第二十九話 夢想で無双し夢葬する……

 夢葬の勇者、それはあの『異世界の夢』での俺の通り名だったはず。

 その名前の由来は何かで名を挙げたとか、強敵を倒したとか大それた事をした結果ではない。

 実際、あの夢での俺は“夢とは思えない程”慎重で、臆病で……それこそ人を殺す事を怖がり恐れ、拒否するタイプの面倒臭い系の勇者だったと思う。

 仲間たちも、最初の頃は『甘ちゃんだ』とか『綺麗事を抜かすな!!』とか散々言われ続けていたのだ。

 でも……そんな連中も最後には言うのだ。


『お前ほど合理的で慈悲深く、かつ残酷な勇者はいない』と……。 


 そうだろうか? 俺があの『異世界の夢』で行った事は大した事じゃない。

 今現在の俺だって、あの夢の通りに『夢の力』を手にしていたのなら……同じ行動をするだろうと思う。

 だって色々な諍いに巻き込まれて傷つきたくないし、死にたくないし……。

 だから俺がやった事は、そんなに大した事では無い、ただ……夢を見てもらっただけだ。

 何らかをやらかそうとしている、より多くの者たちに。


『共有夢』で他者の気持ち、愛情や憎悪を。

『過去夢』で己が忘れていた罪を思い出させ。

『予知夢』でこれからの行いで、どの大事な者が犠牲になるのか教え。

『未来夢』であるかもしれない想定の最悪の未来を告げる……。


 俺が夢の中でやった事などせいぜいその程度なのだ。

 なのに、妙な感じで俺の名前が独り歩きして行ったのだった。


 ある悪政を敷く狂王は、隣国を滅ぼし属国にするという野望(ゆめ)を突然捨てた。

 ある特権階級の貴族は私利私欲から私腹を肥やすという欲望(ゆめ)を唐突に悔い改め、民衆の為に身を粉にして働くようになり自ら壊した。

 種族の違いから人間に虐げられ続けた亜人種の一族は復讐という宿願(ゆめ)を、和解というそれ以上の夢をもって心の奥底へとしまい込んだ。


 野望(ゆめ)を欲望(ゆめ)を宿願(ゆめ)を人々を狂気へと至らしめる夢を、葬り去る勇者(ばけもの)……いつしかそんな風に言われるようになっていた。

 夢想を無双し、夢葬する者……と。


 ただ……夢の中の、異世界の俺が考えていた行動理念はたった一つだけだった。

 それは今と全く同じ気持ちで……。



「早く終わらせて、天音と一緒に帰ろう」


 俺は自分で意外に思う程に、自然すぎる程自然に何でも無い事のように呟いてから手にしていた『夢の本』から一振りの大剣を“引き抜いた”。

 そしてそのまま、目の前に群がっているマネキンの大群に剣を振りぬく。


 ボッ!! 

 

 それだけで、それだけの事で目の前を覆いつくす程群がっていたマネキンの群れは斬られるって事でもなく、何かの衝撃で破壊されたというワケでも無く…………ただ“掻き消えた”。


「…………え?」

『……な、何!?』


 スピーカーから漏れ聞こえた『ヤツ』の声に思わず同調してしまう……それくらい俺は自分が今やらかした事に呆気に取られていた。

 破壊した実感なんか無く、振っただけで消してしまった……そんな感じなのだ。


「何なんだよこの剣……っていうかこの力は!?」

「み~ろ~、夢魔の力なんてお前の敵じゃ~無いって言っただろ?」

「あ……うん……」


 しかし狼狽する俺に対してスズ姉は相変わらず表情の分からない光の塊なのに、妙に得意げに頷いている。

 確かに……こんな圧倒的な力を持っていたのに苦戦していたら、そりゃ~呆れるだろうけど。

 しかし……さっきまで確実に苦戦していたはずの敵が一瞬にして消滅してしまった事に、俺は内心ビビってしまう。

 …………俺にTUEEEEは向いてないっぽいな。


 そうこうするうちに、まだホームにたむろっていたマネキンの団体さんが武器を手にガチャガチャと線路に降りたって来る。

 一瞬どうしようかとスズ姉を見ると、迷わず親指を下にするスズ姉の姿……。

 俺はおっかなびっくり、剣を横なぎに振るう。


ボシュウウウウウ……


 それだけで……空気でも抜かれたような音のみを残して、さっきまで大量のマネキンに占拠されていたホームから、マネキンの姿は跡形も無く消え去っていた。

 駅のホーム自体には何の傷も破損も無く、残ったのは耳が痛いほどの静寂のみ……。

 そんな中、スピーカーからかなり狼狽した声が聞こえだした。


『な、何だ……何なんだこの力は!? 貴様、本当に人間か!? ただの人間に悪夢を滅するなんて芸当、出来るワケがない!!』

「い、いや……俺にそんな事を言われてもな……」


プワーーーーーーーン…………


 答えようのない質問をされていると、静寂に包まれていたホームに上りと下り両方から電車が停車する様子も無く、そのままのスピードで突っ込んできた。

 今度はひき殺そうって算段らしい……けど。

 俺は“自分の力”には戸惑っているのに『悪夢』に対しては全く動じる事もなく……向かってくる電車の前で剣を線路上に突き立てた。

 それだけで……両方から向かってきていたはずの電車は、空気に溶けるように消えて行った。


『バカな!? あり得ない!?』

「は~あ……ユメジに対して悪夢で挑むのは愚の骨頂なのに……まして『天音の悪夢』は敵にすらならないのにね……」


 狼狽する声にスズ姉は呆れたように溜息を吐いた。


「どういう事なんだ? 天音の悪夢が俺の敵にならないって?」


 さっきまでやられっぱなしだったというのに……不思議に思って聞くと、スズ姉はニヤリと笑って見せた。

 相変わらず雰囲気で表情が分かってしまう。


「だってアマネにとって怖い事から守ってくれるのはユメジなんだからな。アマネにとって君は悪夢の天敵って事なのさ」

「う…………あ、そっすか……」


 聞くんじゃ無かった……ハッキリと言われて、しかも目の前に証拠すらあっては否定材料も無いから…………やたらと恥ずかしい。

 そこまで頼られて、信頼されているって言うのは……まあ……悪い気はしないけどさ。

 ど~せなら……本人から……。


『フ、フフフ、フフハハハハ……!』


 しかし俺が不埒な事を考えていると、若干ヤケクソ気味な『ヤツ』の声がスピーカーから聞こえていた。


『確かに……確かに貴様らは強い! 見くびっていた事を詫びておこう……どうやら我に貴様らを倒す事は……出来そうに無い……』

「おや? 殊勝な事を……」


 悪人側からの敗北宣言、もしかしたらこのまま天音の夢から逃亡してくれるのだろうか?

 しかし俺の希望とは裏腹に、まだ『ヤツ』にはまだ思惑があるようだった。


『だがな……貴様らがどんなに強くても、ここが“神崎天音の夢”である事に変わりはない……そして……』


『ヤツ』の言葉に同調するように、俺たちの目の前の空間に黒い鏡のような物が現れて……そこに俺とはぐれて不安そうにする天音の姿が映った。


「天音!?」

『ここはあくまで彼女の世界。天音がこちらの術中にある内は……まだ彼女の悪夢は、三度目の悪夢は続いているという事…………』

「な、なんだって?」

『自ら傷付けてしまった者に対して抱き続けていた罪悪感……貴様への後ろめたさ、最大の悪夢がある限り……あの女の未来は決まったようなものなのさ……』


 背筋を冷たい物が走る。

 三度目の悪夢を成立させてしまうと取り殺される……スズ姉が言っていた事だ。

 悪夢の内容、それがもし『猿夢』に代表される殺害をオチにしたものでないのなら……。

 もしも、まだ幼児期の俺との出来事を少しでも気に病んでいるのなら?


 しかし俺が最悪を想像して青くなっていると……後ろから頭を叩かれた。


「いた……スズ姉?」

「心配するな……アマネなら大丈夫だよ」


 自信に満ちた口調で俺にそう言うと、スズ姉は更に虚空に視線を向けた。


「一つだけ忠告しといてやろう、名もなき『こちらの世界の夢魔』よ。神崎天音を……いや、『あの女』を甘く見ない方が身の為だぞ?」

『…………何、言っている……たかだか人間の小娘相手に』


 この時、俺はスズ姉が言っている事を全く理解できなかった。

 そして……本当に、本気で忠告している……という事も……。


「忘れるはずが……忘れてくれるはずが無いんだよ。あんな強欲で独占欲の強い女がさ。自分の男との想い出の全てをよ……」

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