第二十二話 警告の鈴(ベル)

「ふう……」


 さっき家の前で夢次君と「また明日」って言いあってから、私は今までとは少し違う満足感と一緒に息を吐き出した。

 幼かったあの日、置き去りにしていた何か大切な思い出を、今日はやり直し、回収する事が出来たのだから。

 夢次君と一緒に……。


「ふふ……ふふふ……」


 何故か自然に笑みがこぼれる。

 この年まで残っていた幼き日のわだかまりが、今日一日で少なからず払しょく出来た……ような気がするから。

 私は思わずベットにダイブする。

 気だるい、満足感すら感じる疲労感がむしろ心地良い。

 このまま寝てしまおうか……そう思うほど抗いがたい眠気が一気に襲ってきた。

 まだ夕方、5時半だけど……。


「ふふ……また明日、か」


                 * 


 その日、天音は久しぶりに一人で眠りに入った。

 実は、それは夢次が『夢の本』を手に入れてから初めての事。

 自覚があろうと無かろうと天音は常に『夢の本』の影響下にあり、毎日夢次と同じ夢を見続けていたのだ。

 その事に意味があったとは全く気が付かずに……。


 それから夕食の時間になって天音は一度母に起こされるのだが、いくら揺り動かしても起きない娘に母は『きっと遊び疲れているんだろう』と気を使ってそのまま寝かせておく選択をする。

 その時、天音が“どうやっても普通の方法では起きる事のない”状態であるなど……分かるはずもなく……。


『やっと……コイツの夢に入れる……』


 母親が出て行って寝ている天音以外誰もいない部屋に、姿もないのに不気味な……人とは思えないような声が漏れた。


                *


 PM8時、すでに夕食を終えて俺はベットに座りつつ窓から何となく天音の部屋を見た。

 ……すでに明かりがついていない。


「もう寝たのかな?」


 いくら何でも高校生としては早すぎる気もするけど……。

 今日の夢は“超能力バトル”にしようと張り切っていたから……楽しみにして早々と寝たのかもしれない。

 だとしたら、俺も早めに寝た方が良いのかな?

 俺が『夢の本』を片手にそんな事を考えていると、スマフォがけたたましく鳴り始める。

 スマフォの画面に表示された相手の名前は『剣岳 美鈴』、今日の昼間もお邪魔したスズ姉の実名である。

 基本的に用事がある時には直接会って話すタイプであるスズ姉はメールで『店で待つ』など簡潔に済ます事が多いのに……はて?


「もしもしスズ姉? 珍しいね電話とか……」 

『ユメジ!? 良かった繋がった!!』


 しかし通話が珍しいとかよりも遥かに珍しい事を通話先のスズ姉は口にしていた。

 切羽詰まって明らかに慌てた口調で……俺の事を呼び捨てに。

 別に悪いワケじゃないけど、普段彼女は俺の事を『君』もしくは『夢次君』、揶揄いを交えて幼い日の渾名『ユメちゃん』と呼ぶのにな。

 ……それに気のせいか妙に口調が荒っぽいと言うか。


「どうしたの? 何か急ぎの用事が?」


 俺は少しでも落ち着かせようと穏やかな口調を心がけるけど、効果は無いようでスズ姉は捲し立てるように、予想もしない事を言ってきた。


『説明している時間は無い、今からすぐにアマネの夢に潜れ! 今のお前になら共有夢が使えるだろ!?』

「…………え?」


 それはまるで、俺が『夢の本』を使う事が出来る事を知っているような言葉。

 それ以前に『夢の本』の存在と力を知っていなければ出てこないはずの言葉。

 以前喫茶店でこの本を手にした時にはハッキリと“知らない”と言っていたのに。


「ちょっと待てよ……何が何やら……」

『アマネは今、死の呪いを受けているんだよ! しかも成立されると致死率100パーセントのたちの悪いヤツに!!』


 色々分からない事がありすぎて混乱する俺に焦れたスズ姉は通話先で怒鳴った。


「……………………は?」

『今は理解しなくても良いから要点だけ聞け、アマネの首筋に2つの痣があっただろ?』


 確かにあった。

 公園で夕日に照らされた天音の首筋からチラッと見えた2本線に見える痣が二つ。


『三重呪殺は質の悪い夢魔が好んで使う呪いの一つだ。アマネは“むこう”に引っ張られる前に取りつかれて、既に二回の悪夢を見ている証拠だ。このまま三回目の悪夢を見ちまったら、取り殺されるぞ!!』

「と、取り殺される!?」

『“むこう”に引っ張られた時には女神の神気に当てられて呪いは消滅していたのに、元に戻す段階で呪いまで戻ってしまったんだ……あ~クソ! “むこう”で呪われていた事を知ってりゃ色々警告出来たのに……』


 悔しそうに言う話はちょいちょい『むこう』だの『夢魔』だの分からない単語が引っかかるが、確実にスズ姉が重要視して伝えている事は分かった。

 このままでは天音が危ない……つまりそういう事だ。

 何故そんなオカルト的な事をスズ姉が知っているのかとか聞きたい事は色々あるけど、今は議論している場合じゃ無いらしいな。


『さっき天音に電話しても出なくて自宅に電話したけど『幾ら起こしても起きないから明日でいいか?』と言われてしまった。すでに危険かもしれんのだ!! 早く!!』

「わ、分かった……今すぐに共有夢を!」

『アタシもすぐに駆け付けるから、絶対にそれまでは持たせろ!!』


 俺は言われるままに、今は電気が消えて暗くなっている……おそらく天音が寝ているはずの向こうの家の二階窓に本の上部、鳳の紋章を向けて……本に手を置いた。

 その瞬間、強烈な眠気が襲い掛かってくる。

 そして意識が遠のく前にスズ姉の声が聞こえた。


『いいか? とにかく何らかの方法で奴らは恐怖を煽って三度目の悪夢を成立させようとしやがるはずだ。だがユメジ、夢は所詮夢、本来夢魔程度“お前ら”の相手じゃねーんだ。ブチ殺して来い!!』

「イ、イエッサー……」


 実に強引で高圧的で暴力的な激励の言葉。

 こんなスズ姉は初めて見たのだが…………俺は似たような人物をどこかで見た? いや会ったような気が…………。



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