第十四話 知らなかった彼女の人間関係

 ある日、一人の女子高生が殺害される事件が起こった。

 第一発見者によると、発見した時はすでに彼女は息をしておらず、地面に広がった大量の出血からも彼女が背後に受けた鋭利な刃物によって刺され、出血多量で命を落とした事は明白である。

 警察による周辺の聞き込みによると男女の口論のような声の後、女性の悲鳴が聞こえて駆け付けるとすでに彼女は遺体となって発見されたとの事。

 被害者の名前は『神崎天音』、近所の高校に通う2年生で、友達も多く人気者であったとクラスメイトたちは怒りと悲しみに暮れているとの事。

 警察は怨恨の線も含めて事件を追ってる。

 俺は新聞に載った今回の事件を読んで……新聞を握りつぶした。


「絶対に…………殺す!!」



                *



「うおあ!?」


 俺はそう怨嗟の言葉を絞り出す人物が自分である事に気が付いて飛び起きた。


「ゆ、夢……そうか夢……か……」


 その顔は暗い憎悪に満ち溢れていて、自分でも自分では無いように思える、まさに鬼としか思えない表情で……まだ分からない天音を殺害した犯人を『コイツ』がいかに惨たらしく殺すのか、想像も付かない。

 だが、絶対にやる……という事だけは確信が持てた。

 ……前の時と同じで全身から汗が噴き出していて、飛び起きた瞬間から一気に体が冷えてブルリと体が震える。


「夢で……良かった……」


 俺はまたもやこのセリフを吐いてしまっていた。



            *



「あ、おはよう。どうしたの昨夜は、一緒に夢見れなったけど」


 早朝玄関を出たところで俺は無事な姿で立っている天音の姿を見て心の底からホッとして思わずその場に膝をついてしまった。

 昨日見た夢では“天音が何者かに殺された”という結果しか分からなかったから実際に会うまでは心配で仕方がなかったのだ。


「よ、良かった~~無事だったか……」

「ちょ!? どうしたの? 大丈夫??」


 心配していた天音に逆に心配をさせてしまっては本末転倒だけど。

 ……しかしあの予知夢だと思われる夢は扱いや判断が難しい。

 何しろ見たい場面が自己判断で指定出来ないから、詳しい情報を確実に得られるってワケでも無いし、見た夢が予知夢だという確証もないのだから。


 俺は、最初余り気にさせるのも不安にさせるのも良くないかと予知夢の事は天音には伏せていようかとも考えていたのだけれど、さすがに俺の態度が不審だった事で天音に問い詰められて……むしろ危険を伝えて警戒した方が良いと思い、話す事にした。


「予知夢か……そういえばあの夢の本にも書いてあったね。自分か近しい者へ危険が迫った時に自動的に警告するんだっけ?」


 さすがに自分に危険が迫っているって部分には顔を青くしたが、天音はすぐに思案気な顔になった。

 何か心当たりでもあるんだろうか?


「この前天音が階段から落ちた事があったろ? 実はその時も予知夢を見たから助けに行けたんだよ。大分半信半疑だったけどな……」

「え? あの時も?」


 天音は驚いた顔になったが何かを思い出したのか、何故かちょっとバツの悪そうな顔になった。一体なんだ?


「ねえ夢次君……あの時は……その……ありがとうね?」

「……ふえ?」


 突然のお礼の言葉に俺は戸惑ってしまいひどく間抜けな声が漏れる。


「階段から落ちた時、私を助けてくれた事。助けてもらったのにまだお礼も言ってなかったから……さ」

「え……ああ、その事か」


 ちょっと顔を赤らめてそう言う天音に思わずドキッとしてしまう。

 同時に湧き上がる何とも言えない充足感と高揚感……女子を助けてお礼の言葉を掛けられる……危機に必ず駆け付け美少女を助ける世のヒーローたちも気持ちも分かる気がする。

 ただ改まって言われるとちょっと気恥ずかしい感じも……。


「いや、気にする事は無いよ? 受け止めたつもりが結局一緒にころげ落ちちゃったし、そもそも防げたのは夢の本のお陰なんだし……」

「……そんな事ないよ。もし君があそこで助けてくれなかったら、私は大けがしていたんでしょ? 夢の本が予知夢で知らせたって事は」

「う……」


 俺は咄嗟に前の予知夢『天音が転落して血の海に横たわる』光景を思い出してしまう。

 確かにあの本が示す予知夢の条件は『俺か近しい人間の危機』なのだと明記されていたのだから、天音がそう予想するのも当然だけど。

 重く受け止められるのも……ちょっとな。


「マジで気にすんなっての! 俺的には報酬は貰ったようなもんだし」

「報酬?」

「うん、受け止める事で最高の抱き心地の女子を堪能する事が…………何でもないです」


 俺があえてふざけようとした途端、天音は顔を真っ赤にして軽くピシッとチョップしてきた。


「…………ばか」




「……それでさ、あんまり考えたくないかもしれないけど、最近何か恨みを買うような事っていうか、ヤツっているもんなの?」


 怨恨の線、ニュースや刑事ドラマの常套句っぽいけどそこを詳しく知っておかないと対策の立てようがないからな……。

 俺としては天音はクラスでも中心にいて友達も多く、誰かに恨みを買うような事があるようには到底思えないんだけど。

 しかし天音のジャッジは俺とは違うようで、小首を傾げて「う~ん」と唸り始めた。


「何か思い当たる節でも?」

「どうかな? むしろありすぎて分からないかも……」


 意外だ……超意外だ。

 天音はそんな対象になる方ではなく、天音自身も悪意に敏感な方では無いと勝手に思っていたけれど、天音は天音なりに人間関係を結構冷静に構築しているみたいだった。


「マジでか!? あんなにいつも一杯の友達と楽しくしゃべっている風なのに?」


 俺が驚いて言うと、天音はクスリと笑った。


「君はちょ~っと私という女を買いかぶっているみたいだね? 私にだって仲良くしたくない人もいるし悪口だっていうわ。人間関係が広がればそれだけ恨んだりする事も恨まれる事も増えて行くのは仕方がないわ」


 ……む、そう言われると否定はできない。

 確かに疎遠だった期間があったから俺の天音のイメージは幼少期で止まっているところはあるからな。

 俺だって幼少期と全てが同じってワケじゃない。


「今、私が絶賛恨みを……もとい逆恨みを勝手そうなのはアイツよね」

「アイツ?」

「河具屋弓一、昨日私たちのロボ談議に絡んできた勘違いなチャラ男」

「ああ、アイツか……」


 そう言えばあの男の事は『チャラ男』としか認識せず、学年が一緒であるのに全く名前も知らなかった事に今気が付いた。

 ……まあ興味が無かったから知らなっただけだが。

 しかしヤツの名前を口にしたところで天音の顔が露骨に歪んだのが、素直に嬉しいと思う俺は性格が悪いと、自分でも思う。


「彼氏気取りの亭主気取りに割り込んで、真っ向から否定されればな~」


 俺の方がイケてると露骨に振りまいていた男がバッサリと切られるのは、今思い出しても笑えてくる。俗にいうメシウマってヤツだろうか?


「ちょ~っと見た目が整っているからって調子に乗って、見た目通りにチャラいし堪え性も無しの根性なし、オマケに短気であきっぽい。その上気になる女性にはすぐに声かけるクセに女性側には浮気禁止を徹底するみたいで別れ話をすると暴力まで振るうって噂もあるし……」

「……マジ? アイツってそこまでのクズだったの?」


 天音の話で俺の中に明確にヤツに対する嫌悪感が増した。

 どうやらヤツは俺が思っていた以上に数十倍クソ野郎だったらしい。


 しかし……そうなると天音の言う通り、今回真っ向から否定された後となると『天音が刺殺される夢』が予知夢だったとして、そんな自分勝手なヤツに逆上の末殺されるって可能性は高くなる気がする。

 断定は出来ないけど、少なくとも最優先警戒対象はヤツだな。

 そして、そんな風に今後の警戒について話を進めると、天音から気になる事を言われる。


「そういえば階段から落ちた時、私何かに押されたような気がしたんだった……」

「……え?」


 俺は思わず歩みを止めて天音を見返す……君、今何て?


「それにあの日ってそれだけじゃなくて……中庭を歩いていたら野球のボールがどこかから飛んで来たし、校舎裏では上から鉢植えが落ちてきたりしていたのよね……」


 俺は思わずズッコケそうになった。

 階段以外にも明らかに明確な敵意を持った何者かの人為的な策がなければそんな偶然が立て続けに起こるワケが無いだろうに!


「ボールと鉢植えって……」

「ボールの方は神楽ちゃんが気付いて咄嗟にキャッチしてくれて、鉢植えは運よく当たらずに済んだけどね」

「……何でそんな一大事を先に言わない!」


 俺は天音が今まで問題にしていなかった事に思わず溜息が出た。

 別に俺にじゃ無くても友達にでも教師にでも、天音だったらそんな事を話すべき相手は幾らでもいただろうに。


「ちょっと……気になる事で頭が一杯でね……今まで忘れちゃってたのよ」

「別の事? そんな身の危険が迫っている一大事を忘れるなんて……」


 俺が「あり得ないだろ?」と言おうとすると天音はちょっと恨みがましい瞳を俺に向けてかぶせてきた。


「ちょっと……誰かさんのお嫁さんになっている夢を連日連夜見せられたせいで……ね」

「激しく申し訳ありませんでした!!」


 俺は人目もはばからず土下座を敢行した。

 はい、100パーセント私の悪行のせいでございます!!

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