第三十三話 隙を生じぬ二段構え
しかし、それが第二の罠であった事に気が付いた時はすでに遅かった。
ドンドンドン!
突如ドアから激しいノックが響いて俺たちはビクリと飛び上がった。
「ちょっとお兄ちゃん! 何日曜の朝っぱらから大声出してんのよ!!」
俺たちは怒りに任せて隣の部屋が今年で中学3年生の妹の部屋である事を完全に失念していた……防音何てあるはずも無いのだから聞こえて当然なのに。
『どどどどうしよう!? マズいよね子の状況って、見られたら……』
『や、ヤバイなんてもんじゃないだろ!!』
ただ俺たちが二人で部屋にいただけなら問題無いだろう。
早朝とは言えすでに明るい時間帯、たまに一緒に遊ぼう的なノリで“今来ました”って顔をしていれば……。
しかしスズ姉の悪戯で俺は上半身裸に天音はブラウスだけの下着姿……早朝に二人でこんな格好、誰がどう見たって言い訳が出来ない衝撃的シーンだろう。
少しでも時間があれば、最悪俺のズボンを貸すとか方法も無い事も無いけど……。
「ちょっと!? 聞いてるのお兄ちゃん!!」
ガチャ……
『『!!!???』』
無情にもドアノブが回される音が……ちなみに俺の部屋に鍵など付いていない!!
万事休す! あと数秒で妹が部屋に入ってくる!!
『南無三!!』
『え! うえ!?』
俺は覚悟を決めてベッドへとダイブした。
「何……まだ寝てたの? だったらさっきの大声は何だったのよ……」
「……あ、ああ……何かひどい夢を見たみたいでな」
俺の言葉に妹、天地夢香はあからさまに呆れた顔になってトレードマークの短めのツインテールを揺らす。
「夢ぇ~? 何よ怖い夢でも見たって? 幾つ何だか、まったく……」
「ほっといてくれ……幾つになっても怖い夢は見るんだよ」
実際昨日見ていた夢は冷静に考えれば相当に怖い夢だったと思うしな。
俺がそう言って迷惑そうにさっさと出ていけ的な視線を妹に送っていると、妹は俺の事を見て、今度は怪訝な顔になった。
「? お兄ちゃん抱き枕なんか持ってたの? やたらと布団がモッコリしてるけど」
『…………!?』
ビクリ…………俺が布団から顔だけを出している状態で抱えている『抱き枕』が小さく震えた。
「さ、最近抱いて寝る物があった方が寝つきが良くてな。余った布団を丸めて抱き枕の代わりにしてんだよ」
「……ふ~ん」
咄嗟のウソだったけど、我ながら今のはファインプレーだったと思う。
ここで下手に“最近買った”とか言おうものなら流れで“へ~見せて”とか言われた日には逃げ場がなくなってしまう!
この抱き枕を人に見られるワケにはいかんのだ!!
『…………』
その辺は抱き枕……になってしまっている天音も理解していてなるべく身動きしないように息を顰めている。
……布団の中の体温が色々とエライ事になっているけど。
ちなみに俺たちの態勢は天音が下でどっちもうつ伏せ、ただし上下逆の互い違い……慌てて布団に潜った結果、こんな珍妙な事になっていた。
「……ま~いっか。ところでお兄ちゃん、聞きたい事があるんだけど」
「なんだよ?」
俺の説明にだき枕には興味を失ったようで妹は話題を切り替えてきた。
……早く出ってて欲しいんだけど。
「お隣の、天音さんとお兄ちゃんが昔は仲良しだったって、本当なの?」
「え?」
ビクリ……だき枕が再び動揺する。
落ち着け! 別に話題が出たからってバレたワケじゃないんだから!!
「お母さんが言ってたけど昔はいっつも一緒に遊んでたって……今を考えると信じらんないけどさ」
「ん、ん~~まあな」
それは仕方が無い事、親は俺たちの昔を知っているけど3つ違いの妹が物心付いてからしばらくして俺と天音は疎遠になっていたから、俺たちが遊んでいた時代を知らない。
夢香にとっての天音はお隣さんと言うよりは近所だけど成績優秀、スポーツ万能のスタイル良しな非の打ちどころもないハイグレードなお嬢様的な印象らしいのだ。
……これで今まで俺と天音が疎遠じゃ無かったなら、大分違ったんだけど。
「何か今のお兄ちゃんと天音さんを見ていると全然信じられないけど……まあ小さい時の事だものね。男女が一緒に遊ばなくなって行くのは自然か……知ってる? 天音さん、彼氏いるって噂……」
噂って……あのチャラ男のアレの事か?
あの男……中学にまで噂を広げてやがったのか……何という無駄な情報拡散能力、まるでウィルスのようだな。
しかし俺はそれが悪質なウソである事を本人から聞いて知っているから特に思うところはないが…………ムカツクけど。
ただ夢香にしてみると、俺が無反応なのが意外だったようだ。
「気にならないの? 天音さんに彼氏がいるって聞いて」
「別に……確証のない噂だろ?」
俺がそう切り捨てると、それをどう受け取ったのか妹は手を腰に溜息を吐いた。
「情けないわね……願望を口にするだけじゃ何も始まらないわよ。そんなんだから彼女の一人も出来ないのよお兄ちゃんは……」
「……うるせぇな」
どうやら信じたくないから願望を言っていると判断されたみたいだな。
正直『夢の本』の一件が無かったらそうなっていたかもしれないけど……。
「折角うちの中学でもハイグレードなお姉さまとして評判の天音さんが幼馴染っていう特典を持っているのに、全く生かす事が出来ないとか……そんなんだから疎遠になったっきりお近づきになる事も出来ないんじゃない……」
「…………」
すまない妹……心配してくれているのかもしれないが……お近づきどころか、今その本人が抱き枕なんだけど……。
「知ってるのよ私。こないだの町内のイベントでさ、手伝いに来ていた天音さんの足ばっかり見てたでしょ?」
「ブフォ!?」
『!?』
俺が三度動揺する抱き枕を抱えつつ噴き出すと妹がシラ~とした顔で言い出す。
「……あの日薄着で短パンだった天音さんの足ばっかり見てたでしょ? 普通の男子ならおっぱいやお尻に目が行きそうなもんなのに……脚フェチめ」
「ななななななな!?」
『…………』
何故その事実を!?
その事は友人はおろか誰にも語っておらず、墓まで持っていくつもりだったのに!?
俺は我が妹の眼力に度肝を抜かれた。
「いくら天音さんのおみ足が魅力的でも、眺めるだけじゃいつまでも触れる事も出来ないんだからね……このヘタレめ」
「…………」
そう言いつつ妹は静かに扉を閉めて出て行った。
さっきから俺の腕に触れるどころか抱えてしまっている、件のおみ足がある事を知らずに……。
「…………」
「…………ねえ」
そして妹がいなくなってもしばらく動けずにいると……布団の中から声が声が聞こえた。
「……君って脚フェチだったの?」
……拝啓妹様……このヘタレの兄に教えて下さい。
これはどう答えるのが正解なんですか!?
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