閑話 前世で願った想い(リーンベルサイド)

 わたしの名前はみずず……『剣岳 美鈴』、よんさい。

 今日ねーお友達と公園に遊びに行ったの。

 そしたらね~ベビーカーを押した二人のお母さんたちが来たんだ。

 わたし、ちょっと気になって聞いてみたら、二人のお母さんたちが教えてくれたんだ~。


「ねーねー、お名前なんていうの?」

「この子がね~ユメジ君って言うのよ」

「この子がアマネちゃん。よろしくね~」


 ベビーカーでスヤスヤ眠っている子がユメジ君。

 元気に手を伸ばしている子がアマネちゃん。

 その二人の赤ちゃんに私は元気よくご挨拶したんだ。


「ひさしぶりだね!!」


                *                


 私の名はリーンベル、見知った者は『ベル』と呼ぶ事が多いが、由来も何も知る事は無くそして興味も無かった。

 戦災孤児であった私にとって必要だったのは単純に生きる為の力だけであって、名前など自分を表す記号にしか過ぎなかったのだから。


 冒険者という職業だって選んだ生き方、と言うよりもそれしか選ぶ事が出来なかったという方が正しい。

 身寄りも無く、金もコネも無い……そんな私が出来る職業何て限られていたから……。

 これで何もなければ奴隷として落とされていたか、路地裏で野垂れ死んでいたのかもしれないけど、幸か不幸か私には『聖魔法』を使う能力が備わっていた。

 一般的に回復、治療魔法として特化する魔法なのだけど私にその手の才は無く、剣に魔力を込め邪霊など普通の方法では退治出来ない者たちを滅する『破邪』の力に特化していて、一度王国の依頼で死霊王(リッチ)を退治した事で『聖剣士』の称号を貰ったりもした。


 しかし、自分が冒険者だと言うのに私は常々冒険者に憧れて目指している連中には『やめておいた方が良い』と忠告している。

 稼ぎが安定しないのは無論だが、絶対的に命の危険が高いし保証もない。

 称号を得たら得たで恩恵があると思えば、そこそこの報酬以外にはトラブルばかりが寄ってくる。

 称号のせいで目立った事で、やっかみや嫉妬を一方的に受け、更には名を上げる為とかで突然勝負を仕掛けられる事すらある。

 しかも正面から堂々と挑んでくるならまだしも、不意打ちで襲われる事だってしょっちゅうだし、仲間と思っていたヤツ、信頼していたヤツに騙される事など両の手で足りないほどあった。

 その度に、私は剣を振るった。

 魔物だろうが人間だろうが、敵対する者はすべて血の海へと沈めてきたのだ……生きのびる為に……。


 そんな血まみれな日々に嫌気がさしていた頃、私はある日不本意にも2人ほど弟子を得てしまった。

 それは不思議な若い男女で、たまたま魔獣に襲われているところを助けた事が切っ掛けになって、弟子入りを志願されたのだった。

 勿論最初のうちは拒絶した。

 しかし2人とも相当にしつこく……最終的には押し切られてしまったのだ。

 顔見知りの冒険者など『珍しい事もあったものだ』と私が弟子を取った事に驚いていたが、私だってそう思う。

 なんというか……その二人は放っておけなかったのだ。

 騙し騙され、殺し合いだって日常であるこの世界でその二人は心の底から甘ちゃんだった。

 金銭交渉や会話でも相手の事を疑う事をせず鵜呑みにする……そんな姿に我慢できず、私はなし崩し的に冒険者の先輩として、戦い方と冒険者の生き方を叩きこむ事になってしまっていた。


 そして2年もすると……二人ともそれなりに成長を見せて、もう立派な『戦士』と『魔導士』になっていた。

 その頃になると、私にとっても2人は掛け替えのない存在になっていた。

 冒険者として次第に疑う事も策略や謀略も覚えて初めの頃よりもスレたようにも思えたけど、互いが互いを守ろうとする姿勢だけは、最初から一度も変わら無かった。

 それは……ヤツが、『ユメジ』が勇者として洗礼を受けた後でも、一かけらも。

 世の何もかもを信用せず血まみれの人生を剣のみで生きてきた私にとって、そんな甘ちゃんな弟子……いや弟と妹は生を受けた時から忘れていた心を思い出させてくれた。


 だから……魔族の大侵攻で確実に村が滅びると判断したあの時、二人を逃がす事が出来た時・……私は心の底から人生で一番満足していたのだ。

 一緒に残って戦おうとするアイツに殴って言った言葉……アレは私の中でも最高傑作の遺言だったな。


『間違うな!! 貴様が守るべきはこの町でも私らでも、この世界でもない!! たった一人の大事な女だけだろうが!! 勇者の務めなんぞ、そのついでで良い!!』


「ははは! あれは良い啖呵だったなぁ」

「本当だぜ流石聖剣士、言う事がちがうねぇ~」

「聖剣士としては失格も良いところでしょうが。世界よりも自分の女を優先しろって言ってんだよ? 結局私は聖剣士なんて御大層なもんじゃなかったって事」

「ちげぇねぇ! こんなとこに残る大馬鹿様だからな~」

「そういう事……」


 不思議なモノで、あれ程警戒し同業とは言え信用などしていなかったと言うのに……私を含めて戦場に残った冒険者や村の自警団の連中たちと、私は最後まで笑っていた。


 自分たちはこれから死ぬというのに。


 仲間の為、家族の為、恋人の為、見知らぬ誰かの為……迫りくる魔獣の群れの歩みを一分一秒でも遅らせる為に壁になり、死ななければならないと言うのに……全員が高笑いしながら武器を手に戦っていた。


「ベル! 今度目いっぱい飲みかわそうぜ! 皆でな!!」 

「ハハハ!! それじゃあうちも大盤振る舞いで奢ってやるよ! つぶれるまで飲ませてやろうじゃないか!!」


 魔獣の群れに刺され、噛まれ、切られ……流血に塗れて倒れていく同業者や酒場のマスター、自警団の親父たち……皆最後まで笑っていて……その連中と同じである事が……嬉しかった。


「じゃあ準備して待ってな!! 私もすぐに行くからさぁ!!」


                  ・

                  ・

                  ・


 ……気が付いた時、私は光の中にいた。

 左手は……動く……というよりもある……。


 確かに『魔王』と名乗った男に吹っ飛ばされたと思ったのに……。

 体に数えるのも億劫になるほど負っていた傷についてもそうだ。

 明らかに助からない程全身に負っていた傷口は……今の私には一つも付いていない。

 最後まで握っていた半分から折れたロングソードすらない。

 ……そんな光の中に自分が浮かんでいるのを感じて、私は理解した。


「ああ……死んだんだな」

「はい……それは見事な最後でした。聖剣士リーンベル」

「……だれ?」


 その声は突然、気配もなく聞こえた。

 でも……その声に邪悪さは無く、唐突に間合いに入られたというのに、私は警戒する事もなく自然と聞き返していた。


「私は女神アイシア……この世界の理を司る者。そして無責任にも他世界から呼んだ2人の少年少女に世界の明暗を託す……恥知らずです」

「!? 貴女が女神さま? 貴女がユメジとアマネを異世界から引き込んだ張本人っていう……そ、そうだ! あの子たちは!!?」


 私は慌てて辺りを見回すと、突然目の前に光が集まり始めて白い法衣を纏った銀髪の美しい女性が現れた。

 その表情は神々しく、憂いを帯びて彼女が女神である事は真実なのだと自然に思ってしまう。


「ご安心を……彼らは貴女方勇敢な者たちの奮戦のお陰で一人の死者も出さずに村から退避する事に成功しました」

「そ、そうか……それは何より……」


 私は心の底からホッとした。

 それだけが心残りではあったから……これで肝心の二人が助からなかったら、それこそ死に損になってしまう。


「この度は……私の勝手な目論見に貴女を巻き込んでしまいました……。本当に……申し訳ありません……」


 ホッとしていると、女神様はより一層申し訳なさそうに頭を下げて話し出して、私は心の底から慌てた。

 女神、それも世界の理を司る最高神アイシアが一介の冒険者でしかない私に頭を下げる……恐れ多いのも程があるだろう!?


「ちょちょ、待ってくださいよ女神様!? 神様が人間に、それも私みたいな敬虔でもない輩に頭を下げるものじゃないでしょ!?」


 慌てて言い募る私だったが、女神はより一層深く頭を下げて……このままでは土下座まで行きそうになって私は慌てて止めに入った。


「いいえ! 私のような者が神である事がそもそもの間違いだったのです!! せめて、せめて謝罪を……罪深い、許しがたい私を罵り罵倒していただければ!!」

「だから止めなさいって! 何に対してそんなに罪悪感満載なのか知らないけど!?」


 それからしばらくの間ひと悶着があった。

 世界の理を司る女神、彼女は私が生きてきた世界において絶対神というべき存在で、一番多くの信仰を集めているのだが……実際目にした人物は、仕事に追われて苦労を背負いこんでいる、普通の女子にしか見えなかった。

 神と言えば無慈悲で傲慢、人の生など塵芥の如く扱える存在……そんな風に思っていたのに。


 聞けば女神アイシアはそもそも『世界の調停役』であり、本来なら世界に干渉するような事はしてはいけない立場なんだそう。

 しかし現在、魔族の中に『世界の調停』を乱す因子『魔王』が誕生してしまった事で女神が介入せざるを得なくなったらしい。

 だが神による世界への干渉は『魔王』に対抗する処置だとしても最小に抑えなくてはいけない。そうでないと神が干渉した事でどれ程の『揺り返し』が起こるか分かったモノではないのだとか……。


「とある世界は神が積極的に介入したせいで、大陸がすべて沈んだ事もあるのよ……」

「……その最低限の処置が、あの子たちだったって事か」


 異世界から何の特典もなく召喚され、勝手に勇者認定された彼らの事情について、色々と文句でも言ってやろうかと思ってはいたが、いざ本人に事情を聞くと……あまり罵るのは気が引ける。

 これで偉そうに『勇者の使命』とか言い出したら違ったんだけどな~。

 この女神……罪悪感が高すぎて、あの子たちと邂逅した時に引くくらい土下座しそうで少し心配になってくる。

 謝罪するのはいいけど、もう少し威厳を持っての謝罪をして下さいな……。

 でないと神様とはとても思えない。




「次の人生への希望? そんな事を聞いてくれるんですか?」

「はい、本来は無い事です。本人の人生を振り返り、成し遂げたカルマを換算して次の生へそのまま転じるのが普通です。ですが貴女……いえ貴女方は勇者であるユメジを助けて下さいました。各々の思惑は別にしてもそれは世界を救う為に命を掛けたという事、つまりは英雄の所業です。せめて……そのくらいは報いねば……申し訳が……」

「あ~責める気は無いから泣かないで!」


 死後に私が女神様と対面した本題、それは『転生先の希望』を聞く事だった。

 呆気にとられる私に説明をしてくれる女神様だが、後半になるとまたもや泣きそうになり始めるのだ。

 実に……やりづらい……。


「貴女方って事は他の連中も?」

「勿論です。実は彼らはすでに希望した転生先に旅立っております」


 私は共に戦い、そして死んで行った『仲間(バカ)たち』の雄々しい最後の姿を思い出し、自分が一番最後にここへ来たという事に気が付く。

 ようするに、私が一番最後に死んだという事なのだろう。


「……ちなみに、奴らの希望先を聞いても?」

「そうですね……バルザックさんは次の人生でお花屋さんを営む少女をご希望でしたし、グスターボさんは小国の可憐なお姫様をご希望でしたね」


 いつの間にか取り出した帳簿を読み上げる女神の言葉に、私は思わずズッコケてしまいそうになる。

 バルザックって筋骨隆々の巨大で重厚な盾と鎧で常に前線に立っていたパーティの壁役だったオッサンだし、グスターボは常に不気味な笑いをしていて気が付いた時には敵の背後から喉を掻き切るアサシンのような男だったのに……まさかそんな願望が!?


 でも……少し分からなくも無いか。

 可愛いらしい者になりたい願望はさておき、私は自分の手に最後まで握っていたはずのロングソードが無い事を……それが答えなのだと思う。


「もう、血に塗れた戦いの日々は…………嫌だな~」


 結局それが私の本音だった。

 生き残る為、殺されない為、そうするしか道は無かったからこそ武器を手に戦い続けるしかなかった私の人生。

 間違っていたとは今更言わない。

 こんな私の人生が無ければ最後に、ユメジとアマネの師に、姉になる事は無かったのだから。


 ……でも、もしも叶うのならば……この手に剣など握ること無く……。


 と、そこまで考えたところで女神アイシアが出会ってから初めて満面の笑顔でニッコリと笑った。


「承りました。貴女の次の生への希望……わたくし、女神アイシアの名において必ず叶えて御覧に入れます」

「……え?」

「そのご希望、本来の転生では少々例外ではありますが……貴女がリーンベルとして成し遂げた事はこの世界において、総勢51名の英雄たちの中でもトップです。“向こうの神”とも“時空の神”ともキッチリ掛け合いますから」


 そこまで言われて私はハッとした。

 何も言っていないのに、考えが……私の願望が女神には伝わっている。


「思考を……私の心を読んだ?」


 私が言うと女神はまた申し訳なさそうな顔になる。

 ……初対面の時ほどではないけど。


「すみません。こういう場合はそうしないと真なる願望を皆さん遠慮なさいますから……」


 納得……あの厳めしい男らしさを売りにしていたバルザックやらグスターボが“可愛くなりたい”という願望、本音を自分から口にしたとは思えないものな……。

 そういう事なら……私も同じだし……あまりバカには出来ない。


「分かりましたよ……間違いなく、それが私の望む次の人生だ……」


 心の底から、そう言った瞬間に自分の体が光りだして……更に徐々に粒子となって消えていくのが分かる。

 ああ…………そうか……もう私は終わるんだな。


 大人の体が徐々に小さく……そして幼く巻き戻って行って……血に塗れたリーンベルの人生が、記憶が巻き戻っていく……。

 そして最後の記憶に……赤ん坊の私を理不尽な戦争の刃から守る為に殺される……父と母のシーンが……。

 初めて見る両親の姿……戦災孤児であり愛されて生まれたかも分からなかった私の人生。

 でも……私も愛され、そして守られて生き延びていた。

 最後にそれが知れた……。

 死に様まで同じだった事にも……誇りを感じる。


「では聖剣士…………今度こそ…………」


 女神の最後の言葉は慈愛と、最後まで申し訳なさを帯びていた。

 そして私は……リーンベルという剣士は……。  



                 *


「今の夢って……?」


 目を覚ますと店内はすでに消灯後。

 掃除を終えて一人座席に座った私はいつの間にか居眠りしていたみたいだ。

 しかし……妙な夢だった。

 前世? 転生? 聖剣士リーンベル?? すべてが夢であったはずなのに、それらが夢ではないように妙にリアルで……。

 そして、今まで無かったはずの知識が自分の中に存在している。


「なんなの? これは……」


 それは突然自分の脳裏に現れたようでもあり……本当はずっとあったのに忘れていた物を思い出したようでもある。


 ……が、そんな知っているようで知らなかったような記憶をトレースしていて……私はその事実に気が付いて背筋が凍った。

 天音ちゃんの首筋にあった2つの痣……その悪意に満ちた意味がその知識の中にあったから。


「夢魔の三重呪殺!? こっちにもあるって言うの!?」

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