第二十五話 幻の駅

 俺たちが飛び出した場所はどうやら山の中、線路沿いの草むらを数回転がる事で勢いを殺して……何とか無事脱出する事が出来たようだ。


「い、ちち……天音大丈夫?」

「な、なんとか……」


 互いに数か所擦り傷を作って全身ボロボロではあるものの、とりあえずは無事だった事にホッとする。

 ミンチになるよりはずっとマシ……体に付いたホコリを払いつつ俺たちは立ち上がった。


「出来るだけ線路から離れましょ?気休めかもしれないけど」


 確かに気休めかもしれない、何しろここは夢の中であって最終的に目覚めない限り『猿夢』の術中……とまでは言わないが、同じ土俵である事には変わりがないからな……。

 でも電車に乗っていてあんな目にあった後なのだから、気持ちは分からなくもない。

 

「そうだな……とにかく線路から距離を置こうか」

「うん……だけどここって、どこなんだろうね? ちょっと見覚えがある気もするんだけど?」


 周囲を見渡すと山の中の雑木林なのは分かる……けど別に山奥って程でも無さそうに思える程度に舗装もされている。


「とにかく動こうぜ。夢の中で目的地ってのがあるワケじゃないけど……留まっても解決には繋がらないし……」

「……そうね。このまま動かないでいと不安になるもの」


 その気持ちも、非常に分かる。

 どのみち何もしないでいても状況は変わらない、けど時間を稼ぐ事さえ出来れば最終的にはスズ姉が助けに来てくれる予定なんだから。

 あの物言いから、スズ姉は何らかの解決方を知っていると、俺は踏んでいる。

 俺たちはとにかく線路から……『猿夢』の最大のファクターである鉄道関連の物から遠ざかる為に山道を歩き始めた。

 そして道中に俺は天音の口からこの悪夢を以前から見ていた事を初めて聞いた。


「じゃあ天音は俺が『この本』を手に入れる前から、この『猿夢』を見ていたワケだ」


 俺が今回は夢の中でも持ち歩いている『夢の本』を手に質問すると、天音は露骨に嫌な顔になった。


「うん……でも目が覚めるとすっかり忘れているの。“悪い夢を見た!って事だけは覚えているのに……」


 ……そういえば前にもそんな事を言っていたか?

 俺と『夢の本』を使って明晰夢で遊び始める前に“最近夢見が悪かった”とか何とか。

 それがスズ姉の言っていた『呪い』なのだとすると、スルーして良い事じゃ無かったな。


「しかし……咄嗟に神楽さんの話から『猿夢』から距離を取るには電車て舞台を離れようって安直に考えて飛び降りたけど……この判断が正しいのかも分からないんだよな」


 夢の対決、夢と夢の対決……あの気色の悪いアナウンスはそんな事を言っていたけど、どうも釈然としない何かを感じる。

 その最たる物が俺たちが今現在、少なからず負傷している事だ。

 本来夢の中であるなら、毎晩俺たちが楽しんでいた『明晰夢』であれば全く怪我をしないか、もしくは『それは演出なのだ』と割り切って夢での役を演じていた。

 でも、この負傷に関しては痛みがある……“そう”とは割り切れていないからなのか?

 

 そもそもこの夢は今までの夢とは勝手が違う。

 俺が準備した『明晰夢』じゃなく、敵が用意した『悪夢』なんだからな……。


「何だか俺たちは本体を晒して戦っているのに、向こうは隠れてこっちを監視しながら『夢』って力を遠隔操作してニヤニヤと笑いつつ追い詰めている……そんな感じがするんだよな」

「うん、それは何となく分かる。こんなのを好んでやっている奴は絶対性格悪いだろうね」


 俺の呟きに天音は大きく頷いて同意する。

 電車の中でも敵側の攻撃は尽きる事無く、破壊しても即座に回復して襲い掛かって来ていた。

 それはまるで俺たちが無限に武器を出現させて乱射していたのと同じように……。

 つまりあの電車が『武器』なのだとすれば、あそこでいくら破壊活動をしたところで『本体』へのダメージにはならないって事になってしまう。


 ……そもそもが呪いのやり方とか、やることなす事すべてが卑怯臭くて根暗っぽい。

 顔も見せずに夢で悪夢を仕掛けて、現実では忘れさせて安全を確保しつつ恐怖を煽る。

 いざ戦いになれば己の身を危険に晒さずに『夢の対決』とか言って、まるで『同じ舞台に立ってやった』とでも言っているかのような勘違いしたナルシスト……。

 何というか……何もかもが気に入らないんだよな。

 しかし考えれば考えるほどイライラしていると……唐突に天音が俯いたまま、ポツリと呟いた。


「……ゴメンね夢次君。また私のせいで……君が危険な目に」

「…………ん?」

「元々私に掛かっていた呪いなのに……私っていつも君に迷惑ばっかりかけて……折角また昔みたいに仲良くなれたと思ったのに……」

「…………」

「こんな事になるなら…………イタ!?」


 しゃべりながらドンドンと沈み込んでいく天音の頭に、俺はチョップをかました。

 それ以上は言わせねーよ……俺は憮然として天音を見つめる。


「夢次君?」

「まさか疎遠のままで良かった……何て言うつもりじゃないだろうな? 俺は今俺の意志でここに、天音の夢の中にいるんだけど? そのままで悪夢に取り殺される天音がいたかもしれない未来……何て、俺は真っ平だぞ?」

「う……でも……それで君が危険な目に遭うのは……」


 更に沈み込む天音の声……まあその気持ちは分からなくない。

 自分の事情に他人を巻き込んでしまった罪悪感、無責任なヤツならともかく天音は人一倍責任感が強い方だ。

 犠牲になるなら自分一人で良かった……そう考えてしまうんだろう。

 けど……それが分かる天音なら、俺の気持ちも分かってくれるはずだろ?


「大事な幼馴染の一大事に関われなかったかもしれない……俺にとっちゃそっちの方が一大事何ですがね……」

「え!?」


 天音は俺の言葉にハッとした表情を見せて……再び俯いてしまった。

 どうやら分かってもらえたか……幼馴染が困っていると言うのに、頼りにされないなんて、そんなの絶対に嫌じゃないか。


「そういう時には、せめて隣に居させてくれ…………まったく」

「……………うん…………ゴメン」


 そう呟くと、天音は俯いたままだが歩く俺の袖を軽く摘まんできた。

 …………こんな状況なのにちょっとドキッとしてしまったのは内緒である。


                *


『そうかそうか……“それ”がお前にとっての、最高の味付けか……』


 『それ』はどこまでも楽しそうに、自分が発見した娯楽を、ターゲットを見つめていた。

 恐怖と絶望……ターゲットに極限の味付けをするスパイスに思いを馳せて……。


              *


 当てもなく俺たちは線路からは離れようと、しばらく山の中をひたすらに歩いていたのだが……突然山が開けたと思った時、目の前にあったのは……古い駅だった。

 田舎に存在するような、無人駅と言われる類……とまでは古くないのだが、20~30年前から補修工事はしていませんってくらいにはボロい感じである。


「チッ……電車関係からは離れようとしていた矢先に……」

「!? こ、この駅って……まさか!?」


 しかし俺はボロさしか第一印象の無い駅なのに、天音にとっては違うみたいだ。

 天音は恐る恐る見上げて、駅名を確認すると青くなった。


「き、きさらぎ……駅……」


 天音が呟いた駅の名前……俺はその駅名に一切覚えがなかった。


 

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