第十五話 過去を見る為の昼寝
「しかし……そうなると天音がこうして出歩いていること自体が危険な気もするけど……」
俺は天音の近辺で起こっていた事件を知って、彼女にはしばらく学校を休むとかしてもらって、身の安全を確保させた方が良いような気もしていた。
この際仮病でも何でもいいから家に籠城して……。
しかしその意見に天音は眉を顰める。
お気に召さないらしい。
「情報が君が見た予知夢“かもしれない”夢ってだけじゃ……それは最後の手段って事にするべきだと思うけど……」
「む……」
「仮に間違いなく予知夢だったとして、籠城した自宅が安全かどうかも分からないし」
……意外に天音は俺以上に冷静に『夢の本』の力を捉えていた。
おまけにまるで“それ以上の事態を幾つも経験している”かのように、妙に腹も座っているし……普通自分に危害があるって聞いたら恐怖で取り乱してもおかしくないのにな。
確かにそれは『予知夢』の決定的な欠点とも言える。
何故ならその通りになるって確証は無いのだし、見た夢で『これは予知夢です』ってロゴが出ていたワケでもないからな……。
単なる俺の見た悪夢って可能性も無くもないって感じで……。
「クソ~、せめて夢の中でもう少し情報を提示してくれればな~~~」
「明晰夢の時みたいに夢の中で自由には動けなかったの?」
「……昨日の夢では明晰夢の時みたいに『これは夢の中だ』って感覚が無かったから」
それは前に見た予知夢の時も同じだった。
その時にはあくまで普通に見る夢という状態で見た“後から”夢だったと分かる物だったから……。
これが明晰夢の時みたいに夢だと自覚していたら新聞の日付や死亡推定時刻なんて重要な情報を収集していただろうけど。
『夢の本』……娯楽としては最上級な代物だけど、現実的には使い勝手が良いのか悪いのか。
「あ……そうだ!」
しかし俺が考え込んでいると、天音は何かに気が付いたとばかりに手を打った。
「ねえ夢次君、夢の本今日は持ってきてるの?」
「は? ああ……ここ最近は持ち歩いてるけど……」
天音に言われてカバンから古びた本を取り出す。
基本的に寝る時以外に使用用途が無いから持ち歩く必要は無いのだけれど、何となく最近この本を持っていないと落ち着かない自分がいるのだ。
……本当に何で何だか。
取り出した本をそのまま渡そうとすると、彼女はそのまま俺の手をワシッと掴んできた。
唐突なスキンシップに思わず心臓が跳ね上がる。
「う、うえ!?」
「こら、手を放さないの。この本は君が持ってないと読めないんだから……」
そしてそのまま本を捲りだす。
確かに……この本は何故か俺が触っていないと文字が浮かび上がらないとういう奇天烈な仕様だから仕方ないと言えば仕方がないのだが……。
何度体験してもそんな近すぎる距離は慣れる事は無い……。
腕が、体が当たる……顔が近い……彼女のいい匂いが……体温が……うおおおお!?
っは!? あれは近所の噂好きのおばちゃん!!
ち、違うんだって! そんなアラアラみたいな顔で見られても……。
「あ、あったあった、コレよコレ」
しかし天音の方はそんな俺の動揺など知る由もなく、あっけらかんとした様子で目的のページを探り当てていた。
「…………コレは」
『過去夢』 術者がその空間内の過去へ夢として遡れる。
ただし過去夢中、本人はその場から動く事ができない。
*
それからしばらくして昼休み時間。
俺と天音は昼飯を共に確保する名目でチャイムと同時に購買へと駆け抜け、調理パン(戦利品)を手に中庭に訪れていた。
中庭は季節の花が植えられていて、ある程度芝生が広がっている。
いつもなら先客がいても良い時間帯なのだが、今日は運よく芝生には誰もいない。
「ムグムグ……つまり過去夢を使って、天音にボールが飛んで来た日を見てみようって事か?」
「モグモグ……そう、もしもアレが故意に私を狙ったものだったとしたら、今後起こるかもしれない事件の犯人がそこにいる確率も高いじゃない?」
ちなみに俺はカツサンドと焼きそばパン、天音はタマゴサンドにサラダサンドを頬張りつつ芝生に腰掛けている。
口に入れたまましゃべるなっていう苦情は受け付けません。
「それで? そのボールが飛んできたのって何日前の何時ころなんだ?」
「ムグ……五日前の火曜日の……多分12時から1時の間くらい……かな? 丁度あの辺を神楽ちゃん、神威ちゃんと教室に向かって歩いていたの」
天音は中庭の中央部付近を指さして時間と場所を教えてくれ、その情報を元に俺は『夢の本』の『過去夢』のページを開いた。
『過去夢』を見る方法。
このページに手を挟み込んでから見たい日にち、時間を思考しつつ入眠せよ。
覗き見れる過去は睡眠時間と比例する。
「……つまり見れる時間は一時間眠れれば一時間だけって事らしく、動画再生みたいに早送りも早戻しも出来ないって事か」
「予知夢もそうだけど、結構不便な事も多いよね、この本」
そうなんだよな……夢の操作なんて触れ込みなんだから、もっと便利な仕様でも良いと思うんだけど。
勝手に共有夢が発動するとか、予知夢は正確性と確信に欠けるとか、最初にこの本を制作した時点でそんな問題点は何とかならなかったのかと言いたいくらいだ。
「とはいえ、やってみない事にはしょうがない。まごついていたら昼休みが終わっちまう」
俺は本の言う通りに『過去夢』のページに左手を挟み込んで芝生に仰向けに寝転ぶと、腹の上に夢の本を置く。
不思議な事にそれだけで強烈な眠気が襲い掛かってくる。
多分夢の本の効果何だろうけど……そう言えばこの本を手にしてから寝つきが悪い日ってのは無くなったような……。
遠くの方から聞こえてくる生徒たちの喧騒、心地よい風が吹き抜けていく音、ポカポカ陽気が眠りを助長していく……。
「じゃあ……ひとまず……」
「は~い……お休みなさい」
天音の声を最後に、俺の意識は夢の世界へと旅立っていった。
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