第三十二話 容疑者『自分』
最初、俺は夢を見ていると思った。
何の夢と言われると言い辛いんだが、俺が最近見た夢の中で一番良かった夢であり、そして最近は見る事が出来なくなった夢だ。
その夢は天音と疎遠を解消する切っ掛けにはなったけど、毎日同じ夢を見ている今の状況で、あの夢を見れるほど……さすがに図太くはなれない。
だから……白状すると天音と一緒に夢を見ていない時に、コッソリと見ようかな~とか企んではいた。
いや……罪悪感は無論あるんだよ……。
でも……また見たいって衝動を抑えられない自分も確かに存在していて…………って感じに正直悶々としていたのは否めない。
昨夜は久しぶりに『夢の本』の恩恵を関係なしに眠りに落ちた事で、普通に自分でも希望していた『あの夢』を見ているのだと思ったのだ。
だから……俺は一緒の布団であどけない寝顔で俺に腕枕されている天音の姿に、ああ癒されるなぁ~としか思えなかった。
寝ぼけた頭でも分かる、どんな抱き枕であっても敵わない程よい体温と柔らかさ、直近で見つめる事が出来る彼女の寝顔に……何もかもがどうでも良くなる。
……しかしずっと腕枕していたせいか、少々腕が痺れて来たような。
まるで現実のようにビリビリと………………現実?
「……え?」
「うにゅ?」
俺の声に反応したのか、天音も目を覚まし薄く目を開け……そして超至近距離で交差する互いの視線。
「……………」
「……………」
「えへへ……」
「え? あ、あれ??」
そして……ニッコリと笑って俺に抱き着いてくる天音。
それはあの夢と酷似した無条件に甘えて来る最高に癒される笑顔と仕草で……あれ~? やっぱりこれって夢なのかな~と思ってしまう。
腕の中にいる天音に物凄くリアリティーがあるのに、現実感が無くなってしまう……。
じゃあ良いのかな? このままで……。
「…………え? ええ!? あれ!?」
しかし悪魔の誘惑……というか己の願望、欲望に敗北しそうになった瞬間、我に返ったとばかりに声を上げた天音が俺から慌てて離れた。
そして露になる布団に隠れていた天音の全身……。
無造作に来たブラウスの胸元がはだけて、スラリとしたおみ足が丸見え……デンジャラスなゾーンがチラリと見えるという事は……。
「あ、天音!? 下、下!!」
「え、ええ!? ええええ!? 何、コレ!?」
俺の指摘にようやく自分の格好に気が付いたのか、天音は慌てて布団を引っ掴み下半身どころか頭から被って全身を隠した。
……こんな状況だというのにちょっとガッカリしてしまう自分に自己嫌悪するが。
それからしばらくの間、この世の終わりかと思える程の沈黙の時間が訪れる……。
「……………………」
「……………………ねえ、夢次君……正直に言ってもらって……いいかな?」
「……は……はい……」
「私に…………何したの?」
その一瞬で胃潰瘍にでもなったのではと思える胃痛がキリキリと発生する……それほどまでに有無を言わさない圧力が目の前の布団からは感じられた。
虚言は許さない……暗にそう警告されているように……。
古来よりこういう場合は男性側が悪い事になるのは決まっているらしいけど……天音の中では寝ている自分に俺がナニかしたという事になっているんだろうが……。
「ちょ、ちょっと待て……逆に聞きたい……天音はどこまで覚えてる?」
「…………夢魔から助けて貰ってから、お礼を言おうと思ってここに来たところまで……かな? そこから記憶が途切れて……」
……という事は俺と余り大差がない事になる。
あの後、助かって安心したのか、それとも疲労のせいか天音がそのまま寝落ちしてしまったから、俺はそのまま天音のベッドを譲って……。
……あ、あれ? そこから俺はどうしたんだ??
断言できるのは、その時の天音はちゃんと服を着ていたし、何よりもスカートを履いていた。ついでに俺はキッチリ上着も着ていたし……。
熟考すればするほど……自分が最後に何をしていたのか、全く記憶がない。
先に寝ていた女性が半裸状態で、後に寝たはずの男がこの部屋には一人だけいた……犯人、容疑者と言えるのはたった一人しかいないじゃないか!!
俺は自分の血液のすべてが下に落ちる感覚に襲われる……まさか………まさか俺ってヤツは……寝ている天音に??
自分で自分が信じられなくなる……大体にして俺は夢の中で散々やらかしていた前科もあるのだから……。
「え……いや……まさか……」
狼狽え青くなる俺を、天音は布団にくるまったまま睨んでいる。
顔を真っ赤に染め上げて……。
「そりゃ……命を助けて貰ったワケだから、お礼はしたいと思ってたけどさ……」
「…………う、うん」
「寝てる時とか………………」
「ウグ!?」
罪悪感、そんな銘の入った巨大な刃が俺の胃の腑を貫いた。
記憶が無いけど俺はとんでもない事をしてしまったというのか!?
だとしたら俺はどうすれば良いのだ!? 天音にどう償えば良いのだ!?
欲望の赴くままに幼馴染をクイモノにしてしまったと言うなら……切腹か!? 切腹しか無いのか!?
だが……俺が混乱の極みでよろけると、ぶつかった机から一枚のメモ紙が落ちた。
「? 何だこれ……」
俺はそのメモを一瞥してから、無言で布団にくるまったままの天音にもそのメモ紙を渡した。
そのメモには今の状況を予想し、その結果を楽しみに笑っている何者かの思惑が透けて見え、天音も俺と同様にビシリと額に青筋を浮かべる。
夢次君の上着と天音ちゃんのスカートは頂いた!
代金として賑やかな朝を提供しよう
怪盗剣士 美しい鈴の音
そう言えば思い出した。
確かに昨日俺に電話をして来たスズ姉は『これから向かう』と言っていたし、実際に夢の中にも助けに来てくれていた。
つまり……俺たちが寝落ちした後にこの部屋には第三者が存在したワケで……。
「「スズ姉~~~~~~~~~~!!」」
幼馴染同士の怒りの咆哮が日曜早朝から響き渡った。
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