第二十七話 悪夢の正体

 半泣き状態の天音と害虫駆除をしばらく続けて、最早カサカサと不快な音を出して蠢く連中が目の前からいなくなったと思った時には……すでにホームにあれ程溢れかえっていた大量の虫たちは跡形も無く消え去っていた。

 焼き殺したはずの死骸も含めて跡形も無く……ついでに大量の虫を運んできた電車すら姿形もない。

 電車の時と同じで……何事も無くただただ無人のホームに『戻って』いる。

 ただ……


「害虫は消毒よおおおお!!」


 天音はまだ狂乱状態を続けていた。

 何もなくなった駅のホームなのに火炎放射を止めようとしない……よっぽど嫌だったんだろうな……。


「天音! おいもう大丈夫だぞ天音! 虫の大群はもう跡形も無い!!」


 尚も火炎放射を止めない天音に俺は全力で揺すって言い聞かせる。


「ううう~~~本当に?」

「本当本当!!」


 涙目のままギロリと睨む天音の形相に若干ビビるが、既に何もないただのホームに戻っている状況を確認して、ようやく彼女は火炎放射を止めた。


「うううううう……虫嫌い……」

「そりゃ同感だけどな……」


 と言うかあんな光景を見たら“昆虫大好き”って宣う小学生だって虫嫌いになれるんじゃないだろうか……。

 う……思い出すだけで鳥肌が……。


『まもなく、3番線より電車が参ります。ご乗車の方は白線の内側にてお待ちください。車内は現在非常に混み合っております。表情の無い人々にくれぐれもご注意下さるようお願い申し上げます……』

 

 しかし休む間もなくアナウンスから声が流れ始める。

 しかもまたしても怪しげで不吉な言葉を添えて。


「表情のない人々って? また妙に不吉な予告を……」

「グス……ふん! さっきのに比べれば何が来たってマシよ!!」


 そう言って“ジャコン”とグレネードランチャーを手に手慣れた様子で弾丸装填する天音の眼は半泣きで……座っていた。


キキキキキキキーーーーー…………


 またも唐突にホームに走り込んできた電車がさっきとは反対側の3番線に止まった。

 そして俺たちがそれぞれの銃口を向ける中、ゆっくりと扉が開き出てきた者は……所謂通勤ラッシュだった。


ドドドドドドドド…………………


「うえ!?」

「ひい!?」


 一定の方向に向かって流れていくビジネススーツに身を包んだ人の波。

 都会の朝であれば珍しくもないが、あまり参加したいとは思えない社会人の地獄の風景。

 その様相はただでさえ不気味と言えるのに、その集団はすべて……マネキンだった。


 無表情どころか表情が無い人形たちの群れ……統一感を持って軍隊のように足並み揃えて流れていく人の波は不気味そのものだ。

 攻撃意志があるのかも分からないマネキンの波……俺たちは攻撃態勢を取っていたにも関わらず、その異様に呆気に取られて反応が一瞬遅れてしまった。


「あ!? ゆ、夢次君!?」

「く……マズイ!!」


 その一瞬で、俺と天音は人並みに跳ね飛ばされ分断されてしまった。

 そしてラッシュの流れは一瞬にして俺と天音の間に立ちふさがり、同じホームにいたはずなのに、あっという間に姿が見えなくなってしまったのだ。


「天音!! クソ、どけ人形ども!!」


 俺は咄嗟に手にした“大槌”を振り回して邪魔をするマネキンの流れを強引に吹っ飛ばす。

 だが一瞬開けたと思った向こうには、既に天音の姿は無かった。


「く……もう流されちまったのか!?」


 俺が苛立ち紛れにそう言った途端、さっきまで一定の方角に流れていたはずのマネキンどもの動きがピタリと止まった。

 軍隊のように足並みを揃えて気味が悪いほど一定に動いていたのに、それらのすべてが同時に止まり……一瞬でホームが静寂に包まれる。


「な……なんだよ……」


 騒がしいのも嫌だが、唐突な静寂も嫌だ。

 ましてやさっきまで喧騒を作っていた物が一瞬にして……とか。

 俺が突然の静寂に冷や汗を流していると……すべてのマネキンの首がグルリと回って、俺を見た。

 マネキンだ、当然表情なんかあるワケもないけど……そんな無数とも思えるマネキンの群れがすべて、こっちを見たのだ。


「これは……天音じゃなくても嫌だぞ……怖え……」


 ん? 天音じゃなくても??

 俺は自分でつぶやいた言葉に引っかかった。

 ……そう言えば天音は昔からマネキンって物が苦手だった。

 デパートの洋服売り場に展示してあるヤツを見るだけで、オバさんの陰に隠れていた。

 それは小さい時に見た『マネキンみたいなヤツが大量に襲い掛かってくる』映画が原因らしく、アレがトラウマになっていたとか何とか……。


 ……何だろう? 何かが引っかかるぞ……大事な何かを見落としているような……。

 だけど、向こうは俺に考える時間を与えるつもりは無いようだ。

 無表情なのに、マネキンなのに、俺に明確な殺意を持って襲い掛かって来た。

 躍動感あふれる、人間の形はしているのに人間的では無い奇妙な動きで攻撃してくる大量のビジネススーツのマネキン。

 虫も嫌だけどコイツ等も不快って点では引けを取らないな!


「くそったれ!! 遅刻するぞ、会社に行きやがれサラリーマン!!」


ガガガガガガガガガガガガガ…………


 俺は取り合えず思いついた『マシンガン』を手に、襲い来るマネキンの群れへと引き金を引いた。

 しかし当たったマネキンどもはのけ反ったりはするものの歩みを止める事は無く、ひび割れた状態のまま向かってくる。


「なら、こっちでどうだ!!」


 早々にマシンガンを止めて俺は威力を重視したガトリング砲を想像、両手で構えた。


バラララララララララララララララ…………………


 秒速何百という段数を誇る重火器が襲い来るマネキン人形を粉々に砕いて行く。

 しかもこれは夢の中だから玉切れになる心配は無い。


「オラオラ人形ども! 粉々になりたく無ければ……」


 しかし俺はこの時、前方で粉々になって行くマネキンに油断していたようだった。

 現状俺は駅のホームにいる。

 重火器を振り回していても四方に気を使っているつもりではいた。

 ただ……ホームには『下』がある事を俺は見ていなかった。

 気が付いた時、俺はすでにホームの下から伸びてきたマネキンの手に足を掴まれていた。


「ぐげ!?」


 次の瞬間、俺は体ごと線路に引きずり降ろされて背中から思いっきり叩きつけられた。

 夢のはずなのにしっかりと痛み、肺から酸素を強制的に吐き出される。

 ……だけど痛がっている暇は無いみたいだ。

 追い打ちを掛けようとホームから大量のマネキンどもがガチャガチャと無表情に、しかし明確に殺意を持って次々に降りて来やがる!


「うぐ…………くそったれ……」


 痛む背中、上がる息を無視して俺は再度ガトリング砲を構えて乱射する。

 しかしさっきと同じように目の前のマネキンどもは瞬時に粉々になって行くけど、線路に降りて来るマネキンは後から後から尽きる事が無い。


 オマケに……ゾンビ映画やゲームと違って、頭部を破壊したって止まらないし、下半身を吹っ飛ばしたら隣の上半身を吹っ飛ばしたヤツと合体して復活する……なんてトリッキーな事をするものいる始末……。


「き、キリが無い…………グガ!?」


 そして遂には物量戦で弾幕を超えてきたマネキンの拳が俺の顔面に突き刺さった。

 たった一発で俺は後方へと飛ばされる。

 木製のマネキンに殴られるって……もしかしてバットで殴られるのと大差無いんじゃないのか!?

 こんなもん夢じゃ無ければ死んでいるぞ……。


「く……そ……、夢をネタに陥れるタイプにしては……これは荒っぽくないか?」


 顔面から叩きつけられた俺が憎々しく呟くと、どうやら俺がやられる所を見ていたらしくスピーカーからヤツの声が聞こえてきた。


『ガ……ザザ……誠に申し訳ございません。当方では貴方は想定外のゲストという事で通常とは異なる対応とさせていただきますので……ご了承下さい……』


 笑ってやがる……業務口調を続けてはいるけど、笑いを堪えてやがる……。

 想定外のゲスト扱いと言うのがこのマネキンによる集団リンチだと言うなら、とんだゲスト対応もあったものだ。

 …………でもゲスト対応? 今確かに『ヤツ』はそんな事を言った。

 ゲスト……そう考えると妙な気がする。

 マネキンに天音と分断させられてから、攻撃の仕方が荒っぽくなった気がするんだよな……まるで俺自身を早々に排除したいかのように……。


 少しの会話しかしてないが、『ヤツ』は掛け値なしの外道のはず……数週前から『猿夢』でジワジワと恐怖を煽るようなゲスなんだから、当然降って湧いた獲物である俺も同じようにやりそうなものだ。

 なのに…………。


「…………俺がゲストって事は、あくまでメインは天音って事なんだよな?」

『勿論です。我々の当初のお客様は天音様お一人でございます。我々がこの夢で最高の恐怖を味合わせるべきVIPはあの方のみで……』

「…………つまり、逆に言えばお前がこの夢の中で最大の恐怖を、絶望を与えられる唯一の人物が天音だって事か?」

『……………………』


 俺の質問に饒舌だったアナウンスが突然黙った。

 ……どうやら俺の想像は正解のようだな。

 このスピーカーの向こうにいる『何か』は、俺が想像していた以上にゲスで卑怯なサイコ野郎だという事がコレでハッキリした。


「おかしいとは思っていたんだよ。最初は『猿夢』って有名な都市伝説的な何か、とか思ったんだけど、どう言うワケか次に出てきたのが俺の知らなかった別の都市伝説の『きさらぎ駅』だし。駅に入り込めば出てくるのが『昆虫の大群』に『無表情なマネキン』……お次は何だ? 巨大ナメクジでも出す予定だったか?」

『……………………』


 俺の言葉に黙り込むアナウンス……多分図星だったんだろう。


「全てが天音が怖いと思う物……という事は…………ここはお前の悪夢じゃなく、あくまで『天音の夢の中』って事じゃ無いのか!?」


 俺はそもそもスズ姉の指示で『天音の夢』に潜り込んだはずだ。

 それに都市伝説って触れ込みで『猿夢』の範疇で考えるなら、あくまで舞台になる走行中の列車という部分を外さずにあくまでも『猿夢』で追い込まなければいけないと思うのだが、コイツは平然と、あくまでも『天音の恐怖』を煽る目的で最初の設定を捨てて来た。

 つまり悪夢であってもここは『天音の夢』で、憑りついたゲス野郎が夢だと気が付かない天音をあざ笑いながら、好き勝手しているという事になる。


 まるでネットの向こうで姿も見せずに誹謗中傷してゲラゲラ笑っているかのように……。


『ク……ククク……クヒャヒャヒャヒャ! よ~く分かったなぁ~夢次君? てめえがさっきから殺されかかっているマネキンはなぁ~、愛しの幼馴染本人が作り出した悪夢そのものなんだよぉ~。俺はそいつをちょいとだけ動かしているだけさぁ~、ゲームみたいになぁ~』


 俺がそう言い放った途端、スピーカーから真面目腐った業務口調ではない心底相手の不幸を面白がり、ニヤ付く笑いが想像できる気分の悪くなる声が響いてきた。

 取り合えず、俺はコイツを目の前にしたら絶対に殴ろうと心に決めた。




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