第二十八話 自分の夢想、他人の夢想

 そして、今のやり取りで分かった事がある。

『夢は所詮夢』、スズ姉が教えてくれた言葉だがヤツが天音の夢を悪用して『自分で自分を傷つける』事をしているのなら……解決策は明晰夢の時と全く同じで『気付く』事。


「ようするに天音自身がここを『自分の夢の中』だって気が付けば、勝手に入り込んで夢を悪用していたお前は夢を操作する事が出来なくなる……そういう事なんじゃないのか!?」


 俺がそう怒鳴ると、少しの静寂の後に馬鹿にしたようにスピーカーから拍手する音が聞こえてくる。


『おお~ご名答ご名答! さすがだなぁ~さすが何年も疎遠だったって~のにぬちっこく幼馴染面して来ただけはあるなぁ~感心感心!』


 一々癇に障る言い方をしやがる……。


『だ、け、ど、さぁ~……肝心の答えを教えてあげたい天音ちゃんは今、どっこかな~?』

「…………チッ」


 そう、そこが最大の問題。せっかく解決策が分かったというのに俺たちは今分断されてしまっている。

 俺に気が付かれたのに『ヤツ』が余裕ぶっているのも、それが理由だろう。

 知られる前に、俺を始末してしまえば問題ない……と。

 ガチャガチャと音を立てながら……あれ程破壊したはずのマネキン共は、全く数を減らすことなく俺の事を粛々と囲み始める。


『実はお前の事は警戒してたのさぁ~。人間のクセして少なからず夢を操りやがるし、しばらくの間天音の夢に俺が侵入できないようにしたり……折角三重呪殺が完成する記念すべき3回目を邪魔する野郎だ……。もしかしたら、悪夢の正体も見破られるんじゃないか……とな』

「……く!?」


 そして今度のマネキンどもは手に鉄パイプやら刃物やら、武器を所持していた。

 天音と分断された途端に攻撃が荒っぽくなったと思っていたけど、何の事はない……天音に恐怖と絶望を与えて『三回目の悪夢』を成立させる為には俺ってイレギュラーが邪魔だった。

 だから、早く始末したかっただけなのだ。


「一から十まで人の悪夢(ふんどし)済まそうってか? どこまでも卑怯で姑息な『夢魔』だなお前は……」


 俺はふら付く体を何とか起こして、ガトリング砲の銃口を構えた。

 しかしすでに大量のマネキンに壁のように囲まれていて……ここから弾丸をばらまいたとしても退治も脱出も出来る気がしない。


『ひゃはははは! 今のてめぇはいわゆる魂がむき出しの状態。ここで俺に、いや『天音の悪夢』に殺されるって事はなぁ~そのまんまてめぇの魂が死ぬって事だ!!』

「!? …………そうかよ」


 その辺は今更って気がした。

 コイツは危険地帯にいる俺たちを安全圏からあざ笑っているのだからな……。


『良かったなぁ~俺は寛大だからよぉ~愛しの幼馴染はしっかりと後で送ってやろう。今度こそずっと一緒に逝けるぜぇ~!!』

「げ、ゲスが……」

『さあ、かかれ悪夢共!! 俺のお楽しみを邪魔しやがった野郎に永劫の苦しみを与えてやりやがれ!!』


 そんな頭の悪い号令と共にマネキンの集団が一斉に俺に襲い掛かって来た。

 前後左右……壁と言うか最早雪崩のように……だ。


「華々しく敵の中心で特攻自爆……しかないのか?」


 あんまり実行したくない攻撃方法が頭をよぎり、俺は手に想像した大量の『C4爆弾』を発生させて……。













「らしくないわね。こんな小物に良いようにされるなんて……」

「……え?」


 その時、俺が今回の夢では何故かずっと所持していた『夢の本』から声が聞こえた。


「な、なんだ!?」


 次の瞬間、俺の懐から飛び出した本が虚空で開き強烈な光が発生したかと思うと、眼前を埋め尽くしていたマネキンの群れに横一閃に光の斬撃が薙がれた。

 そして……上下に断たれた、破損しようが何しようが構わず襲って来ていたマネキンたちはガラガラと崩れ落ちて……黒いチリになって虚空に消えて行く。


『な!? 一体何が起こった!?』


『ヤツ』にとっても想定外の事態なのか、スピーカーから狼狽した声が聞こえてくる。

やがて……現れた光が一部に集まって人型になって行く。

 それは表情は全く分からないけど長い髪と女性的なシルエット、そして一振りの剣を手にしているけど、俺には直感的にそれが誰なのか分かった。


「スズ姉!!」


 俺が光の人型に向かって言うと、スズ姉は表情も分からないのに露骨に呆れた顔になったのが分かった。


「な~にしてんのよ。こんな雑魚魔物、ムソウの勇者の敵じゃないでしょうに……」

「む、むそうの勇者?」


 溜息をついて肩でトントンとさせるスズ姉は俺の体たらくに心配する様子も無く、本当に呆れているように思える。

 まるで……天音と喫茶店でニアミスを繰り返していた数週間前のように……。


『何者だぁ突然現れて好き勝手な事しやがって!! コイツをくらえ!!』


 よほど慌てたのか、ヤツは再び武装マネキンをスズ姉に向けてけしかけて来た。

 しかしスズ姉は全く慌てる素振りも見せず、冷静にマネキンの集団に向けてフェンシングのように無数に刺突を繰り返すと……それだけで穴だらけになったマネキンたちは、またもや揃って虚空に消えて行く。

 割れようが手足を失おうが襲ってきた人形の群れが、それだけで……。


『ば、バカな!? 夢の中で悪夢を消すなんて芸当……人間に出来るワケが……』

「す、すごい……いくら攻撃しても倒しきれなかったマネキンが一撃で……」


 俺が驚いてそう呟くと、スズ姉がツカツカと俺に近寄って来た。そして……。


ゴン!! 「ぐわ!?」


 何故か剣の柄で頭を殴られた。


「いって!? 一体何を!?」

「な~に敵と同じ所で戦ってやってんだよ、このバカタレ!!」

「え? え? どういう事??」


 俺には何で怒られたのか理由がさっぱり分からないんだが?

 しかしスズ姉は俺が手にしているガトリング砲やC4爆弾を指さして言う。


「それらの武器は君の夢想(ぶき)じゃない。映画とかから着想を借りた“他人(ひと)の夢想(ぶき)でしょう? 相手は天音の悪夢を借りていて、君も借り物の夢想(ぶき)で戦っているのなら、本体を晒してない向こうが有利に決まってるじゃないの」


 他人の夢想(ぶき)……そう言われれば確かにそうだ。

 俺も天音も、遊んでいた明晰夢の延長上に映画やゲームで出て来た武器を流用していたけど、これらは他人が作った物語、他人の夢想だ。


「……でも、そうは言ってもスズ姉、突然に自分の夢想(ぶき)で戦えって言われても想像が……」


 付かない、そう言おうとした矢先にスズ姉は俺の言葉にかぶせて来た。


「本を手に入れてから2週間くらいか?」

「え……ああ、そのくらいだけど……」

「なら、それから見た夢の中で一番あの娘とラブラブチュッチュしてた夢があるでしょ?」

「!!!!!!??????」


 その瞬間、俺の中にあったはずのシリアスが沸騰、蒸発した。

 なにゆえに!? 何ゆえにスズ姉は確信を持ってそんな事を言うのだ!?

 確かに、確かにそれは間違いなく俺の、最大級にハッキリわかる『俺の夢想』だが!?


「それが答えよ……『夢葬の勇者』、アマチ・ユメジ!!」



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