第三十話 組の名を語っていたヤツの情報を売るような罰
それは本当に突然起こった。
無人になった駅のホーム全体が急激に炎に包まれて、きさらぎ駅の全てがまるで壁紙に火を付けたかのように一瞬で燃え消えて行く。
しかし膨大な炎だというのに俺もスズ姉も全く熱さを感じる事が無い。
むしろ不思議と温かく心地よさまであるくらいだ。
「こ、これって一体?」
「お~これはこれは……さては開けてはいけない蓋を開けたな……」
折角忠告したのにとばかりにククッとスズ姉が笑っていると、消滅していく駅の向こうからやたらと小悪党っぽい叫び声が聞こえた。
『ギエエエエエエエエエ!? 熱い熱い熱いいいい!!』
そして俺たちの目の前にベシャッと音を立てて、『それ』は落ちて来た。
それは小鬼と言うのか餓鬼と言えば良いのか……簡素な服に一本の角がある、黒い小さなオッサンと言った方が良いような……そんな容姿をしている。
そいつは全身あちこちから黒煙を燻ぶらせ、息も絶え絶えの状態だった。
『あ……危なかった……何なんだあの女は……。消される(ころされる)かと思った……』
「…………なあ、お前」
『!? ハ!?』
呟いていた小さなオッサンは俺の声に体をビクリと振るわせて、完全に硬直した。
その姿に余裕は無く、まるっきり全てを失って戦場に取り残された敗残兵の様相……。
どう考えてもコイツが……。
「スズ姉……もしかしなくてもコイツが?」
一応の確認、尋ねてみるとスズ姉は大きく頷いた。
「天音の夢に憑りついていた夢魔の本体ね。本来夢魔は憑りついた相手の精神状態を盗み見てトラウマを刺激して悪夢を見せる存在だから、自身には大した力を持たない雑魚なのよ」
「ふ~~ん……」
「天音の逆鱗に触れて夢を取り返された事で反撃くらって……全ての力を犠牲に逃げ出すのが精一杯だった……そんなところじゃない?」
『ひ、ひいいいいいい!?』
俺たちが睨みつけただけで小さいオッサン『夢魔』は腰を抜かして後ずさりする……。
余裕ぶってあれ程嫌らしく俺たちに攻撃を仕掛けていた輩とは到底思えないな。
焦りつつ何やら空間に穴を開けて……多分夢の中から逃げようとしているんだろうけど、俺が軽く剣を振っただけで、開けかけていた出口が消滅する。
さらに呆気に取られている『夢魔』の頭をスズ姉が踏みつけた。
……ハイヒールじゃなくて良かったね。
「…………逃がすとでも思ってんのか?」
『ブギイイイイ!?』
地面に押し付けられた夢魔から叫びなのか嗚咽なのか分からない、形容しがたい音が漏れてくる。俺は率直に哀れとか思うよりも、まず『汚い音』としか思わなかった。
『ゴベ!?』
さらにスズ姉に顔面を蹴られた夢魔は、そのまま俺の目の前に頭から吹っ飛んできた。
顔を上げたヤツに俺が剣を片手にニヤリと笑ってやると、今度は地面に頭をこすりつけて土下座を始めた。
『悪かった! 俺が悪かったですぅ!! 大人しく彼女の夢から出て行きます! もう人間を狙わない!! だからぁ……』
そして情けなく始まる命乞い……何だろうか……ここまでテンプレ通りの態度に呆れを通り越して怒りが湧いてくる。
こんな情けない小物相手に……。
だけど……
「このまま感情のままに手を出せば、俺はこの小物と同じくらいになってしまう気がする」
「ちょっと!? まさか……見逃す気!?」
俺がイラつきながらも声を絞り出すと、途端に命乞いしていた夢魔が顔を上げて希望を見出したかのように表情を輝かせて、反対にスズ姉は不満げに抗議する。
「アンタ……それは甘すぎるわよ! 本来の夢魔は夢を通じて人から生命力を少し持って行く程度、逆に言えば餌場を荒らさないように絶対に人を死なせる事は無い者たち……なのにコイツはその種族としての不可侵を平気で犯した罪人だぞ!!」
ギラリと睨みつけると再び夢魔は頭を擦り付けて命乞いを始める。
『二度と人を襲う事は致しません……命を賭けて約束します……』
「夢魔の口約束など当てになるものか! 人の生命力の味を占めた夢魔など必ず同じ事を繰り返すぞ!!」
厳しい顔付きで抗議するスズ姉の意見に……ハッキリ言って俺も全くの同意だった。
というか……幾ら謝罪しようと何しようと……コイツは殺そうとしたのだ……嬉々として…………神崎天音を……俺の幼馴染を!!
俺は今現在の感情を込めて、手にした『夢の本』を無造作に捲ると……とあるページが一人でに開いた。
「スズ姉…………今回コイツがやらかした事件の被害者って、他にもいるよな。その人を差し置いて、俺たちだけで断罪するのは……ルール違反だと思うんだよね……俺は……」
そして開いたページの魔法陣に“とある名称”が浮かび上がって……それを目にしたスズ姉の表情が明らかに引きつった。
「あ……あんた……まさか……」
「死に逃げるだなんて…………誰が許すものかよ…………」
「…………なるほど、こいつは二つも逆鱗に触れたワケだ……はは」
一転してスズ姉は夢魔に対して同情するような瞳を送る。
『?? は? 一体何が??』
スズ姉が同情している意味も分からない夢魔に対して、俺は『夢の本』の開いたページを叩きつけた。
*
タタンタタン……タタンタタン……
気が付いた時、名も無き夢魔は電車に乗っていた。
慌てて周囲を見渡してみると、さっきまで自分の存在を脅かしていた人間の姿は見られない。
どうやら本当に自分が見逃されたのだ……そう思って夢魔はホッと息を吐き出す。
『はあ~、どうやら助かったみたいだな……溜め込んでいた悪夢の力は全部失っちまったが、まあ助かった代償と思って諦めよう……しかし……』
夢魔は助かった安心感からか、途端に表情をにやけさせる。
『所詮は人間のガキだなぁ~。ちょっと情に訴えて演技してやりゃ見逃してくれるんだからよぅ~。しばらくはほとぼり冷ますしかねぇ~のは仕方が無いが……』
ついには夢次に小さいオッサンと称された夢魔は大口を開けて笑い始めた。
『ヒャハハハハ! だ~れが止めるかよ!! 人間の熟成された死の恐怖や絶望の味を知って、細々とした精神エネルギーだけで満足出来るワケねーだろうが!!』
大声で自分の欲望を宣うその姿に反省の色など欠片も無く、無人の電車で夢魔は一人で馬鹿笑いを繰り返す。
タタンタタン……タタンタタン……
しかし電車は夢魔に関係なく、ただただ走り続けている。
『しかし……この電車は一体何なんだ? 俺が人間に見せていた話の電車に似ている気もするけどな……』
その情景が今まで自分が“見せていた”ものと同じである事に気が付いた時、突如としてアナウンスが流れ始めた。
『毎度ご乗車ありがとうございます……こちらは終点駅『死』まで走行を続けて参ります。まもなく生け作り~生け作り~』
『は? なんだそれは……というか、そもそもここは一体?』
無人の電車にただ一人の夢魔の呟きに答えるように、スピーカーから業務口調のアナウンスが流れ始める。
『何だ、とは心外でございます。貴方様が何度も名前を語っていただいた……本物である、とお答えすれば宜しいでしょうか?』
『へ? は……本物?』
夢魔自身は『三重呪殺』の儀式に都合がいいからと日本でそこそこ有名な都市伝説を利用し、乗っかる事で幾度も呪いを成功させてきていた。
しかし今まで一度も『本物』を称する何かと出会った事も無かったし、そもそもそれはあくまで怪談の一種、怖い話の一つでしか無いと考えていたのだ。
しかし戸惑う夢魔を他所にアナウンスは続く……。
淡々とした業務口調であるはずなのに……明らかに怒りの感情を滲ませて……。
『我ら都市伝説や怪談を称する存在は、あくまで己が物語を通じて恐怖を与える事を誇りとしております。ゆえに『話』以外の方法でお客様へ危害や恐怖を与える所業はご法度なのでございます……』
『い、いや……それは……』
『まして……貴方は我々“猿夢”の名を語りながら、お客様へ恐怖を与える事に失敗致しました……。それは我らの名に泥を塗るのと同じ所業……我が鉄道はその事態に対して大変な憤りを感じております……』
その瞬間、隣の車両に通じるはずの扉が前後両方で開いた。
そして……あらゆる刃物を所持したナニかと一緒に、隙間なく巨大でどういう構造や仕組みになっているのか全く分からないけどミキサーだとだけ分かるナニかが姿を現す。
『ひ、ひいい!? 猿夢の本物だと!? そんなもんが何でいるんだよ!!』
自分にこれから起こるだろう未来に腰を抜かす夢魔。
彼には自分に起こっている事態のすべてが理解不能だった。
『あの方は私どもをワザワザお呼び下さいました。そして言って下さいました……気の済むように、好きにして良いと……。人と違って夢魔は簡単に死ぬ事は無いから、死なない程度で可愛がってくれてよいと…………』
その時点で夢魔はようやく理解した。
あの場で自分を見逃した甘ちゃんだと思った男……彼が一番自分に対して怒っていた事に。
消滅(死)で終わる罰など生ぬるい程、強烈に長々と苦痛を与える存在を“呼んだ”という事に……。
『さ~て……貴方は人ではありませんから、おそらく3回で終わる事は無いでしょう……。果たして終点に辿り着くまで一体何駅掛かるのか……当方は非常に楽しみでございます……』
『た……助けて……助けてくれええええ!!』
迫りくる自分ではどうしようもない悪夢を前に、夢魔はようやく自分の所業を後悔したのだった。
本当に……本当に今更だったが……。
『夢なら……醒めてくれえええええええ!! ギャアアアアア!!』
タタンタタン……タタンタタン……
夢魔として生きている限り、絶対に夢の世界から醒める(にげる)事の出来ない永久に続く電車旅行が始まった。
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