第三十一話 スズ姉のイ・ケ・ナ・イ悪戯(後半スズ姉サイド)
俺が目を覚ましたその時誰もいないはずなのに、やたらと駅員のアナウンスのような声色の業務口調の声がどこからともなく聞こえて来た。
『今回のダイヤについて、我が鉄道“猿夢”にご連絡いただき誠にありがとうございました。またの機会に今回の借りは返させていただきたく存じますので、いずれまたお会いしましょう』
「いらないよ……都市伝説の恩返しとかおっかな過ぎるって……」
俺は思わず本音を虚空に向かって言い放つと、何も聞こえないのに何故か満足げに“人ではない何か”が去って行ったような気がした。
……本物の都市伝説では目が覚めた瞬間に『今度こそ逃がさない』的な事を言われて~ってオチだったのにな……。
目を覚まして辺りを確認すると、俺は部屋に一人で本を開いた状態で寝ていた。
開いていたページを確認してみると内容は予想通りの項目。
俺が夢の中で『天音を殺そうとしたヤツに最高の罰を』とだけ考えて開いたページ、夢操作の中級編だ。
『夢枕』
主に死者と夢の中で交信出来る方法だが、人ならざるモノとも交信する事も出来る。
イタコの口寄せに近いが、強制的に呼び寄せるワケではなく呼びかける手段。
前任者曰く『電話に近い』との事。
電話に近い……なるほど、言いえて妙だな。
よく聞く祟りとか悪霊を呼び寄せた~なんて言うのは、ド素人が向こうの都合も考えずに『出て来い、命令に従え!!』ってやるようなものだもの。
こっくりさんとかが悪い例の代表だろう。
そんなの人間だってキレるだろうさ。
そう考えると俺が夢の中でやった事は『夢枕』の力で、夢魔に勝手に名を語られていた“猿夢”に対して『お宅の看板が勝手に使われてますよ~』と情報をリークしただけ……強制なんて一切してないものな。
ロゴを使われた某ネズミの国みたいなもんだ……うんうん。
……時計を確認すると時刻はすでに2時を回っている。
俺が天音の夢に『共有夢』で侵入したのが大体8時ごろだと考えると……大雑把に考えても6時間は経っている事になる。
しかし大分長い時間夢の中にいた、つまり眠っていたはずなのに……疲労感が物凄い。
まるで徹夜明けのように頭が重い……『夢の本』を長時間使っていた影響なのだろうか?
それとも夢の中で無双……いや夢葬した事に原因があるのか?
「今後はちょっと使う時間を考えた方が良さそうだな……睡眠取って疲労してたら意味がない…………うお!?」
俺は頭を振りつつ窓に目を向けて……心底驚いた。
何度も言うようだが、俺の部屋は2階にある、普通なら窓の外に誰かいる事はあり得ない。
でも……窓の外には一人の女の子が佇んでいて、無言でこっちを見つめていた。
まあ、ようするに屋根伝いに来た天音なんだけどさ……。
俺は跳ね上がった心臓を誤魔化すように窓を開ける。
「お、脅かすなよ、こんな時間に黙って外から見られてたら……亡霊にしか思えないだろ!」
俺は深夜って事も考慮した声量を意識して抗議する……けど、天音はそのまま動く事なくジッと俺を見つめている。
あまりに動かずに少し心配になるほど、ジッと俺の事を見つめたまま……何も言わない。
「お、おい……どうかした……か!?」
しかし俺が声を掛けようとすると、天音は突然窓から飛び込んで来て……俺に抱き着いてきた。それは抱擁と言うにはあまりにきつく、そして天音の体は震えていた。
まるで……大事な何かを奪われるのを恐れている子供みたいに……。
夢の中とは違う天音のリアルな体温と呼吸が感じられる抱擁なのに、彼女が怖がっているってだけで俺は頭が冷静になる。
「…………………」
「もう大丈夫、夢魔の呪いは消えた……もう大丈夫だぞ……」
俺は天音の首筋から2本の痣が消えている事を確認して、震える彼女の体を優しく抱き返してやる。
……このくらいは役得って事でいいだろ?
それから冷静になった天音と今回の夢で明らかになった色々な事、俺がやらかした『夢葬』についてとか天音が自力で夢魔を追い出せた『何か』とか……そして何といってもすべての事情を知っていそうなスズ姉の事とか……色々と話をしようと思っていたのだが……。
その思惑は叶わなかった。
理由は単純……色々とあって緊張を強いられてきた天音は安心したのか、そのまま眠ってしまったのだ。
そして俺も……気が付いた時には瞼の重さに耐えきれなくなって、そのまま意識を失ってしまったのだった。
…………この後、大事件が起こる事など気付きもせずに。
*
「ふう~~やっと寝たか」
私は二人が寝落ちした事を確認してからようやくクローゼットから出る事が出来た。
『夢操作』は本来物凄く精神力を使うから、一度目を覚ましても、またすぐに寝落ちするとは思っていたけど……。
夢次が起きる直前に隠れる事が出来たのは我ながらファインプレーだったな。
じゃないと折角の良い雰囲気に水を差すところだったから……。
にしても……今現在の二人を見ている限りではカワイイものだ。
思春期を少し過ぎた微妙な関係の二人が付かづ離れず、微妙な距離を探りながら互いに触れあおうとしているみたいに。
眠っている二人が手をつないだままである事も初々しい。
「本当…………下手に“むこうの記憶”なんて持ってたら大変な事になってたでしょうね……」
私は今はあどけない表情で眠っている天音の顔を見て、思わずため息を吐いてしまう。
本当にこの娘は……誰よりも強欲でズルい女だ。
天音の首筋に付いた痕が『夢魔の三重呪殺』の印である事に気が付き、私は慌てて駆け付けて夢次が持っていた『夢の本』を通じて精神体を夢の中に飛ばして……何とか夢魔の呪いを解く事に成功したワケだが……。
夢魔に与える、中々にえげつない後処理の為に夢次が『天音の夢』から出て行った後、アマネはその姿を現した。
それは魔力と自信に満ち溢れた大魔導士の姿……私が最後に目にした時よりも更に強く、そして恐ろしく成長を遂げた姿。
彼女は私にニッコリと笑って見せ、両手で私の手を取った。
「助けに来てくれてありがとう、スズ姉…………いえ、ベルの姉御……」
「………………こういう場合はもっと驚きと感動を露にするべきじゃないのか? 無忘却(わすれず)の魔導士カンザキ・アマネ……」
「それはお互い様でしょ?」
私が何者であるのか、誰の来世であるのか……それを言い当てられたというのに、全く驚く事は無かった。
だって私の知るアマネであれば、絶対に知っているハズだと確信していたから。
同時に、女神アイシアに願ったアマネの帰還特典にも察しが付く。
「ハァ~強欲娘め……全てを自分の物にしないと気が済まないとは……夢次もとんでもない女に手を出しちゃったもんだな」
「失礼ね~人を重たい女みたいに……」
自覚が無いらしく不満そうにそんな事を言う……お前が重たくなければ、世の中の大概の女性は羽毛よりも軽いだろうに……。
力よりも富よりも、『彼との記憶』を選んだ女がよく言う……。
「ここに至るまで記憶が戻らなかったのは……どういう理屈だったんだ? 向こうの記憶があるなら、あんな雑魚ものの数じゃ無かっただろうに……」
私が当然の疑問を口にすると、アマネはバツが悪そうに視線を逸らした。
「…………その、自分で記憶を封じてたから……さ」
「記憶の封印? 何でワザワザそんな事を?」
「異世界の知識って……多用すると凄く危険な物が多いじゃない? そんなの、不用意に持ち込むワケには行かないし……」
「それは……確かに」
太古の昔にはあったかもしれないけど、こっちの世界では『魔法』などの概念が無くなって久しい。
不用意に魔法を多用して文明に下手な影響を与えないように留意する……その考えは魔導士としては非常に真っ当で、立派な事だ。
だけど……。
「まあ建前は良いとして、本音は?」
「…………折角また一緒に学生出来るんだもん。初々しい気分で送りたいじゃん……」
「……つまり異世界と現世の両方で、どっちも最初から送ろうと……友情から恋愛に発展する辺りの展開から順を追って……」
「そう! だから夢から覚める前にもう一度記憶に封印かけるから、スズ姉はこの事を絶対に言っちゃダメだよ! イテ!?」
思わずデコピンをかました私に罪は無いと思う。
そんな事だろうとは思っていたけど…………困った妹だ。
アマネの野望を聞いているうちに、私の精神体の光が徐々に弱まって来ていた。
やはりこっちの世界では魔力は余り多用出来ないらしく、精神力で作り出した剣もすでに手から消えていた。
「ふ~~……それじゃ私は退散する。もう私にあまり剣を持たすんじゃないぞ」
「うん……それは本当にごめんね」
申し訳なさそうに言うその表情は、あの日自分の弟子として冒険の旅をしていた時と全く変わっていない。
優しい妹の……変わっていない一面だった。
まったく……本当にズルいヤツだよ。
……呑気に寝ている今の天音には異世界の記憶は無いだろう。
ただ怖い思いをして、その上で夢次(ヒーロー)に助けて貰った都合の良い記憶しか無いはずだ。
そして、徐々に夢次を男として意識して行くのだろう……“アマネ”の思惑通りに。
……な~んか釈然としないな。
別にこの二人が良い仲になるのは良い事、むしろ大歓迎だ。
でも……今日まで二人を見守って来ていた『剣岳美鈴』としては、何か不満がある。
ハッキリ言って……もどかしいのだ。
私はしばらく目を覚ましそうに無い二人をベッドに横たえて…………細工をする事に決めた。
「こっちは……こうはだけて……うんいい感じ。そして……武士の情け……下着は勘弁してやろう。でもスカートは……」
翌日の日曜日の朝。
スズ姉こと剣岳美鈴、前世名聖剣士リーンベルがもたらした悪質な悪戯が暴発するまで……後5時間……。
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