第二十話 前世とナポリタン
人生で初のデート(自称)とはいえ、朝飯も食わずに昼間まで眠りこけていた俺だったので流石に腹が減っていた。
なので、天音とのお出かけで真っ先に訪れたのはスズ姉の家、喫茶店になった。
個人的にはいつも通りの場所なんだが、天音と一緒に行くのはまだ二回目何だよな~。
「お、いらっしゃい二人とも」
「お~来たかご両人!」
店に入ると店内はそこそこの人の入りで、相変わらずエプロンにジーンズのスズ姉と、厨房で腕を振るっているおじさんがニカッと笑顔で出迎えてくれた。
……若干からかいの空気を感じないでもないけど、その辺は見なかった事にして……だ。
「席空いてるかな?」
「ん~そうね……テーブル席はもう無いし、カウンターも並びで2つは無いんだよな~」
質問にスズ姉はお盆片手に店内を見渡した。
確かに土曜日のそこそこの客入りの店内では、俺たちが同席するには中途半端だった。
だからって、ワザワザカウンターのお客さんたちに詰めてもらうのも気が引けるし……。
そんな事を考えていると、スズ姉が代案を提示してきた。
「そうだ、家に上がりなよ。君らなら問題ないし……いいよね父ちゃん」
「おう、構わん上がれ上がれ。なんか久しぶりだな」
そしてサムズアップまでするスズ姉に促されるままに俺たちは喫茶店の奥、店と繋がっているスズ姉の自宅居間へと上がり込んだ。
それは客の扱いとしては違うけど、俺たちにとっては凄く懐かしい気分にさせてくれる。
俺たちがガキの頃はこうして店から自宅へと上げられて、スズ姉が“私が入れた”と称した市販のコーヒー牛乳を持ってきてくれる『喫茶店ごっこ』をしていたものだ。
「何だか懐かしいね。店からスズ姉の家に上がるのって」
天音も同じ事を考えていたらしいな。
数年ぶりに通された居間は、多少物の配置が変わっていたものの特別大きな変化は無く……なんともノスタルジーな気分に浸らせてくれた。
「あ! このペナントまだあったんだ」
「こっちの妙な置物は初めて見るな。おじさん、相変わらず変な物買うんだな……」
喫茶店の店長、スズ姉のお父さんは旅行中に店で売っている『誰が買うんだこんなの?』という土産物を買ってしまうという悪癖があったけど……どうやらそれは健在らしい。
スズ姉も溜息を吐いた。
「見た通り……前は注意してたけどね、もう私も母ちゃんも諦めたよ。五匹目の信楽焼の狸が増えた辺りで」
「「5匹!?」」
驚きつつ居間の座布団に腰を下ろす俺たちの前、ちゃぶ台にスズ姉はコーヒーを置いてくれた。ちゃぶ台にコーヒー……ミスマッチだのう。
そして市販のコーヒー牛乳じゃなく、コレは本当に入れてくれたコーヒーだという事が何気に可笑しくなる。
変わるところは変わったという事だけど、コレは成長って事なんだよな……。
「ん……天音ちゃん、首の所に2つ痣がない?」
朧げにそんな思い出に浸っていると、スズ姉は天音の首筋を見ながらそんな事を言い出した。
首筋に痣? そんなのあったのか? 俺もつられて天音を振り返ると、天音は咄嗟に首筋を抑えていた。
……その配置は若干男子がのぞき込むには領海侵犯になりそうでもあり、俺は直視する事は諦めたが、どうやら本当に2つの痣があるみたいだな。
「あ~うん……多分ちょっと階段で……ね」
俺に若干の目配せをしながら天音はそんな事を言った。
あ~つまり先日の階段転落の時、どこかにぶつけていたとか……そんな所なのだろうか?
あの時は天音はどこにも負傷していないと思っていたけど、どうやら違ったみたいだな……不覚。
ただスズ姉は天音が俺と目配せした事で何やら違う発想をしたのか、若干顔を赤くした。
おいちょっと待って? 何か勘違いしてないですか??
何か指摘されたワケじゃないから肯定も否定も出来ないけど……。
そうこうしていると、スズ姉は気を取り直したとばかりに喫茶店の店員としての顔に戻った。
「んで、注文は? 昼飯まだなんだろ?」
「あ~私は軽めで良いかな?」
「俺は朝飯も食ってないから、昼飯と合わせてガッツリと行きたい!!」
普通の民家の居間で注文を受けるってのも中々シュールだが、俺の注文を聞いたスズ姉は半目で、明らかに呆れたような溜息を吐いた。
「お前ま~た昼まで寝てたのか? もう高校生なんだから休日でもちゃんと起きろよな……ったく……」
「面目ない……」
それについて反論の余地は無い……反省するつもりもないけれどな!!
「ヤレヤレ……ナポリタンでも行っとくか?」
「YES! ここのナポリタンは絶品だからな! 大盛りでプリーズ!!」
俺がサムズアップで注文するとスズ姉は苦笑交じりに厨房へと戻って行った。
そして向こうの方から「ナポリタンてんこ盛り、後軽めにホットサンドね~」と聞こえてくるスズ姉の声。
そんな昔と同じようでちょっとだけ違う風景に、俺と天音は思わず顔を合わせて笑ってしまった。
しばらく天音と話していると、どうしても夢の話になってしまうのは最近の俺たちにとっては仕方のない事と言える。
俺たちの話は昨日の夢の話から次第に『夢の本』にシフトして行った。
「これで、本に載っていた初級編の項目『明晰夢』『予知夢』『過去夢』『未来夢』『共有夢』それに『悪夢』を使ったって事になるのかな?」
「悪夢って定義もあやふやだから……気分が悪い、後味が悪いって事なら『予知夢』も『未来夢』も気分よく無かったけど……」
どっちも結果を見れは悪い夢『悪夢』とは言い難いような……。
そんな事を考えつつ、俺はこんな所にまで持ってきていた『夢の本』を何気なく開いてみて……気が付いた。
「……本の項目が……増えている?」
「え!? 本当に?」
思わずちゃぶ台から身を乗り出す天音に向かって、俺は本を広げて見せた。
中級 ①前世夢 ②夢枕 ③幽体離脱
「「うわあ…………」」
新たなページ、夢操作の中級が現れた事よりも、現れた言葉の内容に俺も天音も思わず声が漏れてしまった。
「なんか……①はともかく別の項目にそこはかとない物騒さを感じるのは私だけ?」
「奇遇だな……俺もそう思うよ」
はっきり言って②③はググらなくても知っている。
ちょっとでも幽霊や妖怪の話を聞いた事があれば一度は聞いた事があるんじゃなかろうか?
夢枕は、死者が寝ている人に話しかけてくる、あれだ。
お告げとか家族への遺言とか、心温まるエピソードもあれば、未練や恨み言を訥々と語られる嫌な展開もあるヤツだよな。
幽体離脱は体から幽体のみを飛ばして疑似的な幽霊のようになるってヤツだったと思う。
ただ、この場合も調子に乗ってやっていれば体に戻れないとかで本当に死んでしまうとかの展開があるイメージが……。
う~む……どちらも語感だけでも怖く感じるな。
「とりあえずは②と③は保留にしようぜ……気分的に」
「そ、だね。なんか怖いもんね……」
俺たちはそう結論付けてから、今は①に注目する事にした。
前世夢
前の生を夢で見る方法。前の生での知識や経験をある程度トレースする事が可能。
「これもちょっとオカルトっぽいけど、興味あるっちゃ~あるかな?」
「貴方の前世は~って一時期流行ったよね~、占いとか?」
天音もちょっとウキウキした感じで同意してくる。
「前世……私だったら何だったんだろう? 今が前世で出来なかった事が出来ているかも疑問だしね。夢次君だったら何が良い?」
「俺? む~……定番の戦国武将とか?」
漠然とした質問に、俺も漠然とした答えしか咄嗟には出てこない。
しかし天音は感心したように手を叩いた。
「おお~さすがは男の子! 天下目指すの? それとも一騎当千でレッツパーリィ?」
「漫画の読みすぎ、いやゲームのやりすぎだっつーの。 ……天音の方はどうなんだ? 自分の前世だったら?」
俺がそう返すと、天音は眉を顰め腕を組んでて唸り始めた。
「う~ん、そうね~~~お姫様……は宮廷闘争が大変そうだし、そこそこのお金持ちなら……いや貴族とかは領地経営とか忙しそうだし、庶民は西洋東洋問わずに生活が苦しそうだし……」
しばらくウンウン唸っていた天音だったが、突如ポンと手を打った。
「そうよ! 税金も無いし元手もかからないから……私は海賊になる……イタッ!?」
「その辺にしとけ……」
俺は思わず天音に軽くチョップを繰り出してしまった。
冷静に考えたつもりかもしれないけど、そこに至った発想がかなりゲス過ぎるから……。
そんな風に話していると、居間の襖が突然開いて、大皿に大量のナポリタンを抱えたスズ姉が現れた。
しかしケチャップを大量に絡めたナポリタンからは食欲をそそる最高にいい匂いが立ち上っているのだけれど……山と積まれたナポリタンの量が中々だった。
「うわ!? すげえ盛りだな……さすがに食いきれねぇよスズ姉……」
サービス過多じゃね? と思って俺が言うが、スズ姉は笑いながらちゃぶ台にナポリタンの山をドカリと置いて、自分もその場に座った。
「あ~心配しなさんな、これは私の賄も兼ねてんの」
そう言いつつ俺と天音にも皿とフォークを渡してくれる。
あ、なるほど……スズ姉の昼飯と昼休みを兼ねて、ついでにサービスしてくれたって事なのか……。
俺が納得するとスズ姉は豪快にナポリタンの山を崩して自分の皿に盛って行く……。
む……これはマズイ! 多いかと思っていたけど3人で分けるとなると、コレはバトルの様相を帯びてくる。
コレは……戦争か!!
慌てて俺もナポリタンの山に突撃をすると、乗せられたのか軽めでとか言っていた天音も一緒に山へとフォークを突き入れる。
「別に邪魔する気は無いけど、たまにはお姉ちゃんも混ぜてくれよ……ブラザー」
「別に……いいけど……ね」
「ちょっとスズ姉……取りすぎじゃない!?」
先を争うような気分で大盛りパスタの山が崩されて行く。
結局結構いい歳の三人が口の周りをケチャップでベタベタにしながらパスタをかっこむ……何とも優雅とは程遠い昼食となってしまった。
「ふ~ん……前世ねぇ~君らそういうの好きだったっけ?」
「いや、別に好きとかは無いんだけどな……」
「スズ姉だったらどう? もしも前世があったら~とか考えた事ない?」
視線を皿に落としたまま、昼飯の方が大事とばかりナポリタンを豪快に食いつつ興味無さそうに言うスズ姉に、天音は後からおじさんが持ってきてくれたホットサンドを頬張りつつ聞く。
……どう考えても食い過ぎだと思うんだが。
そんな天音の素朴な質問に、スズ姉は鼻を鳴らす。
「ふん……分かんないね~そんなの。私は今の人生に思う事があるワケじゃないから……前の人生がどうこう言われてもピンとはこないかな」
「かる~く考えてみれば良いと思うけど? ほら戦国武将とかさ……」
天音がチラッと俺を見つつ言うもんだから、スズ姉もその発言が俺発だと気が付いたらしく、ニヤッと笑った。
「な~んだお前前世戦国武将希望か? ベタだね~男の子!」
「うるせ~な~……悪かったなベタな発想しか無くて」
「いいじゃん戦国武将! レッツパーリィよ!!」
「引っ張んな!! 別に俺は無双したいワケじゃね~っての!!」
それからしばらく、二人に前世戦国武将ネタで散々いじられる羽目に陥った。
んなろう~言わなきゃ良かったぜ……。
しかしひとしきり笑っていたスズ姉は、すでに食い終わって空になった大皿を片付けつつポツリとつぶやいた。
「何にしても、私は戦いを生業にした事は嫌だね。こうして店の手伝いをして、お客さんの相手をして、たまに年下の友達と馬鹿話をする……私にはそれが一番性に合ってるから、前世がそうとか……想像も付かないよ」
俺は何か言葉を返そうと思ったけど、そう言ったスズ姉の横顔を見た時出かかった何でもない言葉を飲み込んだ。
何故かは分からないけど、一瞬だけスズ姉の顔が悲し気に見えたから……。
だから……俺は全く気が付かなかった。
手にしていた『夢の本』の19ページが怪しい光を帯びていた事など……。
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