第二十三話 三度目の悪夢(天音サイド)
タタンタタン……タタンタタン……タタンタタン……
気が付くと私は電車に乗っていた。
今どこを走っていて、自分がどこを目指して電車に乗っていたのかも分からず、ただただ誰も乗る人のいない、自分以外誰もいない3両目の電車の座席にいつの間にか腰を下ろしていた。
「こ、ここって……まさか……まさか!?」
私は……この光景に見覚えがあった。
いいえ……そうじゃない、思い出した……これは……夢よ。
でも夢次君が毎晩見せてくれた楽しく暖かい夢じゃない。
本当に、出来る事なら二度と見たくはない最悪の部類の夢。
何故か起きた時には不快感しか残らず記憶はしていない、本当に不気味な悪夢。
全身が震える……唇が渇く……恐怖に真冬のような悪寒が私を襲う。
そして、遂に聞きたくもなかった車内アナウンスがスピーカーから聞こえ始める。
駅員のように、ようよくは無く一定の声色で……。
『大変長らく“お待ちしておりました”。当車両はこれより終点を目指して走行いたします』
「ひ!?」
それはどこの駅にでもありそうな男性駅員のアナウンスなのに、私にとっては酷く不気味で恐怖を煽るものにしかならない。
『当車両“猿夢”は『いけづくり』『えぐりだし』を通過致しました。次は終点『ひきにく~ひきにく~』
「やっぱり!!」
都市伝説『猿夢』、それは以前神楽ちゃんに聞いて知っていた怖い話だった。
一度目で一両目の乗客が、二度目で二両目の乗客が今『通過した』と証言した二つの単語に沿って惨殺されて、最後の3両目になった時にそこに乗っている乗客である自分は……という良くある怖い話の一種だ。
そんな夢を、何故私は見なくてはならないのだ!? ここ最近見る事は無くなったから安心していたのに……。
前の車両に目をやると……以前の夢で何が起こったのか、予想は出来るけど想像したくない程のおびただしい血痕が広がっていて……。
更に苦痛に誰かがもがき苦しんだ跡、床やガラスには手形やらの暴れまわった跡がすべて血液で残されている……。
途端に恐怖と一緒に嘔気が起こる。
「なんで……今更!?」
私は誰に問うでもなく、そんなどうでもいい事を呟いた。
しかし、そんな特別な事もなく単なる独り言にアナウンスが律儀にも答えを返してきた。
『え~先日まで他の夢が邪魔をしていて我々が強引に夢へ入り込む事は出来ませんでした。故に再びご乗車いただくのに時間が掛かってしまいました……お待たせして大変申し訳ありません』
こんな夢を待っていたワケないでしょ!?
そう怒鳴りたいところだけど、聞き捨てならない事を言っていた。
「ほ、他の夢が邪魔……それって!?」
『……わたくし共が到着する前にお客様が別の夢へと出発なされていた事が今回終点へと至るダイヤが乱れた原因でございます』
別の夢、そんなのは夢次君が見せてくれた『夢の本』の力のお陰に決まっている!
つまり……私はまたもや彼に助けられていたのだ。
悪夢を見る前に『夢次君の夢』を先に見ていたから……。
だけど、今日私は帰り着いてからそのまま寝てしまったから……夢次君が『夢の本』で共有夢を使う前に……。
『お客様には2週間以上もお待たせしてしまい、大変申し訳ございません……本日はダイヤ通り、お客様を『ひきにく』へとお届けいたします……』
そんな不吉なアナウンスが聞こえると、突然隣の血浸しになっていた車両に通じていたドアが“バン”と勢いよく開かれた。
「ひ!?」
そっちの車両には血痕はあっても誰もいなかったはずなのに……。
そして開かれた扉の向こうから現れたのは、無数の金属の刃が幾重も円形に連なっているドリル状の何か……。
いや、そうじゃない……現れた無数の刃が“車両全体”を隙間なく埋め尽くして行って、車両の片側から迫りくる巨大な“ミキサー”となってしまった。
そしてすべての隙間が無くなった瞬間、全ての細かい刃が回転を始めた。
ギイイイイイイイイ、ギャリギャリギャリ…………
そして車両内にある座席や手すりなど金属をものともせず嫌な音を立てて粉々に砕きながら……こっちへと迫って来た!!
「い、いや!!」
逃げなくては……そう思って慌てて立ち上がろうとするけど、私は座席から崩れてしまった。
足がまともに動いてくれない……恐怖で腰が抜けている!?
それでも……それでも逃げなくては!!
私は満足に動いてくれない足の代わりに這いつくばり、床を這って迫りくる巨大なミキサーから逃れようとする。
けど……逃れると言っても……どこに?
とにかく隣の車両にとは思っているけど、この夢事態から逃れる為には目覚める事が大前提になるはずだけど……。
私の知識はカグちゃんから教えてもらった都市伝説の下りだけ……3回目の悪夢について助かる方法何て聞いていない!
何とか目覚める方法はと考えていると、先読みをしていたのか変わらない業務口調なのに楽しそうに、小バカにするようにアナウンスが聞こえてきた。
『お客様、2度目の乗車で当車両は確かに申し上げました“今度は逃がさない”と。我々は約束は必ず守るのがモットーでございます』
楽しんでいる……その声色で確信する。
私が腰を抜かして必死に逃げる姿を、恐怖する姿を、そして絶望して死ぬ姿を……この『悪夢』は楽しんでいるんだ!
「ひ……いや、やだ! 折角……また一緒に遊べるようになったのに……また明日って言えるようになったのに……」
感情もなくただ機械的にあらゆる物を粉々に砕いて迫ってくるミキサーから逃れようと、必死に逃げるけど、ミキサーはドンドンと私に迫ってくる。
勝手に涙が流れる……怖い、苦しい、悔しい、死にたくない……助けて……。
「助けて……助けて……」
『お客様大変申し訳ございませんが、当車両に乗車して頂いた限り救助が来る事はございません……終点まで存分にお楽しみ下さい……』
最早聞きたくもないアナウンスの言葉なんてどうでもいい!!
私はまだ死にたくない!!
また、ちゃんと起きなきゃいけない!!
また、家の前で待っていなくてはいけない!!
まだ……おはようって言わなきゃいけない!!
助けて……助けて!!
「助けてユメちゃん!!」
「……そのアダ名は懐かしいけど、この年じゃさすがにもう恥ずかしいぞ」
「……………………………え?」
『え?』
その声は突然私の隣に現れた。
私が最も安心出来る、最も親しく、そして最も聞きたかった男子の声。
その事は『悪夢』にとっても予想外な出来事だったのか、今まで業務口調だったアナウンスも戸惑いの声を出していた。
だけどそんな事はどうでも良いとばかりに、彼はどこから取り出したのか分からない巨大なロケットランチャーを肩に担いで……迫りくる巨大なミキサーに向けぶっ放した。
「夢魔だか何だか知らないけどな……そんなにお望みならこっちから『ひきにく』にしてやるよ……このクソ外道があああ!!」
「ちょ!? こんな至近距離で!?」
『な、なんだと!? 夢に介入してきた……だと!?』
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……
走行中の電車の3両目、その内部で起こった巨大な爆音と閃光……それは、長い夜の狼煙としては派手過ぎる演出だった。
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