第十六話 昼休み前の中庭の秘密

 気が付くと俺はさっき眠りについた中庭の芝生の上にいた。

 いや、これは“いる”って表現できるのモノなのだろうか?

 周囲を見渡す事は出来るもののその場から動く事は全くできず、動けない自分に対して周囲は絶え間なく動いている。

 並木は風に揺れているし、向こうの方から生徒が歩いてくるのも見える。

 ただ、すべての景色が若干褪せたセピア色になっていて……よくあるドラマやアニメの回想シーンを彷彿させる景色というか……。


「……そうか、これが過去夢」


 口に出して俺は今の状況を把握した。

 明晰夢とは設定的に違い自分の意志で体を動かす事は出来ず、かと言って予知夢とかとはまた違う感覚の夢。

 ありていに言えばレトロな映画を黙ってみているような気分の夢だった。


「すごいね……まるで昔の映画みたい」

「そうだな……俺もそう思って……え?」


 唐突に隣の方から聞きなれた天音の声が聞こえて、今まで誰もいなかったはずの場所に視線を向けると……意識した瞬間に全身が光りの集合体の人型って感じで天音が姿を現す。

 …………ボディーラインが艶めかしく、ちょっとエッチだが……それは黙っておこう。

 それよりも……。


「どうやって夢の中に? 過去夢に入れるのは俺だけだと思っていたのに……」


 何しろ今回の『過去夢』を見る方法は本に手を挟むってだけだけど、俺はそんな単純な方法ゆえに一人しか実行出来ないと踏んでいた。

 だから天音には目覚まし役を頼んでいたのに。


「あ~それは共有夢を応用してみたの」


 しかし天音はむしろ得意げに話し始める。

 何でも共有夢と同じように夢の本上部の紋章を自分に向けて、一緒に眠れば同じように過去夢にも入れるんじゃないか? と思って実行したらしい。

 それで今現在俺と同じようにここにいるって事は、その実験は成功したって事なんだろう。


「ずっと昼休み中、一人で待ってるのも退屈だろうから……仕方が無いっちゃ~仕方が無いけど……」

「いいでしょ? 毎晩の明晰夢も面白いけどさ~。過去の出来事を見れるって体験だってしてみたいじゃない?」


 興味津々、そんなキラキラした瞳で力説してくる天音。気持ちは分からな君も無いが。


「今から見ようとしているのが自分に恨みを持っているかもしれない犯人捜しだって事が、分かってんのかね?」


 ……現時刻11時50分。

 中庭から見える校庭の時計で時間は確認出来る。

 ……時計が現地に用意できるか不確定な事もこの本の厄介な弱点っぽいな。

 おまけに狙った時間からは微妙にズレてるし。


「ボールが飛んできた正確な時間って分からないのか?」

「さすがに覚えてないわね。教室に帰る途中だったはずだけど……」


 そりゃそうか……日常から逐一時間を確認する人は少ないし、この時の天音は飛んできたボールを悪意ある攻撃だなんて考えもしていないのだから。

 今も確証は無いワケだし……。


「まだ授業中の時間だし、それまでは暇そうね」

「……だな」


 昼休みに入るチャイムが鳴るのは後10分後……それまでは流れるセピア色の風景をただ見ているしかなさそうだ。

 何しろ過去夢は動画と違って早送り出来ないんだから。


 しかしその時、中庭の死角になる植木が密集する地帯からガサガサと物音がした。

 俺も天音も突然の物音に警戒心を強める。

 視線を投げると植木の動きが一度止まったが、少ししたら再び激しく動き始める。

 それが風とか自然現象じゃない事は明らかだった。


『誰かがそこにいる……』


 この時間はまだ授業中、今は校庭で体育に勤しむ生徒たちもいないので中庭に誰かが偶然入り込むって事は無いはず。

 つまりは明確な意思を持ってここに何者かが侵入しているって事になる。

 ……硬球が天音飛んできた日の同じ場所での不可解な現象、それはもう関連性を疑わない方がおかしい。


 何か理由を付けて先回りしていた者がいたって事か?

 何らかの理由を付けて授業を抜け出して、天音がここを通りがかるのを虎視眈々と待っていたと?

 俺と天音は息を飲み……未だにガサガサと動く植木の向こうへと視線を向けた。

 そして俺たちは騒音を出す犯人の姿に…………驚愕する事になった!!


『い、いけません吉沢先生……今はここは学校ですよ……』

『うふふ……大丈夫です名倉先生、今はまだ授業中。ここは校内だけど、今の時間は違うって気がしません?』

『そ、それは……ですけど……』


「「……………………」」


 俺たちは妙に自然な動きで、妙に冷静な感じでスッと視線を逸らした。


「…………あれって真面目一辺倒の古典の名倉先生よね? 温厚が服着た感じの」

「…………向こうは堅物代表の英語教師吉沢じゃないか? この前宿題忘れた工藤がこの世の終わりってくらいに説教されてたのに」


 そんな教師の中でも真面目という言葉がしっくりくる二人が……。


「そう言えば……あの日昼休みに私、吉沢先生の頭に葉っぱがくっついているのを見て教えてあげたら物凄く慌てて払っていたわね……」


 天音の激しく動揺した、ちょっと恥ずかしがっている物言いに俺は少し躊躇するのだけれど、どうしても聞いておきたい事が出来た。


「なあ天音?」

「……なに?」

「あれって完全に吉沢優勢だよな? 温厚な古典教師が普段は堅物なのに実は激しい英語教師に食べられちゃっているシーンって事だよな?」

「知らないわよ!!」


                *


 そして肝心な天音に飛んでくる硬球を投げた犯人探しだが……見事に失敗した。

 いや……断っておくが過去夢で教師同士のアレなシーンに見入って肝心な場面を見逃した、とかそういう事じゃない。

 ……実際あの二人は昼休み開始のチャイムと同時に、何もなかったかのようにその場を離れたし…………。


 今後あの二人の教師を真面目な堅物として見る事は出来そうにないけどな。


 失敗した理由は単純、目標にしていた場面に至る前に昼休みが終わる時間に差し掛かってしまい、授業に遅れる事を心配した教師によって起こされたからだ。


「ちょっと、起きなさい君たち…………お昼休み終わるわよ?」

「……う?」

「ふわ?」


 目を覚ました俺たちが見たのは、少し呆れたように見下ろす一人の女性教師……英語教師である吉沢教諭……。

 彼女はパリッとしたスーツにピシッとした眼鏡で立っていた。


「君たち…………仲が良いのは良いけど、校内では少し控えなさい?」

「…………え?」


 その言葉が何を指しているのか良く分からなかった俺だが、右腕に感じる重量感で何を言われているのか理解した。

 俺は夢の本で挟んだ左手の反対側、右腕を使って腕枕していたのだ。

 勿論相手は一人しかいないワケで……。

 目をこすりつつ眠そうにこっちを見る至近距離の天音の横顔……ヤバイ……カワイイ。


「…………って!? なんで??」

「あ、あれ? もうお昼休み終わり?」

「今時不純異性交遊とまで言う気は無いけど、校内の風紀は気にした方が良いわよ?」


 唐突な状況に慌てふためく俺と、未だに眠そうにしている天音をしり目に吉沢先生はそう言い残して颯爽と歩み去っていく。

 ……何だろう、この言っている事は分かるけど納得の行かない感じは。


「お前が言うな…………」


 歩み去る吉沢先生の背中に向けて、俺はそう呟くのを我慢できなかった。

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