の千本鳥居を彷彿させる荘厳な風景で……同時にこの先に何者が待っているのかも予想出来る。


「昨日の夜に『猿夢』に連絡したって時もこんなだったの?」

「いや……昨夜の夢枕は“駅の公衆電話”だったから、多分だけどこの風景は呼びかけた側の演出な気がする」


 猿夢はあくまで鉄道をモチーフにした都市伝説だったから、呼び出す演出が駅だったんじゃないかと思う。

 天音の質問に答えつつ俺たちは先に進んで行くが、唐突に鳥居の道が途切れて目の前に荘厳で立派な……現実の山にあった物より遥かに新しい御社が現れた。


 そして、御社の前に妙齢な美人の巫女さんが佇んでいた。

 その巫女さんは凛とした表情で俺たちを睨みつける事はなく静かに見つめているだけだが……何というか神聖な何かを勝手に感じてしまう。

 金髪、キツネ耳に尻尾が付いているけど……俗な事を言えばコスプレ感は全く感じない荘厳さがあると言うか……。

 俺はその巫女さんに向かってなるべく礼儀正しく意識して、お辞儀する。


「突然の訪問、誠にすみません。本日は貴女様にお聞きしたい事がありまして、こうしてお邪魔させていただきました。わたくしは、天地夢次と申します」

「神崎天音と申します……」


 天音も俺と同じようにお辞儀をする。

 彼女も俺と同じように神聖な存在だと感じたのだろうか。

 そうすると、金髪な巫女さんはフッと微笑んだ。


「ふむ……夢にて私と交信しようとは珍しい人間もいたものと招待してみたが、若者にしては礼儀は弁えておるようだな。神社に参って、まず参拝する心がけも良い」

「あ、ありがとうございます……」


 何やら最近神社や寺で参拝もせずに御朱印を求めたりする人がいるって話を聞いた事があったからな。

 それはいくら何でも失礼に当たるだろうと……テレビで注意していたのを覚えていて良かった……。


「二人とも、そう畏まらずとも良い。私も普段参拝する者は少なくなって久しい……何より直接尋ねる変わり者など何十年ぶりの事か……」


 そう言って巫女さんは社の中に案内してくれ、俺たちにお茶を出してくれた。

 ……案外気さくな方であるが、何となく彼女が何者か察している俺たちが色々と戸惑っていると、巫女さんはクスっと笑って話し始めた。


「私の名はサカキ……君たちのご想像の通り、あの古びた社に祭られている稲荷の化身。一応はこの山の守護を引き受ける稲荷神である」


 その紹介に俺たちは驚く事なく『あ~やっぱり』とむしろ納得してしまう。

 だっていかにも『狐の神様』って感じの格好と神聖さだからな……。


「この地に祀られてからは……軽く200年は山を守って来たのだがな……」

「「に、二百年!?」」


 しかしアッサリと言われた年月の方に俺たちは驚かされた。

 そんな昔から歴史があるのなら、地元でもっと周知されていてもおかしくないのに……俺など今日初めて知ったくらいなのに。(天音談では一度見ているらしいが)

 俺たちの表情で察したのか稲荷神サカキさんは溜息混じりに話し出す。


「この山はの、本来地主だった白鷺家が所有していた場所でな、言うなれば私が祀られた神社は白鷺家専用の社だったのだよ」

「あ、ああ~、ここってそういう神社だったんだ……」


 俺にはいまいち伝わらないかったが、天音にはピンと来たらしく納得顔で手を打つ。


「どういう事?」

「ほら……たまに見かけない? いかにも人の家の庭なのに神社みたいな鳥居のあるお屋敷とか」

「あ~言われてみれば……見た事あるかも……参拝しようとしたら不法侵入だって怒られるってヤツ……」


 つまりあの神社はそういう白鷺家しか知らない類の神社だったって事か……あまり地元で知られてなくても、それなら納得か。


「そんな理由で元々あまり周知されておらなんだが、30年前に白鷺の家が没落しおっての……この山自体が市の管轄になったのは仕方が無いが……」

「ほったらかしって事……ですか」


 サカキさんは寂しそうに頷いた。


「私も恨み言の一つも言ってやりたい気にもなったがな、当時の白鷺の家の凋落ぶりを見ては……あまりに哀れでなあ……」

「凋落ぶりって……何があったんですか?」

「私には良く分からなかったが、地価の暴落がどうとか、バブルがとか言っとったな。蔑ろにされたからと祟ってやろうかと……欠片も思えんくらいに酷かったぞ……」

「あ~……有名なヤツか……」


 いわゆるバブル崩壊の没落ってヤツの影響でこの山を手放す事になった……そういう事なのね……神様に同情されるほどとは、世知辛い。

 しかし……30年前……か。


「栄枯衰勢は世の常……それに当時は娘にも白鷺家を見逃してくれと願われていたしなぁ……」

「娘? 娘さんがいらっしゃるんですか?」

「コノハ……そこにおるだろう? この方たちはお前に用事があっておいで下さったようだぞ」


 姿勢良く自分のお茶をすすりつつサカキさんは、そう言うとチラリと襖の陰に視線を投げた。

 今まで全く気が付かなかったけど、そこには一匹の……子狐がこちらをうかがってチラチラと覗いていた。

 



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